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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
112/157

ー112-

強化合宿3日目の早朝

私はトイレ掃除もあるため、まだ誰もいない練習場を開けると、昨夜りく先生に指定された女子棟裏へむかった。

するとすでに2年生メンバーは集まっていて、ダイヤちゃんの元気な姿もあった。


「ダイヤちゃん!」

「おはよう、楓。あの…昨日はありがとうね」

「どこか変なところはない?気分が悪かったり、なにか違和感があったりしない??」


私が立て続けに質問すると、ダイヤちゃんは照れたように笑って答えてくれた。


「ふふっ、もう本当に大丈夫よ。それに二人に聞いてほしいこと、たくさんあるの。だから私だけ休んでなんていられないわ」


と、私の心配を杞憂に終わらせてくれた。

そして眠くてぼーっとしている男子3人を置いて、りさちんと3人で朝からキャッキャしていると、あくびをしながらりく先生がやってきた。


「…朝から元気だな」

「あ、りく先生!おはようございます!」

「おぉ。近郷も大丈夫か?」

「はい、昨日は無理いってすみませんでした。でも参加させてくれてありがとうございます」

「いや、東都側に協力者がほしいなと思ってたからな。むしろ助かった」


協力者??、と全員同じ反応をして、首をかしげた。

どうやら昨日元気になったダイヤちゃんはりく先生に連絡をして、自分もトイレ掃除させてほしいと頼んだのだそう。

責任を感じる必要はないのにと思ったけれど、ダイヤちゃんは責任がというより、みんなと一緒にいたいからってりく先生に話したんだと教えてくれた。


眠かった男子たちもりく先生の登場と協力者と聞いて目が覚めてきたみたい。

するとりく先生は指をならすと目を閉じてしまうほどまぶしい光が私たちを襲った。

それはほんの一瞬で目が覚めたばかりの博貴なんかは、逆に夢かと思うほど目をパチクリさせている。


「全員起きたな。お前らに昨日の罰としてやってもらうことがある」

「え?じゃぁ俺たち…トイレ掃除しなくていいの…??」

「あぁ、トイレ掃除なんていつでもできるからな」

「なーんだよかった~~!!」


すっかり眠気が覚めた博貴はトイレ掃除しなくてもいいことに喜んでいる。

「そんなわけないだろ」と博貴はゆうた君に頭を叩かれて、いじけて口をとがらせた。


「それで俺たちにやってほしいことってなんですか?」

「簡単な話だ。お前らには幻術にかかった生徒たちの解術をやってもらう。いまお前らにやったのはそのための術だ」


トイレ掃除よりも重大な任務に私たちの背筋がのびる。

そしてりく先生が解術の方法を教えてくれたけど、やり方はとっても簡単だった。

幻術にかかっている生徒に触れさえすればいいのだそう。


というか、昨日も遅くまで特訓してくれたのに、この短時間でこんなに簡単な解術を作ってしまうなんて、りく先生は本当にすごいなと思った。


「ただ如何せん人数が多いのと、時間勝負でもある。時間がかかればかかるほど、幻術が深くなる危険性があるからな。だからお前たちに任せる」

「それはもちろんやりますけど…3年の先輩たちは?」

「3年はあれでも一応大会前だからな。練習優先にさせた」


私もちょっと気がかりだった。

先輩たちの姿が見えないことに。

練習場を開けたときも姿がなかったから、てっきりみんなと一緒にいるんだと思っていた。

