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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
113/157

ー113-

「すいませ~ん、茨木君っていますか~??」


洋介先輩と遅れてやってきたOGの先輩3人が講堂に入るのを、少し離れた柱の影から見守る私たち。

ゆうた君が先に講堂周りを確認したところ、茨木先輩の結界がいくつか張られていた。

なので茨木先輩の結界を油断させるため、そして茨木先輩を講堂から外に出すため、洋介先輩たちは物珍しい顔をして講堂に潜入した。


『茨木は僕ですが?』

『あぁ君かー!!俺たちOGでさ、今日合宿だって聞いて訪問にきたんだよ』

「…どうゆうた君?聞こえる?」

「うん、問題ないよ」


ゆうた君は耳元を押さえて講堂内の様子を確認している。


「でもよかった、洋介先輩だけじゃなくて小野先輩と杉山先輩も協力してくれるなんて」

「洋介君が朝練から行こうって誘ってたんだって!」

「これなら先輩たちの様子がよくわかる。小野先輩のおかげだ」


ゆうた君の耳元には、雷属性であり現在北都大で術式通信課に通っている小野先輩が制作した見えない無線機がついている。


「演習で使う無線機より音声もクリアだし、実機と違って物体がないから周囲の音も邪魔しない。すごい便利だよ、これ」

「ふふ、小野先輩、喜びそうだね」


小野先輩から「じゃぁついでにこれ試しに使ってみて」と渡されたのだが、ゆうた君はとても気に入ったみたい。


『なんかさぁ~すっごい術をもった東都生がいるって聞いて~』

『そうそう~奇跡の幻術だっけ?北都大でも聞いたことない話だし、全異能力者にとっては夢のような話だよな~』

『しかも俺と同じ属性ってきいてさ!!こりゃ会ってみねーとと思って!!』

『よかったらさ、あっちの練習場にまだOG集まってるんだけど、俺たちにも教えてもらえない?』


ゆうた君が見えない無線機を外し、私たちにも話を聞こえるようにしてくれた。

洋介先輩たちは茨木先輩たちの考えは素晴らしいとか、俺も悩んでたからもっと早く知りたかったとか、茨木先輩をおだてる言葉が無限に出てくるようだった。


『えぇもちろん!北都大の先輩たちにも認めてもらえるなんて実に僕は幸運だ!』


さすがにおだてすぎて怪しまれるんじゃないかと思ったけれど、茨木先輩には疑う余地はないのかもしれない。


『あっちの練習場でもいいかな?ここじゃ後輩たちでいっぱいみたいだし、みんなあっちに集まって茨木君のこと待ってるんだ』

『そうですね~…僕はまだみんなのことサポートしなくちゃいけないんですけど…』


ゴクリと私たちの喉がなる。

茨木先輩の沈黙がひやひやする。


『でもいいですよ。彼らよりあなたたちの方が今は優先すべき事項ですからね』

『あ、ありがとう~じゃぁさっそく行こうか!』

『…楽しみだね、洋介』

『な、なー!!みんな驚きそうだな!?』

『うん、そうだね、きっと、すごく驚くよ』

『ふふん、そうでしょう!なにせ今、東都大の准教授の方からもお声かかっている僕ですから!』

『へーーー、すごいねーーー』


今度は茨木先輩の上から目線に対して冷や冷やする。

温和で有名な杉山先輩の声が、どんどんと冷たくなっていくのに茨木先輩の鼻はどんどん伸びていく。


「みんな、隠れて」


ゆうた君が小さく声をかけると、私たちは定位置に戻った。

すると講堂から得意げな顔して堂々と真ん中を歩く茨木先輩と、先輩たちが出てきた。

そして練習場へ向かうのを確認すると小野先輩から『様子からみるにそんなに長くはない。10分で終わらせろ』とゆうた君に伝えた。




先輩たちの背中が小さくなり、角を曲がった瞬間、ゆうた君から「行こう」と合図がでた。

男子たちに続いて講堂入口に近づくと、ちらっと中を確認した。


「…みんなここから気配遮断の術をかけて。中に入ったら俺たち3人は壇上前から攻めていく。りさと楓さんと近郷さんは後方の休憩中の生徒や、女子生徒を中心にお願い。時間がきたらまた合図する。いい?」


私たちはゆうた君と目を合わせ、視線で頷いた。

全員の意志を確認すると、ゆうた君はそっと講座の扉をあけた。

昨日ぶりに中に入ると昨日の光景とは打って変わっていた。

一人で空中にむかって話している人、二人で話しているのに話がかみ合っていない人たち、一人でなにかと戦っている人、数人でここではないどこかにいる人たち…みんな目が虚ろだった。

