表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
106/151

ー106-

「あ!楓ちゃん、こっちだよ~!」

「楓、お疲れさま」


昼食後は北都と東都の教師による特別講義は行われる。

今日は受講希望者が多い講義のため、講堂に北都生も東都生も集まっている。

壇上近くの前方はすでに埋まっていて、りさちんとダイヤちゃんを見つけるのに苦労しそうだったが、二人が先に私を見つけてくれたのでほっとした。


「楓ちゃん、遅かったね?治療終わらなかったの?」

「う、うん、まぁそんなとこかな…」


あれから扉はりく先生が時間操作術で元に戻してしまい、唖然とした私が昼食を食べそびれてしまった。

講義中、どうかお腹がなりませんように、と強く祈った。


すると一際元気な声が聞こえると、後ろに誰かが座る気配がした。


「あ!ここ空いてるじゃん~!!ってダイヤちゃん!!楓にりさも~!!」


振り返ると博貴とゆうた君、波多野のいつものメンバーが私たちの後ろに座った。

その瞬間、冷房のききが悪くなったのか、ダイヤちゃんの周りから熱風を感じた。


「ゆうた君、お疲れ♪」

「りさもお疲れ、さっきのかつ丼おいしかったよ」

「ありがとう~!夕食も気合入ってるから楽しみにしててね!」


ゆうた君とりさちんが昼食が美味しかったとか、博貴もあれが美味しかったとか話しているのを聞いていたら空腹感に全ての意識が集中してしまう。

あまり身体を動かさず、お腹に少し力をいれ、はやくみんなの食欲わく話題が終わらないかとじっとしている私。

なのに突然後ろから椅子をガンッと蹴られ、その反動で力が抜けると、ぐぅぅぅと盛大にお腹が音をたてた。


「~~~~!!!!!」


くすくす笑うダイヤちゃんとりさちんとは逆に、恥ずかしくて顔が赤くなる。

いったい誰が蹴ったのかと振り返ると、涼しい顔した波多野と目があった。


「なんだよ」

「いま蹴ったでしょ!」

「はぁ?蹴ってないし」

「蹴った!絶対蹴った!」


そんな不毛な問答を繰り返していると、喧嘩してると思ったダイヤちゃんがあわあわしていて「いつものことだから大丈夫だよ」とゆうた君がフォローしていた。

そういえば東都にいた時は、ダイヤちゃんの前で波多野とこんな風に話すことはなかった。

でもフォローするならこっちもフォローしてほしいのに、結局みんなおもしろがっているのずるくないだろうか。


「楓ちゃん、お昼食べれなかったの?」

「いや、楓のことだから食べたけどもうお腹すいたんだよ~!!あんこもよくあるんだよ~!!」

「もう!あんこと一緒にしないで~!!」


博貴が私をあんこと同列に語るから抗議したけれど、ダイヤちゃんの緊張がとけたのか楽しそうに笑っていたのでちょっとだけ博貴を許した。

そんな博貴もダイヤちゃんの笑顔が見れたのがうれしかったのか、私たちそっちのけでダイヤちゃんにあんこの写真をみせはじめた。


「でね、これがおやつ食べ終わったときのあんこ!!ふてぶてしいでしょ~??」

「ふふふ…でもとってもいい子なのね。博貴君のこと信頼してるのがわかる」

「…!!…えへへ…なんだか照れるな…えへへへ」


博貴が照れているなんて珍しい。

ダイヤちゃんも博貴にこんなはっきり伝えられるなんて慣れたのかな、と思ったけれど、きっとダイヤちゃんは事実を伝えているだけだから緊張も恥ずかしさもないんだ。


「博貴君は優しいのね、あんこにもきっと伝わっているわ。じゃなかったらこんな顔しないもの」

「…うん、ありがとう、ダイヤちゃん」


なんだか二人の世界邪魔できないなと思って姿勢を戻すと、また椅子をガンッと蹴られ、後ろを振り返る。


「もぉ~なに~??」

「…なんで昼食ってねぇの?」

「え?お昼?えっと、い、忙しくて…」

「ふ~ん、そんな忙しかった?」

「う、うん…」


なんだろう。

なにか探られているのだろうか。

昨夜りく先生に忘却の術をかけられてから波多野と面と向かうので、妙に緊張してしまう。

ゆか先輩が波多野の体調を気にしていたことをふと思い出し、より疑り深くなる。


