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XXXXⅦ【女騎士、推理を聞く】


 アリスの故郷―――セフィロード王国最果ての村。

 そこで巻き起こった戦の旋風。


「押せ押せー!」

「相手はたったの七人だぁー!」


 小隊が王都への帰路を進む直前。

 突如、山賊らしき集団がその道を遮った。

 剣を携えた三十人の男達は一斉に小隊に向かって襲いかかる。

 村の住人を避難させる為にその場から離れたコルンを除き、たった六人で応戦する事となった小隊。

 開戦前に小隊長アッシュの言った通り『一人頭五人倒せば勝てる』という言葉通り、騎士団員達は一人で五人の敵を相手にしていたのだが……。


「こいつ等…! 思ったより全然強ぇ!」

「山賊のクセに何でこんな統率取れた動きしてんだよ!」


 一人の隙をついて攻撃しようと仕掛ければ、他の仲間が加勢に入る。

 一対一の状況を作らせず、必ず二、三人でパーティーを組んで対峙する。

 おまけに後方には弓を使う者が控えており、時折牽制射撃をしてくる。


「こいつ等傭兵上がりか何かじゃねーのか!?」

「危ないっ!」


 三人の男に囲まれていたローグを狙う弓使い。

 気付いたアリスが地面に落ちていた小石を拾い、弓使いに投げつけた。

 石は運良く弓使いの頭部に当たり、弓使いが身体をヨロつかせた。 

 その隙にローグは包囲網から抜け出してアリスと背合わせになる体勢で再び剣を構え直す。


「すまねぇ。助かった」

「……もっと集団戦の特訓に参加しとくべきだったね」


 騎士団入隊初年の団員は大抵、素振りや基本の対人戦を重点的に叩き込まれる。

 入団初日から剣の腕に自信のあったアリスとローグは団長の指示で中級騎士団の特訓メニューの一つ『集団戦』に参加させてもらっていた。

 

「まさかこんなに早く実践する日が来るなんて…」

「嘆いてる場合じゃなさそうだぞぉ…」


 背中合わせで剣を構えるアリスとローグ。

 その周りには十人の敵が取り囲んでいる。


「流石に多勢に無勢だな」

「確実に一人ずつ倒さないと袋叩きね」

「……アリス。ここは―――」

「『俺に任せて逃げろ』とか言う気なら却下よ。どの道この人数相手じゃ無理だし」

「ヘッ。最後まで言わせろよなぁ? カッコ付けたかったのによぉ」

「そういうフラグ嫌いだから止めて」


 アリスが不機嫌な眼つきでローグを睨む。

 そんな中、敵がじりじりと二人との距離を縮めて来る。




 ―――マズイ…このままじゃ…!




 「やられる」―――そう覚悟しかけた時…。


「グアッ」

「ガッ」

「「え?」」


 アリス達を取り囲む敵が呻き声をあげて次々と倒れて行く。

 倒れた敵の背後には、この状況でも涼しい顔をしたままのアッシュ副団長の姿があった。

 右手には自身の剣、左手には相手から奪ったであろう剣を握りしめている。

 団服に血がべっとりと付いているが、恐らく全て敵の返り血だろう…。


「ふ、副団長!」

「もう粗方片付いた。コルンも避難誘導から帰って来た所で、我々は散った他の敵を追う」


 見れば確かにコルンが戻って来て、カミーユと共にこの場に残った敵に応戦している。

 マイケルとウェデルも軽傷を負っている様だが、命には別条無さそうだ。


「皆さん無事で良かった」

「完全な安否確認が取れるまで、軽症のマイケルとウェデルは村の守護に当たれ。我々四人はこれより残党を追って王都へ戻る」

「「「はい!」」」

「…ん?」


 アリスはアッシュの言った指示に、少しだけ疑問を持った。


「あの……何で山賊が王都に逃げるって分かるんですか?」


 確かに進行方向は王都方面だ。

 しかし山賊ならば人目が多く、ましてや騎士団の拠点がある王都に逃げるはずが無い。

 アリスの疑問はローグやカミーユも思った事だった。

 しかし他の先輩騎士団員達はアッシュの指示を疑った様子はない。

 更には、質問を投げたアリスや同じ疑問を持っていそうなローグとカミーユに対して、アッシュは呆れた様な溜息を吐いた。


「お前達には、視覚的情報収集能力をもっと鍛える特訓が必要だな」

「「「え…」」」


 何やら物凄く不穏な言葉が耳に届いた気がする。

 気がした事にしたい……切実に。


「説明は移動しながらだ。馬に乗れ! 急ぎ追う!」

「「「は、はい…!」」」


 訳が分からぬまま、アリス達は馬に跨り、アッシュを先頭にして一斉に走らせた。


「山賊とは、山道や森の中を行く旅人や商人を襲って物資を得る。その中には当然、奴等が身に着けていた防具や武器も含めれている」

「それは…そうですよね?」

「だが―――奪った物を身に着けているという事は、奪われる前に所有していた者の痕跡が残っているはずだ。それこそ、山賊共と戦った後の痕跡がな」

「そう言えば…」


 今思えば、先程の山賊が身に纏っていた防具も剣も、未使用の綺麗な物だったように思う。

 特に剣は、直前にちゃんと研磨された様に切れ味が鋭かった。


「更に言えば、先程奴らが口にした台詞だ」

「台詞?」

「奴等は確かに言った―――『相手はたったの七人だ』とな」

「あ!」


 確かに言っていた。

 山賊達と剣を交えるその瞬間、いかにも俗っぽい言い方をしていたが、思い返せば確かにお菓子な台詞ではある。


「あの時、あの場所には避難誘導に行って下さってたコルンさんは居なかった。他にも村の中にまだ居る騎士兵が居るかもしれないあの状況で、しっかり七人(・・)だって断言してました!」

