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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
118/151

ー118-

ー 強化合宿5日目 夜 ー


「ほらっ!!腰がひけてる!!立ち上がりが遅いっっ!!!」

「はい!!!」

「まだまだ!!!そんなんじゃ寝てる間に殺られるぞ!!」

「っはい!!!!」


りく先生の喝が飛ぶ中、なにをしているのかというと、空中感覚の特訓でかけあがり、落ちたらすぐに姿勢を立て直す特訓だ。

つまり何度も空中にいっては落ちてを繰り返す、はたからみたら地味な特訓だ。


昨日、ふうちゃんのアドバイス通り空中感覚をつかむよりも姿勢の立て直しに意識を向けたら、そっちがメインになっていった。

それに齋藤先生から無駄は大事だって話を聞いたからか、はやく身につけなくちゃって焦りも不安も消えてしまったので、進んで無駄に無駄なことを重ねている。


「どこに落ちるかわからないんだ!!!どんな場所に落ちてもすぐに立てっっ!!!」

「はいっ!!!」


りく先生の言う通り、鬼神戦では足場が常に安定しているとは限らない。

なにがあっても戦えるよう、自分を守れるよう、立ち上がらなければいけないんだ。


「遅い!落ちてる途中に体制を整えろ!!落ちてからじゃ遅いんだ!!!目をつぶったら死ぬと思え!!」

「…はい!!!」


今日はずっと「はい」しか返事ができていない。

それくらい何度もかけのぼっては落ちてを何時間も繰り返している。

落ちる瞬間、どうしてもまだ恐怖が勝ってしまうからか、目を閉じてしまいがちになる。

わかっていても癖がついてしまったのなら、癖が治るまで繰り返すしかない。

そう思いながらまた駆け上っては夜花から足を踏み外す。


「へ??」


すると一瞬目を開けるのが遅くなると、目の前に鋭い蔓が迫っていた。


「~~~!!!!!」


間一髪身をよじって避けたので、着地に失敗し、ずべっとクッション草に転がった私。


「~~~~~!?!?!?!?!!!!!!」


そして痛がる暇もなく、顔の横をすれすれを蔓が通っていき、次々と足元、横っ腹を狙ってくる。

ドッジボールだとしてもこんなに緊迫する状況はないだろう。

やっと蔓がクッション草に消えていくことには、私の息は切れ切れで、もう動けそうになかった。


「おーおーおー。へばりましたか~立華さんよ~」

「はぁ…はぁ…はぁ・・・ま、まだ、いげまず…」

「ははっ、無理すんな」


なんとか奮い立たせて起き上がろうにも、体中が痛くてそのままクッション草にへばりついてしまった。

自分の呼吸を整える音と、ドクンドクンと脈打つ音で、りく先生の声が聞こえない。


そうか、姿勢を立て直すのか遅いと、いまみたいに立ち上がる前を狙われてしまうのか。

ならば落下中に目を閉じるのは自殺行為だろう。

次こそは絶対に閉じないと意を決するが、体の準備が整わない。






「みぃ~…みぃ…」


私の空耳だろうか。

いま、子猫の鳴き声が聞こえた気がする。


鳴き声を確かめるように、呼吸を整え、耳を澄ます。


「…みぃ~…みぃ~」


やはり間違いではない。

子猫の鳴き声がどこかから聞こえてくる。


「…りく先生、いま子猫の声、しませんでした…?」

「猫?いや?こんなところにいるわけねぇだろ。聞き間違いじゃねぇか?」


りく先生の言う通り、この北都高結界内の、ましてやりく先生が特訓用に張った結界の中だ。

だから蒼ちゃんが所属している飼育委員会から抜け出したかと思ったが、そこにも特殊な結界が張られているため、たとえねずみ一匹であろうと抜け出すことはできない。


「でも聞こえたんです、子猫の鳴き声が…」

「みぃ~…みぃ~…」

「ほら、やっぱり聞こえます!あのあたりから…」


