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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
119/156

ー119-

あれからどれくらい時間がたったのかわからない。

特殊結界が作動しているため、外の様子がいっさいわからないからだ。

ふうちゃんに言われて試しにカーテンを開けてみたら真っ白な空間にいて、寮の音も人の気配もいっさいない。


《ねぇふうちゃん、あとどのくらいでみんな帰ってくるかな》

《大丈夫。解呪の順調に進んでるし、茨木の居所も見つかったみたい。りくさんたちが向かっているよ》

《そっか…りさちんとダイヤちゃんも無事?》

《うん、いま二人は操られてた生徒を救護車に運んでるみたい》


外の状況がいっさいわからない私は、りく先生が報告してる内容をふうちゃんから教えてもらっている。

おかげでなんとなくの様子はつかめているが、あまり実感がわいてこないのも本当のところ。


居場所がわからなかった茨木先輩のところに、りく先生だけでなく、さゆり先生や齋藤先生も向かっているそうなので、きっとすぐ解決するだろうと思ってはいるけれど、時間の感覚がないのであとどのくらい待てばいいのか気持ちがそわそわする。


《えでか、えでかのことはなにがあっても守るから。大丈夫だからね》


それでもふうちゃんが、ずっと魔法を送り返してくれるので安心していられる。


《ありがとう、ふうちゃん。私ももっと応援しなきゃね》





時間間隔がわからないと時間がとても長く感じる。

ふうちゃんによるとまだ起きてから1時間くらいしか経っていないそう。

私としてはもう3時間くらい過ぎたと思っていたのでびっくりした。

落ち着かない私は部屋の中うろうろしたり、ベッドに座ったり立ったり繰り返していて、ふうちゃんに笑われている。

でもふうちゃんが笑ってくれるおかげで正気を保っていられる気がする。


《ねぇふうちゃん、茨木先輩はどうしてこんなことするだろう?そんなに陰陽省に入りたいのかな?》


時間があるからか、いままで考えてこなかったことに思考が働くようになった。

だって茨木先輩と関わらないように気をつけてはいたけど、茨木先輩自身に興味なんてなかったから。


《そうだね…俺も考えたことなかったな》

《ふふ、そんな気がする。でも陰陽省に入るだけなら、茨木先輩には難しくないんじゃないの?》

《たぶん。東都の選抜メンバーでもあるし、スカウトはきてると思う。本人は明かしてないけど》

《じゃぁただ目立ちだけ?ふうちゃんのほうが強いから嫉妬なのかな?》

《ん~俺、目立ってるつもりはないけどな~》


と、二人で茨木先輩の動機についてもんもんと考えを巡らせる。


《全然わかんないね》

《うん、あいつのことこんなに考えたのはじめてだよ》


ふうちゃんがそんなおもしろいことを言うもんだから、結界の外で防衛線が行われてることを忘れそうになる。


《それかあれかな?陰陽省にはいってやりたいことがあるとか?》

《あ…そういえば茨木父がやけに陰陽省に近づこうとしてるって兄ちゃんが言ってた…》

《じゃぁ茨木先輩はお父さんのために動いてる…ってこと?》

《その線はあるかもしれないね》


でも結局なんのために?が見えなくて首をかしげると、ふうちゃんもかしげてるような気がした。

もし属性差別を増長させることが目的なのであれば、別に陰陽省に入る必要はない。

他にもやり方はたくさんあるからだ。

むしろマスメディア関係とつながりを持つ方がはやいだろう。

それに属性差別を増長させることで茨木親子が得られるメリットが見えない。

本当に茨木親子の後ろに大物政治家や、陰陽省幹部がいるとして、お金が目的だったとしても、悲しい話属性差別主義者が多い世の中を増長させたところで大したお金にはならないだろうという話だった。


