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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
105/151

ー105-

強化合宿2日目。

2日目の朝はまだ夏の朝霧が残る時間からスタートする。

もうすでに走り込みの準備をしている北都生と東都生も見かる中、私は皆が集まる前に練習場を開けるため、まだ眠たい目をこすりながら練習場に向かう。


練習場の入口がみえると、数名の人影が見えた。

私は慌てて小走りで近寄ると


「おっ、立華、はよ~」

「おはようございます~!!すみません、お待たせしました!!」

「そんなに慌てなくていいぞ、俺たちが早く来すぎただけだから」


栄一郎君が気づいて声をかけてくれると、音澤先輩が優しく気遣ってくれた。


「朝からありがとうね、立華。さすがにまだ眠いでしょ」

「でもこれも私の仕事ですから!…眠いのは眠いですけど」

「だって来るときすげーまぬけな顔してたもんな!!」

「え!!」


波川先輩はそんなまぬけな顔してた私の物まねをすると、栄一郎の笑い声が静かな朝をにぎわせた。


「やだー!!やめてくださいよーー」

「めちゃくちゃ似てるわ!!」

「ふっ…!!」

「小鷹先輩まで!!…ふふ…あははは!!」


最初は恥ずかしくて波川先輩に抗議したけど、小鷹先輩につられて私まで他人事のように笑いだしたらとまらなくなってしまった。



開錠するとちょうど北都生と東都生も次々とやってきて、その中には渋谷先輩の姿もみえた。

小鷹先輩が「仁君、おはよ」と声をかけると、波川先輩たちも「仁君、仁君」と呼び始め、昨夜たった一晩で距離が縮まったのがわかる。

と言っても、渋谷先輩の表情は相変わらずマスクでよくわからないけど、雰囲気がなんだかやわらかいから「仁君」と呼ばれても嫌な気にはならないのだろう。


「立華、今日もよろしくね」

「今日も頑張ろうな」

「治療必要なときはまた呼ぶわ」

「ま、あんまり無理はしないように」


先輩たち私に声をかけてくれながら練習場に入っていく。

ふとこの光景が見れるのも、残りわずかなのだと思うとちょっと目があつくなった。




そんなさみしさも、朝練がはじまったらすっかり忘れてしまう慌ただしさ。

治療室の備品補充や水分補給の準備に加え、筋トレやランニング、ストレッチ中の選手たちのサポートにも気を配らなければいけない。

それに初めての合宿に参加する治癒隊1年生のサポートもしながらだと、茨木先輩のことなんて考えている余裕もない。

でも一人きりにならないのはよかったかもしれない。


「あ、ゆか先輩!おはようございます~!」

「あら、おはよう、楓さん」


ゆか先輩は今日も自由参加にもかかわらず、朝練から参加してくれている。

おかげで治療室の不足分を預けるだけなので、ゆか先輩の存在はいまの私にとってはとてもありがたい。


「ゆか先輩、体調は本当にもう大丈夫ですか?あまり無理しないでくださいね…?」

「ふふ、ありがとう楓さん。すっかり元気だから安心して?むしろお休みした分身体動かしたいのよ」

「それならよかったです!じゃぁいっぱい甘えさせてもらいます!」

「もちろんよろこんで♪…ふふ」


昨夜の交流会で見かけたときと、直接こうやって顔をみて話すと、ゆか先輩が無理しているわけじゃないってわかるし、本当に元気になったことに安心した。


「??どうしたんです??」

「えっと…実はね…」


あたりをキョロキョロ見渡して、1年生たちが記録簿をセットしたり、テーピングを用意しているのをみて私の耳に近づいた。


「…実はね…さっき明君がきてくれたの。…心配してきてくれたみたいで、楓さんと同じこと言っていたから思い出しちゃって…」


耳にかかる熱が離れると、なれない惚気に恥ずかしさを隠しきれなかったのか、顔を赤くそめたゆか先輩がなんだかとても女の子だった。

いつも先輩らしく、大人っぽいゆか先輩のまた新たな一面をみれた気がした。

これには私もゆか先輩の耳元に近づき、こう返すしかない。


「…先輩、はやく恋バナしましょうね」

「…えぇ、楽しみだわ」


いっぱいお話できるといいな。ゆか先輩が卒業するまで。

そしてそれまでに、ゆか先輩と波多野の関係が進展するといいな…。


「あ、そういえば少し気になることがあるのよね…」

「気になること、ですか?」


頬に手をあて、首をかしげたゆか先輩。

1年生たち目を離さないのをみると、波多野の話を続けた。


「なんだか昨夜から頭がぼうっとするんですって。でも熱はないみたいで…明君にも苦労かけちゃったから…あの時の疲れが出ちゃったのかなって…」