やはり聞き間違いではない。

確実に私の耳は子猫の鳴き声をとらえている。

耳を頼りに鳴き声をたどると、上のほうから聞こえたので見上げると、そこには天井の柱から降りれなくなって震えている白猫の姿がみえた。


「せ、先生!!!あ、あそこ!!!」

「??どこだ??」

「ほ、ほら!!あの植物時計近くの天井のってあっ!!!!!」


りく先生に説明している間、私が大きな声をあげたからびっくりしてしまったのか、その場から動こうと立ち上がってしまった。

でも狭い足場の上で、ふるふる震えている子猫。

いつ踏み外してしまうか気が気でない。


「どどどどどうしよう…!!!」


テンパる私をよそに、りく先生は「やべ、全然見えん。俺、老眼か?」と呑気なことを言っている。


「老眼なら遠くは見えますっ!!!!」

「おっ、そうか。じゃぁまだ俺は若いって」

「あっっっ!!!!!」


りく先生のくだらない話に反応したからだろうか。

ついに足を滑らせた子猫は必死に柱にしがみついている。

私はその瞬間、飛び出していた。

無我夢中で。どうやって天井までむかっているのかわからない。

ただ子猫を救うために足を前にふみだし、子猫に手をのばした。


間一髪子猫を抱きかかえると、足場がふっと消え、体で風を切っていた。

私はなんとかこの子猫が怖がらないよう、小さな体が風力にあたらないよう包み込み、落ちる衝撃でびっくりして逃げないよう、着地点を探した。


すると夜花がわっと花開き私と子猫を待ち構えてくれた。

安心した私は衝撃を逃がしながら着地し、子猫をつぶさないように起き上がる。

そしてそっと「もう大丈夫だよ」と声をかけると「みぃ~」と返事を返してくれた。


「ほら先生!子猫、いましたよ!」


と、小さな体をなでながら顔をのぞかせると


「…立華、これのどこが猫なんだ…?」

「・・・へ???」


私の上の中には小さな白い綿毛が密集した、猫のような形をした植物だった。


「…あ、れ…??でも確かに鳴き声…」

「みぃ~…みぃ~…」


そう、私が聞いた鳴き声は、綿毛が揺れるたびに鳴る音で、異能猫草というらしい。

呆然とする私。

だって本当に子猫だと思ったんだもん。

でも少しほっとしたこともある。

高いところで落ちそうになって怖い思いをする猫はいなかったんだって。


「あっ・・・」


すると「みぃ~~!」と鳴き声をあげると、ふわっと綿毛がひろがり、天井へキラキラ消えていった。

異能花のこういう幻想的な景色は、何度見ても飽きさせない。

どんどん私を虜にしていってしまうんだ。




と、最後の綿毛が消えていると、りく先生は笑いながらこう言った。


「お前、できたじゃん」

「??なにがです??」

「空中感覚のゴールも到達したし、着地も上出来だったぞ」

「・・・え!?!?!?私、できてたんですかいま!?!?!?」

「猫のことになると目の色変わりすぎておもしろかったわ」


りく先生に言われて思い出しても、無我夢中すぎてなにをどうして出来たのか思い出せない。

でもりく先生によると、それが正解なんだと言う。


「空中だからって意識がまずいらないんだ。いま俺たちが立っている場所と、空中の違いはなんだ?」

「えっと…床があるかないか…ですか?」

「お前、さっき床があるかどうか確認してたか?」

「してないです…」

「いまは?床があるって確認しながら立ってるか?」

「し、してない、です…」


それはそうだろうと思う。

だっていちいち床があるか確認しながら歩いていたら、どこに行くにも遅くなってしまうもの。

そんなこと意識しながら歩くことなんて…


「もしかして、それが空中感覚のコツ、ですか?」


地面を歩くとき、廊下を歩くとき、当たり前のように私たちは常に歩いている。

それと同じように、目の前に道がある、足場があることが当たり前かのように空中でも進むことが大事なのかと、私はりく先生に聞いてみた。