《ん~~さっぱりわかんない!》

《兄ちゃんはなんか知ってる風なんだけど教えてくれないんだよね》

《そうなんだ?いつもなら教えてくれそうなのに、珍しいね》

《でしょ?まぁ今日中には茨木父のほうは捕まえられそうって話だから、そしたらたっぷり教えてもらうよ》


お兄さんから預かった伝言を思い出した私。

りく先生に今日まで時間稼ぎするようにって内容だった。

だからなのか昨日はいつもよりげっそりしていて、こっちが心配になるほどだった。


《だからえでかは安心して部屋で待ってようね》

《うん、それまでおしゃべり付き合ってね?》

《もちろんだよ、えでか》


ふふ。大好きなふうちゃんに過保護に心配されるのが、なんだかくすぐったいけど胸があたたかくなる。

もし私とふうちゃんの子供ができたら、子供にもこんな風に過保護になるのかな、なんて想像したら恥ずかしくなったので頭をふった。

そこでふと思ったことがあったので、ふうちゃんに聞いてみた。


《あ、茨木先輩のお母さんってどんな人なのかな?》

《母親?》

《うん、お父さんは議員で先生もやってって話題に出るけど、お母さんの話って全然でないなって。他に兄弟とかいるのかな?》

《たしか母親は体調が悪くて外にはずっと出てこなくて…あと姉が一人って噂できいたかな》

《そっか…ふたりはどう思ってるんだろう…ふたりも賛成してるのかなぁ…》

《えでか、ナイスだよ》

《へ?なにが??》

《茨木親子の目的はそこかもしれない》

《?????》


ふうちゃんはなにかに気づいたらしく、嬉しそうに報告をしてくれた。


《茨木親子がなくしたいのは属性差別でもないし、増長させたいわけでもないと思う》

《え、そうなの?!》

《うん、きっと実績としてつくりやすいから利用してるだけだ》

《それで利用してどうするつもりなの?》

《…姉を生き返らせたいのかもしれない》

《え…じゃぁお姉さんは…》

《任務で亡くなったって、噂で》


静かな部屋がさらに静かになった。

茨木先輩にお姉さんがいて、そのお姉さんが亡くなっていることも、茨木親子の目的がそのお姉さんを生き返らせることかもしれないなんて。


《で、でも…生き返らせる方法なんて…》

《たぶん…そのための奇跡の幻術なんだと思う。きっと全国民に姉が生きているって幻術をかけるための》

《そんなの…おかしいよ…だってそんなことしてもお姉さんは…》

《うん、生き返らない》


変だよ、そんなの。

お姉さんが亡くなったことは悲しいことだと思う。

それでも日本中巻き込んでお姉さんが生きてるって幻術をかけようとしてるなんて、常軌を逸している。


《俺の想像が正しければね。兄ちゃんに確認してみるよ》

《うん…》


もっと茨木親子の目的がお金とか世界征服とか、そんなわかりやすい目的だったらよかったのに。

そしたら心の底から嫌いになれるのに。

茨木親子の大切な人が関わっていたと思うと、胸がチクリと痛む。



「きゃっ!!!!」


するとドンッ!!と突如部屋が大きく揺れ、油断していた私はベッドのスプリングのはずみで壁に激突した。


「~~~~~いっっ・・・!!」


ぬいぐるみがたくさん並んでいたおかげで正面衝突はさけられたが、油断しているときに頭をぶつけると倍痛いのは気のせいだろうか。



《えでか、なにかあった?》

《うん、部屋が揺れたの。外でなにかあったのかな?》

《部屋が…?結界の中にいてそれはないはず…ちょっと待ってて》

《う、うん…待ってるね》


私はぶつけた頭をおさえながら、崩れたぬいぐるみたちをもとに戻した。


《えでか…ちょっとまずいことになったかもしれない》

《まずいこと…?》

《うん。どうやら大量の蟲人が校舎内に侵入したみたい》

《む、蟲人!?どうして…!?》


蟲人は蟲を使役する異能力者、つまり人間だ。

鬼のような人間はごまんといるが、鬼に近づいてしまった者を蟲人と呼ぶ。

鬼に加担する人物として陰陽省に指名手配されることがあるが、事前に防ぐ制度が整ったり、保護施設ができたこともあり、ここ数年あらわれることはなかった。


《北都結界師協会に茨木一派のスパイがいたみたいだね。北都高結界に誤作動おこさせて、その隙に蟲人を送り込んだらしい》

《みんなは無事なの?!》

《まだ報告がないからわからない。茨木親子もどこかの結界内に潜んでるみたいで、あと一歩のところで侵入されたから、りくさんも振り出しに戻ったって。いまは蟲人の捕縛を優先してるそうだよ》

