XXXXXⅣ【王子と女神、シャル・ウィ・ダンス?】
―――何故だ…? これは一体何が起きている…!?
王城内でも冷静……否、冷血無慈悲で知られる第二王子のジェイドは、理解不能な状況を目の当たりにして、思考が混沌の渦に巻き込まれた様にパニックになっていた。
周りの目も気にせず、ルークとはまた違った端正な顔立ちが、驚愕と焦りで破顔してしまっている。
王族として、そして彼の本性を知らない王城外の女性から人気の高いジェイドが見せてはいけない顔だった。
唯一の救いは、そんなジェイドの方を見る視線が誰一人として居なかった事だろう。
舞踏会の会場に居る全ての視線は、突如現れた【紅の女神】に注がれている。
今宵の舞踏会の為に華やかなドレスを身に纏った女生徒は沢山居た。
それでも見劣りしないどころか、まるで色とりどりの花を集めた花束の中でも“主役”と呼べる程の美しさの【紅の女神】。
その抗い様の無い事実には、流石のジェイドも否定出来なかった。
下民と侮り、自身の王座獲得の為の駒として見ていた相手が―――まさかこれ程の影響力を放つ存在だった事に、一摘まみの後悔と多大な憤りを覚えた。
―――見た目を変えただけで、あれ程までになったとは……。
化粧をしていない顔も、下手な令嬢よりよっぽど上等だったことは知っている。
もっと違った方法を使うべきだったかもしれないと、ジェイドは悔しさで歯軋りをした。
そんなジェイドの心境など蚊帳の外で、ようやく再会を果たしたアリスとルークは暫くの間見つめ合ったまま動かなくなっていた。
ルークは目の前に現れた薔薇色のドレスを見事に着こなしたアリスに釘付けになり、アリスは苦難の末に叶ったルークとの再会に感動している真っ最中だ。
しかしながら、ダンス開始を突如阻止した様に出て来たアリスに対して、周りの視線やどよめきが現実に引き戻してくる。
―――……マズイ。ここからどうすれば良いんだろう…?
一先ずルークとのファーストダンスに間に合ったし、ジェイド側からの邪魔を強行されない様に、全員の視線を釘付けにする事は成功した。
しかしながら、ここからどうすれば良いのか全く考えてなかった。
―――どどど、どうしよう…! 助けてガーニィ…!
軽くパニックになった頭で、思わずこの場には居ないが今一番的確なアドバイスをくれそうな相手に助けを乞うてしまう。
「………」
そんな途方に暮れるアリスの姿を見つめ、ルークは彼女と同じ様に硬直していた体の力を抜いた。
と言うよりも、行き当たりばったりで登場した事がバレバレなアリスの様子に思わず笑みを溢した。
―――全く。しっかりしてるんだか、少し抜けてるんだか…。
深呼吸をして、自分の右手を目の前の想い人に掲げる。
「アリス」
背筋を伸ばし、今し方会場中の視線を一身に集めて見せたアリスに負けず劣らずの凛々しい顔付きと、熱い視線を彼女に向ける。
お互いの赤い瞳の視線が交差して、二人きりの特別な空間に包まれる。
そして―――
「今宵の最初のダンスを私と踊って頂けますか―――アリス姫」
王子としての凛々しさと、年相応の男の子の緊張感を併せ持ったその表情を前に、その手を差し出されたアリスが躊躇する理由など無かった。
「ルーク」
正直、不安の全てが消え去った訳じゃない。
自分の様な平民が、この国の王子様と一緒に生きる未来を望んで良いのか…。
きっと反対する声も多いだろう。
自分の事だけならまだしも、ルークの事や、友人たちの事、故郷の人達の事でも誹謗中傷をしてくる事があるかもしれない。
そうなる可能性がある以上、本来の立場からしたら自分から身を引くのが当然だ。
だけど、何の罪も無い人達まで危険な目に遭わされて、しかも私が身を引く事でルークを陥れようとする様な相手の手の平で踊らされるのは…―――
―――腹が立つ。
アリスは視界の端に捉え、顔の引き攣らせた第二王子―――ジェイドに鋭い視線を向ける。
その視線を向けられたジェイドはバツの悪そうな顔をして、その場から立ち去ろうとした………―――ところを、いつの間にか背後に回り込んでいたギルバートとローグとカミーユに包囲されて身動きが取れなくなっていた。
―――ざまぁみろだ。
アリスは再びルークと視線を合わせる。
―――以前の私には力が足りなかった。だけど今は、自分には勿体無いくらいの仲間が居る。
きっと今後起きるであろう問題も、仲間と一緒なら乗り越えられる。
だからもう、自分の進む足を自分で止める事はしない。
だからもう―――ルークの手を握る事を止める必要はない…!
