XXXXⅠ【女騎士、故郷へ急ぐ】
『夜園舞踏会』の当日の正午。
学園内は既に舞踏会の準備であちこち浮足立っていた。
そんな中、突如学園長室へ呼び出されたアリス。
何やら不安を感じたルークも同行する運びとなった。
学園長室へ向かう途中も不安が募って行くのか、二人の間に会話はそんなに無かった。
「……学園長の話って何だろうね?」
「きっと舞踏会に関係ある事だろう。心配ないさ」
「そう……だよね?」
「そうさ! ……多分」
「………」
と言った感じだ。
そうこうしている内に学園長室にやって来たアリスとルーク。
ドアをノックすると、中から生徒会長のアンネが顔を覗かせた。
「ネイソン会長。アリスです。学園長に呼ばれてきました。」
「アリスさんね。ルーク殿下もご一緒でしたか」
「すみません。自分が一緒でも構いませんか?」
「良いでしょう。殿下にも無関係のお話ではないと思いますので」
「俺にも…?」
―――ルークにも?
呼び出されたのは自分だけだと思い、てっきり舞踏会や編入に係わる事なのではないかと思っていたが、どうやら違う様だ。
まぁどれもルークに無関係でないのは確かなのだが…。
「失礼致します」
「どうぞ」
アンネは二人を部屋の中へ招き入れた。
部屋の中央に位置する来客用のテーブルと、それを挟む様に対面に置かれたソファー。
その片方に、ハリー学園長が何やら深刻そうな面持ちで掛けていた。
「ハリー学園長」
「アリスさん。殿下もお越しになられてましたか…」
「お邪魔しても?」
「勿論です。どうぞお掛け下さい」
ハリー学園長は手招きでアリス達をソファーに座る様促した。
二人は言われた通りソファーに並んで座るアリスとルーク。
三人の前に、アンネが淹れた紅茶が置かれる。
「早速で申し訳ないのですが、急を要しますので単刀直入にお伝えします」
「は、はい…」
話を早々に切り出したハリー学園長。
その真剣な面持ちに圧され、アリスとルークは固唾を飲んだ。
「実は……君の故郷である最果ての村に、再び山賊の脅威が迫っていると、城の衛兵から連絡が入ったのだ」
「えっ! 村にまた山賊が!?」
「それも以前より規模が大きな山賊の一団らしい」
「そんな…」
―――また村に山賊が…? それも前来た連中よりも規模が大きいなんて…。
「確かな情報ですか?」
空かさず真偽を確かめたのはルーク。
ルークは前回の山賊騒動の際に騎士団を率いて討伐隊を結成して村にやって来た張本人。
それ故に彼にも決して無関係という話ではなかった。
「私の許に連絡を持って来たのは城の衛兵の一人。彼も人伝でその連絡を受けた様子だった。今、ガルデロイド騎士団長殿とも連絡を取り合っているが、彼方も急な事でてんやわんやしている」
「じゃあ、その情報の真偽は分からないのですね?」
「えぇ」
「その情報が……嘘かもしれないって事もあるんですね?」
「極論を言えば、そう言う事です」
「そう…ですか…」
嘘の情報が錯綜しているなら、村は襲われてないかもしれない……。
襲われていると確定している訳でないだけ、アリスの中で少しの余裕が出来た。
しかし……嘘ではないという可能性も、まだ残っている。
「その……村にはもう先遣隊を派遣されてるんでしょうか?」
「恐らくまだでしょう。どこがその情報を最初に受けたのか曖昧で、学園と騎士団にこの話が通ったのは、本当に数分前の話なので…」
「情報の発信元が不明なのですか?」
「えぇ。衛兵の話では、城の衛兵隊の中で勝手に広まっているらしいですね」
「そんな…!」
何と言うずさんな情報管理だ。
不安に上乗せで苛立ちも募って行く。
「アリス、落ち着け」
「ルーク…」
「大丈夫だ。俺も今すぐ城に戻って情報の信憑性を確かめて来る。君も一度騎士団に戻ってこの後の指示を待っててくれ」
「でも…」
「私もその方がよろしいかと。学園ではこれ以上話を進展出来る事は不可能でしょう」
ハリー学園長は冷静な口調でアリスに促す。
確かにこのまま学園に居た所でどうしようもないのは明白だ。
「……そう、ですね。私は一度騎士団へ戻ります」
「十分な力添えが出来ず、申し訳ない」
ハリー学園長は申し訳無さそうに頭を垂れた。
「とんでもありません! 迅速に連絡を下さって此方こそ感謝します」
「ではルーク殿下。大変申し訳ありませんが、私がお手伝いできる事はこれ以上無いかと…」
「いいえ。十分です。学園長も今夜の準備で多忙な所、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます」