「ちょっと惜しいな」

「惜しい?」

「あぁ、正解はな、地上だろうと空中だろうと、俺がいるから道になるって意識だ」

「・・・・・・」


りく先生から後光が見える。

冗談て言っているわけではないのだろう・・・たぶん。

でもちょっと自信はない。あまりにも斜め上すぎる回答だったから。


「そんなアホ面すんなよ…」

「す、すいません…」

「まぁつまりだ、自分で道を作ればいいんだよ、地上も空中も関係なく」

「空中も…」


なんとなくりく先生が言いたいことはわかる。

でもまだいまひとつ、私の中で壊しきれないものがある。


「お前、猫だと思って駆けあがってたとき、なに考えてた?」

「え?とくになにも…はやく猫を助けなくちゃって…」

「もし目の前に困った猫がいたら、お前は同じことするだろ?その感覚だな」


でもやっとなんとなくわかってきた気がする。

地上だとか、空中だとか関係ない。

子猫を助けたい、誰かを助けたい、何かを守りたい、そういった気持ちが道をつくるのかなって。

りく先生みたいに唯我独尊にはまだなれないけど、地上だとか空中だとか決めつけてるのは私のような気がした。


「よし、もういっかいやってみろ。一回できたなら身体が覚えてるはずだ。さっきみたいに何も考えずにやってみろ」

「はい!!」

「全て覆い尽くしたいんだったら、空中くらい自由に走り回ってみろ」

「…はい!!」


そうだ。私たち草花はどこまでもいける。

太陽に手をのばすように、草花たちは立ち上がる。

同じだ、私も草花も。

だから私にも出来る。空中を覆い尽くすことが。





「・・・まぁ、上出来だな」」


りく先生の言う通り、意識よりも先に身体が覚えてくれたみたいで、天井まで到達することができるようになっていた。

そして何度か繰り返しているうちに、落下中に足場をつくってふたたび駆け上ることもできた。

まだ数回失敗することもあるけれど、でもここ数日苦戦していたことができるようになったことが嬉しい。


「うん、着地からの姿勢もいいだろう」

「ほんとですか?!よかった…!!」


ふうちゃんに教わったことも、徐々にではあるができるようになった自覚もでてきた。

こんな短時間であれもこれもできるようになったなんて、なにか魔法にかかった気分だ。

でもこれもきっと、ふうちゃんから着地練習のアドバイスをもらえなかったら特訓内容とは違うことだからやろうと思わなかっただろうし、齋藤先生の無駄の話がなければずっと焦ったままだったと思う。

それにりく先生も何度も失敗する姿ばかり何時間もみて飽きないのかなって思ったけれど、ちゃんと私の成長をみてくれてたんだと思うとうれしい。

だからこの魔法は、私が頑張ったからじゃなくて、みんながかけてくれた魔法なんだと思った。




「そういや齋藤先生の講義、満席だったんだってな」


特訓が終わり、ストレッチ休憩をしていると、りく先生が齋藤先生の話をはじめた。


「そうなんですよ!私たちお昼も第一講義室で食べてたからよかったんですけど、ちょっと遅かったら立ち見になるところでした~」


そう、なぜか突如齋藤先生の講義が大盛況で、入りきれず立ち見になる生徒も多かった。

おそらく昨日まで別行動だったレギュラーメンバーも座学に参加することになり、小鷹先輩やなぜか洋介先輩たちまも齋藤先生の講義に参加することになったからだろう。

齋藤先生も驚いていたくらいなので、明日はもっとはやめに行かないと立ち見になりそうだ。


「でもお前が宣伝したんだろ?」

「宣伝?してないですよ?」

「小鷹たちに感想話しただろ?あれがきっかけだって齋藤先生言ってたぞ」


どうやら私が小鷹先輩たちに齋藤先生の講義がいかにおもしろかったか語っていたのを聞いた先輩や、東都生が興味を持ってくれたようで、それであの盛況っぷりにつながったらしい。

