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Ⅶ【村娘、正体を知る】


 奇襲を受けた山賊達を制圧するのに時間はかからなかった。

 アリスとルークは初対面とは思えない程息の合った連携で、凶悪な山賊達を一網打尽にして行く。

 その様子を最初は遠目から恐る恐る見ていた村人達も、次第に盛大な喚声を上げて二人を応援し始めた。

 二人の剣技が山賊達を圧倒する度に、村人の喚声に負けないくらいの声量で呻き声を上げた。

 問答無用で斬りつけられる山賊達だったが、その中に命を落とす者はいない。

 最初の作戦の打ち合わせでアリスはルークから、出来るだけ生け捕りにした方が良いと助言を受けたのだ。

 いくら正当防衛とは言え、やり過ぎればそれはそれでこちらにも軽罰が下る事があるのだとか……

 アリスはその助言を承諾した。

 内心では納得しきれなかったが、無実の村人達にまで罰が下されるのは腑に落ちない。




 ―――要は殺さなければいいのでしょう…!




 最後の山賊をアリスの一振りで斬り倒した事で辺りは一瞬の静寂を取り戻し、そして次の瞬間には噴火の如き勢いで歓声が上がった。

 一頻り大歓声が上がった後で、村人達の合間を縫って父と母がこちらに走って来る。

 

「アリス!」

「父さん、母さん…」


アリスは凄い剣幕で駆け寄って来る両親の前で、少しだけ身を固くした。 

勝手な事をした上に一歩間違えれば命を落としかねない危険な行為だった。

アリスは瞼を閉じた。

平手打ちを受ける覚悟ぐらいあった。


「アリス…!」

「っ…―――?」


 頬に痛みは来なかった。

 代わりに少し苦しい程の力で父に強く抱き締められる。

 アリスが浴びた返り血が服に付くことなどお構い無しだ。

 アリスの肩に顔を埋め全身を震わせて泣く父と、私の手を握って同じく咽び泣く母。

 

「父さん…母さん…」


 両親の温もりを感じて、アリスはようやく緊張の糸が切れる。

 父の腕の中に居たまま膝から崩れ落ち、両親とルークが心配そうに顔を覗き込んで来た。


「アリス!?」

「どうしたの!? どこか怪我を…!?」

「………ううん。大丈夫。気が抜けただけ…」

「アリス」


 ルークがアリスの名を呼びながら片膝を着き、隣に並んだ。

 同じ高さに視線を合わせてくれるルークに、アリスは乾いた笑みを返した。

 

