聖なる母の御手
「え……。いや、別に」
「司祭様もね、せっかくの特別な機会。これを逃すのはとても残念なことだから、特別に分けてあげなさいっておっしゃてくれてね。お友達の分はないんだけど、これを差し上げます」
先輩の虚な目が怖い。
虚な目のまま、ニコって笑って……
どこをみているのかわからないまま、先輩は私に近づいてくる。
私の正面に立って、私の手を取ると持っていた紙袋を握らせた。
先輩の手が、じっとりと冷たい。
「ぜひ、使ってみてほしいな。君に幸多からんことを祈っているよ」
それじゃぁ、と言って先輩はゆっくりとした足取りで去っていた。
私は、アパートの廊下を全力で走ると自分の部屋に駆け込んだ。
たいした距離ではないのに、心臓がバクバクいってる。
怖い、怖い、先輩の目が怖かった。
ふと、握りしめている手を見る。
まだ、先輩からもらった紙袋を握りしめていた。
パッと、勢いをつけて部屋に投げ捨てる。
ガシャン、とガラスか陶器が欠ける音がした。
「やだ、どうしよう」
怖くて中を見たくなかった。
でも、高価なものだったらどうしよう。
もしも、返せとか弁償とか言われたら困る。
一応、確認した方がいいかな……。
「うぅ、怖い……」
指先が震える。
ゆっくりと紙袋を開けると、リボンのかかった木の箱が出てきた。
リボンを解く。
やだな、見たくない。
恐る恐る開けると木箱の中に入っていたのは、綺麗な杖だった。
歩くときに使う杖じゃなくて、なんていうんだろうな短い王様とかが持つような杖。
杖、錫杖? そんなやつ。
ほっそりとしていて、白い。
上の部分が丸く繊細な飾りが付いていて、とても可愛い杖だった。
目立つのは、丸い飾りの部分に付いている大きなクリスタル。
青い色のクリスタルガラスが5つ並んでいる。
「高そう……。壊れてたらどうしよう」
丁寧に持ち上げてよく観察してみる。
ゆっくりと回しながら見てみても、ヒビや欠けたところは見当たらない。
何か、欠けたような音がしたんだけど気のせいだったのかな……。
「可愛いな〜、これ」
怪しい宗教の怪しいお土産、もっと怖いものを想像していたんだけど……。
これなら、部屋に飾ってもいいかな。
ちょっと雰囲気違うけど。
って、何か入ってる。
メッセージカード?
仰々しく印刷された文字が書いてある。
『これは聖なる母の御手に祝福されしクリュスタッルス・カドゥケウス。そなたの願いを叶えるであろう』
……。やっぱり、怪しい……。