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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
109/156

ー109-

「え?!ダイヤちゃん、体調不良?!」


夢からさめるとちょうどりさちんが夕食時間のため、起こしにきてくれた時だった。

寮にある夕食会場に向かうと、ダイヤちゃんの姿がなく、話をきくと私が運ばれた後、ダイヤちゃんも体調を崩してしまったそう。


「楓ちゃん起こしに行く前にダイヤちゃんの部屋に寄ったんだけど、まだ調子悪いみたい」

「大丈夫かな…明日にはよくなってたらいいけど…」


合宿後には楽しみにしていた仮面ランナーの撮影がある。

少しでもはやく元気になってほしいなと思いながら、親子丼を頬張った。

私のこの元気をわけてあげられたらいいのにな。


「それにしても…人、減ったね…」


予定ではこの夕食時間は、東都生も北都生も一緒にとるはずだ。

なのに長いテーブルに座っているのは私とりさちん、そして数名の先輩たち。

隣のテーブルも同様で、昨日はあんなににぎわっていたのに、同じ場所とは思えないくらいだ。


「夜練もなの。みんな茨木先輩から奇跡を学びたいって講堂に残っちゃったの。おかげで夕食を講堂まで運ばされるはめになっていい迷惑よ!」


と、りさちんは口調を荒げた。

しかたなく講堂に運んだら、あれも持ってきてや、これじゃ新しい門出にふさわしくないなどクレームばかり受けたのだと。

それを聞いてりさちんたち調理部隊がこの合宿のためにいつも頑張っていたことを馬鹿にされたみたいで、私も腹立たしい。


「だからね、あいつらにはこのとっておきスイーツ持っていかなかったの♪」


そう言ってりさちんが足元に置いていた保冷バッグから取り出したのは、コーティングがキラキラ美しい生チョコケーキだった。


「わ!!おいしそう!!」

「うふふ~でしょでしょ~♪あんな奴らにこのとびきり腕をかけたケーキを味あわせてやるもんですか…!!」


と、りさちんの目が黒く光った。

りさちん以外の調理部隊メンバーも同じ気持ちのため、それぞれ力をいれた料理は秘密裏に提供しているらしい。


「ん~~~~~おいしい~~~~~!!!!!チョコもなめらかで、生地もしっとりでおいしい~~~~~!!!」

「んふふ、楓ちゃんのその顔を感想がきけてよかった!!」

「もう、毎日食べたいくらいだよりさちん!!!」

「明日は明日で用意してるから楽しみにしてて♪」


最高。本当においしすぎる。

こんなにおいしいケーキが食べられないなんて、茨木先輩のところに残った生徒たちはどうかしている。


「他の人たちにもわけてくるね!」

「うん!いってらっしゃい!」


りさちんは食堂にいる数人の生徒にもケーキをわけに行った。

私たちの話声だけが響いていた食堂も、りさちんのケーキを口にした人たちの感嘆の声であふれていった。




「うわっ!こっちも人少なっ!」

「ま、うるさいよりはいいや」


そこに明るい声が混ざったと思ったら、居残り練習が終わった小鷹先輩、波川先輩、栄一郎君、音澤先輩、渋谷先輩がやってきた。

賑やかに話ながら夕食を選びおわると、私の姿を見つけ近くに腰かけた。


「お疲れ、立華。体調はもういいの?」

「お前、派手に運ばれってってたな!」

「あ、小鷹先輩お疲れ様です!はい!いまはもうすっかり元気です!って栄一郎君見てたの?!」

「めちゃくちゃ目立ってたもんな!」

「うわぁ~…恥ずかしい…」


まさか豪快に鼻血を流していたところを見られていたなんて。

もうちょっと顔を隠しておけばよかったと、自分の迂闊さをなげいた。


「ま、みんな混乱してたし、俺らが気づいたのは博貴がやけに騒いでたから目に入っただけだから」

「うっ、ありがとうございます…音澤先輩…」


音澤先輩の優しいフォローがじんわりと私の恥ずかしさをうめていると、先輩たちに遅れて博貴、ゆうた、波多野もやってきた。


「あー!!楓~!!元気になったの~~??」

「うん、もう元気だよ~!!」

「博貴、先に夕飯とりにいくよ」

「あぁー!!ちょっと待ってよゆうた~~!!楓も待っててよね!!!」

「あはは、大丈夫だよ、待ってるよー」


夕飯よりもお喋りしたくて慌ただしい博貴の首をつかみ、夕飯の列に引っ張っていくゆうた君。

よく私のことをあんこ扱いするくせに、こういう時博貴もあんこみたい、とつい笑ってしまう私。


「ってかなにこのケーキ、うまそ」

「りさちんが特別に持ってきてくれたケーキですよ」

「えーいいなぁ、あっちに並んでなかったよな?」

「そりゃそうですよ♪これは裏メニューですから!」


そう言ってりさちんはいつの間にか2つ目の保冷バッグから2個目のケーキをとりだし、先輩たちにも配りはじめた。


「調理部隊も大変だったみたいだね」

「そうなんですよ!部長と齋藤先生が抗議してくれたんですけど、茨木先生が議員特権だなんだって特別扱いを要求してきて…食を適当に扱う人たちに私たちがどれだけおそろしいか見せてやりますよ…」