《そんな…》

《…少しずつ負傷者も出始めてるみたい。解術されたばかりの生徒は寝込みを襲われたようなもんだからね》

《ふうちゃん!!》

《…えでか、だめだよ》


まだなにも言ってないのに、ふうちゃんには伝わったようだ。


《私、治療に行かなきゃ!》

《ごめん、俺が言わなければよかったね》

《ううん。ふうちゃんのせいじゃない。私が行きたいだけ》


みんな学校のために戦っているのに、やっぱり私だけ安全なところにいるなんて出来ない。

まだ戦うことはできなくても、怪我人がいるなら助けたい。

だからふうちゃんのせいじゃないの。助けたいっていう私の性のせい。


《でもりくさんが許可しないと出れないんだよ》

《じゃあふうちゃん、お願い!りく先生に伝えて?》

《俺はりくさんには伝えられないんだ。兄ちゃんじゃないと…》

《じゃぁお兄さんにお願いして?》

《えでか…でも兄ちゃんが許すと思う…?》

《手強いだろうけど…でも私だって学校のためになにかしたいよ。みんなとの学校、大好きなんだもん》


ふうちゃんの気持ちも、お兄さんの気持ちも、櫻子お姉さんの気持ちも、りく先生の私を想う気持ちは痛いほどわかる。

だからここに残っていたほうがいいっていうのもわかる。

でも頭ではわかってはいても、身体がじっとしていられないの。

みんなを守りたい、学校を守りたいって身体が言ってるんだもの。


《…ねぇふうちゃん、りく先生が許可してくれればいいんだよね?》

《う、うん。そうだけど》


じっと待っていることができなくなったからか、妙に頭が冴えてきた。

私の仮説が正しければ、りく先生にこの声が届くはず。

私は大きく息を吸い込んだ。



「りくせんせーーーーー!!!!!!ここから出してーーーーーー!!!!!!わたしも!!!!!戦いたい!!!!!!!!みんなと一緒に!!!!大好きな学校を守りたいんです!!!!!だからお願いしまーーーーす!!!!!!!!」