「食欲だけは玄武のお前が?食べたの忘れてんじゃねぇの??」


ピキンと私の頭の中でなにかがはじけた。


「しょ、食欲だけは玄武!?」

「だっていつもすげぇじゃん」

「ほんとに忙しかったんだから!!もう!!」


忘れてるのはそっちでしょ、と言いかけたけれどなんとか飲み込んだ。

なによ、人を食いしん坊みたいに~~~。

たしかに食いしん坊だけど、お腹がすいてるからだろうか。

また椅子を蹴られて呼ばれているような気がするけど、膨らんだ口が戻らないので無視をした。




特別講義は齋藤先生の結界戦術からはじまった。


「ーーと、このように術の構造にかけ合わせると、威力の大幅な増加だけでなく、その技の狙いやスピード、発動までにかかる体力などベースの質があがります。昨日の模擬戦、このあたりが出来ている者、おろそかにしている者、軽視している者…とても顕著にあらわれていました。結界戦術はとても複雑で苦手意識が強い人もいるでしょう。しかし、その苦手意識にどれだけ向き合ってきたかの結果が模擬戦にあらわれます。大会まで残り僅かではありますが、後悔のないよう合宿期間を過ごしてください」


齋藤先生の凛とした声で説明される結界戦術は、とてもわかりやすくて後ろから見ていると、頭が前後に揺れる生徒や、必死にメモをとる生徒が多い。

ダイヤちゃんも「あ、そっか…」と無意識に口に出していて、りさちんと目を合わせてこっそり笑いあった。

それにいつもならじっと講義をきくなんて苦手な博貴と波多野も、大人しくきいていて、それだけ模擬戦に本気なのが伝わってくる。


「ーーー講義内容はこれで以上です。最後に結界には属性の特徴や、異能力の強さが必要だ、などと思う方も多いでしょう。これまでそれが常識のように伝わってきていましたが、結界には属性も異能も関係ありません。もっというと、どの属性にも強さ、弱さ、メリットデメリットは存在します。どの属性も平等です。すべては戦略なのです。どれだけ自分の属性の強み、不得手を知っていて、戦略に活かせるかが全てです。なので皆さん、生まれ持った自分の属性に自信を持ちなさい。そうすれば、大会だけでなく卒業後も自分らしく活躍することができるでしょう」


齋藤先生が属性差別はないことを暗に力説すると、講堂内は少しざわついた。

雰囲気から察するに感化された生徒は2割、怪訝な生徒は3割といったところだろうか。


「なにか質問や術についての相談、戦略相談があれば明日から第1講義室で受付ます。気軽にいらっしゃいね。では、皆さん、ご清聴ありがとう」


壇上からおりる齋藤先生にむけられた拍手はまばらだった。

私はなんだかちょっと悔しくて、強めに何度も拍手を送った。


「楓」

「ん?どうしたの、ダイヤちゃん」

「齋藤先生、素敵な先生ね。私、明日、相談に行きたいわ」


でもダイヤちゃんがそう言ってくれたので、悔しさも吹き飛んで、はやく明日にならないかなって思った。




「ん~~!!かずちゃん先生の話、難しかったけどおもしろかった~!!ね、ダイヤちゃんはどうだった?!」


休憩時間になると、大きな伸びをしながら博貴がダイヤちゃんに話かけた。

波多野とゆうた君はお手洗いにむかった。


「え、えぇ…構造のかけ合わせポイントがすごくわかりやすかったわ。それに生徒想いの先生なのが伝わって、北都がうらやましくなちゃった…」

「そうでしょ~!!かずちゃん先生、怖いけど優しいんだよ~~!!」


まるで自分がほめられてるかのように鼻を高くする博貴。

でもダイヤちゃんの表情はちょっと暗い。


「ダイヤちゃん、北都がうらやましいって…東都は違うの?」

「うん…東都は陰陽省幹部や政府に顔がきく大企業の生徒が多いから、属性差別は根強いの…。だからこの合宿に草花属性や模擬戦向きじゃない生徒は参加できなかったのよ」

「え!!そ、そうだったんだ…」

「東都は模擬戦の実績主義なところがあるから、あまりパフォーマンスには力を入れていないのよね。だからパフォーマンス系に進みたい生徒は個人でスクールに入ったり、転校しちゃう子が多いわ」

