ー125-
ー 夜 練習場 ー
夜の練習も中止になったため、いつもよりはやめに特訓にむかった。
するとそこには意外な人物がりく先生と一緒に待っていた。
「よぉ!かえでっち!」
「よ、洋介先輩!?」
りく先生にスペシャルゲストと紹介された洋介先輩。
洋介先輩がここにいるということは、鬼神のことも、私の特訓のことも知っているってことなんだろうかと、口をすべらす前にりく先生をちらっと見た。
「ひとまず中に入れ。入ってから説明する」
練習場の中に入ると、いつもの練習場とは打って変わってジャングルのようにいろんな異能草で埋め尽くされていて、練習場の面影すらなかった。
「今日洋介に来てもらったのは他でもない。こいつに空中感覚の特訓つけてやってくれ」
「え?!?!」
「りくさんの頼みとかえでっちのためならよろこんで~」
「え?!?!…えっ!?!?!?」
洋介先輩は驚くことしかできない私をみて声をあげて笑っている。
「こいつは俺の元影なんだよ」
「も、元!?そうだったんですか?!」
「そっ!大学中はお休みしてて、長期休暇中になにかあれば手伝うってことになってんの♪びっくりした?」
「び、びっくりどころじゃないです・・・」
「別に辞めてもいいって言ってんだけどな。続けたいってしつこいから、どうせなら利用するかって連れてきたんだよ」
「り、利用って・・・」
そんな言い方しなくてもと思うけど、りく先生なりの照れ隠しなのを洋介先輩もわかっているから、洋介先輩もちょっとうれしそう。
「俺は少し茨木の件で仕事が残ってるからよ。戻ってきたら打ち込みすっから頑張れよー」
と言ってりく先生はあっさりと伝えると、練習場を出ていってしまった。
茨木先輩の件で後始末とか、陰陽省とのやり取りとかやることがまだいっぱい残ってるらしい。
「しっかしりくさんから話きいたときは驚いたぜ~。まさか楓っちが鬼神戦に参加するなんてよ」
「私もびっくりですよ。まさか洋介先輩がりく先生の影だったなんて!あ、もしかして…洋介先輩が影だったから私が辞めないように声かけてくれてたんですか?」
洋介先輩は私が1年生のころ、このまま異能戦闘倶楽部に残ってもいいのか葛藤していた時期によく「かえでっち、元気?!」とか「かえでっち、頑張っててえらいな!」とか「かえでっちなら大丈夫!」って声をかけてくれていた。
しかもそれだけでなく、トレーニングルームで他の先輩たちが「正直、草花属性っていらないよな」って話していたのを聞いてしまい、施錠できずにいたときに洋介先輩が「でもかえでっちの治療が一番丁寧でうまい。俺たちはできることが当たり前になりすぎて無意識に放漫になってるんだよ。いらないって言うならかえでっちよりも治療うまくなれよ」って怒ってくれたことがある。
それに洋介先輩が卒業式の日、私が挨拶にいくと「かえでっち、絶対にやめるなよ」って泣きながら言う姿に、私も絶対にあきらめないって思った。
あの時の力強いまなざしが、妙に印象的だった。
でもそれも洋介先輩がりく先生の影だったのなら、私がもし俱楽部を辞めていたらふうちゃんに再会する機会が減ってしまうから納得だ。
「そんなんじゃないよ」
と、思ったのだけれど、洋介先輩は少し恥ずかし気に頭をかきながら答えた。
「中学のころから頑張ってるの見てたからさ、この子は絶対強くなるって思ったんだよ。だから辞めたらもったいねーなって、それだけ!」
「洋介先輩…」
「さ!さっそく去年より強くなったかえでっち、見してみ!!」
「…はい!よろしくお願いします!!」
私の気づかないところで、洋介先輩や小鷹先輩たちみたいに見てくれてる人は必ずいるんだ。
そして強くなるって信じてくれてる。
なら私は信じてくれてる先輩たちにこたえられるように、頑張りたい。
嬉し涙をぬぐって私は立ち上がった。
「おぉーー…かえでっち、これ2カ月くらいで習得したの?まじ?」
「修学旅行のころから特訓つけてもらってるので、そうなりますね」