起きる瞬間にきいたりく先生の声。

あれは私の夢で聞いたのではなく、この結界を通して聞いた声なんだと思う。

であれば、きっとふうちゃんとの会話もこのお願いもりく先生は聞いているはず。

なんとなくそう直感が働いた。

でもそうであってほしい。

じゃないと部屋でひとり叫んでる変な人になっちゃうから。


「りくせんせーーーーーーー!!!!!!聞いてますよね!?!?!?!?出してくれなきゃふうちゃんに言いますよ!!!!!!盗み聞きしてたことーーーーー!!!!!」


この直感に理由をつけるとしたら、りく先生も過保護だから、としか言えない。


「りくせんせーーーーー!!!お願いしま」

「うるせぇよ!!!聞こえてるわ!!!!!」


勢いよく部屋の扉があき、慌てたりく先生がやってきて、私の直感が当たってことを教えてくれた。


「りく先生!!!私も防衛線に行きます!!!」

「だめだ。状況は大雅さんから聞いたろ?蟲人に侵入もされてんだ、そんな中にお前を出せるか」

「でも怪我人がいるなら放っておけないです!!」

「もうすぐ解決できんだからそれまで大人しくしてろ!」

「嫌です!もうすぐ解決できるなら治療に行かせてください!!じゃないと・・・」

「・・・??」


そしてもうひとつの仮説。

りく先生にこう言えば首を縦にふらせることができる方法。それはー・・・


「ふうちゃんに言いますからね。私の部屋、見たこと!!!!櫻子お姉さんにも!!!!!」

「はぁ!?!?!?!?」


ずるいことしてると思う。

りく先生の弱い部分につけこんで、ふうちゃんと櫻子お姉さんの優しさを利用するなんて。

口にした途端、罪悪感が胸いっぱいに広がっていく。


「~~~~!!!!」

「・・・・・・はぁ。泣くなら最初から苦手なことすんな」

「ぐず・・・泣いてないです」


そう、まだ泣いてないだけ。

目が熱いし、涙もたまってりく先生の顔もよく見えないし、鼻水だって流れそう。

いまぽろっとこぼれたのは、りく先生が頭をゆらすから。

だからまだ泣いてないだけ。


「いいから泣き止め。ちょうどお前のこと迎えにいくとこだったんだ」

「・・・そうなんですか?」


じゃぁあんなに叫ぶことなかったんだと思うと、恥ずかしさでのぼせそう。


「ここにいる限り茨木一派に見つかることはないんだが、あいつら結界層ごと攻撃仕掛けてきててな。さっきみたいな衝撃が繰り替えされそうなんだ。壁にぶつかって怪我しましたなんて洒落にならんからな、お前のことはこいつらに任せることにした」

「?こいつら??」


やっぱり私がさっき壁にぶつかったの見てたんだと思っていると、りく先生が息をフッと吐いた。

すると一瞬で学校を見下ろす見晴台にやってきていた。

今まで部屋のいたのに驚いていると、一応いつでも出動できるように制服に着替えておいてよかったと思った。

でも目の前の景色をみたらその安心すら一瞬で消え去った。


「な、にこれ・・・ひどい・・・」

「現実の校舎じゃない。戦闘結界の層だ。実際は無事だから安心しろ」


と、りく先生は言うけれど、言われないと戦闘結界の層にいるなんてわからない。

目の前に広がっているのは地を這うようにうごめいている蟲の大群と、戦力ギリギリだと一目でわかる防衛ライン。

校舎も一部は崩れ、講堂近くには火が上がっている。


「蟲の戦力はそんなに高くないんだが、なにせ数が多い。防衛結界が作動すれば防衛戦も成功するんだが、勢力的に間に合わないかもしれなくてな。だから防衛戦成功前に首謀者の茨木を捕らえることした。俺は蟲人を捕縛に出向かなきゃならねぇから、お前はこいつらと茨木のところへ向かってくれ」


そう言ってりく先生が指をならすと、見慣れた顔ぶれが一瞬であらわれた。


「!?!?!?」

「!?・・・あれ?立華?」

「小鷹先輩に渋谷先輩…?!?!」


なにが起きたかわからないような顔した小鷹先輩と渋谷先輩。

それに栄一郎君と波川先輩、音澤先輩も一緒だ。

先輩たちどうしてと驚いていると、りく先生が「こいつらならお前も安心だろ」と耳元でささやいた。


「おい、お前ら。この前の罰則だ。茨木を見つけて生かして捕らえろ」

「この前の罰…?」

「ばか博に加担した罰だよ。トイレ掃除よりいいだろ?」


と、りく先生は意地悪な笑顔を5人に向けた。


「まじ!?トイレ掃除しなくていいの!?ラッキー!!」


状況を把握した波川先輩が両手をあげて飛び跳ねた。

栄一郎君も「掃除より戦闘のほうが楽~」と喜んでいた。


「仁、お前もわざわざ北都にまできてトイレ掃除しなくていいんだからよかったろ?」

「まぁそうですけど…」

「でもなんで立華が?立華たちはもう罰則終わりましたよね?」


確かに小鷹先輩の言う通り、私たち2年生はトイレ掃除のかわりに解術することになっていた。

だから先輩たちの罰則として同行する理由はなんだろうと思った。

するとりく先生は空間を割ると、指さしながら続けて説明した。


「茨木はこの層のどこかにいる。結界が入り込んでるからこいつの直感と嗅覚を頼りにして進め。この中だったらなにしても構わん。とにかく奴の幻術暴走をとめてこい」


そしてりく先生がくいっと指を動かすと、私たちの身体が宙を浮いた。


「え!?えっ!?」

「タイムリミットは30分だ。せいぜい頑張れよ」


と、軽く言うと私たちを空間の中に指先ひとつで投げ入れた。




続く

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