ー126-
ー 北都海岸 ー
気持ちのいい夏の晴天。
真夏の太陽がこれでもかってくらい照り付けるけど、北都の海風と荒々しい波の音が熱さをやわらげる。
「気持ちい風…!」
「おっ!もうけっこう集まってる~!!」
久しぶりにきた北都海岸にやってきたのは私とダイヤちゃん、そして博貴だ。
目的はもちろん、仮面ランナーのエキストラ撮影だ。
私は撮影スタッフから許可をもらい、堤防で見学できることになっている。
「合宿疲れが癒されるね~~~」
「ほんと~~~」
砂浜にはすでに撮影スタッフやエキストラ参加者が大勢集まっており、いつもとは違う光景が広がっている。
その非日常感が昨日までの慌ただしい合宿期間の疲れを吹き飛ばしてくれるようだった。
時を遡ること強化合宿最終日の昨日。
回復した東都生たちを見送ると私とりさちんはダイヤちゃんを、北都で唯一のホテルである北都シーサイドホテルまで案内した。
付き添う私たちは博貴は「俺も行きたい~!!」って駄々をこねていたけれど、ダイヤちゃんに「明日も会えるんだから」と言われると大人しく見送っていた。
いつもの博貴だったら合宿所の後片付けをサボってでもついてきていただろうなと思うと、恋人同士になったことで博貴も成長したってことなのだろう。
なので私は二人に確認したのだ。
「ねぇダイヤちゃん、たかちゃん。明日私お邪魔じゃない?せっかくなら二人がいいんじゃない??」と。
すると二人から意外にも猛反対された。
「だめだめだめだめ~~~!!!りさはゆうたとデートだから仕方ないとしても、楓には来てもらわなきゃこまるの~~~!!!!」
「えぇ?!で、でも二人きりのほうが…」
「ふふふ。あので楓。私たち、楓にお礼がしたいの」
「???お礼???」
二人からなにかお礼されるようなことしたかなと、ここ数日振り返ってみたけれど、思い当たることがなにも浮かばない。
「楓、遠隔で私たちに回復術かけてくれたり強化してくれたでしょう?そのおかげで思いっきり力出し切れたから勝てたの。だからそのお礼」
「そ、そんなの当たり前だよ!!それに教えてくれたのは先輩で…」
「も~小さいことは気にしないの!!楓は俺たちに黙っておごられる!!いいね?!?!うん、いいよー!!」
と、たかちゃんは私の返事を待たずに勝手に返事をして、予約の電話をかけはじめた。
「私が泊まるホテルの併設カフェに美味しいパフェがあるんだって博貴君が教えてくれたの。博貴君も楓は絶対これ好きって言ってるんだけどどうかしら?」
「え!!ってことはシーサイドカフェ!?!?!?そこのパフェといったら…北都スペシャルプリンアラモード…?!?!?!」
北都スペシャルプリンアラモード…それは全て北都の食材で作られたパフェで、季節のフルーツもふんだんにつかわれており、1日限定10食しかなく、常に予約で埋まっているパフェなのだ。
普通のパフェよりもサイズも大きく、それなりのお値段もあるので、いち女子高生にとっては特別な日のために数か月おやつを我慢する必要がある。
私もいつか食べたいと思っていたので、いま夢を見ているのではないかと疑った。
「予約とれたよー!!」
「えぇ!!ほ、ほんとに!?いつも予約でいっぱいなのに…」
「実は今回の騒動の件が父の耳に入ってね、父が助けてくれたお友達にお礼するといいってホテルの方に連絡をしたみたいなの」
「ダイヤちゃんのお父さん、あのホテルともお仕事してるんだって~」
「そ、そうなんだ…」
「だから楓がオッケーだったら用意してもらおうと思ったの」
ダイヤちゃんが有名なダイヤモンド会社の娘だっていうことは知っていたけれど、お父さんの一声で特別待遇を用意できちゃうなんて、改めてダイヤちゃんのすごさを実感した。
「ありがとう…そこまで言われたら二人と、ダイヤちゃんのお父さんのご厚意受け取らせてもらうね」
「よかったわ。それじゃあ明日楽しみにしててね」
