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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
117/151

ー117-

講義後、齋藤先生に呼ばれた私たちは齋藤先生の教官室に向かっていた。

レギュラーチームの夜練に必要な資料を持っていくためだ。

齋藤先生の教官室にお邪魔するのは初めてなのでドキドキだ。


「ちょっと散らかっているけれど…どうぞ」

「失礼しま~…す…」

「…ね、散らかっているでしょう?」


ちょっとどころではなく、とても意外だった。

齋藤先生の教官室は机やソファの上にまで無数の本やファイルが乱雑に積みあがっていて、奥にある齋藤先生の机が見えなかった。

少し触れるだけで崩れてしまいそうなバランスで積みあがっているので、迂闊に中に入れなさそうである。


「…苦手なんです、整理整頓が…。生徒の前で恥ずかしいけれど」

「い、いえ!ちょっと意外でびっくりしただけです!」


齋藤先生は頭を抱えながら少し気まずそうな顔をしていて「だからあまり生徒は呼ばないようにしているんだけど…」と教えてくれた。

私たちはいつも完璧な齋藤先生でも、苦手なことがあるんだって嬉しくなった。

そして夜練に持っていく資料が奥にあるそうなので、齋藤先生は器用に積みあがった本をよけながら奥にはいっていった。


ゴソゴソと奥から音がする間、近くにある本の背表紙を眺めてみた。

すると結界術の本はもちろんだが、これまた意外にも恋愛小説や恋愛心理学の本、異能力者同士の婚姻率データなどの本も多いことに驚いた。


「この本、ちょっとおもしろそう」


と、りさちんが見つけたのは世界の味噌料理のレシピ本で、りさちんが魅かれるのも頷ける。


「気になるなら持っていってもいいですよ」

「いいんですか?!ありがとうございます!」


齋藤先生から分厚いファイルを数冊受け取ると、りさちんにレシピ本も渡した。


「でも…結界術と関係ない本もお読みになるんですね」

「意外そうな顔しているわね、近郷さん」

「す、すみません…」

「いいんですよ、これは必要な無駄ですから」

「必要な無駄…ですか?」


ダイヤちゃんが驚いた顔をした。

するとにこっと微笑んだ齋藤先生は「どうぞ」とフッと一息し、ソファーに積みあがっていた本を齋藤先生の机に移動させた。

私たちはその光景に驚きながら、促されるままソファーに腰をおろした。


「お茶でいいかしら?」

「あ、はい…ってわわわ!!」

「す、すごい!!ど、どこからお茶が…??」


目の前に紙コップに注がれた緑茶があらわれ、驚くことしかできない私たち。

齋藤先生いわくこれも結界術を応用しているのだそう。

応用といっても、どういう仕組みなのか全く想像できないところに齋藤先生のすごさを実感する。


「今日の講義に実はこの本を参考にした内容があるんですよ」


そう言ってダイヤちゃんの前にあらわれた本は、空間結界とは全く関係のない内容のものばかりで、中には週刊誌の少年漫画もあった。

そして手伝ってくれるお礼にと、どの内容はどの本を参考にしたものか簡単に教えてくれた。

おかげで点と点がつながっていき、少し変わったネタバレを聞いているみたいでおもしろかった。


「まさかあの内容はこのバトル漫画だったなんて…」

「うん、こっちのSF小説も!」

「他の生徒には内緒ですよ?だっていつもうるさい教師が、漫画を読んでるなんてバレたら大変ですから」


そして齋藤先生は波川先輩と栄一郎君にうっかり見つかってしまい、そこからかずちゃん先生と呼ばれるようになってしまったのだそう。


「近郷さん、強くなることにも、結界をつくるためにも、成長には間違うことも、傷つくことも必要なんですよ。強くなるために必殺技だけを練習する主人公はいません。皆、冒険し仲間を集め、一緒に無駄を楽しんで成長するんです。ですから近郷さんだけでなく、榎土さんも立華さんも大いに無駄を楽しんでください」


優しく声色が私の心をほぐしていく。

りく先生との特訓がうまくいかなくて焦る夜が続いていたけれど、それでいいんだ、成長のために失敗してよかったんだって。

自分の心臓を握りしめて責めていた手が、ゆっくり心臓から離れていった。


「…齋藤先生も…いっぱい傷ついてこられましたか…?」


きっとダイヤちゃんの心にもなにか届いたのだろうか。

心なしか声が震えているようだった。


「えぇ、それはもう、たっくさん。今も傷つくことはありますよ。でもそのたびに学ぶことも、気づくこともありました。だから恐れてはいません。私も、あなたたちも一人ではないですからね」

