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XXXXX【女騎士、あの場所へついて行く】


 陽が完全に沈み、月の光が大地を優しく照らし、星明かりが瞬く時間。

 セフィロード学園の大舞踏会場の中は煌々と輝き、その明かりに負けないくらいの色鮮やかなドレスを纏った人達で溢れ返っている。

 今期の入学生達がほぼ全員揃った頃合いに、『夜園舞踏会』の進行を伝える学園長のハリーが、国王陛下や他の貴族の前で一礼し、生徒達に振り返る。


「お待たせ致しました。これよりセフィロード学園の伝統『夜園舞踏会』の開幕を宣言いたします」


 その言葉の直後、割れんばかりの拍手が沸き起こる。


「先ず初めに。我等の国の王で在らせられるルドルフ陛下より、お言葉を頂戴したく存じます」

 

 毎年恒例となった国王陛下の言葉を頂戴する時だけは、浮足立っていた生徒達も緊張と真剣が入れ混じった面持ちで、陛下の登壇を待つ。

 無駄の無い洗礼された所作で登壇したルドルフ陛下は、今期の入学生達を一望し、落ち着きのある声音で言葉を発した。


「多くの才溢れる若人達よ。今年もまた、我がセフィロード学園に迎い入れる事が出来た事を、この国の王として誇らしく思う―――」


 それから少しの間、新入生達は国王陛下による有難い祝辞を賜る。

 後に、それに対して入学生代表による答辞が行われ、来賓した貴族達や隣国の重鎮達の紹介を挟み、その後はこの舞踏会の目玉であるダンスの時間が始まる。

 ちなみに、陛下の座する椅子と来賓席の間には、第二王子ジェイドの姿もある。




 ―――見張りかよ…。もう逃げませんって…。



 

 忌々しいと感じながらも、ルークは大人しく祝辞に耳を傾ける。

 陛下の祝辞からダンス開始まで、凡そ三十分から四十分かかる。

 そこからオーケストラがダンス開始の序曲を奏でる。

 その序曲が終われば、パートナーとなる男女が手を取り合って、ファーストダンスが始まる。


 そして、そのファーストダンスを会場の中央―――。

 王、貴族、隣国の重鎮、生徒達から一番注目されるその場所で踊るのは、今期の新入生の中で最も優秀な成績を示した者―――ルークと、彼の女性パートナーだ。


 そんな大役を担うルークは、間も無くファーストダンスの時間が来てしまう事に憂鬱になっていた。

 開幕の挨拶が始まる直前まで、ぐしゃぐしゃにした髪を整え直し、なるべく一所に留まらない様に、会場中を歩き回った。

 理由は、村に向かったアリス達が心配で落ち着かないのを誤魔化す為でもあるが、最大の理由は、この後のダンスで嫌々相手をしなければならない御令嬢―――サブリナ・シェリー・メイクスから逃げる為だ。

 今日この会場に着いた瞬間、遠目から自分を、まるで獲物の存在を捉えた猛禽類の様なギラギラした視線を向けて来るサブリナ令嬢。

 距離が十分にあったお陰で、彼女が此方に近付く前にそそくさと二階のギャラリーに逃げたが、彼女はルークの姿を見失った後も会場をキョロキョロと見渡して探し回っていた。




 ―――勘弁してくれよ…。




 王族として……いや、男として、女性から逃げ回るなんて醜態も良い所だ。

 だけど今ここで彼女に捕まってしまったら、絶対ダンスを踊り終えるまで離れないだろう。


 あの後、信用出来る兵士にメイクス伯爵の事を調べさせた所、一時はメイクス卿が密輸品に手を出していたという噂話が、彼の治める港町で密かに流れていた。

 しかしその噂は、ここ一年の間でピタリと止んでいる。

 まるで何か大きな力で押さえつけられた様だ…。




 ―――まぁ十中八九、ジェイド兄様の仕業だろう。




 最果ての村とは言え、王家にとって決して無視すべきではない案件への口出しに、ダンス相手の押し付け。

 しかもその相手がメイクス卿の御令嬢ともなれば、疑わない方が無理だ。




 ―――はぁ……このまま父上の祝辞だけで一時間くらい時間が潰れないだろうか…。




 などと、無理を承知の願望が脳裏を過った。

 



 ―――そろそろ父上の話が終わる頃だろう。俺も答辞の準備をしないと…。




 ルークは諦めと共に、開き直って顔を上げた。

 

 


 その時―――。




「ところで、新入生の諸君。君達はこのセフィロード学園創立から丁度百年目の入学生となる訳だが―――」


 と、終わるかと思っていた陛下の話が終わらない事に、新入生達は「まだ続くのか?」と不思議そうな空気感を醸し出す。

 この時はジェイドも不思議そうな面持ちに変わった。

 男子生徒はともかく、女子生徒は高いヒールを履いた子も数名要る。

 早く終わってほしいと言いたげな気持ちが顔に出てしまっている。

 かく言う、あのサブリナ嬢も気合を入れたのか履き慣れていない高さのヒールを履いているお陰で、もう大分しんどそうだ。


 そして―――。


「折角の機会だ。この場を借りて、セフィロード学園創立から百年間の歴史を少し語らせてもらうとしよう」


 爽やかな笑顔を新入生に向けるルドルフ陛下。

 この時、新入生の心は一つになっていただろう。


 (((マジか…)))―――と。


 そんな新入生達の胸の内など気にする様子も無く、ルドルフ陛下は楽しそうにセフィロード学園百年の歴史を語り出した。

 