「え、榎土…?」

「ほ、ほどほどにしておけよ…?」


栄一郎君と波川先輩も気圧されるほど、りさちんの怒りは相当なようだった。

でもりさちんだけではないのだろう。

調理部隊のメンバーみんな同じ気持ちでいると思う。

だから私はみんなの復讐が成功することを祈った。


「あーー!!なんかみんなして美味しそうなの食べてるぅぅぅ~~!!」

「たかちゃんの分もあるから安心して!」


博貴はカレーライスと天丼を両手に抱え、私の隣に座った。


「ねぇ楓~ダイヤちゃんの様子知ってる~~??」

「ううん、私もさっきりさちんから体調不良だって聞いたばかりだから」

「そっかぁ~…大丈夫かなぁお腹すいてないかなぁ…」


とダイヤちゃんを心配する博貴の、リズミカルに進んでいたスプーンの手がとまった。


「ダイヤちゃんのこと、心配?」

「うん…だってダイヤちゃんの様子、おかしかったんだ」

「え、お、おかしかったって…?」


私は博貴の恋心からの心配だと思って内心ワクワクしながら聞いたのに、思わぬ返答で心の熱がいっきに冷えていくのがわかった。


「う~~ん…俺、最近、ダイヤちゃんと仲良くなれたと思ってたんだけど、初めて会ったころに戻ったみたいでさ~…俺の勘違いだったのかなーってちょっと凹んでんの」


と、見えないあんこの耳が垂れ下がっている気がした。

でも博貴の勘違いってことはないはずだ。

ダイヤちゃんだって居残りしたときより、ツンツンする頻度は減っていたし、ダイヤちゃんも博貴に会えるのを楽しみにしていたはずだもの。


「だ、大丈夫だよ!ダイヤちゃんもたかちゃんに会えるの楽しみにしてたはずだし、模擬戦前に会いに行ったときだって喜んでたでしょ?」

「そうだけど…それは俺じゃなくて楓に会えたのが嬉しかったのかもしれないし…」


め、珍しい…ここまで博貴が落ち込んでいるなんて…。


「もしかしたら波多野が来たことが嬉しかったのかもだし…」

「はぁ!?なんで俺なんだよ!」


いきなり飛び火して驚いた波多野は、あれはお前が無理矢理連れてったんだろ!とくよくよしている博貴を責めた。


「あ、明日ダイヤちゃんの様子みてくるから!元気だして、ね??」

「うぅ~でも~~~」


完全に涙目の博貴。

カレーライスも半分しか進んでいない。

なんとか励まそうと、背中をさするも効果がないようだ。

どうしたものかと頭を働かせていると


「明日じゃ遅いと思う」


と、箸を進めていた全員の手を止めたのは渋谷先輩の一言だった。


「…え?あ、明日じゃ遅いって…」

「言葉通りの意味」


どうしよう。ますます頭が混乱する。

博貴はよけいに「明日になったらもっと嫌われるんだ…」と撃沈してしまう始末。

ふうちゃんに解説を頼もうとすると、小鷹先輩が神妙は顔つきで渋谷先輩に聞き返した。


「仁君、それって近郷さんは茨木の幻術にかかってるってこと?」

「うん、間違いなく。様子をきく限りじゃ抵抗しているようだけど、明日まで持つかはわからない」


とんとんと話が進む小鷹先輩と渋谷先輩の話に割り込んでいいのかわからずにいると、ゆうた君が「あれって幻術だったんですか?」と、私が聞きたかったことを口にした。


「そうだよ。講堂に残った生徒の様子もおかしかったでしょ?」

「はい…なんか会話が成り立っていないようでした…」


講堂に残って練習していた人たちの様子がわからず、首をかしげるとりさちんが教えてくれた。


「あのね、私が夕食届けにいったときはね、水属性の先輩が「すごい!本当に火属性になれた!」って嬉しそうにしてるのに、出してる技は水属性だったの」

「俺も見ました。雷属性の先輩が土属性になったって喜んでいるのに、俺の目にはどう見ても雷属性の技でした」