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫…。ありがとう、ルーク。協力してくれて…」

「いや。一番頑張ったのはアリスだろ? 見事な剣技だったな」


 ルークは賞賛の言葉をかけながら、座り込むアリスの手を取って立ち上がらせた。

 アリスはふら付きながらもルークに支えられて立ち上がり、血まみれになった自分の体を見渡す。

 顔から足先まで、山賊達の返り血が飛び散っている。

 (もうこの服は着られないな…)と肩を落とすアリスの顔に付着した返り血を、母が腰に巻いていたエプロンを外して丁寧に拭き取る。


「ありがとう、母さん」

「~~~もう! 本当に…! こんな無茶して…!」

「まったくだ! 無事だったから良かったものの! 凄く心配したんだぞ!」

「ご、ごめんなさい…」


 アリスに怪我が無いと確認出来たお陰か、両親はここに来てようやくアリスを怒涛の勢いで叱りつけた。

 両親からの当然のお叱りに返す言葉も無くアリスは肩を落として謝罪するが、ルークがその肩に手を置いて、アリスの前に出る。

 彼は今も尚、神妙な面持ちでアリスの両親達に発言する。


「ご両親。どうか彼女を責めないであげて下さい。彼女はあの状況下で一番の最適解を出して行動したんです」

「し、しかし…」

「それにお叱りを受けるなら、彼女の案に乗った私も同じでしょう。いや、貴方達の大切な娘さんに危険な真似を率先させた私こそが最も責められるべきです」

「い、いいえ! そんな事は…」

「ルーク…」


 ルークは自責の念を口にし、尚且つ己の非を一切譲る気が無いと言わんばかりの剣幕でアリスの両親に言い詰める。

 彼があかの他人の所為なのか、あまりにも誠実な態度の所為なのか、アリスの両親は先程までの怒りを鎮められてしまう。

 アリスもまた、勝手な行動を取った自分を庇ってくれたルークに少し申し訳ない気持ちが募る。

 そんな三親子の空気を一変させたルークは「しかし」と言葉を続けるのだった。


「それより、未だ状況は最悪のままです。こちらの山賊達を一層出来たのは幸運でしたが…」

「そうだ! 村長が!」


 ルークの言葉に、その場にいた村人全員が再び顔を青くした。

 今も尚、村長の家では村長本人と共に、凶悪な男達を束ねていた山賊のかしらが交渉を続けているのだ。

 もしも広場で起こった事態を知れば、今度は村長が人質に……否、最悪は殺されてしまうだろう。


「どうしよう……エミリアの開放の事だけで精一杯で、村長の方に意識が回ってなかった…!」


 一度は落ち着いた不安がまた積もって行く。

 最適解だと高をくくっていた作戦の大きな穴に気付いてしまった…!


「何とか! 何とか時間を稼ごう! 山賊達がまだ人質を盾にして我々を牽制していると思わせるんだ!」

「そんなの! 直接見に来られたら終わりじゃない!」

「山賊の頭だけ家から出るよう仕向けるんだ! 出て来た所を、皆で取り囲めば…!」

「どうやって頭だけを外に誘き出すんだ!? 少しでも疑われて村長を盾に出て来られたら意味無いだろ!」

「お、おい皆! 落ち着け!」


 村人達は口々に案を出すが、どれも決定打に欠ける。

 軽くパニックに陥っている思考では真面な考えなんて出来るはずもない。

 これにはアリスも自責の念に駆られずにはいられなかった。


「私が…私が軽率な行動を取ったばっかりに…っ」

「それは違うぞ、アリス。あのままだとエミリアさんは確実に危険な状況に陥ってたんだ。当然、周りの村人も全員」

「でも…」

「落ち着いて策を練ろう。こちらの様子を見に来ない以上、交渉は進行中なんだ。ここは村人達ではなく、余所者の俺が村長の家に―――」


 アリスを慰めるルークは顎に手を添えて思考を巡らせ始めた。

 ぶつぶつ呟く彼の作戦を聞く限り、ルークが一番危険な役を担おうとしている。

 流石に余所者のルークに、この村で起きた問題の為に命を懸けさせるなんて、アリスでなくても了承出来なかった。


「ルーク。貴方はさっきエミリアを助け出すのに協力してくれた。これ以上はもう…」

「! アハハっ。ありがとう、アリス」


 何が可笑しいの?

ルークの腕を引いて心配の意を示すアリス他所に、初めこそ一瞬だけその美貌を硬直させ、すぐさまクシャッと表情を和らげて笑みを浮かべる。

 

