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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
114/151

ー114-

ー 第1講義室 ー


昼食をたっぷり食べ終わった私たちは、まだ座学開始時刻ではないが齋藤先生が受け持った第1講義室にやってきていた。


「…あんまり生徒いないみたいだね…」


だいたい2組分が余裕をもって入れるほどの講義室なのだが、着席しているのは私たち含め5人ほどだった。


「昨日の講義…あまり響いてくれなかったのかな…」

「属性差別はないって主張するのって勇気いるもんね」

「でもおかげで私は助かったわ。だって齋藤先生にたくさん相談できるってことでしょ?」


私とりさちんが教室のさみしさに落ち込んでいると、ダイヤちゃんはうれしそうに答えた。


「独占したいって思ってたの。だから私にはラッキーよ?」

「ふふ、たしかに!そしたらついでに私もかずちゃん先生に相談しよ!」

「も~りさちんまでたかちゃんみたいに~」


なんて笑いあっていると


「榎土さん、先輩たちの悪いところまで真似してはいけませんよ」


と、言いながら講義室にやってきた。

いったいどこから聞こえていたのだろうとドキッとしていると、りさちんは「えへへ…すみません」と謝った。

でもやっぱり属性課題でお話する前より怖くないって感じる。

むしろあんな騒動があった後でさえ、時間ぴったりにやってきて、私たちが来てくれたことを喜んでいるようだったから。




「・・・・・・昨日の講義内容の復習は以上です。ここからは講義内容についての質問や術相談、戦略相談など自由に発言していただいて構いません。この人数しかいませんからね、皆さんにとって有意義な場にしましょう」


齋藤先生の復習内容は昨日の講義よりも濃密で、むしろ今日のほうが収穫が多かった。

というよりも全くの別物って感じで、本当に同じ内容の話をしているとは思えなかった。

もしかして今日に合わせて特別講義の内容量を変えたのかな、なんて思うくらいに。


「昨日の講義内容ですと結界の機能が真逆のような気がするのですが、昨日の内容は間違いだったのでしょうか?」


ほら、北都の先輩がさっそく質問してるもの。


「いいえ、間違いではありません。同じことに気づいた方はほかにいますか?」


そう齋藤先生が呼びかけると、講義室にいる全員が手をあげた。


「皆さんすばらしいです。実は昨日の講義内容は基礎の基礎の内容なのですよ。それを戦闘に活かすとなると基礎内容だけでは不十分なのです」


と、齋藤先生は続けて昨日の基礎内容がどんな風に今日の内容へ変貌したのか教えてくれた。

それは応用とかそんなレベルではなく、同じ言葉なのに意味が変わるようで言葉の異能にかけられたかのようだった。


「すごい…これなら同じ言葉を使っても知っている人と知らない人では結界の種類の質も効果も違うわ…」

「うん…私、もう前の私には戻れないかも…」

「正直私もそう思う…」


その場で齋藤先生に誘導してもらいながらつくった結界は、ほんの数分前までの私とはレベルが違っていた。

この数分間でなにか特訓をしたわけでも、修行をしたわけでもない。

ただ私の頭の中に辞書にある言葉の意味が増えただけだった。


「このグループの結界も良いですね。榎土さんも立華さんの結界もいいですよ」


齋藤先生にほめられてうれしい私とりさちん。

でもダイヤちゃんだけは少し苦戦しているようだった。


「近郷さん、あなたはまだ少し迷っているわね?」

「・・・はい」


すごい。私にはダイヤちゃんが張った結界も透明感があって丁寧な気がしたけれど、齋藤先生にはダイヤちゃんがどうして苦戦しているのか理由をすぐ見抜いてしまった。


「今までどういう目的で結界を張ってきたかしら?」

「…今までは守りに特化させていました…攻撃からの守りよりも自分を守るように」

「先日の模擬戦、拝見しました。そうね、だから攻撃力が半分も出せていないわよね。そしてそれを補うように武器に頼っているように見えたわ」

「え、えぇ…そうです」


私とりさちんはお互いに目があった。

きっと同じ気持ちだったと思う。

「え?あれでダイヤちゃんの攻撃力半分以下なの?」と。

そしてダイヤちゃんも言い当てられたかのように驚いて目を丸くした。


「近郷さんの結界は強度に関しては素晴らしい出来よ。どんな攻撃をうけてもかすり傷ひとつつかないくらいにね」

「たしかに…ダイヤちゃんと模擬戦したとき私の攻撃がはねかえって私が受けそうになったもん」


確かにりさちんとダイヤちゃんの模擬戦を思い出すと、りさちんの技の中でも攻撃力が高い大技がいくつもあるのだが、きれいに跳ね返っていて、攻撃ポイントを見極める必要があった。