だからりさちんがタイミングよくりく先生に聞いてくれたおかげでほっとした。


「じゃ、あとはゆうた頼むわ。俺は教員室に戻って一眠りするから。今日中にできなかったら反省文だからなー頑張れよ」


と言ってりく先生はあくびをしながらだるそうに帰っていった。

りく先生にはゆっくり休んでもらって、私たちでなんとか解呪やり遂げたいと、りく先生の後ろ姿を見ながらそう思った。





りく先生が帰ると、ゆうた君は解術の術を確かめていた。


「…うん、確かに使えるみたい。いったいどんな風に作ったんだろう…」

「えぇ~ゆうたでもわかんないの~?!」

「うん…作りはシンプルのような気がするんだけど…シンプルが一番難しいんだよね」

「ん~俺にはぜんぜんわかんない!!ダイヤちゃんはわかる?!」


と、突然話をふられたダイヤちゃんはびっくりして飛び上がった。


「わ、わたし!?わ…わ…私もそこまで解析はできないわよ…」

「えへへ~そうなの??でもダイヤちゃんならすぐできちゃうんじゃない??」

「し、知らない…!!」


そう言ってダイヤちゃんは私の後ろに隠れてしまった。

幸せ全開の博貴と、いつもよりツンが控えめだけど限界ははやいダイヤちゃん。

昨夜二人の間にどんな会話がされたのかわからないけれど、私とりさちんの勘はなにかをとらえた。


「そ、それよりゆうた君!!作戦たてなくていいの?!」

「あ、ごめん、りさ。また夢中になってたね…。それじゃみんな集まってくれる?」


ゆうた君の一声でバラバラの方向を向いていた私たちは、ゆうた君を囲むように集まった。


「りく先生から解術を任されたわけだけど、これは極秘任務と言っていいと思う。できるだけ元凶の茨木先輩と茨木先輩に近しい仲間に見つからないよう、すみやかに対応しよう」

「そのためには全員に触らなくちゃいけないんだよね?結構な人数じゃない?」


りさちんの言う通り、あの場にいた生徒は最低でも200人はいる。

昨夜の夕食会場にほとんど集まらなかった様子をみるに、ほとんどの生徒が幻術にかかっていると推定される。

なので一人多く見積もっても30人以上に触れなければいけない。


「それに誰が幻術にかかってるか、俺一目みてもわかんないかも」

「それなら大丈夫。幻術にかかっていない生徒に触れても問題はないし、結界にもなるってさっき言ってただろ」


ゆうた君は博貴に解呪の意図をもって触れると術が自動で発動することを、博貴本人を実験台にしてやってみせた。


「ほんとだ!!りくせんせぇってすごいんだね~!!それなら適当に触っていっても問題はないんだ!!」

「それはそうだけど、あきらかに怪しいだろ」

「ん~~じゃぁどうするのさゆうた~~」


顎に手を添え、考え込むゆうた君をこれでもかってくらい揺さぶる博貴。


「うん、やっぱりそんなに難しい話ではないよ。だって幻術にかかってる生徒はみんな講堂にいるんだから」

「あ、そっか。私たちも講堂に行けばいいんだね!!」

「ゆうたあったまいい~~!!」

「いや、そんなに単純じゃないよ」


と、喜ぶ博貴とりさちんにゆうた君は冷静に返す。


「ど、どうして?私たちも講堂にいって、こっそり触ってきたらいいんじゃないの?」


後ろを掴んだまま離さないダイヤちゃんを驚かさないよう、静かに喜んだ私も博貴とりさちんと同じく動揺した。


「講堂に集まってくれているのは俺たちにはラッキーだよ。解術漏れすることもないし、集める手間も確認する手間も省けたからね。でも問題はここから。なぜなら講堂には茨木先輩もいるから。俺たちは見つからずに解術していかなきゃいけないんだ」

