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Ⅵ【村娘、鉄槌を下す】


「エミリアを……人質を交換してもらおう。私と」

「何を言い出すの!」


 アリスの提案に間髪入れずに反論したのは母だ。


「いくらエミーちゃんを助ける為だからって、娘にそんな危ない真似させられるわけがないでしょ!」

「母さん最後まで聞いて。お願い」


 感情的になってアリスを叱る母を宥めるが、正直な所、母が真っ先に反論してくる事は想定していた。

 でもこの母を説得しなければ、ただ手を拱くだけの無駄な時間を浪費してしまう。


「作戦が無い訳じゃない。ちゃんとエミリアも私も戻って来るから」

「どんな作戦だ?」


 ルークは母と対照的にアリスの作戦に興味を示した。

 この作戦にはルークの協力も必要だった。

 自分が生きて帰る為にも―――


「貴方、予備の剣って持ってない?」

「予備?」


 アリスの問いに問い返すルークは自分の腰に携えている剣に視線を向ける。

 そのまま少しだけ腰の剣を見つめた後、剣を帯剣ベルトごと体から外してアリスの前に差し出した。


「なら、これを使うと良い。女性には少し重いかもしれないけど」

「ダメ。山賊達を一網打尽にするのに貴方にも協力してもらわないといけなから、これは貴方が使って。私は短刀とかで十分―――」


 しかしルークは微笑みながら剣をベルトごとアリスに押しつける。


「だったら尚の事。これは君が使え」

「でも…」

「大丈夫」


 ルークは赤い目をやんわりと細めて微笑む。

 羽織っていた上着を開けさせ、肩に掛けているホルスターに入った短刀の存在をアリスに教えてくれた。


「俺はこれでやる。安心してくれ。決して邪魔にはならない」

「………分かった」


 受け取った剣の半分にも満たない刀身の短刀を手にしたルークは、何故か得意気に笑っている。

 



 ―――でも良かった。出来ればこの長さが良かったんだ。




 アリスは受け取ったルークの剣のベルトを腰に巻き着けて、剣を背中に隠せる位置に回す。


「ベルトが不自然だな。……これも使え」


 ルークは羽織っていた上着を脱ぎ、アリスの腰のベルトを隠す様に指示してくれた。

 「ありがとう」と礼を言って、上着の袖をバルトの上から巻き着ける。

 これで正面から剣を所持している事が知られる事はない。

 当然背を覗かれたらバレてしまうが、敢えて簡単にバレても良い様にしている。

 この剣の存在を知られた時が、山賊に鉄槌を下す合図なのだ。


「ルークさん。作戦を教えるわ」

「呼び捨てで良いよ。俺も君を名前で呼ばせてもらって良いか?」

「勿論よ」


 アリスはルークに作戦を耳打ちした。

 作戦を教えられるルークは最初こそ真剣な面持ちで聞いていたが、聞き終える頃にはその美貌を崩す残念な苦笑いを浮かべてしまっていた。


「………成程。なかなか骨が折れそうな作戦だ。主に君がだけど」

「笑わないで。私自身これを作戦なんて呼ぶのが恥ずかしいくらいよ」


 でも、こっちはたったの二人。

 複数人の敵を一網打尽にする事自体が無謀だ。

 そんな複数人を相手にする際の勝法は、思うに、たった一つしか存在しない。




 ーーー相手の意表をつく“奇襲”…!




「ア…アリス…」


 小声で作戦を打ち合わせるアリスとルークの間に母の不安そうな声が混ざる。

 小刻みに震える指でアリスの服の袖を引っ張ってくるが、それ以上は何も言わないし、してこない。

 現世でのアリスの実母なだけあって、こうなった娘は何を言っても引かないと分かっているんだ。


「母さん」

 

 アリスは母の手を握る。

 不安と恐怖が宿った瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、アリスと同じの母の赤い瞳が小さく揺れる。


「信じて。エミリアは私が必ず助ける。私も、ちゃんと母さんの所に帰るから」

「アリス…」


 少しの間、母とアリスは見つめ合った。

 そしてゆっくりと瞼を閉じ、母はアリスの手を強く握り返す。


「分かった。貴女に任せるわ」

「ありがとう、母さん」

「ただし!」


 母は力強い瞳でアリスを見つめる。

 