「…はい。二人にはいつも助けられてます」

「えへへ…」


そんな真っすぐな目で褒められると、うれしさがこみあげて顔に出てしまう。


「本当に二人だけかしら?」

「え?」

「近郷さん、恋をする無駄は、無駄ではないですよ」

「!!」


核心をついた笑みをうかべた齋藤先生は、ダイヤちゃんの顔を赤く染めた。


「たくさん恋をして、たくさん傷ついて、たくさん愛されていい女になりなさい。それはきっとあなたをもっと強く美しくするでしょう。頑張りなさい」

「ぜ・・・善処します・・・」


恥ずかしさでだんだん声も体も小さくなるダイヤちゃんがかわいかった。


たくさん恋をして、たくさん傷ついて…か。

恋をするのはふうちゃんしかいないし、生涯ふうちゃんがいい。

だからふうちゃんにいっぱい恋をしようと思った。

でもふうちゃんは私のことを傷つけることはないんだろうなって思うと口元がゆるんだ。


「そろそろ練習がはじまる時間になりますね。私も一緒に行きます」

「あ!お茶、ごちそうさまでした!」


齋藤先生が資料をもって立ち上がると、空になった紙コップが齋藤先生の一息でフッと消えていった。

教官室を出るとき、ふと気になったことが浮かんできて、お茶がおいしくてリラックスしていたからなのか、ふうちゃんのことを考えていたからなのかわからないが無意識に齋藤先生に質問をした。


