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茨木先生の講義が近づくと、これまで見なかった金髪が前方でチラッと目に入った。
でもいまの私は茨木先輩よりも、後ろにいる波多野の機嫌が気になって仕方ない。
もう波多野の機嫌は気にしないって思っても、思ってたほど仲良くなかったのだとしたら、椅子を蹴られなくてちょっとさみしい。
(ん?いや、別に蹴られたいわけじゃないけど…なんというか…)
仲良くなれたと思ったり、実はそうじゃないかもって思ったり、ハッキリしないことが嫌なんだ。
波多野の口からハッキリ「友達だろ」って言ってくれたら、どんなに楽だろうかと、ありえないことを妄想しては肩を落とした。
するとハッとするほど耳に届いたのは割れるような拍手で、顔をあげると茨木先生が手をふりながら壇上にあがっていた。
熱心に拍手を送っているのは、きっと属性差別主義に賛同する熱狂的な生徒なのだろう。
だからなのか、耳をふさぎたくなるほどの騒音に聞こえた。
「ありがとう、ありがとう。えー、北都生の皆さん、はじめまして。東都特別臨時講師の茨木正義です。どうぞよろしく」
私の耳が聞き間違いじゃなければ、やけに「特別」を強調したような言い方だった気がする。
それにまるで選挙のスピーチでもするかのような態度で、とても講師のようには見えない。
前方にいるファンにしか見てないようだし、ふうちゃんが授業をさぼっちゃうのもわかる気がする。
「では、はじめましての北都生の方に自己紹介をさせていただきます。えー私はですね、東都高校をほぼ主席で卒業後、陰陽省の伊集院先生の側近の下で異能教育について学ばせていただき、東都議員をもうかれこれ4期!!皆様の熱い支持で選ばれております」
後ろから博貴の大きなあくびの音が聞こえた。
でも博貴の気持ちはすごくわかる。
だってもうかれこえ20分以上、自己紹介してるんだもの。
それに回りくどい言い方で、いかに自分が優秀で、いかに人望があるかって自慢話ばかりで、いっこうに講義内容に入らない。
というか「ほぼ主席」って主席じゃないし、有名政治家の側近の下で、だって本当かどうかもあやしい。
政治界隈には明るくないけれど、側近の下なんていっぱいいるんじゃないの??
なんか言い方次第で私たちを騙そうとしているみたいで、すごく不快。
いよいよ博貴の寝息が聞こえてきたころ、茨木先生の声量が一段と増した。
「さきほど、北都の齋藤先生がおっしゃっていたお話、実に素晴らしかった!!えぇ、えぇ、私もね、属性差別には反対なんですよ」
ふうちゃんとダイヤちゃんの話を事前に聞いていたからだろうか。
いや、事前に聞いていなかったとしてもわかる。
だって私の鼻がとらえているもの、嘘くさいって。
「議員時代からも、多くのかわいそうな子たちをこの目でみてきました…!望んだ属性ではないことで悩み苦しむ子、自属性が弱いが故に実力を超えられず挫折してしまう子、自属性だけで判断されて個性を認めてもらえない子、いまだに自属性がなにかわからない子…いまも自分の属性が原因で悩んでいる生徒は多い!!私はそれを変えたい!!」
だんだん苛立ちがお腹の奥底で沸騰してきてしまった。
属性差別反対って言いながら、属性差別を主張するような発言にしか聞こえない。
かわいそうな子って決めつけて、自分は上にたってるって言ってるみたい。
それに自属性がわからない子、って言ったとき、あきらかに誰か一人を指さしていた。
その方向には渋谷先輩が座っていた。
私、異能についてはまだ学びはじめたばかりだけど、ふうちゃんの友達の渋谷先輩はあきらかに渋谷先輩たちよりもすごい人だし、かわいそうじゃないってわかるよ。
《ふうちゃん、私、茨木先生、すごく嫌い》
《えでか、俺はね、茨木、めちゃくちゃ嫌い》
思わず吹き出しそうになったのを、資料で顔を隠した。
「あぁ!いまにも泣き出しそうで顔を隠された生徒もいますね…きっとこれまでたくさん属性差別を受け、心を痛めてきたことでしょう…」
あまりのタイミングの良さに驚いて顔をあげた。
ダイヤちゃんとりさちんも「まさか」と言った顔でこちらを見てたけど、驚く私をみて安心していた。
周りをみると、前方の信者たちの肩が震えていて、私のことを指したわけではないようだ。
「でももう大丈夫です!!皆さん、安心してください!!これからは属性平等の時代がやってきます!!私の息子、茨木正樹が開発したこの術を使えば、属性関係なく!!誰でも!!簡単に!!望む属性を!!そして日本一の強さを手に入れられます!!!!…なんなら、2属性でも全属性でも、ね」