「生きて帰ってきなさい。約束よ!」


 語尾を強めて言い放つ母の瞳には涙が溜まっている。

 チクッと胸が痛んだ。 

 

「うん。約束する」


 アリスは母を強く抱き締めた。

 母は声を殺して、アリスの腕の中で泣いている。




 ―――ああ。私はなんて残酷な事をしているんだろう…




 それでも、行かなきゃならない。

 涙を拭う母をそっと離して、アリスは立ち上がった。


「ルーク」

「あぁ」


 アリスの呼びかけに答えて立ち上がるルーク。

 母にもう一度笑顔を向けて、アリスは山賊達の前に躍り出る。

 瞬間、村人達から困惑の声がさざ波の様に伝染して広がる。

 その中から父が必死にアリスを呼び止める声が聞こえて来たが、彼女は振り返らなかった。




 ―――ごめんなさい、父さん。どうかそこで見守ってて…!




 村人達の騒めきに気付いた山賊達の視線が、アリスただ一人に集中した。


「あ? 何だお前?」


 山賊の一人が武器に手を掛けながらアリスに問い掛ける。

 アリスは山賊達と十分な距離が空いてる所で留まり、両手を上げてみせた。


「私はこの村の住民よ。見ての通り丸腰だから安心して」

「あぁ?」


 山賊は不信にアリスを睨みつけるが、その視線は徐々にねっとりとし始めて、アリスの体を舐める様にじっくり眺める。

 下心丸見えの視線に不快感を覚えるが、必死に堪えて、山賊達の警戒が解けるのを待つ。

 山賊が手にした武器から手を退かした。

 自分に対する警戒が弱まった頃合いに、アリスは再び山賊達に向かって口を開く。


「お願いがあるの。その子と私で、人質を交換してほしい」

「ダメだ」


 アリスの提案は当然の如く却下される。

 しかしアリスは引き下がらない。

 山賊達は必ずこの案を受けると確信がアリスにはあった。


「貴方達、村のお金と食料と、女が欲しいんでしょ? なら私を人質にした方が手っ取り早いと思わない?」


 アリスはそう言いながら、山賊達に微笑みかける。

 ただの笑みではなく、山賊達の欲を刺激する様な、妖艶な笑みを浮かべる。

 これには、野獣の様に飢えている山賊達も思わずゴクリと唾を飲み込む。


「ほう? 随分勇敢な女だなお前ぇ?」


 山賊は下卑た笑みを浮かべ、掌を上に向けながら指をちょいちょいと軽く握る様に動かす。

 こっちに来いと言うジェスチャーだ。

 アリスはそれに従う。

 背中に隠し持つ剣の存在を悟られない様に、ゆっくり、ゆっくり近づいて行く。

 背後から父と叔母の声が聞こえる。

 剣が見つかるから振り返る事は出来ないが、自分を追って来ない事から、恐らくルークと母が抑えてくれているのだろう。

 

「………」




 ―――もし失敗したら、大切な家族が殺される。私自身も…




 そう自分自身に言い聞かせた。

 絶対にエミリアを山賊達の手から救い出し、自分も無傷で生還する為に…。

アリスは山賊達の目と鼻の先まで歩み出て、その場で足を止めた。

 不審に思ったのか、山賊達は立ち止まったアリスを睨みつける。 


「何してる。さっさとこっちへ来い」

「先にエミリアを開放して。その子が親の許に帰れたらそっちに行くわ」

「おいおい何調子に乗ってんだ。このままこのガキの首を刎ねちまっても良いんだぜ?」

「ひっ…」


 山賊はエミリアの首に剣の平をペチペチと軽く当てる。

 その度に軽い悲鳴が口から溢れるエミリアの姿に、アリスの怒りが込み上がる。

 今すぐにでも隠した剣を手に取って山賊を斬り倒してやりたい…

 でも駄目だ。

 それじゃあ、誰も救われない。

 アリスは怒りを鎮め、再び山賊達に微笑む。


「あらそう? 村長とそちらのお頭さんが現在も交渉中だというのに、貴方の勝手な判断で人質を殺して許してくれる様な懐の深いお頭さんなのね?」

「っ…!」

 