「だけど大丈夫だ。こう見えても、対人戦術は幼い頃から叩き込まれてるから安心してくれ」

「でも…」

「大丈夫だ」


 ルークは自信有り気だった。

 そうもハッキリ言われては……とアリスは口を噤んでしまう。

 アリスは内心で「ここはもう、彼に任せるしかないのかもしれない…」と意を決するが、その時、背後から聞き慣れない声音がその場に居た全員の耳に届く。


「それには及びませんよ、ルーク様」


 その声に、アリス、ルーク、村人全員が視線を向ける。

 そこには、山賊の頭と交渉中のはずの村長と、見知らぬ男が3人立っていた。

 しかも見知らぬ男の内の一人は、3人の中で一番体格の良い高身長の男によって後ろ手に捉えられている。

 一体誰だ? 何事だ? と村人達が騒めく中、ルークだけは笑顔で高身長の男に話しかけた。


「ギルバート! 良かった。お前達も無事にこの村に来ていたんだな」

「はい。情けない話ですが、先程この広場で起きた騒動に気付いて着いたばかりでしてね」


 ルークにギルバートと呼ばれた男は片手で別の男を取り押さえたまま、もう片方の手で後頭部をワシワシ掻いた。

 そんなギルバートの背後に立っている、見るからに神経質そうな男は言葉を発せず、静かに頭を下げていた。


「村長! ご無事で!」


 村人の中から村長の許へ駆け寄る者が数名。

 村長は老齢故に皺だらけの顔を更に疲労困憊といった色に染めてよろよろと立っている。

 アリスもまた、村長の無事な姿に安堵して、ようやく心の底から深い息を吐く。


「良かった……本当に良かった……」


 溜まらず目頭が熱くなったが、何とか涙は堪えた。

 顔を上げ、ギルバートが余裕そうに取り押さえている男に視線を送る。




 ―――まさか……この男が山賊の頭なの?




 アリスは思わずその男を凝視した。

 思ってたよりずっと若く、他の山賊達には一切見受けられなかった品性を感じる雰囲気を醸し出していた。


「お前が山賊の頭目か?」

「ンフフ……ご明察」


 男に問うたのはルークだ。

 ルークは先程も見せた怒りの籠った眼差しで山賊の頭を見下す。

 そんなルークを嘲笑うかの様な態度で、山賊の頭は逆にルークを見上げた。

 取り押さえられているにも関わらず、男は何故か余裕の笑みを浮かべていて不気味だった。

 まるで今の自分の境遇を愉しんでいるかのようだ…。


「無礼者。頭を下げろ」

「っ……クックック」


 ギルバートの背後に控えていた神経質そうな男が、凍りそうな程冷たい声音を山賊の頭の頭上から発する。

 山賊の頭のウェーブがかかった黒髪を雑に掴み、頭を下げる様下に引っ張る。

 綺麗な顔をしている割に、その言動は厳しくて荒っぽいようだ。

 それよりもっと眉を顰めてしまうのが、思いきり髪を引っ張られて頭を垂れさせられているにも関わらず、口で弧を描いて笑っている山賊の頭の方だ……

 アリスは思わず背中に悪寒が走った。


「アリス」


 そんなアリスを、今までギルバートと話し込んでいたルークが呼ぶ。

 名を呼ばれ咄嗟に振り返ると、ルークとギルバートの二人と視線が合った。

 ギルバートに至っては興味津々な面持ちでアリスの顔を凝視している。

 だが不思議と先程山賊の男に向けられた視線の様な不快感は無い。


「ルークの知り合い?」

「あぁ。ギルバートとアッシュだ。二人共、セフィロード王国の王都警備騎士団に所属している」

「王都警備騎士団?」


 そう言えば何度か父と一緒に王都へ行った時に、騎士風の正装で街中を警備している男達を見た事があるが、その騎士団の所属なのか。

 通りで二人共体格が良いはずだ。

 ギルバートは山賊の男をアッシュに任せ、ルークに並んでアリスの前に歩み出た。

 一歩前に出て来られただけなのに、大岩が迫ってくる様な威圧感で思わず姿勢を正してしまう。


「ギル。紹介しよう。彼女がアリスだ」

「へぇ? このお嬢さんが?」


 ルークが紹介するアリスをまじまじと見つめるギルバート。

 上から下まで見つめられているにも拘らず、やっぱり山賊達の時に感じた不快感を一切感じない。

 三十路はうに超えているであろう中年の手前くらいの男の顔立ちで無精髭も生えているが、寧ろそれがこの人に似合っている気がする。

 おまけに来ている衣服は上等な素材で清潔感がある。

 ギルバートの視線が平気なのはそのお陰かもしれない。

 一頻りアリスの容姿を観察したギルバートは、今度はずずいっと顔をアリスの顔に近付けた。

 思わずアリスは背中を仰け反らせる。




 ―――あ。この人も赤い目をしてる。




 アリスや母のエイリス、そしてルークと同じく、ルビー色をした瞳にアリスの顔が映り込む。


「おい、ギル!」

 