中にはクラスメイトの友達や、教師も数人混ざっていて、私は彼女たちに触れながら胸が痛んだ。


《ねぇふうちゃん》

《どうした、えでか?》

《茨木先輩の幻術にかかったってことは、なにか悩みがあったってことだよね?》

《そうだね、悩みや不安、心配ごととか、人には言えないこと、抱えていることが多いとかかりやすいって言われているよ》

《そうだよね…》


ということは、クラスメイトの友達たちは悩みがあったということだ。

誰にも相談できないような、重くて苦しいものを抱えていたんだ。

ごめんね、気づいてあげられなくて。

なにもできなくてごめんね。


そう思いながらそっと彼女たちの背中、肩にふれていく。

するとふっと糸がきれたかのように倒れ込み、眠りにおちる。

パタパタと周りの人たちが倒れていくのに、自分にとって都合のいい現実を見ているからか、目の前にいた人が倒れても一人でかみ合わない話を続けていく。


どうか目が覚めたらこの出来事を忘れているといいなと思う。




後方の最後の一人に触れ終わると、ゆうた君たちはすでに触れ終わっており、立っているのは私たちだけだった。

術はただ触れるだけで良かったとしても簡単な作戦ではなかった。

ただ休んでいるだけの生徒やおしゃべり中の生徒だけならよかったのだが、私たちには見えないなにかと戦ってる生徒は異能技を使っているので攻撃にあたらないようにする必要があった。

攻撃中の生徒には、りさちんとダイヤちゃんが中心に触れにいってくれたけれど、四方八方から飛んでくる攻撃をかわしながら体に触れるのは失敗できないアスレチックのようだった。

