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Ⅷ【村娘、友人になる】

 その後、山賊による村人を人質に取った騒動は幕を下ろした。

 アリスとルークに倒された山賊達は傷口の止血をして、後からやって来た王都警備騎士団員によって王都の囚人監修所へ連行された。

 山賊の頭も口元の笑みを浮かべたまま大人しく連行されて行き、村はようやくいつも通りの落ち着きを取り戻した―――なんて事にはならず。


「ルーク殿下! 万歳!」

「セフィロード第三王子様! 万歳!」


 と、村中の民がルークの前に跪いて歓喜の声を上げる始末。

 中にはルークに手を合わせて、まるで神でも崇め奉っているかのように何度も頭を下げて涙を流す者も居た。

 村人にそんな対応をされては、流石のルークもその美顔に困惑の色を浮かべる。


「村人の皆様方、どうか頭を上げて下さい。私はこの国の王族としての責務を果たしたにすぎません。ましてや山賊の出現を事前に知っていながら、対応が遅くなって皆様を危険な目に遭わせてしまいました。心より、お詫び申し上げます」


 ルークはそう言い、村人達に深々と頭を下げた。 

 その背後で従者の様に付き従えるギルバートとアッシュもまた、ルークと共に村人に頭を下げている。

 王族の誠意溢れる行為。

 しかしながら、王都の最果てに位置する村で育った者にとっては、王子に頭を下げさせる等という行為は逆に恐れ多く、ルークに負けじと地面に額を擦り付けて土下座する。




 ―――この光景は何時まで続くのかな…?




 かれこれ10分くらい経っただろうか。

 村人と王子の頭の垂れ合いは留まる所が無く続いている。

 ただ一言、王子であるルークが「止めろ」と言えば従うだろうに、そういった王権を行使する事を好き好んでやらないみたいだ。

 かく言うアリスはと言うと、村人と共にルークの前に跪いてはいるものの、一回目の頭下げで終わっている。

 こういう状況になってしまう事が薄々と分かっていたからだ。

 村人達が一向に頭を上げない事に戸惑うルークは、仕切りにアリスに視線を送る。

 その赤い瞳の奥で「助けてくれ」と訴えているのが見て取れた。

 ならば、その救助要請を聞いて、今回の件は一旦区切りをつけるとしよう。

 



―――私もいい加減ルークにお礼がしたいし。




 アリスは跪く村人達の中から一人だけ立ち上がり、声を張る。


「皆。殿下もこう仰っておいでなんだから、有難くそのご厚意を頂こうよ」

「し、しかしアリス…」

「それに、いつまでも殿下をこんな何もない場所で立ちっ放しにさせられないでしょ? 皆もさっきの騒動の所為で片付いてない仕事も沢山あるんだから、そっちも進めないと」

「そうね。アリスの言う通りよ」


 アリスの言葉に賛同したのは、笑顔のエミリアの肩を抱いたドナー叔母さんだった。

 ドナー叔母さんがアリスに賛同した事で気が楽になったのか、次々と頭を上げる村人達。

 ルークはほっと胸を撫で下ろす。


「では。我々は引き続き山賊の残党が近辺に滞在していないか調査に向かいます。皆様は我々が村に戻って来るまでの間は、村の外に決して出ぬようお願いします」

「畏まりました。よろしくお願い致します」


 村長の言葉を皮切りに、村人達は各々の滞っていた仕事に戻って行った。

 中には初めて拝見する殿下の御尊顔を名残惜しそうに見つめたままその場に留まろうとする女性達も居るが、村長の咳払いを受けて渋々去って行く。

 ふと視界に、ドナー叔母さんと仲良く手を繋いで家に帰って行くエミリアの姿が止まった。

 エミリアはアリスに振り返って、笑顔で手を振る。

 アリスも小さく手を振り返せば、エミリアのその小さな唇が確かに「ありがとう」と形作り、ドナー叔母さんと共に広場から姿を消した。

 