「あ…」


胸が痛い。

波多野の頭がぼうっとしてしまうのは忘却の術の名残だろう。

だからゆか先輩のせいではないのに、ゆか先輩に要らぬ不安を抱かせてしまって胸が痛む。


「…だ、だい」

「立華先輩!補充終わりました!」

「わ!!あ、ありがとう、草野さん!ってそろそろ東都に持っていかなきゃだね!」

「あら、ついのんびりしちゃったわね。今日も頑張りましょうね」


ちょうど草野さんとすれ違いで先輩が紫外線保護術のためやってきた。

ゆか先輩が準備しはじめてしまったので、私は慌ててゆか先輩に声をかけた。


「ゆ、ゆか先輩!きっと大丈夫ですよ!すぐいつも通りになりますよ!!」

「楓さん…」

「じゃ、また!!」


私のいきおいにびっくりしたのか、ぽかんとしたままのゆか先輩だったけど、扉がしまる瞬間笑っていたから少しでも不安が消えていたらいいなと思う。




それから朝食を食べ終わると練習場は技の打ち合いや、特訓に集中する者、お互いに限界を超えようと切磋琢磨する者などで埋め尽くされた。

その分怪我人も多く、治癒室は常に満員で、体育祭ほどじゃないけれど私もずっと治癒し続けることとなった。

ゆか先輩と数名の後輩たちには先に昼食に行ってもらい、軽く後片付けをしていると「カチャン」と扉のほうから音が聞こえた。

聞き覚えのある音に嫌な予感を覚えつつ、扉にふれると、扉が施錠されていた。


「立華先輩?どうしたんですか?」

「…間違って締められちゃったかな?」


心配そうな顔した草野さんに、これ以上不安を与えないよう笑顔はキープしているが、でもなんだか胸騒ぎは消えない。


「大丈夫だよ、内側にも鍵はあるから!」

「そ、そうですよね!」


草野さんのほっとした顔をみて安心した私。

内側の鍵に手をふれた瞬間、バチバチと手元に雷が落ちたかのような電流が走った。

はじける痛みと熱さが右手を燃やすようで、慌てて手を離した。


「・・・え?」


するとぽろっと鍵が床に落ちてしまい、慌てて離した右手は無傷だった。


「!!みんな、大丈夫…え??」


なにが起きたかわからない状況に、1年生たちの無事を確認しようと後ろを振り返ると、草野さんはじめ3人いた後輩たちが皆、床に倒れ込んでいた。

近くにいた草野さんに近寄り、状況を確認すると怪我はなく、ただ眠っているようだ。


私はすぐにふうちゃんに魔法をおくり、状況を説明した。


《わかった、りくさんにはもう向かってるから、異変がないか気を付けながら待ってて?》

《うん、ありがとう、ふうちゃん》


ふうちゃんの声が聴けたおかげで、ざわざわ音をたてていた胸がやっと落ち着いてくれた。


《ほんとうに怪我はないんだね?》

《うん、私は大丈夫。右手もなんともないよ》

《でも一応りくさんがきたら診てもらうんだよ?》

《ふふ、わかったよ、ふうちゃん》


ふうちゃんのおかげで元気になった私は、床で寝ている後輩たちを施術台に運んだ。

幸い倒れた時の怪我もないようで、すぅすぅ気持ちよく寝息をたてている。

もうすぐりく先生がきてくれるそうだけど、じっと待っているのもなんだか落ち着かなくて散らばった器具を片付けはじめた。


だいたいの片付けが終わると、誰かが扉をノックした。


「立華、いるか?」

「りく先生!」

「いま開けるから扉から離れてろよ」

「は、はい!!」


ふうちゃんにりく先生が到着したことを伝えると、ふうちゃんもほっとしたようだった。

そしてドカンと大きな音をたて、扉が倒れると、りく先生が片足で蹴り飛ばしたことがわかった。

この扉、どうするんだろうという疑問が一瞬頭をよぎったけれど、いまはりく先生がきてくれた安心感が勝った。


「手は?どっちだ?」

「あ、右手です」

「・・・大丈夫だ、なんともない。幻術をみせられたな」

「幻術?」

「あぁ、都合の良い現実だ」


そう言いながら眉をひそめたりく先生は、後輩たちはいま幻術の中にいるらしい。

眠りの深さからみると、あと30分ほどで目が覚めるそうで、とくに害がある術は仕組まれていなかった。


「鍵穴はどうした?」

「あ、それならあそこに…」


ふうちゃんから触れないようにって言われていたので、扉が倒れ込んできた拍子に窓際まで転がっていってしまった。

りく先生は息をふっと吹きかけると、大きな葉っぱの植物がわさわさ葉を揺らしながら鍵穴を運んできてくれた。

そして鍵穴に結界をはると、素手で鍵穴を調べはじめた。


「・・・うちの生徒の残穢じゃないな。術式構造もうちで教えているものとは違う」

「え!?…じゃぁ…東都生…?」