きっとりく先生との特訓がなければ無事に終えることはできなかったと思う。


というか、りく先生との特訓がなければ、ふうちゃんと再会できてなければ、私はクラスメイトたちと一緒に床で眠っていただろう。


「残り3分か…ギリギリかな。茨木先輩はまだこっちには気づいていない。気づかれる前に次の作戦にいこう」


ゆうた君が手短に説明してくれた次の作戦はこうだ。

ゆうた君が術を次の段階へ合図を出すと、いま眠っている生徒たちは起き上がりそれぞれ部屋へ戻っていく。

私たちはみんなに混ざっていったん自室に戻り、ゆうた君からの連絡を待つといった流れだ。

部屋に戻った生徒たちはお昼には目を覚まし、辻褄が合うよう記憶が書き換わっているらしい。


「それと念のためばらけて出よう。りさは楓さんの側にお願い」

「了解!」

「ありがとう、ゆうた君。よろしくね、りさちん」


りさちんは「任せて♪」と返してくれて心強い。

けど反面、ちょっと申し訳なさがあるのも事実。


「近郷さんも二人に続いて、俺は最後尾に混ざる。みんなお互いの位置は把握しながら、部屋に到着したら連絡して。いくよ」


りさちんと私は入口近くにサッと移動し、ゆうた君の合図を待った。

講堂の端と端にいても聞こえるくらい、鋭く深い息を吸うと大きく手を叩いた。

その目覚めるような音は講堂中に響き、周りにはられた結界を破ったのがわかった。

そこでクラスメイトの悩みに気づけなかったことや、足手まといになっている申し訳なさが茨木先輩の結界によるものだったと気づいた。


「いこう、楓ちゃん」

「う、うん!」


結界が破られたことで茨木先輩も気づいたらしい。

続々と眠っていた生徒たちが立ち上がり、操られているかのように出口にむかっていく。

手をのばせばりさちんに届く距離を保ったまま、私もみんなに隠れるように講堂を出た。


《ふうちゃん、いまね、みんなに混ざって部屋に戻るところだよ》

《わかった。近くには誰かいる?》

《うん、りさちんが前にいてくれるし、後ろにダイヤちゃんもいるよ》

《よかった。でも部屋に戻るまでは気を付けて》

《うん、ありがとう》


講堂を出ると正門と校舎に向かう分かれ道が近づいてきた。

ダイヤちゃんは合宿所に戻るためここでお別れだ。

近くにいた東都生たちが曲がっていくと、ふっとダイヤちゃんの位置が遠くなった。


私とりさちんは、講堂潜入前までいた柱に近づいていた。

りさちんから目を離さないよう、距離を一定に保ちながらゆっくりと進む。

茨木先輩が戻ってこないよう祈りながら。





「・・・・・・はぁぁぁぁ~~~~緊張したぁぁぁぁぁ」


部屋の扉を閉めると私は一目散にベッドに直行し、ゆうた君に無事に部屋に到着したことを連絡した。

正直みんなに触れるだけの作戦は、りさちんやダイヤちゃんも近くにいてくれたおかげで緊張せずにできたけど、部屋に帰ってくるまでが一番緊張したかもしれない。

そう考えると、まだまだ私は実践不足だなと思う。


《ふうちゃん、無事に戻ってこれたよ》

《お疲れ様、えでか》

《帰ってくるまでが一番緊張したかも》

《茨木先輩には会わなかった?》

《うん、なんとか》

《それならよかったよ、ほんとに安心した》


それにしてもふうちゃんは心配性だな。

それだけ私のことを考えてくれてるって嬉しいけれど、もし私が茨木先輩に遭遇しちゃったりしたら東都から飛んできちゃうかもしれない。

でもきっと逆もまた然りなんだろうなと思う。

私だってふうちゃんになにかあったら、居ても立っても居られないもの。


《次の作戦はなにかあるの?》

《いったんゆうた君からの連絡待ち、かな。まだゆうた君は帰ってきてないみたい》

《じゃぁそれまでゆっくりしよう。緊張疲れしたでしょ》

《そうする。じゃぁふうちゃん、おしゃべり付き合ってくれる?》

《もちろん、そのつもりだよ》


ふふっと笑みがこぼれてベッドにゴロンと転がったり、ダイヤちゃんと博貴の雰囲気が変わっていた話をしたり、ふうちゃんの特訓話をきいたりして、さっきまで作戦中だったのを忘れてうくらい笑わせてくれた。


するとゆうた君からメールが入った。


《作戦は成功。昼食後から通常合宿に戻れるって!》


そし状況報告のため、昼食前に気配遮断術をかけて見晴台に集合という内容だった。


《なんで見晴台なんだろ?》

《位置的に茨木先輩の意識外だからかもね》

《そっか。見晴台があるなんて知らないもんね》

《うん。それに抜け道があることもね》

《ふふ、たしかに》


集合時間までまだ2~3時間あるのを確認すると、私はベッドから起き上がり櫻子お姉さん考案ストレッチをはじめた。

昼食まで私は解呪のため眠っていることになっているので部屋から出ることができない。


《見晴台か~…ゆか先輩の体育祭以来だよ》

《校舎が一望できていい場所だよね》

《うん、でも敷地外になるから私はあんまり行くことないけどね》

《えらいね、えでか》

《だってもし見つかっちゃったら内申書に響くかもだもん》

《…俺も一応気をつけよ…》


小さく声をあげて笑ってしまった。

ふうちゃんは東都大に内定しているはずなのに、内定取り消しの可能性があるようなことをしているかもしれないのだから。

きっと茨木先生限定でなんだろうけど、真面目にみえて実はそうじゃないところがあるの、昔と変わらなくて笑みがこぼれた。




それからもふうちゃんがおしゃべりに付き合ってくれたおかげで、無事に見晴台に一番最後に到着した私はみんなに謝り倒した。

洋介先輩と小野先輩と杉山先輩も待たせてしまい、先輩たちも「楓っちにしては珍しいな!」と、笑って許してくれた。

ゆうた君は私が落ち着くと、りく先生に連絡をしはじめた。

どうやらりく先生が現状報告をしてくれるらしい。


「じゃぁりく先生が来るまで待き…」

「状況報告はじめるぞ~」

「わっ!!せんせぇはや~~!!!!」

「ばか。気配遮断して近くにいたに決まってるだろ」


りく先生はベンチで横になっていたのか、伸びをしながら突然あらわれた。

先生から言わせればずっといたし、気づかなかったお前らが悪いってことで、私たちが勝手に驚いたことになった。


「じゃ先に解呪の件だが、お前らにしてはよくやった。講堂にいた生徒は全員自室に戻って時期に目が覚めるだろう。記憶についてだが、茨木の術が失敗し睡眠術にかかっていたことになっている。幻術にかかっていたこと、幻術中にみたことは忘れているはずだ」


その言葉をきいて私は安心した。

もし理想が叶っていたこと覚えていたとしたら、しかもそれは実際には自分しか見えていなかったとしたら、理想がまやかしだったと知ってしまったら、傷ついてしまいそうだから。


「したら~俺らもぐっすり眠ってたってことにしたほうがいいってこと~??」

「おっ!!博貴にしては察しがいいじゃん!!」

「ふっふ~ん、そうでしょ~~俺だって成長してるんだからね~」


と、博貴は洋介先輩に胸をはってみせたけど、みんなの反応をみると、きっと洋介先輩はいい意味で言ったわけではなさそう。


「・・・そういうことだ。うっかりでも変なこと言うなよ」


一気に疲れたようなりく先生は、続けて講堂が齋藤先生によって立ち入り禁止となったこと、茨木先輩の処遇について説明してくれた。

茨木先輩は解呪で生徒たちは自室に戻っている最中に結界が破られたことに気づき、洋介先輩たちに行っていた講義を途中に投げ出し、講堂に戻ってきていたようだ。

私とはすれ違いになっていたようで、ゆうた君が先に私とりさちんを出してくれたことに感謝した。

そして再度幻術をかけようとしたところ、齋藤先生はじめ北都の教師陣に阻止されたそう。しかし。


「…厳重注意…ですか」

「軽すぎねぇ?それ」

「齋藤先生も最低でも合宿期間中は謹慎処分にすべきだって掛け合ったんだが、悪意をもって行ったわけではなこと、奇跡のような術に失敗はつきものだって東都の教師が反論してきてな…逆に北都贔屓しているだの、差別しているだのいちゃもんで異能教育委員会に訴えるって言い出しやがったんだよ」