「あの、齋藤先生はたくさん恋愛してきたんですか?」


なぜこんな質問をしたのかわからないが、こちらを見返りながら「その話はまた今度」と微笑んだ。

その表情にドキッとした私が、齋藤先生が魔女と呼ばれていた理由がなんとなくわかった。





ー 異能道場 ー


レギュラーチームの練習は練習場の3階にある道場で行われている。

こちらは練習場とは違い、当日の模擬戦結界や温度、湿度など本番環境に合わせることができる。

全国大会の会場は東都異能体育館で行われるため、床の材質や天井の高さまで調整されていた。

齋藤先生とりさちん、ダイヤちゃんが到着すると、すでに小鷹先輩や渋谷先輩、それにOBの洋介先輩たちが準備運動をしているところだった。


「あ!ダイヤちゃん~!!楓とりさもいる~!!」

「ちょっとたかちゃん~私たちなんかおまけみたい~」

「あはは~ごめんごめん!!でもりさだって俺とゆうたがいたら、ゆうたに先に声かけるじゃん~」

「う、確かにそうかも」


博貴をおまけと思ったことはないけれど、確かにふうちゃんと一緒にいたら、ふうちゃん!って先に呼んでしまうかもしれないと、自分に当てはめて想像してみた。


「ふふ、ごめんね、これからは気を付けるね」

「うん~そうして~!」


ダイヤちゃんが持っていた資料を博貴が受け取ると、ゆうた君もやってきて、りさちんの資料を受け取った。

よく見ると昨日より人数が多く、波多野やかずまなど準レギュラーの顔ぶれが集まっていた。


「かずちゃん先生と楓のももらうね!!」

「ありがと、たかちゃん」

「まったくあなたは…」


やれやれといった表情で博貴にファイルを渡すと、博貴の顔が見えなくなってしまった。


「わ!たかちゃん、手伝うよ!」

「えへへ~ごめん~じゃぁこの2冊お願い~」

「うん、任せて!」


博貴から軽めの2冊を受け取ると、ギリギリ博貴の顔が見えた。


「それでは私ものちほど顔出しにきます」

「ダイヤちゃん!私たちも練習いこ!」

「え、えぇ…」


博貴に「またあとでね~!」と大声で見送られるダイヤちゃん。

ダイヤちゃんじゃなくても恥ずかしいだろうなと思うと、博貴にいろいろ話を聞きたくなってくる。


「火野~。ちょっと練習に…って、お疲れ~立華」

「波川先輩!お疲れさまです!」


道場の控室にファイルを運ぶ予定なのだが、ゆうた君に波川先輩から声がかかってしまい、ゆうた君からファイルを受け取った私。


「すみません、楓さん」

「悪いな、立華!ちょっくら火野借りるわ!」

「大丈夫ですよ!練習頑張ってください~!」

「俺もあとで呼んでくださいね~~!!」


少し重くなったけれど、でも持てない重さではない。

博貴は気を使って持とうとしてくれたけれど、そしたら博貴の前が見えなくなってしまって危ないので断った。


「さ、早く運んで練習に戻ろ!」

「うん!それがいちばん~!」


早く行こうと言いながらも、歩幅は私に合わせながら進む博貴の優しさを感じつつ、控室にむかった。





「楓~?これで最後~~??」

「うん!ありがとう!!おかげですぐ終わったよ!」


本当に博貴がいてくれて助かったと思った。

一つ一つは大したことなくても、指定された場所に並べて置くには肩がこりそうな量だったから。

そしておかげで久しぶりに博貴とゆっくり話ができそうだ。


「ねぇねぇたかちゃん。昨日のあれ、本当なの?ダイヤちゃんといつの間に付き合いはじめたの~??」

「え!!もしかしてダイヤちゃん!!俺と付き合ってるって言ってた~!?!?」


博貴は目をキラキラさせて、なにかを期待したように大きく振り返った。


「言ってはいないけど…でもダイヤちゃんのこと彼女って言ってたじゃん昨日、茨木先輩に」

「そっか~~まだだったか~~」

「んんん????まだだったかってどういうこと??」


なんだか博貴に投げたボールが真っすぐに返ってこなくて私は軌道を正すために聞き返した。

すると博貴は少し考えこんだあと「ま、楓だからいっか」と答えた。


「昨日彼女って言ったのはわざとなんだよね」

「わ、わざと!?!?な、なんのために!?」


軌道を正そうと思っていたのに、想定外の変化球がかえってきて、唖然とする私。

なにやら得意げな顔を博貴はしているけれど、博貴の考えが全然読めない。


「いやね、俺ね、解呪のときに告ったんだよ。でもちゃんと返事もらえてなくてさ~ゆっくり待とうかなって思ったんだけど、それだと「あれは聞き間違いだったのかも」とか「あれは解呪のために必要だったのかも」って思われそうだなと思ってさ」


確かにお昼にダイヤちゃんは全く同じことを言っていた。

それを言い当てた博貴は、本当にダイヤちゃんのことをよく見ているんだなと思った。


「だから俺、考えたわけ~!!」


と、博貴はウィンクで私に星を飛ばしてきた。


「周りにダイヤちゃんは俺の彼女ですって先に言って、周りを固める作戦~~!!そしたらダイヤちゃんも嘘じゃないって思うかもじゃん?!?!いい考えでしょ?!」


博貴は自信満々に作戦を教えてくれたけれど、お昼のダイヤちゃんの話を聞く限り、博貴の想定通りにはいっていないと思う。


「ん~…ちょっと戸惑ってる感じはあったよ?強引すぎたんじゃない?」

「それも作戦のうちだよ、楓♪」

「そうなの?」

「うん、もしここでダイヤちゃんのペースに合わせてたらさ「あれは間違いだった」「あれは解呪のためだった」にされると思うんだ。なんていうかな~俺の告白をなかったことにする前提で考えちゃう、みたいな??」

「う~ん、わかるような、わからないような??」


ダイヤちゃんの話を聞く限り、はっきりと告白をされたはずなので、それをなかったこと前提で考える思考が私には思いつかないので、やっぱり博貴はダイヤちゃんのことをよく理解しているんだと思う。