私はてっきり先輩たちの効果かなって思っていたので驚いた。

だって宣伝したくて話したことじゃないし、まさか私の話がきっかけで最初から受講していたダイヤちゃんやりさちんに迷惑をかけてしまうとは…。


「齋藤先生、めずらしく喜んでたぞ」

「え?」

「自分の講義をまだ楽しんでくれる生徒がいるんだってな。それにあの人気ぶりをみたら、齋藤先生の汚名も返上できるだろ。よくやったな」


と、りく先生は久しぶりに私の頭をぐしゃぐしゃになでまわしてくれた。





《・・・ってことがあったんだけどね、私なにもしてないけど喜んでいいのかな?》


寮に帰ってきた私はベッドでゴロンとしながら、特訓がうまくいってきたことと、さっきりく先生と話したこととふうちゃんに報告した。


《あはは!えでか、自覚ないんだ》

《なんの自覚?だって私、ただ感想話しただけだよ?》

《それがいいんだよ、えでかは》

《ん~そうなの?》

《うん、えでかの素直な感想が齋藤先生の応援につながったんだよ。えでかの応援は最強だからね》

《あはは!なにそれ~》


でもふうちゃんにそう言われたら、私の感想が齋藤先生のうれしさにつながったのならよかったと素直に思えた。




ふうちゃんとのおしゃべりを終えて、うとうと眠りにつく私。

明日は強化合宿6日目。

座学は明日が最後だし、昼練が終わったらはやく第一講義室に行こう。

そしてふうちゃんにも教えてあげよう、そう思いながら瞼をとじた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれ、私、いま、夢みてる。

でも周りは真っ暗で、宙に浮いてるみたい。

あれかな、空中感覚つかめたのが嬉しすぎて夢みてるのかな。


「・・・!!」

「・・・・・・!!」


誰かの声がする。

りく先生の声かな。

夢でもアドバイスくれてるのかなと思い、耳をすませた。





「立華!!絶対に部屋から出るな!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ドキッと胸が大きな音をたてて目がさめた。

背中が寝汗でぐっしょりしている。

なんだか胸騒ぎがして、ふうちゃんに《おはよう》と魔法をおくった。


《ふうちゃん、おはよう》

《おはようえでか、まだ部屋から出てないよね?!》

《う、うん。あのね、夢でりく先生が部屋から出るなって言ってたの。嫌な予感がするんだけどなにかあったの?》

《うん、りくさんから状況は聞いてるから、えでかは部屋から絶対に出ないで》

《わかった…!》


ふうちゃんが教えてくれた状況はこうだ。

いま北都高校の敷地内全域と、寮の中に茨木一派による式神が侵入しているらしい。

そして式神だけでなく、茨木先輩の幻術にかかった生徒の約半分がいま式神に操られており、北都高校を破壊しようと内部から攻撃をしかけているのだそう。

私の部屋はりく先生がいつの間にか特殊結界を張ってあったそうで、緊急時に作動するようになっているのだと。

もうすでに特殊結界は作動しており、私の部屋へは特別許可証がないと入ることができず、しかも櫻子お姉さんが作ってくれた双剣が入っていた箱が媒体となり、いま別の結界に移動していると教えてくれた。

だから例え寮が破壊されたとしても、私も私の部屋も無傷でいられる、と。


《そんな…!!りさちんたちは無事なの?!合宿所にいるダイヤちゃんは?!》

《りさっぺはいま、操られてる生徒の解呪にむかってる。ゆうたや博貴の戦闘メンバーは北都防衛に参戦している。近郷さんは合宿所の防衛で戦ってるはず》

《ねぇふうちゃん!私だけ部屋にいるなんてできないよ…!》

《えでか、気持ちはわかるけど…特殊結界が作動したらりくさんが許可しないと出ることもできないんだ。だから落ち着くまで待っててほしい》

《でも・・・》


わかってる。

まだ私の実力ではなんの役に立てないことも、足手まといになることも。

でも悔しいよ、みんな戦ってるのに私だけなにもできないのは。


《…りさっぺと近郷さんから伝言預かってるんだ》

《りさちんとダイヤちゃんから…?》

《うん、すぐ終わらせるから第一講義室でお昼に集合。だから部屋から応援しててね、って》

《応援・・・届くかな・・・》

《もちろん、えでかの応援は最強だから》

《うん・・・うん、そうだね。私、応援する!りさちんもダイヤちゃんも、学校守ってるみんなのこと応援する!!》

《俺はえでかを応援するよ》

《ありがとう、ふうちゃん…》


浮かんだ涙をぐっとぬぐって、私は両手を握った。

りさちん、ダイヤちゃん、ゆうた君、たかちゃん、波多野、小鷹先輩に波川先輩、栄一郎君に音澤先輩、洋介先輩に小野先輩、杉山先輩…そしてりく先生に渋谷先輩…いま北都を守るために、操られてるみんなを助けるために戦ってるみんなが、どうか無事に戻ってきますようにーーーー




続く

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