「でも強度が高いことと、守ることは本当にイコールかしら?近郷さんが本当に守りたいものはなにかしら?」


齋藤先生がダイヤちゃんに優しく問いかけた。


「榎土さんはどんな結界をつくったのですか?」

「私はかずちゃ…じゃなくて、齋藤先生のお話聞いて今まではエネルギーを温存する結界にしてたんですけど、それだと溢れて漏れ出ちゃうことがあって…そこを狙われることがあって悩んでたんです。それを循環する結界に変えてみたんです!そしたら同じエネルギー量を温存してるはずなのにとっても軽くて、どんどん濾過されて新鮮になったんです~!!」

「ふふ、素晴らしい戦闘結界です。立華さんはどうかしら?」

「え!えっと私は…」


りさちんの感想がおいしい野菜を食べた感想みたいでほほえましく笑っていると、急な不意打ちでびっくりした。


「私は治癒術で結界を使うことが多いので…回復をはやめるのに元気になる異能を結界の中枢に組みなおしてみました。小鷹先輩に教わった結界の重ね方が楽になった気がします」

「いいですね。そうですね…その場合、中枢ではなく結界回路のここに組み込んでみると、どの属性と重ねても同等の効果になるでしょう」

「わ…ほんとだ…!!すごい!!齋藤先生、ありがとうございます!!」


齋藤先生は私がつくった結界展開すると、すいすいと公式を組みなおすみたいに直してくれた。

ほんと、同じことをしているはずなのに、組み方ひとつ、言葉ひとつでこんなに機能が変わるなんて目からうろこがなくなりそうだよ。

そしてダイヤちゃんに向き直し、こうダイヤちゃんに声をかけた。


「近郷さん、答えは見つかったかしら」

「えっと…私…本当は自分を守りたいんじゃなくて傷つきたくなかったことに気づきました…でも、その先の答えはまだ…だから二人ともすごいわ。同じ結界とは思えないくらい」


ダイヤちゃんは小さく笑ったあと、答えを見つけられたかったことに少しうつむいてしまった。


「いいんですよ。本当に守りたかったものに気づけただけであなたは素晴らしいのだから。榎土さんと立華さんの結界は戦闘や治療で使う機能結界でしたから、組みなおすのは案外簡単なのです。でも近郷さんが変えたい結界はあなた自身に深くかかわるものでしょう。ですから急ぐ必要はありませんよ」