「ただ東都で教えている構造とも違うからなんとも言えんがな。一応きくが心当たりあるか?」

「いえ…とくに…」


東都生と関わることなんて、ダイヤちゃん以外だと治癒隊の人たちしかいない。

今朝、東都の治癒室の補充にいったときも、挨拶と確認の会話くらいで心当たりなんてちっとも思い浮かばない。


「…ひとり、心当たりありますよ」


と、結界内に私とりく先生以外の声が響いた。

ドキンと胸が音をたてて声のほうを振り返ると、黒いマスクをした渋谷先輩が声の主だった。


「…仁、ちゃんと結界はってきたんだろうな」

「えぇ、一応。お疲れ様です、りくさん」


頭の中にはてなマークがいっぱいになる。

名前で呼び合う関係性もそうだし、りく先生の結界に入り込んだ渋谷先輩に驚きを隠せない。


そんな私を見かねて、りく先生は頭をかきながら「こいつとは空雅さん関係でな。たまに手伝ってもらったりしてんだ」と、教えてくれた。

そういえばふうちゃんが討伐とか頼むことがあるって言っていたことを思い出した。

であれば、りく先生と渋谷先輩が顔見知りでも問題はないけど、昨日ダイヤちゃんに会いに行ったときに教えてほしかったと、りく先生をちょっと睨んだ。

だって本気でびっくりしたんだもん。


「で、心当たりある人物って?」

「茨木ですよ。朝食後から練習に参加せず女子生徒とふらついてるようでしたから。それにその術式構造は茨木独自のものです」

「なるほどな…大方、お前に対抗するのにつくった術ってことか」

「おそらく。僕としてはそんな浅はかな術と一緒にされたくないんですけどね」

「ふっ、一理ある」


二人がどんどん話を進めるので、私はついていくのに必死。

でも渋谷先輩が意外と毒舌なことにびっくりして、ふうちゃんに伝えたら《だから気を遣わずに話せるんだ》って教えてくれた。


「あ、でも私、茨木先輩とは話してないですよ?だから幻術かけられる理由がないというか…」

「それなら充分あるだろ」

「??」

「あー…語弊のないように言うが、お前が大雅さんの恋人だから、だよ。大雅さんを困らせたい、とか思ってんだろ」


りく先生は続けて言葉を選びながら、でも大雅さんのせいでも、私のせいでもない、と口にした。

きっと自分のせいで私になにかあったらって考えるふうちゃんと、ふうちゃんのことですぐ頭いっぱいになってしまう私を気遣ってくれたのだろう。


「ふふ、先生、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

「~~…余計なこと言うなよ?」


慣れない気遣いに照れ臭くなったりく先生は、ふうちゃんに口止めするよう言うけれど、それは出来ない相談で笑って返すしかない。


「…それだけじゃないと思いますけどね」


渋谷先輩はぽろっとつぶやいた。


「というと?」

「…茨木みたいなやつは自分が1番じゃないと気に入らないんですよ。だから優秀な俺が気に入らないんですよ」


・・・・・・ん????


「あいつは幻術が奇跡に匹敵する術だと思ってますけど、作りも雑ですし、構造も破綻してるようですし、これのどこが奇跡に匹敵するっていうんですかね」

「あぁ、そういうことか。陰陽省の推薦狙いか」

「もし陰陽省にあいつが入省した時は、陰陽省の質がおちた証ですね」

「ま、あいつが入省することは空雅さんがトップでいる限りないな」

「それを願います」


・・・・・・なんというか・・・渋谷先輩って・・・


《ふうちゃん》

《どうした、えでか》

《渋谷先輩って…なんというか…》

《うん、うん》

《ゆ、優秀、なんだね?》


どうしよう、りく先生みたいにうまく言葉を選びたかったのに語彙力のなさがただ浮き彫りになっただけだった。


《あはは!!渋谷先輩、話してるんだ!》

《う、うん…クールな人だと思ってたけど、結構おしゃべりするんだね》

《そうだよ、渋谷先輩おもしろいんだ》


と、ふうちゃんは渋谷先輩が東都の口うるさい先生のことを「糞爺」って陰口を言ったり、すぐに正論で反論してしまうので、少しでも抑えるためにマスクをしているのだと、教えてくれた。

でもふうちゃんといるときは、我慢した分おしゃべりになるそうで、それがふうちゃんは楽しいらしい。





ふうちゃんとの魔法に夢中になっていたら、渋谷先輩が一人でニコニコしたり笑いをこらえている私が不思議だったみたい。


「…彼女はなにしてるんですか?」

「…気にするな」


優秀でおもしろい渋谷先輩にも、ふうちゃんと私の秘密の遊びは理解できなかった。




続く


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