「その通りだ。つまりあの連中は事前に我々小隊の情報を掴んでいた事になる」

「そんな事って…」

「そして極めつけは―――コレ(・・)だ」


 『コレ』と言いながらアッシュが左手に握ったままだった敵の剣を、アリス達に見えるよう高く掲げる。

 その剣は素人目にも上等な代物だと分かる程、良く作り込まれていた。

 そして滑り防止なのか、その柄にはしっかりとした皮が巻き疲れている。


「我々、王都警備騎士団や城の衛兵には、代々城に仕える専属の鍛冶職人が鍛えあげた武器や防具が支給される。もし剣を紛失、或いは盗難に遭えば原則として城に報告するのが規定だ。ここ何年も紛失、盗難の情報は入っていない。そして剣には密売防止を兼ねて、一本一本に我が国の国紋が刻まれている訳だが―――」


 アッシュが説明を続ける最中、馬の手綱を引きながら器用に剣の柄に巻かれる皮布を剝ぎ取った。


 そして―――


「え!」

「それって…!」


「不思議だろう? 何故、山賊風情が我が国の印の入った剣(・・・・・・・・・・)を持っている?」


 アッシュが皮布を剥ぎ取ったその下の柄には、確かにセフィロード王国の国紋が刻まれていた。


「あの統率の撮れた動きと言い、奴等の剣技には俗らしからぬ洗練さがあった。これが示す意味。いい加減お前達にも分かっただろ?」

「つまり―――今回の偽の情報を騎士団や学園に流した犯人も、あの山賊に扮した男達も、王城の関係者(・・・・・・)って事ですね…!」

「それもあの統率からして並の衛兵じゃない。実力のある衛兵は必ず重役を担う役職に就くものだ。それだけの奴等を動かせる者と言ったら…」


 そこまで聞いて、アリスはゾッと背筋が凍る。

 つまり、今回の事件の首謀者は―――王族。


「一体……誰がそんな事を…」

「ここからは少々私情が入る考察だが、私には犯人に心当たりがある」

「誰ですか!?」

「第二王子のジェイド殿下だ」

「「「えぇ!?」」」


 アッシュは何の躊躇も無く、自身の中にある犯人像を口にした。

 あまりにも躊躇が無い上に、思った以上に身分の高い存在の名が出て来て、アリス達は驚愕の声を上げる。

 そんなアリス達を他所に、アッシュは更に自分の考えを口にする。


「恐らく今回の件は、一から百までジェイド殿下の策略だ。アリスの故郷が山賊に襲われるという偽情報を流し、アリスは勿論、騎士団も無視出来ない状況を作り出した」

「な…何でそんな事を…?」

「目的は、ルーク殿下だ」

「ルーク?」

「ジェイド殿下は王位継承権を巡って、他の兄弟達を酷く敵視している。現状では誰がどう見てもクラウス殿下が次期国王になる事は明白なのだが、確定ではない以上、今後幾らでも策を講じるだろう。ならば先に支持率の低い弟を完全に継承競争から落とす策を取った」

「でも、それと村を襲わせる事と何の繋がりが?」

「今夜の『夜園舞踏会』のファーストダンス。その相手として、ジェイド殿下が手を回したどこかの令嬢を押しつける気だろう」

「ファーストダンスの相手に?」

「当然まともな貴族令嬢ではないだろうな。恐らくその令嬢の家はジェイド殿下に大きな借りを作っている。ファーストダンスをきっかけに強引にルーク殿下と令嬢の婚約を成立させて、その後に令嬢の家の実態を世間に露見させて印象を悪くさせれば、婚約を解消出来たとしてもルーク殿下の印象は悪くなる。その貴族はジェイド殿下の傀儡として利用され、剰えルーク殿下共々切り捨てるつもりだろう」


 まるで名探偵の様な推理に、アリス達は感嘆の声を漏らす。

 

「じゃあ、あの山賊に扮していた人達は、ジェイド殿下の近衛兵の人達…?」

「だろうな。陛下とルーク殿下の近衛兵は今夜の舞踏会の警備に就いている。クラウス殿下はご結婚前の準備でお忙しい。当然近衛兵もクラウス殿下とベアトリス様に付きっきりのはずだ。消去法で、もうジェイド殿下以外あり得ないだろう」

「そんな…」




 ―――信じられない…! 自分が王になる為に、誰かを騙して、傷付ける事も厭わないなんて…!




 アリスの中で、どうしようもない程の怒りが込み上げて来る。

 赤い瞳の奥で怒りの炎が燃え上がる。

 急いで王都に戻って、ルークにその事を伝えなければならない。




 だが―――




「副団長! 前―――!!!」

「!?」


 突如声を張り上げたコルン。

 その声に、反射的に視線を前方へ戻すと、前方の道が複数の倒れた木の所為で通れなくなってしまっている。

 それも相当な数だ。

きっと事前に木に切り込みを入れておき、逃げる際に完全に切り込んで倒して行ったのだろう。

 これは大の大人が十人以上いたって、退かすのに一晩はかかってしまう。


「チッ。悪知恵だけはよく働く」

「どうしましょう…このままじゃ…」


 ようやく相手の正体も目的も掴んだ矢先。

 倒木の壁を前に、小隊は完全に行く手を塞がれてしまった…―――。




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