「そんな…!!」


思わず反応していまった私。

草花属性に対しても平等に評価してくれる齋藤先生を差別しているだなんて、許せないと怒りがこみあがる。


「おそらく茨木議員が買収した教員なんだろ。やけにバックには東都がついてるだの、陰陽省の大物がいるだの吠えてたからな」

「わかりやすいハッタリ!」

「あぁ、陰陽省に問い合わせたが、つながってるやつは誰もいなかった。そのうち虚偽罪で通達はいくだろ」


先輩たちはその報告に顔色ひとつ変えることはなかったが、ゆうた君やりさちん、ダイヤちゃんはりく先生の周到ぶりに若干驚いたようだった。


「…りくせんせぇってすごかったんだ~…」

「わかったらこれからは大人しくしてくれると助かるんだがな」

「ん~~~~~俺、うるさいの~??」


と、博貴はゆうた君に質問していたけれど、ゆうた君は溜息をついて、博貴は笑っていた。


「報告は以上だ。まぁ…お前らがどう実行するか期待してなかったんだが、自分たちだけで実行するんじゃなく、たまたまタイミングよく来てた先輩の手を借りたことは褒めてやる。同じ作戦、討伐は二度とない。これからもその場その時あるものを判断して利用していけ」

「「はい!!!」」


私たちの声がそろうと、りく先生は解散の号令をかけ、あくびをしながら一足先に見晴台をおりていった。


「俺たちも戻ろう」

「楓っち!午後はなにやんの?!」

「午後は座学ですよ。各教室に専任の先生たちが授業や術の相談にのってくれたりするんです」

「それはいいね。俺たちのときは1日中練習練習練習、だったからね…」

「杉山…思い出させないでくれ…」

「あ、はは…」


確かに昨年と違って座学が組み込まれたのは意外だった。

特別講義もそうだが、なにか理由があるのか、夜りく先生に聞いてみようと思った。


「ダイヤちゃん、午後は齋藤先生のところ案内するね!」

「えぇ、よろしくね、二人とも」


うん、やっぱりダイヤちゃんの笑顔はこうでなくちゃ。


「え!!ダイヤちゃん、かずちゃん先生のところいくの!?俺も行きたい!!」

「あ、あなたもほかにやることがあるでしょ…!」

「ちぇ~~だめかぁ~~~。あ!じゃあさ!!夜練のとき一緒に練習しよ!!」

「~~~…り、りさがいいなら…」

「ふふ、私はもちろんいいよ♪」

「やったぁ!!そしたらゆうたと波多野もね!!楓は俺たち専用の治療!!」


博貴の提案にゆうた君は快くうなづいた。

波多野は博貴の強引さに負けて了承していたのがちょっとおもしろかった。


「あ、でもごめん。私、夜練はレギュラーチームのほうに行かなきゃなんだ」

「え~~残念だけど小鷹先輩たちのためならしょうがないか~」

「ふふ、明日どんな練習したか教えて?」

「いいよ~!!楽しみにしててよ!!」


なんて話し込んでいると、ふと波多野が列から離れていたことに気づいた。

みんな話に夢中で波多野が立ち止まっていることに気が付いていない。

波多野は後ろをふりかえったまま、じっと動かない。

そういえばゆか先輩が波多野の体調を気にしていたことを思い出し、波多野にかけよった。


「ど、どうしたの?具合悪い?」


ゆか先輩が気にしていたのは忘却術の名残だとしても、土巨人との戦いはたった数週間で回復できるものではないはずだ。

ここ最近の疲労も影響して、どこか体調悪くしたかもしれない。


「波多野?大丈夫…?」

「・・・いや、なんでもねぇ」

「そう…?もし具合悪かったら今日は西治癒室にゆか先輩いるから…」

「うるせ。置いてくぞ」

「あ!ちょっと…!」


やっぱりどこか表情が硬いままの波多野は、私の肩をぶつけてみんなの背中を追っていった。


「・・・変な波多野」


ぽろっとつぶやいた言葉が波多野の地獄耳に届いてしまい、学校に到着するまで遅刻した嫌味をねちねちと言われ続けた。




続く

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