「だから!なかったこと前提にされないように、先に周りを固めてるってわけ♪」

「つまり…ダイヤちゃんが博貴の告白は間違いだったって結論を固めないように、戸惑わせてるってこと??」

「そゆこと!!」


そういうことか…と私は博貴の意外な一面をみてしまった気分だ。

ダイヤちゃんの性格からみて、博貴が告白しても「あれは自分の聞き間違い」「勘違いしてはいけない」と否定してしまう癖がある。

それを博貴は否定する暇を与えないよう、わざとダイヤちゃんを混乱させ「公言しているってことは本当なのかもしれない」と思わせたいのだろう。


「きっとこのチャンス逃したら、何度告白しても間違いにされそうだからさ~だからいま俺は、混乱してるダイヤちゃんを楽しんでるの♪」

「た、たかちゃん…」


無垢な笑顔で意地悪なこという博貴。

いったい誰の入れ知恵なのかと疑いたくなるが、これは本当に博貴が自分で考えたことなんだと思う。

もし誰かの入れ知恵だったら誰から教わったってすぐに教えてくれるはずだもの。

だから本当に、博貴が自分でダイヤちゃんのことを想って考えたことなのだと思うと、私はこの言葉しか出ない。


「たかちゃん…策士だね」

「ふふん、ここまで話したんだから、秘密にしててよ?」

「が、頑張るよ…」


奇しくも博貴の作戦を聞いてしまった私は、共犯という形になるのだろう。

戸惑っているダイヤちゃんに本当のことを話してしまいたい気持ちを抑えながら、なにもできないのは私にとっては少し心苦しい。

でもダイヤちゃんが言っていた。

「これは私が乗り越えなくちゃいけないこと」と。

博貴のように戸惑うダイヤちゃんを楽しむことはできないけれど、乗り越えようとするダイヤちゃんを応援することはしたいなと思う。

ダイヤちゃんは博貴の彼女だって固まった周りの壊すことはもう手遅れかもしれないけれど。






夜練は終わると資料を返すために齋藤先生の周りに人だかりができていた。

また齋藤先生のお手伝いをしようと人だかりに駆け寄ると、栄一郎君が声をかけてくれた。


「おぉ、立華おつー」

「お疲れ栄一郎君!」

「なに?かずちゃん先生に用事?」

「うん、資料戻すの手伝おうと思って」

「あー!あの本だらけの教官室!」

「畑中さん、黙りなさい」

「…は~い」


慌てて人だかりから抜け出してきただろう齋藤先生に、人にらみされると、蛇に睨まれた蛙のように大人しくなった栄一郎君。

二人の経緯を知っているからか、齋藤先生の慌てっぷりも、栄一郎君のうっかり具合もお茶目な光景にみえた。


「齋藤先生、またお手伝いします!」

「ありがとうございます、ではもう一人お手伝いいただける方は…」

「じゃ、俺、手伝います」

「ではお願いします、檜原さん」

「小鷹先輩!ありがとうございます!」


すっと人だかりから小鷹先輩が抜け出ると、波川先輩と音澤先輩、洋介先輩たちも一緒にやってきた。


「そういえば立華は齋藤先生の講義受けてるんだっけ?」

「はい!ダイヤちゃんの希望だったんですけど、私まですっごく勉強になってます!!小鷹先輩に教わった結界の重ね方もアドバイスもらって改良したんですよ!」

「あぁ!だからさっきの治療も腕があがってたんだね。齋藤先生の講義は楽しい?」

「はい!すっごく!!齋藤先生って教え方がすごくわかりやすいんですよ!私の身近なもので例えてくれるので、飲み込みやすいし、応用のコツもびっくりなんです!!え、こんな簡単だったの?!って感じで、バリエーションがいっきに増えたんですよ~!!」

「あはは、そっか~!なら俺らも明日、齋藤先生の講義行こうかな。明日からやっと座学に参加できるんだ」


なんと、小鷹先輩や栄一郎君たちはレギュラーメンバーということで、座学中は洋介先輩たちと特別特訓や全体ミーティング、戦略会議で別行動だったらしい。


「であればぜひ!!齋藤先生って本当にすごいので、きっと先輩たちの術も一気にレベルアップしますよ!!」

「ふっ、それは東都生の僕も参加していいのかな?」

「もちろんです!渋谷先輩が強くなっても、先輩たち負けませんから!!」


私は本当に思ったことを言っただけだった。

無意識に口が動くまま、どれだけ齋藤先生の講義がおもしろくて勉強になったか、そして小鷹先輩たちなら東都にも負けないですよって。


「あはははは!!!!!」

「楓っち、相変わらずおもしろ~~!!!」

「立華がそこまで言うなら、負けられないよねぇ~…あはははは!!!」

「えっ?えっ?そ、そんなにおもしろいこと言いました??でもあの、本当に齋藤先生の講義っておもしろくって…」

「立華さん…わかりましたから…そこまで楽しんでいただいてありがとう…」

「あ、あの齋藤先生…?先生も笑ってません…??」

「・・・さ、二人とも、資料運びますよ」

「ふふ・・・はーい!さ、立華も行こう」

「え~みんなどうしちゃったんですか~~」





私の話が人だかりにいたレギュラーメンバーや、準レギュラーメンバーの耳に入り、彼らを慕っている後輩たちも一緒になって5日目の第一講義室では立ち見がでるほどの盛況ぶりになるとは、この時は思いも知らなかったのである。



続く

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