 ―――よし。上手く乗っかった。




 正直博打だったが、鎌をかけてみて良かった。

 山賊達の筆頭の名をチラつかせた事で、彼等の表情が硬くなった。

 それだけでも、彼等にとっての「頭」の人柄が把握出来た。

 今の反応から察するに、彼等の「頭」はルールを徹底し、それに逆らう者への懲罰を欠かさない徹底した上下関係を保っている。

 アリスが山賊達の威圧に屈しない限り、これ以上人質に危害を加えられないのだ。

 (あと一押し…)とアリスは更に山賊達に食い下がる。


「それに、その子ももう限界よ。極度の緊張で疲れ切ってる。その内立ってもいられなくなるわ。いざって時に足手まといになっても良いの?」

「………良いだろう。おい。放してやれ」


 アリスと対峙していた山賊の一人が、エミリアを捕らえていた大男に指示を出す。

 命令されて渋面になった大男だが、指示通りエミリアを放り投げて開放した。


「きゃッ」

「エミリア!」

「う、うぅ…」


 地面に転がるエミリアはよろよろと起き上がり、震えながら山賊達と距離を取る。




 ―――良かった。怪我はしてないみたいね。




 どこにも怪我がない様子のエミリアの姿を見て安堵するアリス。

 背中の剣が見つかってしまうからエミリアに駆け寄って上げられないので、その場所からエミリアに声をかける。


「エミリア! 立てるなら早くドナー叔母さんの所へ帰りなさい!」

「えっ、で、でも、おねぇちゃんが…」


 先程まで人質にされて怖い思いをしていたにも拘らず、エミリアはアリスの心配をする。

 アリスはそんなエミリアを安心させる為に、必死に笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫よ、エミリア。早くお母さんを安心させてあげなさい」

「う、うん…!」


 エミリアはアリスの事を気にしながらも、ふら付く足取りで駆け出してドナー叔母さんの許に無事に帰った。

 嗚咽しながらエミリアを強く抱き締めるドナー叔母と叔父さん。

 その様子を横目で確認して、アリスもようやく安堵した。

 

 だけど、まだ気は抜けない状況だ。

 アリスは気を引き締め直して、山賊達の方に向き直る。

 山賊達は相変わらず生理的に受け付けられない下卑た笑みを浮かべ、人質となったアリスを迎える。

 ゆっくりとした足取りで山賊達に歩み寄る。

 ここで急いで引き返しても、もう山賊達に追い付かれる方が早い距離まで近づいた。

 

「へへっ、抵抗すんなよお嬢ちゃ~ん?」


 一人の山賊がアリスに近寄り、お互いの鼻先が掠めそうな程の至近距離に顔を寄せて来た。

 男から匂う不清潔な匂い。

 思わず顔を顰めそうになったが、何とか耐えた。


 


 ―――もう少し。あと少し。




 アリスは耐えた。

 失敗が許されない一度きりのチャンスを確実な物にする為に、目の前の下郎を殴り飛ばしたい気持ちを必死に抑えた。


「おらよ。大歓迎だぜお嬢ちゃん」


 男に腕を思いっきり引っ張られ、アリスは群がる山賊達の中心に放り込まれる。


 そして、アリスが考案した計画通りに、その時はやって来た―――


「あ―――お…お前!!! 何だその剣―――」


 アリスの腕を引いた山賊の男が、背に隠してあった剣に真っ先に気が付き、先程と打って変わった警戒心剥き出しの荒声を発する。

 その声に反応して、周囲の山賊達も一斉に顔色を変えた。


 だが、もう遅い。


 アリスは一気に身を屈める。

 その一瞬の内に、背に隠していた剣を腰の位置まで回し、居合の構えを取る。

 刀を鞘から抜き出す動きで柄を引き、太陽の光を強く反射させる刀身が姿を現す。

 そしてそのまま、目にも止まらぬ速さで横薙ぎに振る。

 目の前に並んでいた山賊達の足の表面を剣先が綺麗に掠め、次の瞬間、傷口から真っ赤な鮮血が噴き出して、アリスの顔を汚した。

 だが、そんな事を気に留める素振りも無く、アリスは残った山賊達に突進した。

 山賊達から小さな悲鳴が上がる。

 威勢は良いが女である以上、力の差で幾らでも蹂躙出来ると思っていた相手は、全身を返り血で染め上げ、鬼神の如く威圧で自分達を睨みつけている。

 その真っ赤な瞳はまるで冥界からやって来た死神の様に感情が無く、ただ自分達をほふる意思しか込められていない。

 