するとダイヤちゃんは顔をあげて「あ、あの、明日も来ていいですか」と発言した。

その目はなにか迷いがはれたようだった。


「えぇ、もちろん。お待ちしてるわ」


ふっと笑った齋藤先生の表情は、私がいままでみた表情の中で一番目が細く、とてもうれしそうだった。




それからもダイヤちゃんは齋藤先生とほかの生徒たちとの会話を聞き逃さないよう集中していた。

なのであっという間に座学の時間がすぎてしまい、1時間後には夜練習が開始される。


「ごめんなさい、私ったら夢中になっちゃって…」

「ううん!おかげでも私もいっぱい勉強になったから!」

「私もだよ!明日も楽しみだね♪」

「えぇ、本当にいい先生だと思うわ、齋藤先生…明日もよろしくね、二人とも」

「「もちろん♪」」


ダイヤちゃんの夜練準備のため、第一講義室から合宿所に戻っている途中、正面玄関に一番近い階段をおりていると、反対方向の階段から見たくない人物とはちあった。


「おや、2年の近郷さんじゃないか。もしかして…君みたいに優秀な人物が、まさか属性差別教師のところに行っていたわけじゃないよね?」

「…ふたりとも、行きましょう」


それは東都の女子生徒を複数はべらす茨木先輩だった。

ダイヤちゃんは茨木先輩をひと睨みすると、そのまま無視して踊り場を通り抜けようとした。

私も茨木先輩と目を合わせないよう、うつむいたまま二人の背中についていくと、ダイヤちゃんの背中におでこをぶつけてしまった。

なにがあったのか顔を少しあげると、踊り場の先の階段を茨木先輩ファンの女子生徒たちでうめつくされていた。


「…どういうつもり」

「ひどいな~僕は君と話したいだけなのに」


降りかえると茨木先輩が背後に立っていて、私たちは踊り場で完全に包囲されてしまった。


《ふ、ふうちゃん、どうしよう。茨木先輩とファンの子に囲まれちゃった》

《わかった。場所教えてくれる?すぐにりくさん向かわせるから》

《う、うん》

《他にはだれかいる?》

《りさちんとダイヤちゃん。ダイヤちゃんに用があるみたい》

《わかった。もしなにか言われてもえでかは無視し続けて》

《うん、そのつもり》

《えらい、えでか》


もう、こんな緊迫した状況なのにふうちゃんに褒められて喜ぶ私。

お願いだから顔に出ないで、と自分のことなのに自分に命令する。


「私はあなたに用はないわ。どいて」

「いや~感想を聞きたくて待ってたんだ、君のこと。朝からず~とね」


ねっとりと強調された言い方に、思わず嫌悪感がはしると、りさちんが小声で「気持ち悪!」とつぶやいた。


「あはは!ひどいな~でもね、君たちとも話したいと思ってたんだよ、交流会のときからずっとね。榎土さんと…草花属性の立華さん」


背中がぞくりとした。

その感覚は鬼に近い感覚で、茨木先輩から少しでも離れたくて距離をとる。


「二人は関係ないでしょう」

「君の友達なら関係あるさ。それでどうだったかな、僕の奇跡の幻術は」

「正直に言うわ。とても不愉快な術だったわ。二度と見たくないくらいに」

「残念だな~。君の力添えがあれば、もっとこの術を広められるのに」

「知ってるわよ、あなた、近郷グループの協力がほしいだけでしょう」

「…そんなことないさ。僕は本当に君が協力してくれたらいいなと思ってるだけだよ」


にこっと笑う茨木先輩の目は笑っていない。

それよりも茨木先輩ファンの憎悪がこもった表情のほうが邪悪だ。


「ねぇ正樹くぅん、あんな子ほっておきましょうよ。近藤グループだかなんだか知らないけど、パパにお願いしてあげるから~」


と、茨木先輩の肩にべったりくっついていた東都生が、茨木先輩の顔にふれた。


「だまれ」

「きゃあああ!!!!」


すると茨木先輩は鬼のように怖い顔に豹変し、東都生を樹の幹で吊るしあげた。

東都生は3階まで吹き抜けになった踊り場まで吊るし上げられ「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してください許してください許してください」と懇願している。

私は茨木先輩の豹変ぶりもそうだが、この行動が日常かのように表情ひとつ変えない周りにも恐怖した。


「ねぇ、草花属性の立華さん。君はどう思った?僕の術。君が仲良しの彼と比べて」


私は無視した。

ふうちゃんの話を出せば乗ってくると思ったら大間違いなんだから。


「あれ?聞こえなかったかな?もう一度きくね。君が仲良しの彼と比べて僕の術はどうだったかな?」

「・・・」

「・・・草花属性の立華さん、君もこうなりたいのかな?」


そういって吊るしあげた東都生を私の目の前におろしてきた。


「!!」


その姿は涙と鼻水と唾液にまみれ、窒息寸前を何度も繰り返さ気を失った姿だった。

でもどんなに脅されても私は茨木先輩の問いかけには応じない。

そうふうちゃんと約束したし、なによりもうすぐ助けがくるはずだから。


「それでも黙ってるなんて、草花属性のくせに生意気だね。それともあれかな、恋人の水樹君が二属性だから自分も図に乗ってるのかな?」


茨木先輩の顔から笑みが消えた。

その声がするどく私に突き刺さる。


「二属性だっていっても大したことないじゃないか。僕にはどうして彼が陰陽省に顔がきくのかわからないな。あ、あれか、水樹先生が贔屓しているからか。やっぱり身内には甘いんだね。陰陽省も落ちたもんだ」