 この時ばかりは、ジェイドも先程まで余裕の笑みだった顔を歪に引き攣らせた。




***




「おい。こいつ等を収監しておけ」

「「「え?」」」


 騎士団の屯所の入口前で、今夜の巡回の為に待機していた騎士団員達は唖然とした。

目の前には、打撃で腫れあがった顔をした逃走者達が後ろ手に縛られて拘束され、地に膝を着かされている。

そしてその背後で、絶対零度の目で逃走者達を見下すアッシュと、ボロボロになった姿で背後に控えるアリス、ローグ、カミーユの姿があった。


「ア…アッシュ副団長? 一体何が?」

「話は後だ。先ずはこいつ等を連れていけ」

「わ、分かりました!」


 待機していた団員達は二人がかりで逃走者を収監所へ連れて行った。

 

「奴等は尋問した後に、陛下の許へ連れて行き真実を告白させる。その為にも私は今から奴等を素直にさせる為の()に入る。お前達はさっさと舞踏会へ向かえ」

「「「はい!」」」


 三人はアッシュにその場を任せ、その場から走り去った。


「アッシュ副団長! ありがとうございます!」


 走りながら振り向き様に礼を述べたアリス。

 アッシュは背を向けたまま、片手を上げて応えた。

 クールだが人情には厚い人なのだと、アリスは改めてアッシュに感謝した。


「とにかく! 急いで学園に居るルークと陛下に今回の事を伝えないと!」

「待て待て待て! ちょっと待てアリス!」


 一直線に学園に向かおうとするアリスをローグが慌てて制する。


「ちょっ―――何よ?」

「何よじゃねーわ。お前、まさかその恰好で舞踏会に乗り込む気か?」


 ローグに指摘されて、改めて自分の恰好を見る。

 白い団服は土埃で所々が茶色に染まり、あちこち切り裂かれた箇所まである。

 顔にも葉が当たった場所に小さな切傷が出来てしまっている。


「いくら騎士団の正装でもこれじゃあ門番兵に門前払いされちまう」

「そ、それも…そうか」

「とりあえず舞踏会用の衣装に着替えるぞ! お前等ついて来い!」

「え!」

「ぼ、僕も?」

「急げ! ダンスに間に合わねーぞ!」

「う、うん!」

「あぁ! 待ってよー!」


 ローグに連れられて、アリスとカミーユは訳が分からずその後ろをついて走り出した。

 すっかり陽が落ちた街中は、建物から漏れ出る明かりのお陰で夜道も良く見える。

 おまけに今夜は学園の舞踏会。

 学園行事とは言え陛下も出席する事もあってか、王都が誇る祝祭として国民中がいつもより街を華やかに彩っている。

 酒場では酒を煽り、淑女は鮮やかなドレスを身に纏って闊歩する。

 正に、繫栄を究めた大国の姿を現している。


「凄い…街中がお祭りみたい…」

「ハハッ。そうだな。けど俺達だってその祭りの主役だ。最高に決めて舞踏会へ乗り込もうぜ!」

「で、でも、今から、どうやって…!? 僕のドレス…実家に置きっぱなし、なんだけどー!?」


 体力にあまり自身が無いカミーユは息を切らせながら必死につて来ている。

 アリスも先日貰ったばかりのドレスは屯所の自室に置きっぱなしだ。

 

 しかしながら、当然ローグはそんな事は百も承知。

 先頭を走りながら、彼はどこか愉悦の笑みを浮かべている。


「お前等さぁ? 俺の実家が何だったかもう忘れたのかよ?」

「ローグの実家って―――」


 その時、アリスとカミーユは思い出したように「「あ!」」と声を揃えた。

 

 そうこうしている内に、ローグの足はその場所(・・・・)の前で止まった。


「さぁ到着だぜ。御二方」


 夜の暗闇を物ともしない煌々とした輝きを沢山の窓から放つ大きな建物。

 その建物に飾られた看板には【ヴィスマン・ブティック】と書かれている。

 ローグが到着するなり扉を容赦なく開けば、中に居た従業員がどよめきながら一斉にローグに視線を送る。


「ロ、ローグ坊ちゃん!」

「そんなお姿で…一体何が!?」

「説明は後だ! メルティとガーネットを呼べ!」

「はぁ…はぁ…―――って、ちょっと!」


 ローグに続いて、アリスとカミーユも扉の中へ入る。

 アリスは息つく暇も無く、ローグに腕を引かれて奥の部屋へ連れて行かれる。

 



「これより―――我が【ヴィスマン・ブティック】の精鋭を駆使して、此方のアリス嬢をこの国一の淑女(・・・・・・・)にするぞ…!!!」




「―――………はい?」

 


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