 その場に残った村人は、村長とアリスとアリスの両親、そしてルークと背後に付き従うギルバートとアッシュ。

 ルークは跪いていた村人達が解散して行った事で気が緩んだ表情になり、そのままアリスの前に躍り出る。

 

「助かった。ありがとう、アリス」

「この村を助けてくれた事へのお礼にしたって足りないわ―――じゃなくて、滅相も御座いません、殿下」


 アリスは慌ててスカートの裾を掴み軽く上げて軽く頭を下げる。

 その様子を見てルークは少し寂し気な顔になるが、誰にも悟られない様に再び凛々しい面持ちに直した。


「アリス。君はもう俺の友人だ。そんなに畏まらないでくれ」

「しかし…」

「友人に頭を下げさせている事以上に心苦しい事はない。俺の為だと思って、どうか頭を上げてくれ」


 頭上から聞こえるルークの声は優しい。

 これを無下にする事は、確かに申し訳ない気分になる。

 アリスはゆっくり頭を上げスカートの裾から手を放した。


「感謝します、殿下」

「アリス。敬語も要らない。俺の事は呼び捨てで良い。さっきもそう言ったろ?」

「あの時は王子様だと知らなかったです」

「なら今からどっちも禁止だ」

「それは命令ですか?」


 アリスは小さく首を傾げてルークに質問する。

 その口角が微妙に上がっているのを見逃さなかったルークは「まったく」と自分も笑みを零してアリスを真っ直ぐ見据える。


「友人からのお願いだ。頼むよ」

「分かった。ごめんね、ルーク」


 アリスはあっさりとルークへの態度を元に戻した。

 彼の人形の様な美貌が、困り果てて人間らしく歪む姿がアリスには可笑しかったのだ。

 それと同時に、人間味溢れた年相応な反応の男の子の姿に、ほっとしていたというのもあった。

 山賊を討つ協力を承諾してくれた所から、王子であると暴露するまで、彼からは憤り以外の感情があまり見えなかったから…。

 一方、二人の身分差が破綻したやり取りを内心冷や冷やしながら見守るアリスの両親と村長と、ルークの背後で肩を震わせながら声を殺して笑うギルバートとアッシュは完全に蚊帳の外だ。

 

「あー、ゴホンッ。それじゃあルーク様。我々は調査に戻りますんで」

「なら私も」

「貴方はここでお待ちを」


 ギルバートがアッシュと共に山賊の残党調査に向かうのに同行しようとするルークを、ギルバートは制した。


「それには及びませんよ。頭が居なくなった残党なんざ、厨房で逃げ回る鼠と大差ないんで。我々がささっと片付けて来ますんで」

「そうか。任せる」

「はい。私等が戻って来るまでの間、そちらのガールフレンドさんのご自宅でお茶でも飲んで待ってて下さい」

「ガ…! おいギルお前!」

「ハーッハッハ! では行って参ります!」


 ルークは顔を赤らめて怒号するが、見た目の割にフットワークが軽いギルバートはアッシュと共にさっさとその場から遠ざかった。

 ギルバートの走り去った後を赤面で恨めしそうに睨むルークの隣で、「ガールフレンド」という言葉に反応したアリスもまた、少し照れ臭そうに頬を人差し指で掻いていた。


「ふぉっふぉっふぉっ。相変わらず、お若い方ですのぉ、ガルデロイド騎士団長殿は…」

「え? 騎士団長?」


 村長が笑いながら口にしたその呼び名にアリスは反応する。

 村長は皺まみれの手で白い顎鬚を撫でながら「そうじゃぞ」と続けた。


「儂が足を悪くする前の事じゃったから、十数年前だったかのぉ。王都で毎年末に行われる騎士昇格試験試合で輝かしい成績を残し、その功績を称えられて、まだ二十歳そこそこになったばかりのガルデロイド伯爵家の嫡男殿が、陛下から直々に王都警備騎士団の団長の地位を賜ったのじゃよ」