二人の話はまるで夢でみた浅井先輩と広重さんと同じだった。


「うん、奇跡の幻術だなんてそれっぽい理論語ってたけど、あれはただ幻術で自分に都合のいい現実を見せられているだけだよ」


都合のいい現実。

そうだ、りく先生が治癒室で後輩たちが眠ってしまった時に言っていた。

私が茨木先輩の理屈を受け入れられなかったのは、都合のいい現実なんていらないって思っているからなのかもしれない。


「結局、自分たちが見たい世界を、みんなが見ていれば、異能で悩むことも差別もなくなるって言ってるんだ。でもそれじゃ根本的な解決には至らないって俺は思うかな」

「俺も。講堂覗いたけど不気味だったぜ。誰一人話通じてねーもん」

「あーあれな。模擬戦してるはずなのに、自分たちが勝ったつもりでいたもんな」

「あれじゃ幻術ですらない。ただの妄想だな」


私の違和感を次々に小鷹先輩たちが言葉にしてくれて、どんどん気持ちがすっきりしていった。


「ってか、あんなんじゃ鬼が出たときどうやって戦うんすか」

「おっ、波多野にしてはまともなこと言うじゃん」


私も波多野と同じことを口にしようとして、栄一郎君と同じことを波多野に思ってしまった。


「もーー!!それよりも!!ダイヤちゃんのこと!!!」


しょげていた博貴がやっと声を出したかと思ったら


「ねぇ小鷹先輩!!渋谷先輩!!明日じゃ遅いってもっと詳しく教えてよ!!ダイヤちゃんが幻術にかかって苦しんでるなら、俺、ダイヤちゃんのこと助けたい!!!」


と、食堂の隅々まで聞こえるくらい叫んだ。

私も博貴と同じ気持ちだ。

ダイヤちゃんはあの時自分が幻術にかかっていたにも関わらず、私の心配をしてくれた。

ダイヤちゃんがいま、どんな幻術にかかっているのかはわからないけれど、私だってダイヤちゃんを助けたい。


そう思っていると、渋谷先輩が冷静にマスクで見えないけれど口を開いた。


「ねぇ、一応聞くけどさ、助けたいって言うけど勝手に助けられた現実のほうが彼女にとって苦しかったらどうするの?」


ハッとした。

ダイヤちゃんの幸せを考えたら、もしかしたら幻術にかかったままの方が幸せかもしれないなんて考えたことなかった。

幻術を解くことが幸せだなんて、私たちがみている現実のほうが幸せだなんて、驕っていたかもしれないと、高ぶった気持ちが冷え切った。


「…でも俺は助けたい」

「彼女は望んでいなくても?」

「うん。だってダイヤちゃんは自分で自分の世界を創る人だから。どんなに現実のほうが辛いことがあっても、ダイヤちゃんは自分で悩んで、答えを見つけて生きたいって思ってる!!」

「それはそう彼女が言ったの?」

「言ってないよ!言ってないけど俺にはわかる!!ダイヤちゃんと会ってから、ずっと毎日話してきたんだもん!!」

「根拠はそれだけ?それだけの理由で助けようなんて、幻術は甘くないよ」


博貴と渋谷先輩のやり取りがどんどんヒートアップしてきてしまい、私の気持ちは穏やかではいられない。

小鷹先輩たちも助けに入る素振りがなく、私だけがハラハラしているようだ。


「幻術は悩みが深ければ深いほどかかりやすい術だ。だから術者が解くか、術よりもレベルの高い術で上書きするしかない。無理矢理が解こうとすると、記憶障害や精神障害がおこるリスクがある。そんなことも知らずに助けようとするの?」

「だって好きなんだもん!!!!!」


食堂がしんと静まりかえった。


「俺、ダイヤちゃんが好きなんだもん!!!悩んでいることがあるなら話を聞いてあげたいし、助けになれることがあるなら力になりたい!!!!ダイヤちゃんの笑顔が大好きなんだもん!!!幻術なんて解いたことないからわかんないよ!!俺、ばかだもん!!!でもあきらめられないんだからしょうがないじゃん!!!!!!」


