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Ⅴ【村娘、策を講じる】

 村の中央、広間から聞こえて来るどこか不穏な騒めきに、森から帰って来たアリスと、森の中で出会ったルークは急いで駆け付けた。

 密集する村人達の合間を縫って、騒ぎの根源を目の当たりにした。

 そこに居たのは、数人の男達。

 褐色の肌で、どう見ても不清潔な身形をしたその男達は各々鋭利な刃物を手にして、下卑た笑みを村人達に向けている。


「アレって…!」

「山賊だ」

「山賊? あの連中が…」

「以前からこの近くのサラム山に住み着き、麓を通る通行人を襲い金品等を強奪すると被害届が来ていた」




 ―――被害届?




 何故ルークにそんな物が届くのか、気にはなったが今は追究しない事にした。


「サラム山の麓道って、確かセフィロードへの物資の運搬にも使ってるんでしょ?」

「あぁ。他にも同盟国の重鎮が通う道になってる。一月前には実際に麓道で襲られた他国の外交官が酷く激怒していた。それがまさか、こんな所にまで…」


 アリスの問いに、ルークは冷めた声音で言い放つ。

 そう言えば、ルークは先程自分も山賊に襲われたと言っていた。

 それが真実だか今の所は分からないが、ルークはあの山賊達の事をよく知っている風だった。

 ルークの赤い瞳は山賊を睨みつけ、眉間に深い皺を寄せ、恨めしそうに小さく歯軋りまでして、彼の人形の様な美貌が人間らしく怒りで歪む。




 ―――あの山賊達はルークに何をしたの?




 一歩間違えたらあの男達を手にかけるんじゃないかと思う程に、ルークから感じる憤りは凄まじいものだ。


 ルークを気にしつつも、アリスは再び山賊に目を向ける。


「―――…あれ?」


 視線を送った先……山賊が一塊になっているその中心に、何か小さな存在が居た。

 それは一際大柄な山賊の男の太い腕に肩を抱かれ、首筋に鋭利な刃物の刃先が添えられ動けなくなっている、村の幼い子供。

 

 その子供が誰なのか、確認した瞬間に全身の血の気が引いた気がした。

 その子は村の中で最年少の女の子で、アリスの従妹の―――


「エミリア!?」

「! ッ…ア…アリスおねぇちゃ…ッ」


 アリスは思わず、山賊の腕の中で泣きながら震え上がっている従妹の名を叫んだ。

 エミリアは私の存在に気付き、震える唇で私の名を口にした。


「おっと動くんじゃねーよガキ」

「ひっ…」


 エミリアを捕らえる大柄な山賊が下卑た笑みを浮かべて、エミリアの小さな顎を鷲掴みにした。

 強引に顔を上に向けられ、肌を露わにしたエミリアの首に更に刃を近付けられ、エミリアは小さく悲鳴を上げる。


「エミリアッ! エミリアァア!」


 アリスとルークが居る所から少し離れた場所で、ドナー叔母さんが顔を真っ青にしながら涙目で我が子の名を叫んでいる。

 今にも山賊達の中へ突進して行きそうな勢いの叔母さんの肩を、左右でアリスの父さんと叔父さんが必死になって抑え込んでいた。

 その後ろで、母さんも胸の前で両手を強く握りしめたまま、どうする事も出来ずに佇んでいた。


「ドナー叔母さん…」

「あの子、君の知り合いか?」

「従妹なの」

「! そうか。なら絶対に助けないとな…!」

「でもどうするの? あんな状態じゃ、こっちの手が届く前に首を斬られてしまう…!」

「落ち着け」


 焦って語尾を荒げてしまったアリスを、ルークは先程と打って変わった優しい声音で宥める。


「無策で突撃すればあの子は勿論の事、君や俺も危ない。先ずはアイツ等が此処に来た目的を確認しよう。その上で、最も安全な策を講じるんだ」


 まるで幼い子供にでも言い聞かせる様な口調だったが、心に余裕が無かったアリスを落ち着かせるには丁度良かった。

 ルークの言葉を嚙み締める。




 ―――そうだ。私が落ち着かないと。エミリアも、家族も、村の皆も危険な目に遭ってしまう。




「……そうだね。ごめんなさい」

「君にとってそれだけ大事な存在なんだろ? 大丈夫だ。ちゃんと助けて、連中に相応の罰を与えてやろう」

「当然…!」




 ―――待ってて、エミリア。必ず助けてあげるから…!