「うん!もちろん!お腹すかせておくね!!」
「あはは~~楓はいつもすいてるでしょ~~」
と、またあんこ扱いする博貴に抗議して、今日の集合時間など話をして今に至るわけだ。
博貴が時計を確認するとエキストラ参加者の集合時間まであと10分だった。
続々と集まってくる参加者たちはみなだいたい私たちと同い年くらいか、ちょっと上な雰囲気。
そしてみんなトレーニングウェアを着て集まっていた。
「そういえば今日はどんな撮影なの?」
「今日は大学生の合宿中に怪人があらわれて逃げるシーンよ」
「あ、あれがその怪人じゃない!?!?」
と、博貴が指さすテントからチラっと見えたのは、サメをモチーフにした怪人のようだ。
「あ、あれって仮面ランナーのアクターの高木さんじゃない!?!?」
「ほ、ほんとだわ…ご本人に間違いないわ…」
「そ、そんなにすごい人なんだね…」
全く分からない私は二人の目の輝きがいっきに増したのをみて、きっとすごい人なんだな~と思った。
すると撮影スタッフさんがメガホンマイクでエキストラ参加者の集合を促した。
「じゃぁ私たち、そろそろ行ってくるわね」
「楓~またあとでね~~!!」
「うん!二人とも楽しんでね!!」
楽しそうに砂浜におりていく二人の背中は、なんだか距離が近くなっていて、私の心がほっこりした。
そして二人が集合場所に到着したのを確認すると、堤防に腰をおろした。
《ふうちゃん、これからダイヤちゃんとたかちゃん、仮面ランナーの撮影はじまるみたい》
《そっか、博貴ちゃんと大人しくできるのかな?》
《ふふ、ダイヤちゃんが一緒だからきっと大丈夫だよ》
ダイヤちゃんと博貴たちは、砂浜で監督から今日の流れの説明を受けているようで、いまのところ博貴はまだ大人しい。
《えでかも出たかった?エキストラ》
《私?私はあんまり…だって恥ずかしいもん》
もしテレビに映ったとしても小さくてよく見えないとか、後ろ姿とか、そのくらいだったらまだいいけれど、怪人が出て、叫んでちゃんと逃げれるかなって想像すると逃げ遅れてしまいそうだもの。
《でもえでか、6年生のお楽しみ会で劇やってたじゃん。それも主役》
《あ、あれは!女子全員だったし、それにみきちゃんとえりちゃんが主導だったし…!!それにそれに、みきちゃんとえりちゃんも主役だったんだからね?!》
《あはは!わかってるよ!》
《も~~恥ずかしいこと思い出させないでよ~》
どうやらふうちゃんは、演技の話の流れで記録がヒットしたらしく、たまたま、たまたま女子全員参加だった劇をみたそうだ。
ふうちゃんに言われるまで記憶の奥底に眠った記憶が呼び起され、一気に恥ずかしくなってしまった。
それも3人姉妹が主役のミステリーで、私は一番下の妹役だった。
クラスでもリーダー的存在だったみきちゃんとえりちゃんが長女と次女役で、三女だけがなかなか決まらなかった。
私は裏方をやろうと思っていたのだが、それなりに身長もあり、髪が長い三女の風貌に当てはまるのが私しかおらず「そんなに出番ないから!お願い!」と頼まれて断れなかったのだ。
《でも三姉妹の中では出番がないって意味だったんだよ~》
《ははは!騙されちゃったんだ、えでか》
《うん、なんでも完璧な劇にしたかったんだって》
《でもえでか、練習頑張ってたね》
《うん、結局楽しくなっちゃって》
はじめは緊張したものの、みきちゃんが考えたストーリーと、えりちゃんが考えた舞台は小学5年生にしては本格的で、6年生最後のお楽しみ会を成功させたいという気持ちで一致団結していく様子はとても楽しかった。
《あ、中学の文化祭でもクラス劇やったんだね》
《わ~~~そうだった~~~!!》
《あはは!!今度は留学生のアリスか!こっちのえでかもかわいいや!!》
《も~~!!ふうちゃんの意地悪~!!》
今度ふうちゃんによって思い出させられたのは、中学3年生の文化祭で披露したクラス全員参加のクラス劇。