 そこに横からルークの腕が割り込んできて、そのまま背中にアリスを隠す様にギルバートの前に立ち塞がった。

 背中に庇われたアリスからは見えなかったが、この時のルークはギルバートを鋭く睨みつけ、睨まれたギルバートはポカンとした表情を浮かべ、暫くしてから肩を震わせて笑い出したのだ。


「ふっ…くくっ…も、申し訳ありません…っぶふ!」

「わ、笑うな!」


 この時、アリスは初めてルークが感情を露わにして荒げた声を耳にした。

 こうして聞くと、彼も年相応の男の子なんだな……と密かにほっとしてしまったのは内緒だ。


「はぁ~笑った笑った」

「まったくお前は…!」

「いや、これは失敬、失敬。それじゃあルーク様。そろそろ落ち着いた場所で今回の件の報告内容を詰めましょうか」

「あ、あぁ…そう、だな」

「報告?」


 ルークはアリスの問いに対して、明らかに肩を跳ねらせた。

 これは隠し事がバレそうになった時の反応だ。

 アリスはそんなルークの反応が少し気に入らなかった。

 

「ねぇ、ルーク。ここまで手を貸してもらっておいて、こんな事を聞くのは無礼かもしれないけど、そろそろ本当の事を話してもらっても良い?」

「ほ、本当の事…?」


 ルークは明らかに動揺している。

 元より彼が行商人の息子でない事は分かっていたが、そんなに聞かれたらマズい事なのか?


「あれ? ルーク様、もしかして言っておられないので…?」

「あぁ、まぁ…」

「あーあー」


 ギルバートは額を片手でパチンと音を立てながら叩き、「あちゃー」とでも言いた気なリアクションを取る。

 ルークに至っては、何処かバツが悪そうに頬を指で掻き、視線を斜め下に下げている。

 アリスは尚も素性を隠そうとしている様子のルークの正面に歩み出て「ルーク」と声を低めにして問い詰めた。

 先程とは逆に、今度はアリスの方から至近距離まで詰め寄られるルークは完全に逃げ場を失い、視線だけをアッチコッチに泳がせている。

 そんなルークの美顔が見る見る内に赤くなっていくのだが、アリスはそれに気付いていない。

 その様子をすぐ近くで見ているギルバートはと言うと、声を殺して笑いを必死に堪えていた。


「~~~……えっと。すまない、アリス。実は俺は…」

「行商人の息子じゃないんでしょ。それも子供の頃から剣術や対人戦術の指南を受けてるなんて、結構上級の貴族なんじゃないの?」

「っ…………」


 どうやらアリスの推測は全て当たっているらしい。

 ルークは驚愕の表情を浮かべ、遂には冷汗を流し始めた。




 ―――そんなに自分の身分を隠したいの? 普通に貴族ならそう言えばいいのに……




「―――ん?」


 そう思うアリスの脳裏に、不意に一つの可能性が浮かび上がる。

 身分を偽った事、幼い頃から高度な教育を受けられる環境に居た事、王国の内外情勢に詳しい事、ギルバートが敬称を使い、尚且つまるで従者の様に振舞っている訳……




 ―――……え、まさか……それって……?




 アリスは自身の導き出した推測に愕然とする。

 対するルークもまた、アリスが自分の正体に気が付いたと察した様子で諦めの溜息を零した。

 そして徐に一歩後退し、アリスを含む村人達へ視線を向けた。


「皆様。名乗り出るのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありません」


 そう言いながら、ルークは乱れの無い動きで村人達に一礼する。

 そして―――


「私は、セフィロード王国現国王陛下ルドルフ・ヴァイセム・セフィロードの第三王子―――ルーク・ジャックス・セフィロードと申します」

「―――……ルークが」




 ―――この国の第三……王子……?


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