「な、何だ!? 何なんだお前ぇえええええええ!!!」


 先程アリスと対話をしていた山賊の男が、打って変わって怒りで顔を真っ赤にさせて、武器を手にしてアリスに襲い掛かって来た。

 しかし、何故か刃がアリスを斬り裂く事なく宙を舞った。

 いや、宙を待っているのは剣だけではない。

 ふと腕に違和感を感じて視線を送ると、そこにあったはずの腕が無くなっていた。

 剣と同様に―――否、剣を握りしめたまま切断され、宙を舞ったのだ。


「ぎゃああああああああ!!!!!」


 腕を斬られた男の痛みに悶え苦しむ叫び声が広い草原に響く。

 アリスはその男に冷たい視線を向け、そして男の近くに立っているルークに視線を向けた。

 

「まったく危なっかしいな、アリス。間一髪じゃないか」

「でも作戦通りでしょ」

「これを作戦って呼ぶの、恥ずかしいんじゃなかったか?」

「そんな事言ったかな?」


 ルークには山賊達の視線がアリス一人に向けられたと同時に、背後から奇襲を仕掛けてもらう役目を担ってもらっていた。

 与えられた役割通りにルークは疾風の如き速さで駆け出し、アリスに襲い掛かろうとする山賊の腕を斬り落としたのだ。


「はぁ。まぁ良いさ。こうなったら後は殲滅するだけだ」

「えぇ。―――ところで、ルーク? ソレ(・・)は何?」

「ん?」


 ソレ(・・)―――とアリスが指をさす先には、先程までルークが持っていなかったはずの長身の剣があった。

 いや、もっと正確に言えば、肩に掛けていたホルスターに仕舞っていた短剣の短い刀身から、更に発光する刀身(・・・・・・)が伸びていたのだ。

 アリスは表情にこそ出ていないが、内心では非常に驚いている。

 前世ならCGやホログラムでしか再現出来なかったはずの魔法の剣が、現実の世界に現れているのだから。

 内心で驚くアリスを他所に、ルークは淡々とした口調で説明を始めた。


霊剣レイケンだ。古からの伝承で、俺やアリスの様に瞳が赤くして生まれた人間には魔力が宿る事が多く、中には精霊の宿主となって使役する事が出来る“精霊憑き”になる者も居る。精霊憑きは身に宿した精霊の力を借りて、様々な魔法を行使する事が出来るんだ」

「じゃあ、その光る剣は…」

「そう言う事だ」


 ルークは得意気に笑みを浮かべる。

 細められた瞼から覗く赤い瞳はルビーの様にキラキラと輝き、思わず見惚れてしまう程に美しい。


「そうならそうだって初めに言ってほしかったよ」

「言ってなかったっけ?」

「言ってない」

「アハハ、すまない」


 阿鼻叫喚なこの状況下で二人は微笑み合った。

 美顔の男女が鮮血の水溜まりの上で語り合う姿は、グロテスクでありながら、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す。

 だがその雰囲気も、手足を斬り落とされた山賊達からしてみれば、悪魔と死神が執行する処刑場にでも感じられたかもしれない。

 

「さて。そろそろ終わらせようか、アリス」

「えぇ、ルーク。エミリアを泣かせた分を十倍にして返してやらないとね」

「ひっ、ひぃいいいいいい!!!!!」


 赤い瞳の悪魔と死神に睨まれた山賊達は悲鳴を上げた。

 逃げようと必死に地を這うその背を、剣を振りかざした死神は冷たく見下ろした―――


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