当初は大きい教室を借りてタイムテーブルに組み込まれていたのだが、なにがどうなったのか、体育館で全校生徒と全来場者に披露する形になってしまったのだ。
あの時の緊張がよみがえってきたので、やっぱり私はエキストラ参加は向いてないと実感した。
なんだか今日はいつもより元気なふうちゃんと、劇の話をしていると、ダイヤちゃんと博貴に動きがあった。
どうやら練習風景の撮影にはいるようで、男女わかれて砂浜をランニングしはじめた。
二人離れてしまったけれど、博貴の甘いマスクと、ダイヤちゃんの美人さは集団の中にいてもとても目立つ。
博貴はいまのところ大人しく指示に従っているようだし、ダイヤちゃんも真面目にランニングをスタートした。
そんな二人を眺めていると、堤防の奥からある集団が近づいてきていた。
こんなところに一人でポツンと座っていたら変かなと考えすぎていると、見慣れた集団だったことを知る。
「あれ、立華じゃん。なにしてんだ?こんなところで」
それは釣竿と、クーラーボックスを抱えた栄一郎君、波川先輩、音澤先輩、小鷹先輩だった。
怖いお兄さんたちじゃなくて、見知った先輩たちでよかったと心なしかほっとした私。
「栄一郎君こそ。私はダイヤちゃんとたかちゃんが撮影してるから終わるまで見学してるの」
「撮影ってあれ?」
「うん、仮面ランナーの撮影なんだって」
「まじ!?だから俺ら追い出されたのか!!」
驚きつつも妙に納得した波川先輩は、4人で穴場の釣り場にやってきたのだが、突然撮影スタッフらしき人に「カメラに映るから移動して」と問答無用で追い出されてしまったそうだ。
そして「暇だから俺たちも見学しようぜ」と隣に座りこんだ先輩たち。
にぎやかな堤防になってちょっとうれしい。
《ふうちゃん、栄一郎君たちもね、一緒に見学することになったよ。釣りにきてたんだって》
《へぇ、まぁえでかが一人きりにならないからよかった》
《ふふ、一人きりじゃなかったよ?ふうちゃんがいるもん》
《…うん、そうだね》
ふうちゃんと再会してから、魔法がまだつながってるってわかってから、一人だと感じたこと、孤独を感じたことはない。
ずっとふうちゃんがそばにいてくれるから。
「ごめんね、立華。うるさくして」
「とんでもないです!先輩たちと一緒に見学できてうれしいです!」
「はは、それならよかった」
私服姿でこうやって5人集まるの、なんだか茶々丸の散歩の時を思い出す。
「そういえば茶々丸は元気?」
「!!小鷹先輩すごいですね…私、ちょうどいまこの前茶々丸のお散歩のときにばったりお会いしたときのこと思い出してました…」
なにか術でも使ったのかなと思うくらいタイミングがよくてびっくりした私。
小鷹先輩もびっくりしたようで声をあげて笑っていた。
「制服以外で外で会うって珍しいからね」
「確かにそうですね~。あ!そしたらここに尚也君もいたら完璧ですね!」
尚也君、偶然が重なって近くにいたりして、なんて近くを見渡してみた。
「立華、立華。大丈夫、探さなくて大丈夫だから」
「そうですか?」
「うん、むしろ絶対に探すな」
「栄一郎君ったら~そんなお化けみたいに~」
「いや、お化けのほうがいいよ。うん」
「え、お化け怖いじゃないですか。音澤先輩、平気なんですか?」
「俺らにとっては尚也先輩のほうが怖いからな」
「え??」
「あー!!なんでもないなんでもない!!!」
うっかり口を滑らせてしまったのか、波川先輩の口が3人によってふさがれた。
「あ、わかりました!もしかして先輩たちも尚也君に遊んでもらってたんですか?ご近所さんでしたもんね!!」
きっとその時、尚也君のほうが先輩だから、いろいろ尚也君のやんちゃに付き合わされたのかな。
尚也君の家、いつもいかついお兄さんと派手なお姉さんがいたし、慕ってる後輩も多かったみたいだから。
「いや…そういうんじゃないんだよ、立華…」
「???」
「まぁ、なんつうか…たぶんこの辺の男は絶対いっかいは尚也先輩に絞められてるっつうか…」