「居残りした時、全然そんな風に見えなかったのに…」


ダイヤちゃんが言うには外部には良く見えるよう体裁は整えているそうで、北都のように和気あいあいとした雰囲気ではないらしい。

そういった状況に嫌気がさしている生徒も増えてはいるそうだが、上層部の圧力がかかるため表立って活動はできないみたい。

でもそんな圧力と戦っているのがお兄さんで、お兄さんが着任してから学園の雰囲気も明るくなり過ごしやすくなったと教えてくれた。

来年には属性差別思考が強い教師陣が一斉に退任するのではと噂があり、退任したくない先生はお兄さんに対して媚びを打っているのだとか。

そんな姿を生徒たちからは冷ややかに見られており、来年の退任時期より前に自主退職するかも、なんて言われているそうだ。


東都に居残りした時にお兄さんは言っていた。

「君たちが安心して大人になっていけるよう、僕らがなんとかするから、ゆっくり大人になっておいでね」と。

こうやって私たちのためにお兄さんが頑張ってくれてる話が知れて、なんだか自分のことのように胸が熱くなる。

かっこいいお兄さんに出会えて、よかったな、と。


「でも俺、水樹せんせーの講義が聞きたかったな~」


私もお兄さんの講義が聞きたかったなと、博貴に大きく賛同した。

そしたら「でも楓ちゃんはお願いしたら教えてくれそうだよね」と言うと、博貴が「俺も混ぜて~!」と食い気味。

私もふうちゃんも混ざりながら、みんなで一緒にお兄さんの授業受けれたら楽しそうだなと思ったので、東都に行ったときにお願いしてみようと思った。


「ねぇダイヤちゃん、次の東都の先生はどんな先生なの~??」

「えっと…異能力開発特別講師…茨木正義先生…??」

「茨木ってもしかして…」

「…東都Aチームにいた茨木先輩のお父様よ」


ドキッと全身に電流が走った。


「茨木先生は東都の教員じゃないの。東都議員の方なんだけど特別講師として呼ばれている立場の方で…属性差別推進派なの。校内にも信者的に慕ってる生徒も多くて、水樹先生もご苦労されてるみたい」