博貴の息だけが食堂に響く。

調理部隊のメンバーも、残っていた他の生徒もびっくりして博貴を見守っている。


「だからみんな手伝って!!!!!先輩ならどうすればいいのかわかるんでしょ?!?!?!だったら力を貸して!!!!楓も!!!」

「へ!?」

「もちろん手伝ってくれるよね!?!?!?」

「う、うん」


突如ふられた私は博貴の勢いに流されて返事をしてしまった。

私だって博貴と同じ気持ちではあるけど、幻術なんてどうすればいいのかわからないよ…。


「しょうがねーな、このまま黙って見過ごしたらこいつ暴走しそうだし、手伝ってやるよ」

「ここまで聞いたらゆうたと榎土も手伝えよ」

「もちろんです!ダイヤちゃん、私たちの友達ですから!」

「俺もです。それに幻術の勉強になりそうだし」


先輩たちにりさちん、ゆうた君まで手伝ってくれることに心強さを感じ、胸がほっとした。

みんなと一緒だったらなんとかできるかもしれないって本気で思えた。


「仁君も手伝ってくれる?ここまで博貴のこと煽ったんだから♪」

「…ま、及第点かな」

「手厳しいな~仁君は」

「それくらい他人が幻術に触れるのは難しいってこと、檜原もわかるでしょ」

「ん、まあね」


渋谷先輩も加わったダイヤちゃん救出メンバー(博貴命名)は、不思議なメンバーだけど、頼りになる人しかいないメンバーだった。


「よし!!そうと決まれば早くこれ食べなくっちゃ!!だって時間ないんでしょ!?」

「あぁ、幻術に抵抗できるのも体力がないと厳しいからね。それにこの幻術を喜ぶ人が増えれば増えるほど強くなるから、明日には体力も尽きて幻術に染まる可能性が高いだろうね」

「だめだめそんなの!!はやくみんなで作戦考えるよ!!波多野、なにか案ない!?」

「は!?俺だって幻術の解き方なんて知らねーよ」

「たしかに。上書きするにしても幻術にかかったままなんですよね?解術にはいたらないってことですか?」


ゆうた君も残りの親子丼を急いでかき込みながら質問した。


「それには理由があるんだ」

「理由?」

「あぁ、別の幻術を見ることで、いま見ている幻術を揺らがせるんだよ」

「ゆ、揺らがせる…??」


小鷹先輩の答えに思わず頭を抱えた私。

いつもなら博貴も同じく頭を抱えるはずなのに、いまは真剣な眼差しで天丼を飲み干した。


「もしかして他の現実があるのかも、もしかしたら幻術にかかっているかもって可能性に気づかせるって感じかな」

「啓の言う通り。でもそこで大事なのは、気づいたときに正しい現実を選ばせることなんだ。もしかしてって気づいても幻術の世界を選んでしまったら一生戻ってこれない。だから幻術よりも現実を選びたくなるような現実を見せることが必要なんだ」

「それってすごく難しいんじゃ…」


だって現実に少しでも嫌なこと、辛いことがあるから幻術にかかってしまっているわけで。

その幻術を揺らがせるために、もっといい幻術をあてて、他にも世界があるって気づかせて、正しい現実がほころび見えたタイミングで、正しい現実を選ばせるって。

術もそうだけど、タイミングを少しでも誤れば揺らがせることはできないし、見せた正しい現実が戻りたいと思えないものだったら、1回のチャンスを逃してしまうことになる。


「できる!!やるしかないもん!!!!」


そうだ、博貴の言う通りだ。

このメンバーに出来ないことはない、そう思う。


博貴はりさちんのケーキをひとくちで丸のみすると、目を輝かせた。


「これ…ダイヤちゃんにも食べてほしいな…」

「!!私もそう思ったの!!この甘さ、ダイヤちゃんもきっと好きだよね!?」

「うん!!ダイヤちゃん、前に教えてくれた好きなケーキがこんな感じだったもん!思い出のケーキなんだって!!」


私は博貴と意気投合し、同時にりさちんを振り向いた。


「そう言うと思って、準備のいい私はダイヤちゃん用にわけてあります」


私と博貴はりさちんの手際のよさに拍手を送ると、準備万端といった様子で博貴は先陣をきった。


「先輩たち、みんな、力貸してね!!!!」




続く

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