「すげーよ、かえでっち!普通2カ月でここまで習得するなんてなかなかないぜ?!」
「そ、そうなんですか??」
「うん!りくさんの教え方もいいのかもしれないけど、今まで頑張ってきたことがつながってきてるのかもな!」
「それだとうれしいです…」
洋介先輩にこれまで習得した夜花世界と、夜花での空中感覚、そして双剣での軽い打ち込みをみてもらった。
「でもりく先生からは空中でも双剣の打ち合いできるようになれって言われてるんです」
「なるほどね、だから俺が呼ばれたのか~」
ふむふむ、と考えはじめた洋介先輩。
そして「よし!」と声をあげると意気揚々とこう言った。
「俺が昔やってた練習メニュー一通りやってみっか!ちょっときついけど、かえでっちなら大丈夫っしょ!!」
まさかこのメニューが、りく先生の特訓内容が優しいんだって気づく機会になるなんて、この時の私は知らなかった・・・。
洋介先輩のメニューはこうだ。
空中感覚をマスターするには、とにかく何度もやるしかない、とのこと。
そのため床から練習場を周回しながら天井までのぼっては下る空中ランニングと、うさぎ跳びをしながら空中を壁のようにのぼり、でんぐり返ししながらおりてきたりと、なんとも体育会系メニューてんこもりだった。
「かえでっち~遅れてるぞ~」
「は、はいぃ~・・・!!」
「大丈夫大丈夫~!!つらいのはまだこれからだから~!!」
「へ!?」
「さぁ~ラストスパート、ペースあげてこ~!」
「は、はいぃぃぃ~~!!」
忘れていたのだ。
洋介先輩が特訓していた1年生のころは、まだ北都高校は男子校で、監獄かってくらい厳しい高校だったってことを。
ということは、私はいまその監獄メニューをやっているてこと?!?!と、現実から目をそむけるため、私は天井から後ろ向きに転がりはじめた。
待ちに待った休憩では、床に転がったまま動けない私に洋介先輩はお水をもってきてくれた。
「おぉーーーー…かえでっち、よくついてこれたね」
「はぁ…はぁ…そうですか…?」
「あっはは!!ギリギリだったね!!」
洋介先輩はギリギリだったと笑うけど、全然ギリギリなんかじゃない。
ギリギリはもうとっくに超えている。
おかげで脇腹はずっと痛いし、呼吸するたびに身体のどこかが痛いもの。
「このメニュー、少し回数とか距離は減らしてるけど、女子でついてこれた人、ほとんどいないんだぜ~」
「そ、そうなんですか・・・??」
「うん!だからいっぱいトレーニングしてきた証拠だな!!」
さすが洋介先輩。
まったく息ひとつきらしていないし、肩も揺れていない。
なんならこれからもう1セット軽くできそうなくらいだ。
私は御免被るけれど。
「かえでっちのその粘り強さなら、きっとついてくるって思ってたしな!」
「あ、ありがとうございます…」
嬉しいことを言われてるはずなのに、呼吸することで精一杯で、うまく返事ができない私。
洋介先輩はそんな私すらどこか楽しんでるようだった。
「じゃ、落ち着いたようだし、いっかいいつも通りに空中動いてみな!」
「はい!ってひゃあ~~~!!!」
しばらく休憩した後、いつものように空中に足を踏み出し天井を目指す私。
いつもと違ったのは、足を踏み出したとたん、踏み台になっていた夜花がエレベーターのようにぐ~んっと私を持ち上げた。
さすがに落ちる落ちる!と思ったけれど、空気圧の影響でいっさい落ちる気配もなく、天井まであっという間にやってきてしまった。
「どう?!かえでっち!!」
洋介先輩も自分の異能で天井までやってくると、びっくりして夜花にへばりついてる私を起きあげてくれた。
「び、びっくりして心臓飛び出るかと…」
「かえでっち、今日いっぱいびっくりしてんね~!!」
「でもなんで急にこんな風になったんでしょう?私、いつもみたいに上るつもりだったんですけど」
「それならさっきのメニューで限界を超えたからだよ」
「限界を、ですか?」
洋介先輩が説明した内容をまとめると、草花属性はとくに限界を超えると一気に成長する傾向があるらしい。