講堂内がざわついた。
茨木先生が熱弁する属性平等とは、各々が自由に望む属性を手にすることができる、という齋藤先生とは真逆の主張で、ましてや属性を変えるなんて長年の研究でも不可能とされている領域だからだ。
それに遠回しにふうちゃんのことを敵対しているような言い方に、カチンときてしまう。
ふと、チラッと目に入った齋藤先生の表情は、鋭い目つきで茨木先生をとらえていた。
なので茨木先生が属性平等をうたいながら属性差別を増長していると感じた私の直感は正しかったと、照明してくれた気がした。
「ん?なになに~なにかはじまるの~??」
さすがの騒ぎに博貴も目をさました。
「え!?ってことは大雅みたいに2属性持ちになれるってこと~!?なにそれおもしろそ~!!」
事のあらすじをゆうた君から聞いた博貴は、おもしろがっているけれど、ゆうた君は冷静に考えてるみたい。
「本当だったらすごいことだけど、属性変化の領域は陰陽省の一部の研究員しか携われない領域なはず」
「えぇ…高校生の茨木先輩ではありえないはずよ。それに茨木先生の授業で、こんな話いままで聞いたことないわ」
「そうだけど~もし2属性もてるってなったらどうする~~??俺はね~~~~ん~~~~~~」
ダイヤちゃんとゆうた君の心配をよそに、考え込んだ博貴。
波多野は無言のまま壇上を見つめていて、なに考えているのか全然わからないや。
「ん~~~~やっぱり俺、樹属性がいいや!!自属性が一番好き!!」
そのほうが面白いし!!と、博貴が笑うと、変に心配した分ほっとしてしまった。
博貴が騒いでもかき消されるほど講堂内は期待と不安と混乱でざわついていて、そんな中、一際黄色い歓声があがり壇上をみると、茨木先輩が壇上にあがっていた。
茨木先生の横に並ぶと
「ここからは術の開発者である、我が息子、茨木正樹に任せます!!みな、我が息子に拍手を!!」
と、茨木先輩にマイクをゆずり、壇上をおりていった。
「まったく、父さんの溺愛っぷりには困っちゃうな」
茨木先輩は慣れた口調で笑いととると、父親ゆずりの演説力を発揮しはじめた。
「えぇ、実はこの誰でも簡単に望む属性を手に入れ、日本一の強くなれる術を開発したきっかけは、自分の属性がわからないっていう友人を救うために生まれた偶然の産物なんです。僕もびっくりしましたよ、まさか偶然、陰陽省の研究員でも不可能とされていることが、可能となる術ができてしまったんですから。あ、ここ、笑うところですよ」
うん、聞き間違いじゃない。
わざと「偶然」を強調しているし、絶対に渋谷先輩とは友達なんかじゃない。
「さっそく術の構造を教えたいところなんだけど、まずはデモンストレーションしたほうがこの術のすごさがわかると思うんだ。だから誰かデモンストレーションに協力してくれる子はいないかな?」
と、茨木先輩が言い切る前に前方にいるファンたちが一斉に手をあげ、茨木先輩にアピールするように声をあげた。
それに以外にもファン以外の北都生、東都生も挙手しており、みんな属性変化に興味があるようだ。
そして茨木先輩はファンの中から2人の女子生徒、北都生から1人の男子生徒を指名し、壇上にあげた。
「君、お名前と学年は?」
「あ、えっと…浅井あみ、東都高校3年です…」
「あみちゃん、立候補ありがとう。それじゃお悩み、聞かせてもらえるかな?」
「は、はいぃ!!」
あみちゃんと呼ばれた先輩は、熱狂的なファンのひとりなのだろう。
ここが壇上の上で、多くの北都生と東都生なんて目に入ってないみたい。
「えっと、私の属性は水属性なんですけど特性が雨で…もともとの異能力が低いのか狭い範囲しか雨をふらせることができなくて…い、茨木先輩のお役にたてるように強い雨になりたいんです…!!」
「雨属性か、優しい君にはぴったりな属性だね。でも僕のために強くなりたいんだね、ありがとう」
「~~~~~!!!」
浅井先輩は目を潤ませながら、微笑む茨木先輩を見つめ続けていた。
(茨木先輩のどこがいいんだろう、だってなんか目、笑ってないじゃん)
と、私は胡散臭い茨木先輩の顔にもう胸やけがしはじめた。
「じゃぁあとで僕の技、受けて感想教えてくれるかな?」
「も、もちろんです…!!」
「かわいいね、ありがとう、あみちゃん」
「!!!!!!」
微笑みをなにひとつ崩さない茨木先輩。