茨木先輩に対して怒りがこみあがる。

でもわかってる。こうやって私が反応するのを待ってるだけだって。

わかってる、わかってるのに、大好きな人たちを馬鹿にされた怒りをどうしたらいいの。

怒りの行き場が見つからなくて、涙になって目にたまってくる。

でも絶対にこの涙を流すもんか。

そう自分を奮い立たせた。


「まったく、北都の2年生は礼儀がなってないんじゃないかな~やっぱり教員に属性差別者がいるから」

「りさ!楓!」

「へ?」


ダイヤちゃんの声に我に返ると、講義室でみたダイヤちゃんの結界に包まれていることに気づいた。

その瞬間、ダイヤちゃんの長い脚が飛んできて、私とりさちんは階段をふさいでいたファンの頭上を飛んでいた。

だんだん遠くなるダイヤちゃんの顔は、どこかほっとしたような顔をしていて、私はなにもできないままふわっとした空気に誘導されるまま着地した。


「わっとっと…って、え???」

「大丈夫か、立華」

「お、音澤先輩?!」


なれない着地に足をくじけそうになると、てっきりりく先生だと思っていたのに音澤先輩が私の神経を操作してくれていた。


「りさも大丈夫?」

「ゆ、ゆうた君!うん…ありがとう」


隣にはりさちんを支えるゆうた君もいて、波川先輩と栄一郎君がさっと私の前に出た。


「なになに~どういう状況なわけ~」

「うちの校舎、壊さないでくれるかな」


制服に手をつっこんだ二人の姿は、まるで80年代の不良漫画みたいだけど、さっきまでの恐怖はどこにもない。


「それに、うちのかわいい後輩、いじめないでくれる?ね、仁君」

「…まぁ、問題起こされるのは困るからね」


きっと小鷹先輩も渋谷先輩も、どんな状況でも慌てることもおびえることもなく、いつも通りな顔して立ちはだかる姿が、どこかりく先生に似てるからだ。


「火野、榎土のことは任せたよ」

「はい、もちろんです」


そういってゆうた君はりさちんを後ろに下がらせた。

さっきまできっと気をはっていたのであろう、りさちんもゆうた君がきてくれてほっとしたようだった。


「立華はこっちおいで」

「は、はい」


小鷹先輩が「おいでおいで」と手を招いてくれたので、私は小走りよりも急いで小鷹先輩と渋谷先輩のもとへかけよった。


「ここから動かないでね」

「はい…で、でも小鷹先輩、ダイヤちゃんが…」


ダイヤちゃんの素早い判断のおかげで私とりさちんは囲まれていた状況から脱することができたけど、ダイヤちゃんは以前囲まれたままだ。

小鷹先輩は私にしか聞こえない音量で「大丈夫、策があるんだ」と教えてくれた。


「…ふん、おおげさじゃない?君たち。僕だってかわいい後輩と少し話したいだけなのに」

「少し話したいだけで、この状況はおかしいよね」

「あ、わかった。こうでもしなきゃ誰とも話せないんだろ」

「ふっ。海斗、ほんとのこと言ってやるなよ」

「ほら~茨木君、怒っちゃうじゃん」


ほんとうにいつも通りの雰囲気で、茨木先輩を煽る先輩たち。

私もいつもなら笑いをこらえるところだけど、怒った茨木先輩がダイヤちゃんに危害を加えないか冷や冷やしてしまう。

いくら小鷹先輩から策があること教えてもらっても、ダイヤちゃんを一人にしたままでは安心できない。


《ふうちゃん、りく先生はどうしたのかな》


ふうちゃんにダイヤちゃんと先輩たちが助けてくれたこと説明したけれど、りく先生の姿はまだみえない。


《大丈夫、もう近くにはいるから》

《そ、そうなの?》

《うん、りくさんに連絡したとき、近くに先輩たちがいたから巻き込んだみたい》

《そっか…りく先生が近くにいるならよかった…》


もしかしたら見晴台で状況報告受けたときみたいに、気配遮断して近くにいるのかもしれない。

ふうちゃんが教えてくれたおかげで安心感がぐっと増した。


「~~~僕を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!僕は優秀なんだ!!!こんな状況でも女一人助けられないなんてまぬけなお前らと違ってな!!!!」


そう叫んだ茨木先輩は吊るし上げていた東都生を階段下に放り投げ、矛先がダイヤちゃんへ向いた。


「お前はこっち側の人間だ!!!こっちに来い!!!!」

「ダイヤちゃん…!!」


私が思わず身を乗り出すと、小鷹先輩は私を静止させ、吹き抜けの天井にむかって指をパチンとならした。

すると茨木先輩の脳天に雷が落ち、ダイヤちゃんに向かっていた茨木先輩の樹が断ち切られた。

身体中にまだ電流が走っているのか動けなくなった茨木先輩の前に、波多野と博貴が立っていた。


「俺の彼女になにしてんの、先輩」


そして博貴の顔から笑顔が消えていた。




続く

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