「へぇ~~!!すごいね、尚也君!!」
尚也君、面倒見いいから、先輩たちのお兄さん的存在だったのだろう。
こうして見知らぬところで大好きな人たちがつながってるなんて、不思議だけどうれしくなる。
でも波川先輩がぽろっと「だめだこれ、絶対通じてない」と小鷹先輩に話していたけれど、栄一郎君が「もう、お前はそれでいいや」と私の肩に手を置いてうなだれていたのでよく聞こえなかった。
ダイヤちゃんと博貴の撮影は順調に進んでいるようで、ランニング風景の次は基礎トレーニングの撮影にうつった。
またも男女わかれての撮影だったけれど、すれ違うときに声をかけたり、離れていてもアイコンタクトしあったりしているようで、見てるこっちがニヤニヤしてしまう。
「~どうだろ」
「でも~博貴~~」
隣で小鷹先輩と音澤先輩がなにやら大事な話をそはじめた。
あまり聞き耳をたてないように砂浜のダイヤちゃんと博貴に集中した。
「ねぇ、立華はどう思う?」
「え?なにがですか?」
「博貴、樹属性の属性部長に任命しようと思ってて」
「えぇぇ?!そ、そうなんですか?!」
二人が相談していた内容がまさか博貴のことで、しかも私が聞いていいものなのかと驚きすぎた。
先輩たちは「タメからみた意見も聞きたいからね」と言ってくれたので、安心したけれど、それでも属性部長に博貴の名前があがっていたことに驚きは隠せない。
「前から4人で話してたんだ。博貴が適任じゃないかって」
「でもあいつ、すぐ暴走するにやかましいじゃん?だから彼女でもできれば大人しくなるかなって思ってたわけ」
「そ、そうだったんですね…」
だから博貴とダイヤちゃんの間を取り持つのに、やけに協力的だったのかと納得がいった。
「普通だったら玄武組から推薦するんだけどさ、いま2年の玄武組に樹属性はいないし…ちょっと問題もあってね」
「問題ですか?」
「うん、樹属性はどうしても比べられちゃうんだ、洋介先輩と」
あ、そうか…これまで日の目をみなかった樹属性が体育会で大活躍をし、他の属性にも引けを取ることなく活躍できるようになったのは洋介先輩の指導力が大きい。
それは北都高校の生徒だけでなく、中等部にも広がり、いまだに憧れの先輩として名をあげる者も多い。
そのため今の樹属性部長も洋介先輩が任命したほどなのでとても優秀なのだが、どうしても比べる人が後を絶たず、苦しんだ時期があったそうだ。
洋介先輩のアドバイスもあり、今では先輩らしく、洋介先輩とは違った形で樹属性を引っ張っていってくれているので、来年の樹属性代表には期待がより高まっているらしい。
「立華からみて博貴は属性部長、つとまると思う?」
「正直にきかせてくれ」
私がそんな大事なことに、意見していいのかなとか、私の一言で博貴の人生が変わってしまうのでは、と少し気にしていると、先輩たちは優しく私が口を開くのを待ってくれた。
「・・・できます。たかちゃんなら、属性部長できます」
「理由も教えてくれる?」
「えっと…たしかにたかちゃん、時々校則違反すれすれなこともするし、感情一直線でびっくりしちゃうこともあるけど…たかちゃんは私が草花属性だからって馬鹿にしたりすることもなく、ずっと仲良くしてくれました。たかちゃんは誰にでも平等に声をかけるから、慕ってる後輩も多いですし、きっと属性差別で悩んでる後輩を見落とさないです。だから周りの声なんてバネにして、たかちゃんらしい属性部長になってくれますよ、絶対」
いまだって、初対面の人が多い中、たかちゃんの周りには人が集まってきてる。
年齢だってバラバラだろうし、たかちゃんの周りには異能力者だろうと一般人だろうと関係なく笑顔があふれてる。
だからきっと、たかちゃんが属性部長になったら、笑顔いっぱいの樹属性組になるだろう。
私にはなんとなく、そんな未来がみえた。
「ありがとう、立華。実はね、俺たちも同じ意見だったんだ」
「え?!」