「喜んで。ルーク殿下」
アリスは差し出されたルークの右手を握り返した。
途端に目を輝かせて、満面の笑みを浮かべるルーク。
口パクで「ありがとう」とアリスに伝え、彼女の手を引いて会場の中央へ移動する。
「あ、あの!? ル、ルーク様!?」
完全に蚊帳の外となっていたサブリナが足を引き摺りながらルークとアリスの前に立ちはだかった。
「メイクス御令嬢」
「ルーク様! わ、私がルーク様のダンスのパートナーだったはずでしてよ? 何故後から遅れて来たその女の手を取るのです!?」
「私のダンスのパートナーですか?」
サブリナは痛みを必死に堪えて、アリスに対して不敵の笑みを浮かべた。
頑張っている様だが、痛みの所為で脂汗塗れの顔の化粧がグチャグチャだ。
―――ジェイド殿下と手を組んで、私の故郷を襲わせたり、ルークを陥れようとした人…。
正直、向かい合っているだけで怒りが込み上げて来る。
だけど感情に任せて自分の気持ちを優先させたら、この人達と同じになる。
そうやって押し殺したアリスの怒りの代わりに、ルークが意趣返しを果たす。
「勿論。貴女とのダンスもご一緒させて頂きますよ―――二番目に」
人形の様な美しさの顔に喜色満面の笑みを浮かべ、異常にキラキラと輝いていた。
今までルークと同じ会場で彼の事を見ていた他の生徒達は、その分かりやすい変貌っぷりに唖然として、ローグとカミーユは「やれやれ」と言いたげに苦笑いを浮かべ、ギルバートと離れた場所で玉座に座るルドルフ陛下は肩を震わせて笑った。
面と向かってフラれたサブリナに至っては、色々と予想だにしない事ばかりが起きた所為で、魂が抜け出て直立していた。
「では、失礼」
ルークは満面の笑みを浮かべたままサブリナの横を通り過ぎる。
この様子だと、この後のダンスを踊る気なんて更々無さそうだ。
と言うか、サブリナの方が放心していて無理そうだ。
そして全員の視線を受け、ルークとアリスは会場の中央で向かい合う。
「やっとこの時が来たな。アリス」
「うん。間に合って良かったよ」
「すまないな。後から行くって言ったのに…」
「良いよ。事情は分かってるから」
「ありがとう」
「そ、それはそれとしてなんだけど……」
「ん?」
そう。
アリスには一つの懸念があった。
「その……やっぱり私、ダンスに自信があまりなくて……」
「あぁ」
「そう言えば…」とルークが昨日のアリスとのやり取りを思い出した。
「そうだったな。俺はともかくアリスは真面に練習出来なかったもんな?」
「う、うん。折角メルティさんに素敵なドレス着せてもらったのに、ダンスが下手じゃ……」
こんな事なら、恥を忍んでギルバートやローグに練習付き合ってもらえば良かった。
「そういう事か」
「うん。そうなの…」
「なら、こうしてみたらどうだ?」
ルークは不安がるアリスに耳打ちする。
「ダンスのステップを、実践の剣技と同じ様に動けば良いんじゃないか?」
「実践の剣技?」
「そうだ。俺を相手に組手をするつもりで」
「そ、そんな急に…!」
「何とかなるよ。ギルだって言ってたろ? 『剣の手合わせと一緒』ってさ。初めての共闘で上手く立ち回れた俺達なら大丈夫さ」
「ほ、本気…?」
「勿論。と言うか―――」
今度はルークが照れ臭そうにはにかむ。
「実は俺も、ダンスだけは自信が無いんだ。いつも講師の先生の足を踏んでしまう…。だから昨日の内にアリスと練習したかったのに…」
「あ、アハハ…!」
ルークの意外な弱点を知れて、アリスの不安は一気に吹き飛んだ。
「それじゃ、そんな感じでやろう!」
「あぁ。折角だから楽しもう!」
ルークの左手をアリスの右手が握り返したのを合図に、オーケストラの演奏が始まった。




