Ⅸ【村娘、心配して損する】
あれから二時間程経過した頃に、山賊の残党を捜索に向かったギルバート達が戻って来た。
村人の誰かに聞いたのか、ギルバート達は自力でアリスの家を見つけ出したらしい。
帰って来たギルバートとアッシュを家の中に招き入れ、母は二人分のハーブティーを淹れて、二人に差し出した。
しかしながら二人は王子の側近騎士という事で、ルークと同じ卓に座ろうとしない。
カップを受け取って後ろに控える二人の様子を横目で追うルークは、不愉快そうに小さく「ふん…」鼻を鳴らしてハーブティーを口にする。
立って壁際に控えたまま、入れたてのハーブティーを一口飲んで満足気な笑みを浮かべたギルバートが、カップをテーブルに置いて、姿勢を正した。
「改めまして、私は王都警備騎士団団長ギルバート・ガルデロイドと申します。以後お見知りおきを―――それでコッチのクールなイケメン君が…」
「騎士団副団長、アッシュ・スティアートです。よろしく」
愛想良さ気に笑みを浮かべながら、ギルバートは騎士らしくボウアンドスクレープ(貴族男性の挨拶らしい)をする。
その隣に並んで立っていたアッシュはカップを手にしたまま軽くお辞儀をした。
―――この二人……見た目と態度のギャップがありすぎでは?
粗暴そうな見た目のギルバートさんはきちんと礼儀作法を心得ているようだが、アッシュは最低限の所作しかしない。
アッシュの態度が不快かと言われればそう言う訳ではないのだが、常に表情が冷たいままなので、初対面の相手には近寄り難い雰囲気があった。
だが陛下直轄騎士団である以上、所属している騎士団員の大半は貴族であるはずだ。
アッシュはきっと同地位、或いは格上の地位の人間の前以外では最小限の所作しかしたくないのだろう。
二人の挨拶を受けて、父は慌ただしく椅子から腰を上げて自己紹介をした。
それに続き母もぎこちない動きでカーテシーを行い、私もそれに続く。
「アリスです。さっきは村長を助けて下さって、本当にありがとうございます」
「いえいえ。大切な国の民を危険な目に遭わせた上に、女性に戦わせてしまう様な事態になってしまったのは、我々の不徳の致すところ。騎士団団長として、心よりお詫び申し上げる」
「それに至っては全指揮を任されていた私の失態だ。私からも、村の皆様へ心から謝罪致します。申し訳ございません」
ギルバートに続いてルークまで深々と頭を下げる。
一言も発してないが、アッシュも今度は深く頭を下げている。
こうも同じ日に何度も王子と貴族に頭を下げさせていては、庶民育ちのこちらの寿命が縮む一方なのだけど……
「あ、あの…」
「!―――それはそうと、そちらのお嬢さんがルーク様と共に山賊共を一網打尽にされたんですよね?」
ギルバートが分かりやすく話題を変えた。
アリスやアリスの両親の心境を察してくれたのだろう。
とは言え、替えられた話題はアリスにとってあまり掘り下げてほしくない内容だった。
「そうだ。アリスの作戦と剣技があったからこそ、村人全員が無傷で助かったんだ」
「ほう? それはそれは!」
ルークによるアリスへの称賛を聞いてギルバートが感心の眼差しをアリスに向ける。
その視線がアリスには痛かった。
作戦を立てた事自体は差ほど問題は無いのだが、両親に隠れてこっそり剣技を磨いていた事を追及されるのは非常にマズい…。
しかしそんな事を王都からやって来た初対面の三人が知る由もない訳で…。
「その剣技はお父様が御教授されたので?」
「い、いいえ! 私は剣どころか、短剣ですらも日常で使う程度の使い方しか出来ません!」
「そうなので?」
「え、えっと……」
―――マズイマズイ…! 両親に剣の修行してるなんて知られたら絶対反対される…! 森に出入りしてる事もバレる!
アリスは顔にこそ出さないが内心では非常に焦っていた。
特に母、エイリスはアリスを一人の淑女として幼い頃から女性らしい振る舞いや作法を叩き込んでいた。
昔からアリスを天使の様に可愛いと言い続け、いつかその愛らしさが貴族の目に留まって婚約してもらえると信じて止まなかった。
そんな蝶よ花よと育てて来たはずの娘が隠れて騎士の様に剣技を磨いていただなんて……
今、隣に座る母の顔を見るのが恐ろしくて首が1ミリも動かせない。
「………アリス」
「………は、はい」
今まで聞いた事が無い程に感情が読み取れない母の呼び声に、アリスはぎこちなく返答する。
一瞬にして小さな家の一室が静まり返る。
父は勿論、対面に座るルークも、話を振った事に対して「あちゃ~…」と言いた気に苦笑いを浮かべるギルバートも冷汗を流し始めた。
ちなみにアッシュだけは終始置物の様に表情が動かないでいる。
「アリス……貴方まさか、母さんに内緒で剣の修行をしてたの……?」
「……修行、と言うか……ちょっと、趣味と言うか、好奇心と言うか……」
アリスは視線を母が座る方とは逆の方に泳がせた。
もし今目が合ったら、音速の速さで土下座する必要があると察したからだ。
しかし母はゆ~っくりと顔をアリスの方に顔を向けた。
アリスもその動きに合わせてゆ~っくりと顔を反対側に向ける。
何としてでも目を見ては駄目だ! 目が合えば石にされる! きっと!
「アリス…」
「っ…!」
しかしアリスの必死の抵抗も虚しく、母の手はアリスの細い肩をするり…と撫でる。
撫でられた場所から体が凍えていくのが分かる。
不覚にも背後から感じる視線に身震いが止まらない。
しかし―――
「さ―――っすが私のアリスちゃん! いつか貴族の許に嫁ぐ為に今から護身術を身に着けておいたのね! 母さんもそろそろ貴方に何かしらの稽古をつけさせようと思ってたのよォ! 自分から進んで早々と取り組んでいただなんて、流石は私の娘!」
「…………え?」
「あ、でも母さんに内緒にしてたのは納得いかないわ。行ってくれれば剣術の講師を雇ったのに! それにいくら特訓してたからって。今日みたいに進んで危ない事に関わって行くのも駄目よ! 母さん本当に心配したんだから!」
「あ……うん。ごめんなさい……」
「「「…………」」」
母の反応が予想外過ぎてアホな声しか出せない。
男性陣に関してはポカンと口を半開きにして一言も発そうとしない。
そんな一同を他所に、母は興奮気味に喋り続けた……剣術以外にも護身術をやってみないかとか、教える淑女の作法をもっと増やそうかしらとか、そろそろお見合いしてみない?……とか。
―――………怒られなかったのは良かったけど、心配して損した……
アリスはマシンガンの様に喋り続ける母の話を碌に聞きもせず、深い深い溜息を吐いた。