根っこもすべて腐りきってしまい、もうだめかと思ってもわずかな根が摂取した少ない栄養でも復活したり、草花は他よりたくましく自生し続ける。
なのでわざと監獄メニューをこなすことで私の限界を超えさせ、私と夜花をたくましく復活させたのだそう。
「私だけじゃなくて夜花もなんですか?!」
「そうそう。だからかえでっちが天井に行きたいって思ったから、天井まで運べるようになったってわけ」
「す、すごい…」
「いままではかえでっちの意思で、かえでっちの足で天井まで向かう、夜花はそのための道って感じだったと思うけど、さながらかえでっちの意思を反映したエレベーターってわけ~!」
あれ?エスカレーター?歩く歩道?って洋介先輩はたとえを迷っているけど、私はなんでもよかった。
だって私の特訓が、夜花にも影響してたって知ってうれしかったから。
「あ、だからりく先生「俺がいるから道になる」って言ってたんですね!その意味がわかりました!」
「りくさん、そんなこと言ってたの?!まぁあながち間違いじゃないけど、かえでっちが限界を超えれば超えるほど、かえでっちの意思に反映した動きをしてくれるし、成長もしてくれるから、これからも監獄メニュー続けてみな!!」
「うっ…が、頑張ります…!!」
その後りく先生が後始末が終わって戻ってくると「上出来」をもらい、なんと洋介先輩&私対りく先生の打ち合い練習をすることになった。
やっと久しぶりに双剣の打ち合いでわくわくしたけれど、空中を動き回りながら打ち合うと、位置取りも意識しなければすぐに背後をとられ、簡単に打ち落とされてしまう。
洋介先輩が空中での動き方や、位置取りのコツを都度都度教えてくれて、3回に1回は背後をとられなくなってきた。
どうやらまだまだ私には監獄メニューで限界を超える必要がありそうだ…。
今日の特訓も終わり、体力がカラカラになっていると、まだまだ余裕そうな洋介先輩がりく先生に茨木先輩のことを質問した。
「そういえばりくさん、茨木って蜘蛛の森に送られるんすよね?けっこう罰重くないっすか?」
「あー、あれは空雅さんの判断だ」
「あー…逆鱗にふれちゃった、的な…?」
「そういうことだな」
「???」
洋介先輩が「なら仕方ない」と、なぜか私をみて納得して、私は首をかしげた。
「お前、いつまでこっちにいる予定だ?」
「一応あと3~4日はこっちにいようかと」
「ならちょうどいい。それまで特訓に付き合え」
「よろこんで~!ってことで、もうしばらく一緒に頑張ろうな、かえでっち!」
「はい!よろしくお願いします!!」
洋介先輩からこうやって教わりながら練習できるなんて、去年は考えられないことだったから、もう少し教わりたいなと思っていたところだった。
だからきっとおもっいっきり嬉しさが顔に出ていたかも。
「で、お前は来週試験があったろ?」
「あ、はい!」
「前日実家に戻って勉強しろ。試験明けの来週、東都へいくからついでに準備しとけ」
「は、はい!!」
私のテンションが一気にあがる。
今日の疲れなんて吹き飛ぶくらいに。
だって来週、やっとふうちゃんに会えるってことだもん。
《ふうちゃん!来週、東都に行けるよ!》
《俺もさっき兄ちゃんにきいた!》
《楽しみすぎて待ち遠しいね》
《うん、ほんとに》
嬉しさと楽しみさが全部顔に漏れ出てたみたいで、りく先生にからかわれる私。
洋介先輩にも気づかれて「なになに~かえでっち彼氏~?」と聞かれたので
「はい!!大好きなふうちゃんです!」
と、元気いっぱいに答えた。
「なに!?ちょっとりくさん!!かえでっちの彼氏、ちゃんとしたやつなんでしょうね!?変な男だったら許せないけど!?!?」
「大丈夫だ、それなら問題ない。なにせ俺の上司の弟だからな」
「りくさんの上司の・・・えぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!?!?」
その日の夜、洋介先輩の声が北都中に響き渡った。
続く