それに対し、浅井先輩は興奮が限界突破したのか、膝にうずくまり茨木先輩の顔を見れなくなってしまった。
うずくまる膝も赤くそまっていて、治癒隊を呼んだほうがいいんじゃないかと思った。
「じゃぁ次は…君は2年生の広重さん、だね。火属性の。いつも戦闘俱楽部で模擬戦みてるよ」
「え…?あ、ありがとうございます…」
広重さんはまさか茨木先輩に認知されていたなんて思わなかったみたいで、驚きつつも恥ずかしそうに頬をそめた。
その瞬間、膝に顔をうめていた浅井先輩がバッと顔をあげ、恋に恋する乙女から、嫉妬に燃える乙女の顔に変貌し広重さんを凝視した。
さすがの形相に「こわ…」「ひっ…!」と小さな悲鳴が聞こえたけれど、茨木先輩の耳には入ってないみたい。
もちろん浅井先輩、本人の耳にも。
「じゃぁ広重さんのお悩み、聞かせてくれるかな?」
「はい…えっと私、付き合ってる先輩がいるんですけど、彼、金属性で…どうしても私が彼を傷つけてしまうことが多くて…もし私が土属性になれたら、彼のこと支えることができるのかなって思って…」
「なんて素敵な彼女さんなんだ…!!こんな彼女を持てて、兼近君も幸せだろうね…おっと、ここでは名前は言っちゃいけなかったかな?」
まるでおちゃめな僕、とでも台本があったかのように兼近先輩のまわりの男子たちが盛り上がる。
「でも、もちろん僕のこの術を使えば、君は彼の良きパートナーとして支えることが可能だよ。ぜひ期待しててくれるとうれしいな」
「…はい!!ありがとうございます…!!」
茨木先輩が広重さんの肩に手をポンと置いた瞬間、広重さんの目の色が変わった。
それはまるで、彼氏持ちだけど熱狂的信者の一人の目に。
目の前に彼氏がいるはずなのに、男子生徒の前に移動した茨木先輩から目が離せなくなってるもの。
「はじめまして、君の名前、教えてくれるかな?」
「北都高校3年の木属性の森田です」
「昨日、Bチームの模擬戦に出ていたね、僕と同じ属性なのにとても勇敢な子だなって思ってたんだ!」
森田先輩の印象はとても真面目な先輩で、礼儀正しいけれどどこか薄い印象がある。
水分を配りまわっても森田先輩だけいつも見つけられなかったり、模擬戦でも独自の技を編み出したりすることがない。
そんな先輩がどうして茨木先輩のデモンストレーションに立候補したのか不思議でしょうがない。
「なのに君はいったいなにに悩んでいるんだい?僕に解決できそうなら、ぜひ協力させてくれ」
きっと茨木先輩は相手がなにをすれば嫌がるがわかるように、なにを言ったら喜ぶか、相手がほしい言葉が手にとるようにわかるのだろう。
いつも堅物のような森田先輩が、はじめてリラックスしたように見えた。
「わ、私は…自由に技を開発したり、術で遊ぶという感覚がわからず、いつも教科書通りの戦いしかできません…小さいときから図鑑だけが友達だったので、遊び方がわからず、ただ異能を持て余しているような気がして…すみません、どう、言葉にしたらいいのか、わからなくて…」
余計なことを話してしまったと、森田先輩は顔を伏せたけれど、茨木先輩は森田先輩の足元にしゃがみ、目線を合わせた。
「わかるよ、森田君の気持ち。他の人たちがうらやましいんだよね、僕らは教わったことを忠実にやっているのに、教わっていないことで楽しそうに強くなる人たちが…悔しいよね」
と、森田先輩の固い拳を包み込むと、森田先輩の大粒の涙が茨木先輩の手の甲に落ちていく。
「大丈夫、この僕の術があれば、君の努力は報われる。どうか僕を信じて受けてくれるかな」
「…はぃ…よろしくお願いします…!」
森田先輩の涙に講堂にいる生徒たちがぐっとひきこまれていった。
3人を通して、ただみていただけの生徒たちが、まるで自分のことを言われたみたいに感動して涙を流しす生徒が目立つ。
これじゃまるで茨木先輩による全体カウンセリングみたいだ。
森田先輩が落ち着くまで声をかけ続けた茨木先輩。
「ありがとうございます…もう大丈夫です」と森田先輩がお礼を伝えると、にこりとほほ笑み、3人の様子が全員に見えるよう横にまわった。
講堂にいる生徒たちが注目しているのを確認すると、茨木先輩は両手を上に向けた。
「…それじゃさっそく術をかけさせていただきます。その名もーー奇跡の幻術、です」
すると鍵穴にふれたときにみた電流が茨木先輩の手の上で回転し、回転が増す度に大きくなっていった。
「全員っ!!伏せろっっ!!!!!」
りく先生の声が講堂内に響いたけれど、講堂を埋め尽くすほど電流球が破裂し、りく先生の声をかき消した。
続く