「そっか~…じゃぁ俺、次の講義寝ちゃうかも~」

「うん~…正直私もちょっと…。なんか講義内容の再現性ある奇跡の異能?…っていうのがあまり惹かれないんだよね…」

「私も初めてきくテーマだわ…」


奇跡ときいて渋谷先輩を思い浮かべた。

でも茨木先輩は渋谷先輩に対抗意識を燃やしているそうだから、この講義内容も渋谷先輩を意識したものなのだろうか…。


《ふうちゃん、茨木先輩のお父さんって特別講師なんだね》

《そうなんだ、兄ちゃんと敵対してる派閥から派遣されてるんだよ。だから茨木先輩つけあがってて、ほんと面倒だよ》

《ふふ、ふうちゃんも苦労してるんだね》


と魔法をおくると《でもえでかがいるから頑張れる》と返ってきて、来月ふうちゃんに会ったらいっぱい労ってあげたいなと思った。


《もしかして茨木先生、特別講義するの?》

《うん、再現性ある奇跡の異能、だって》

《渋谷先輩の否定する内容だろうな…》

《なんとなく、そんな気がしてる…》


だからあまり私の好奇心も動かないので、博貴じゃないけど私も寝ちゃうかもしれない。

もし私が不良少女だったらサボっておやつを食べに調理室に忍び込んでいたかも、なんて。


《茨木先生の講義、いつも参考になることないんだよね~。だからバレないように結界に隠れたり、式神に授業受けさせたりしてる》


そしてお兄さんに怒られているそうなんだけど、茨木先生の授業だとお説教が甘くなるらしい。


《ふふ、いまね、私も不良少女だったらサボっておやつ食べに行ってたかも、なんて考えてたの》

《あーあ、俺も一緒だったらえでかと一緒に抜け出せたのに》

《それ、とっても楽しそう!想像しただけでドキドキしちゃう!》


授業を抜け出すなんてしたことないけど、ふうちゃんと一緒って考えただけでドキドキとワクワクがとまらない。

もしここにふうちゃんがいたら、どこに行こうか、調理室?それとも見晴台まで足をのばしちゃう?

あぁ、ふうちゃんと一緒だったらお兄さんとりく先生にお説教されてもワクワクしちゃうかも。


なんて一人で妄想しては楽しんでいると、勢いよくガンッと椅子を蹴られ、犯人はわかっているのに怒っているのを忘れて咄嗟に振り向いてしまった。


「ちょっと来い」

「へ??」

「いいから黙ってついてこい」


戻ってきたゆうた君はりさちんと、ダイヤちゃんと博貴は相変わらず話に夢中で、私が波多野にいじられる光景にダイヤちゃんも慣れてしまったのだろうか。





ひとまず大人しく波多野についていくと、もうすぐ休憩時間も終わることもあり、講堂に戻る人波に逆らって人気のないほうに進んでいった。


「やる」

「??」


波多野がなにか差し出すのを受け取ると、修学旅行の合同演習前にくれたザクザクチョコレートだった。


「…ありがとう…ふふ、これ、前にもくれたよね」

「…余ってたんだよ」

「賞味期限、切れてないよね?」

「嫌なら食うなよ」

「嫌じゃないよ、ありがとう!」


と、袋をあけてクランチのザクザク感を味わっていると、空腹においしい甘さが染みわたる。


「…食ったな」

「ん?うん、ありがとう、ごちそうさま」


すると波多野がにやりと意地悪な笑みを浮かべた。

その瞬間、私はしまった!と本能が告げた。


「てめぇ、わかってんだろうな」

「な、な、なにが…??」

「約束、忘れてねーだろうな???」

「お、覚えて…!!」


私は慌てて口を両手でおさえた。

「鬼の気配を感じたり、異常を感じたり、危険がせまってることを知ったら絶対俺に言え」って約束をさせられたことも忘れていると思ったから。

でもよくよく考えると、りく先生が術をかけたのは私たちが鬼神の情報をもっていると勘づいていることと、精霊について知っていること、だ。

だから約束については忘却の範囲ではなかったのだ。


「お、覚えてる覚えてる!ちゃんと覚えてる!」

「ほんとかよ」

「ほ、ほんとほんと…」


本当は私に都合よく、忘却の術で忘れていると思っていたけれど。

でも私が鬼神の情報をもっていると勘づいていることは忘れているはずなのに、こんな約束をさせられるんだろう。

だって気配を感じることは、私じゃなくても気づくことはできるだろうし、波多野だって気づけるはず。

どうして私なんだろう、と謎が深まる。


「…ねぇ、聞いてもいい?」

「なんだよ」

「なんで私にそんな約束するの?鬼となにかあるの?」


そうだ、ずっと気になっていたこと。

波多野がどうして鬼にこだわるのか。


「・・・別に、おめぇが気にすることじゃねぇよ」

「じゃぁ私じゃなくてもいいんじゃないの?気配を感じるのなんて、他の人のほうが…」

「うるせぇ。もう行くぞ」

「あ、ちょっと…!!」


なんだか不機嫌になった波多野は私に肩をぶつけながら講堂のほうに戻ってしまった。

結局理由はきけないままで、消化不良で胃がむかむかする。

せっかく仲良くなれたと思ったけど、理由を話してくれるほどの仲ではないと言われたみたいで、さみしさで講堂に戻る足が重くなった。




続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