「でも俺らの考えと、タメは違うかもしれないと思って立華に聞いてみたんだよ」
「ってことは…じゃぁ…」
「うん、新しい樹属性の属性部長は博貴を任命するよ」
「!!!!!」
すごい…すごいすごいすごい、凄く嬉しい。まるで自分のことのように嬉しい。
きっとたかちゃん、びっくりするだろうな、どんな顔するかな、どんな反応するかな。
「だから立華、博貴のこと、ひそかにサポートしてあげてね」
「属性部長って課題提出忘れると降ろされることあるんだよ…」
「今までそんな人はいなかったけど、念のため、ね?」
「ふふふ、はい!任せてください!」
こんなに嬉しいのは、博貴が属性部長に選ばれたことだけでなく、先輩たちが私を信用して大事な話を教えてくれたり、意見を聞いてくれたりしたからか。
であれば、博貴が属性部長を降ろされないようにサポートできることはサポートしよう。
それが先輩たちの恩返しになるように。
「残るは雷属性だけか~」
「あ、他の属性部長はもう決まってるんですね」
「うん、火属性は火野にお願いすることにしたんだ」
「え!!ゆ、ゆうた君が!?」
「だから火野と博貴は来年は玄武組に移動するんじゃないかな」
小鷹先輩の話だと、ゆうた君を属性部長に選ぶまで時間はかからなかったそう。
玄武組にも有力候補は何人か名前は上がっていたけれど、火属性の先輩たちもゆうた君で満場一致だったらしい。
なんでもゆうた君の負けず嫌いさが、属性部長になってどう成長するかみんな楽しみなんだって。
他にも栄一郎君から土属性の属性部長にはなんと豊田が選ばれ、水属性の属性部長にはかずまが選ばれていて、他の属性部長も教えてもらったが、みな納得しかない面々だった。
小学生の時はあんなにやんちゃだった面々が、こうして属性部長に選ばれるくらいになるなんて、みんな大人になったんだなと思った。
「でもどうして雷属性は悩んでるんですか?」
ここまでぴったりな人選ができるのに、どうして雷属性だけ残っているのか、逆に不思議なくらいだった。
「ん~実はさ、小林と波多野で悩んでたんだよ」
波多野の名前をきいて心臓がチクリと痛んだ。
波多野とはあれから修学旅行以前よりも険悪になってしまい、周囲が心配するほどだった。
「順当にいけば小林だったんだけど、最近波多野頑張ってるなって思ってたから候補にはいれてたんだ。でも最近ちょっと様子がおかしいだろ?属性部長にはいつでも平常心が求められる。だからいまの波多野では不安定なんだよな」
「そ、そうだったんですね…」
波多野の不安定の原因がまさか私だなんて、どう言えばいいだろう。
もし言ったら、せっかくこんなに信頼してくれているのに、崩すことになってしまうだろうかと、口にするのが少し怖くなった。
でもそんなことで崩れるような先輩たちではないって私がよく一番知っている。
勝手に浮かんだ妄想はすてて、顔をあげ、意を決して声をあげる。
「あ、あの…!」
「きゃああああああああ!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
するとタイミング悪く、砂浜にいるエキストラ参加者たちが一斉に堤防に向かって走ってきた。
とてもリアルは叫び声で、みんな演技上手なんだな、なんて思っていると、なぜか参加者の中に撮影スタッフも混ざってやってきている。
「立華!こっち!!!」
なにかおかしいと気づいた瞬間にはもう、小鷹先輩に腕を引き寄せられて先輩たちに囲まれていた。
そしてなんだか妙なしっくり感を感じていると、りく先生が特訓のときに使っている結界に似た結界内に入っていた。
「せ、先輩?どうしたんですか…!!」
小鷹先輩の背中越しに見えたのは、砂浜にいるサメの怪人、なんかではない。
「とんだ怪人のおでましだぜ」
波川先輩が不敵に笑う。
人の形をした黒い靄。
現実の怪人、鬼と、逃げずに砂浜の残ったダイヤちゃんと博貴の姿だった。
続く