「ガルデロイドって、ギルバートさんの事?」

「そうだ。ギルは俺が生まれる前から騎士団団長で、陛下の命で5年前から俺の護衛にもなってくれている」

 

 顔の熱が引いた様子のルークがアリスの隣で説明してくれる。

 

「じゃあ、今回ルークやギルバートさん達がこの近くにやって来たのは、騎士団の仕事関係って事?」

「まぁそんな所だ。俺も他国の重鎮からの被害届の件があったから、同行させてもらった」

「成程ね」


 それで山賊討伐中にギルバートさん達と逸れてしまって、この村に辿り着いたと…。




 ―――ようやく事情が吞み込めたけど、それにしたってルークの山賊へのあの怒り方は尋常じゃない気がする…


 


 アリスはその違和感についてルークに問おうとしたが、先に口を開いたのはアリスの父・アッドだった。


「あの、ルーク殿下。立ち話も何ですので、宜しければ我が家でお休み下さいませ」

「良いんですか?」

「勿論です! こんな田舎村なので大した御もてなしは出来ませんが…」

「構いませんよ。森の中を歩き通しだったので、座れるだけでも助かります」

「で、では! ご案内させて頂きます!」

「ふぉっふぉっ。では、儂もそろそろ。殿下、どうぞごゆるりと」

「はい。お邪魔します」

「ささ! 殿下、どうぞこちらへ~」

「あ、は、はい…」

「ふっ…くくっ…」

「ふっ…もう父さんたら」


 村長とはその場で別れ、父は面白い程引けた腰でルークを家まで先導する。

 アリスと母はその姿を後ろで笑いながらついて行く。

 その道中、ルークはだだっ広い草原を眺めて、時折おいしそうに空気を吸っていた。


「はぁ。のどかですね。王都には無い癒しがある…」

「ここは自然の恵みの宝庫だもの。王都では加工されてでないと長期運搬が難しい食材もここでは採れたてで食べられる」

「聞いただけで腹の虫が騒ぎそうだ。俺は王都の高級店で出される料理より、採れたての果実や川で釣れたての魚とかの方が好きなんだよ」

「王子様でもそんな物が好きになるのね?」

「まぁ、俺の場合は育ちの……いや、素材本来の味が好きなだけだよ」

「そう?」


 ルークは何か隠した。

 けれどアリスは、今度は追究をしなかった。

 王族である以上、その身の上を他人に語る事は危険だという事くらい分かる。

 



 ―――ルークが話したくなった時に聞けばいい……って、また会えるかなんて分からないか……




 ルークは王都の城に住む王族で、片やアリスは王都から離れた最果ての村で暮らす庶民だ。

 こうして偶然にも出会えただけで奇跡的だと言うのに、次があるかなんて分からない。




 ―――せっかく友人になれたけど、住む世界が違い過ぎるね。




 もし前世だったら、どうだっただろう。

 王族と最果ての庶民……天皇陛下と地方暮らしのアルバイトくらいの差かな?


「どっちみち月とスッポン…」

「え?」

「ううん、何でもない。ねぇルーク。自然の食べ物が好きなら、出来立ての加工品は苦手かな? 私の家、乳牛育てて、搾りたてのミルクでチーズを作って売ってるんだけど」

「本当に? チーズは大好物だ。しかも搾りたてのミルクで作ってるんなら間違いなく美味いよな!」

「良かったらギルバートさん達を待ってる間、お茶請けで食べて。良いよね、父さん?」

「勿論だよ。殿下の口に合うか分かりませんが、一応、街では人気があるんですよ」

「それは是非頂きます。あ、ギル達にも少し分けてもらえるかな?」

「うん。沢山あるから好きなだけどうぞ」

「じゃあ遠慮なく」


 ルークは子供の様に楽しそうな笑みを浮かべて、父の後について行く。

 アリスはそんな彼の姿に心成しか嬉しくなって、自然と笑みを零しながらルークの隣に並んで歩いた。


 もう会えないかもしれない、そんな寂しさを胸の内に隠しながら―――


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