 アリスとルークは共に一度身を引いた。

 山賊達に感づかれない様、慎重に密集する村人達の背後を回り、母さんと父さんの許に近付く。


「母さん」

「あっ、アリス! 大変なの、エミーちゃんが…!」

「うん、分かってる。大丈夫だよ母さん」


 アリスはパニックに陥っている母を宥める。

 後ろからついて来たルークが母に軽く会釈した。

 初対面の相手に警戒心を持たせない様、丁寧な口調でルークは母に問うた。


「失礼。貴女は彼女の母親で?」

「え、えぇ。あの、貴方は…?」

「ルークと申します。先程この村にやって来たばかりなのですが、一身上の都合により、私もあの少女を救うべく協力させて頂きます」

「ど、どうして、見ず知らずの貴方が…?」

「義を見てせざるは勇無きなり、というやつです。あの下郎達の蛮行を見逃す訳には行きません」


 ルークは強い意志の籠った声で母にハッキリと言い放った。


「それに、貴女のお嬢さんから昼食のお誘いも受けておりますので、そのお礼も兼ねて」

「アリスが?」


 母はギョッとした様にアリスの顔を凝視した。

 



 ―――何だその珍しい物を見るような目は?




 と、ツッコんでる場合ではない。

 一刻も早くエミリアを助け出さなきゃならない。


「でも、どうやって助けるの?」

「先ずは山賊達の要求を教えて下さい」

「は、はい。彼等はエミーちゃんを人質に取って、それから『この子供を無事に返してほしければ、村中の金と食料と若い女を2、3人渡せ』と要求してきました。村の娘達を差し出す事は当然承諾出来ず、金と食料で何とか開放してくれないかと、現在村長が山賊の頭と思われる者と、村長の家で交渉中です」

「交渉って…」


 絶対こちらに利益なんて与えないはずだ。

 その予想はルークも安易に出来たのだろう。

 母の説明を聞き終えた後、何の躊躇も無く己の意見を口にした。


「まずその交渉は成立しないでしょう。娘達を渡さない代わりに金と食料を絞れるだけ絞り出し、それで立ち去ると嘘の約束を取り付け、その上で金と食材を手に入れた山賊達は一斉にこの村を襲撃するでしょう。当然、エミリアさんの命も奪うでしょう」

「そんなぁっ…!」

「母さん!」


 母はルークの言葉に顔を青くして、悲痛の声を零す。

 膝から崩れ落ちそうな母の身体を支え、アリス達はその場にしゃがみ込んだ。

 ルークも一緒に片膝を着いて、落ち着いた声音で母を宥める。


「落ち着いて下さい。最悪の事態にならぬ様、今の内に策を講じなければ。村長殿と山賊の頭が戻って来るまでに、何とかエミリアさんを山賊の手から解放してあげなければ……」

「だけど、そんな簡単に人質を開放してくれる訳がない」


 悔しいが、アイツ等は悪事のプロ集団だ。

 こちらが下手に動けば、勘付かれてエミリアは殺されてしまう…

 それを考えただけで全身を寒気が襲う。

 

 ふと、前世で自分が死んだ瞬間の時の事を思い出した。

 鬼の様な形相で躊躇いも無く刃物を振り下ろして来たあの男の顔がフラッシュバックする。

 殺されると分かっていながら、何も出来ずに斬り殺された無力感を思い出す。


「ッ―――」




 ―――今、エミリアはあの時の私と同じなんだ…。何も出来ず、殺される時を今か今かと不安に感じている…。




 これ以上、あんな小さな子供に恐怖を感じさせたくない!

 早くドナー叔母さんの……母の許に返してあげたい!

 せめて自分があの場所に―――


「―――………あ」


 その瞬間、アリスは頭の中で蠢いていたもやが晴れた様な感覚がした。




 ―――そうだ。そうだよ。私が……




 アリスは目の前の二人の顔を見る。

 美貌の眉間に深い皺を寄せて思考を巡らせているルークと、青ざめた顔の瞳に涙を溜めて小さく震えるエイリス


「………」


 正直、この提案は二人を困惑させるだろう。

 それどころか、母には酷く怒られるかもしれない。


 それでも、今はソレしか思いつかない。

 最悪にして最善の策を―――!


「二人共。私に提案があるんだけど、聞いてくれる…?」


 ルークとエイリスは同時にアリスの顔を凝視した。

 二人の期待と不安の入り混じった視線を受けながら、アリスは自分の考えを口にする。


「エミリアを……人質を交換してもらおう」




 ―――私と(・・)


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