「そっか…茨木先輩がいるとやりずらいね…」


ゆうた君の蜃気楼で姿を隠していく案もでたが、それだとゆうた君の負担が大きく、誰もが蜃気楼を使えるわけではないので結局みんなで頭を抱え込んでしまった。


「講堂にいる生徒を外に出せたらいいんだけど…」

「昨日からこもりっきりだもんね…」


私たちはしばらくうなっていると、懐かしい声がどんよりした空気をパッと明るくしてくれた。


「おーい、お前らこんなとこでなにしてんだよ」

「あ!!洋介君!!」


それは私たちの先輩であるOBの中村洋介先輩なのだが…


「ぶはっ!!洋介君、なにその髪型!!!!雷に打たれた!?!?あっはははは~~~!!!」


博貴は洋介先輩と幼馴染で親友ということもあり、遠慮なく声をあげて笑い転げているが、私たちは必死に我慢している。

だって卒業式以来にみた洋介先輩は、誰もが憧れる好青年リーダーから、金髪にチリチリパーマで、いかにも失敗されたようなんだもの。

笑っちゃいけないと思いながらも、お腹がプルプルするし、口元を手でおさえるので精一杯。

初対面のダイヤちゃんでさえ、この状況に無反応ではいられないみたい。

それがよけいに私たちのツボを刺激する。


「うるせぇな!!!北都大では流行ってんだよ!!!」

「ぜ~~ったいうそ!!!あははははは~~~!!!!!」

「お前らまで~…おっ!かえでっち!!おひさ!!」

「お、お久しぶりです…」

「かえでっちはどうよこれ!!イケてるべ?!な?!」


そう言って洋介先輩は卒業前と変わらず「かえでっち」と声をかけてくれて嬉しいのだが、これ以上は私の腹筋がみんなより一足先に限界を迎えてしまいそうだった。


「い、いいと思います…!!…びっくりしましたけど」

「あははは!!もう~~楓ちゃん、最後の一言やめてよーー!!」

「ふふ…ご、ごめんなさい…私も限界で…」


すると私より先にりさちんとダイヤちゃんが限界を超えてしまい、洋介先輩はりさちんの頭をぐりぐり回して「全員おそろいにしてやる」と、からかった。




「っていうかさ、ほんとにお前らなにしてんの?東都生も一緒みたいだし、朝練はいかなくていいのかよ?」


もう全員あきらめてひとしきり笑った後、そして全員おそろいにされた後、私たちはやっと本題に入った。

ゆうた君が経緯と、解呪について悩んでいることを端的に説明した。


「なるほどな~奇跡の幻術ねー…俺には奇跡には思えないけどね」

「俺たちもそう思います。ただ講堂にはほとんどの生徒が集まってしまってて、解呪したくても茨木先輩の目もあってどう侵入すればいいか…」

「ゆうた君、姿を消せる蜃気楼の術があるんですけど、それじゃゆうた君しか侵入できないしで」

「でもタイムリミットは迫っていて、なるべくはやく解呪したいんです」


さっきまで永遠に笑っていられるかもってくらいおかしな雰囲気だったのに、誰も笑いをこらえている様子はなく、真剣な眼差しだ。


「ねぇ洋介君~、なんかいい案ない~??」


博貴だけは変わらないけれど、それが緊張しすぎない安心感をつくってくれているようだ。


「ふ~ん…波多野、お前はどう思う?」


洋介先輩はずっと黙っていた波多野に話をふった。

そういえば洋介先輩のインパクトが大きくて、波多野がやけに静かだったことに気がつかなかった。


「…俺ですか?」

「うん、なんかお前、雰囲気変わったみたいだし、なにか思いついてるんじゃないの?」


と、洋介先輩が言うと、博貴は驚いて「ならもっと早く言ってよ~」と、まだ波多野はなにも言っていないのに喜んだ。


「別に…大した案じゃねぇけど…」

「も~~もったいぶらずに教えてよ~~!!」

「…洋介先輩がきたから思いついたことだけど…洋介先輩に茨木を外に連れ出してもらえたらいいんじゃないかって」


その案をきいたとき、ゆうた君とりさちんは「そっか!」と二人で見つめ合った。


「波多野、それはどうして?理由をきかせて?」

「ただ茨木の目が邪魔なら、茨木の目がなければいいと思っただけです」


続けて波多野はこう説明した。

茨木が講堂に出る理由はなんでもいいが、きっと納得できる理由がないと外に出ることはないだろう。

だからなにか外に出たくなる理由を考えていたタイミングで、洋介先輩が現れたと。

そこで洋介先輩に協力してもらう案に結び付いたと口にした。

それを洋介先輩はじっと後輩の成長を喜ぶというより、一人の異能力者として見定めているようだった。


「…うん、いいよ。それなら協力してあげる」

「ありがとうございます!」

「ただし、俺はその茨木ってやつを外に出すだけ。それが波多野の案だからね。解呪するのはお前たちがやること。いいね?」


「はい!」とダイヤちゃんも含めて私たちの声がそろう。

洋介先輩の指揮がつくりだす緊張感と謎のわくわく感がなんだかなつかしい。


「それと波多野」

「はい」

「この状況ではお前の案は最適解だったよ。だから自信もっていい。成長したのな、お前」

「わっ…ちょ…や、やめてくださいよ…」


洋介先輩にほめられた波多野はちょっと照れ臭かったのだろうか。

洋介先輩におそろいの頭にされて嫌がりながらもいつもより口角があがってる。

貴重な光景にみんな微笑ましく見守っていた。


「~~~!!!ゆうたっ!!もういいからはやく仕切れ!!!」

「ふっ、はいはい」


なんだかゆうた君もちょっと嬉しそうにみえたのは気のせいだろうか。

みんなも同じ気持ちだったらいいなと思う。

このメンバーでみんなを助けるために動けることに胸が躍ってるって。




続く

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