「アリスさんや殿下、それに他の騎士団所属の学生達の行動は騎士団長殿にお任せします。どうぞ、此方の事はお気になさらず」
「学園長。ありがとうございます!」
アリスとルークはハリー学園長に深く頭を下げ、急く気持ちに押されるように学園長室から出て行った。
駆け足で教室に荷物を取りに戻り、そこでローグとカミーユも粗方の説明を済ませた。
四人は帰り支度を済ませ、学園の校門でルークは城へ、アリス達三人は騎士団の屯所へ行くために分かれた。
「アリス。此方で正確な情報が入手出来たらすぐに知らせるよ」
「ありがとう、ルーク」
ルークは走って城まで帰るつもりらしい。
荷物を脇に抱えて城の方へ向かって地を蹴った。
「ルーク!」
だが、その背に届くアリスの呼び声に、ルークは足を止めて振り返った。
「あの……ごめんね、ルーク」
「ごめん?」
『ごめん』と言うアリスの目はルークを真っ直ぐ見つめながら、申し訳無さそうな色を帯びていた。
その理由を、ルークはすぐに理解した。
―――あ…ダンスか…。
この時間にアリスの故郷の村まで向かうともなれば、帰りはどう頑張っても舞踏会の終盤になる。
折角の誘いを無碍にしてしまう事に、アリスは申し訳無さでいっぱいなのだろう。
「気にしないでくれよ。君の大事な故郷のためだ。俺だってあんな人達がまた不幸に遭うなんて我慢ならない」
「けど…」
「それに、父上に頼んでこの件は俺の管轄にしてもらう。そうすれば、俺も舞踏会に出る必要が無くなるからな!」
「え!? さ、流石にそれはマズいんじゃ…!?」
「構わない。君と踊れないなら俺が舞踏会に出る必要ないからな」
「え、えぇ…?」
「そんな事言って良いの?」と内心で焦ったり照れたりと忙しいアリスを他所に、ルークは笑顔で走り去ってしまった。
「ルーク…良いのかな…?」
「何してんだアリス! 俺達も急ぐぞ!」
「あ、うん!」
ローグに急かされ、アリス達三人も急ぎ騎士団屯所へ急いだ。
その様子を学園の敷地内から覗き見る令嬢―――サブリナが、怪しく微笑む。
*
急ぎ屯所へ戻って来たアリス達の視界には、屯所の前で騎馬の準備を整えるギルバートたちの姿が映った。
「団長!」
「! 来たか」
ギルバートは太い腕を組んで神妙な面持ちでアリス達を出迎えた。
その手には一頭の騎馬の手綱は握られ、その隣に並ぶアッシュの手には三頭分の手綱が握られている。
「団長…」
「ハリー君から事情は聞いている。これより、騎士団の一小隊は噂の真偽を確かめる為、早々にアリスの故郷の村へ向かう! 小隊長はアッシュ。隊員はアリス、ローグ、カミーユ、ウェデル、コルン、マイケルの六名だ」
つまりは計七人の小隊。
少し少ない人選な気がする。
「団長。前回よりも山賊の規模が多いと伺いましたが、この人数でよろしいのですか?」
隊員を代表して質問をしたのはマイケルだ。
この小隊の中で最年長のマイケルは、騎士団に二十年近く所属している古株だ。
ギルバートの同期でもあり、実力も騎士団員の中では中の上。
故にあの手厳しいアッシュにも一目置かれている。
「あぁ。噂の真偽を確かめ、何事も無ければ即帰還。万が一にも村に山賊の一派が攻め入っているようであれば、この少数精鋭部隊で制圧にかかる」
「たった七人で…!?」
マイケル以外の齢若い団員達に戦慄が走った。
前回の山賊は奇襲の効果があって、アリスとルークの二人で制圧出来たが、今回も上手くいくとは限らない。
「ふむ。察しますに団長は今回の騒動に疑いをお持ちなのですね?」
「まぁな。何せこれ程曖昧な情報は俺が騎士団長に就任して以来稀な事だ。信憑性が無さ過ぎる」
「ですな…」
「だが無視する訳にはいかん! 王都警備騎士団の名の下に、国民を脅かす脅威は我らが全て駆逐する!」
「団長…」
「アリス。村までの道案内は任せる。その眼で故郷の無事を確認して来い」
「はい!」
「ではアッシュ。頼んだぞ」
「承知」
「皆さん。よろしくお願いします!」
アリスは同行する団員達に頭を下げた。
「気にするな。これも騎士団の務めだ」
「団長…」
「ははっ。お前の騎士団初の仕事が故郷の護衛とはな?」
「笑い事じゃないですよ!」
アリスはギルバートの太い腕をバシッと叩いた。
……が、逆に叩いた手を痛めただけだった。
後から合流した三人は急ぎ騎士団の服に着替え、アッシュが手綱を握っていた三頭の騎馬に乗馬した。
「これより、この第一小隊は山賊の出没を確認すべくアリスの故郷へ向かう。場合によっては戦闘も覚悟し臨め」
「「「はいっ!!!」」」
「征くぞ―――!」
―――皆……どうか無事でいて……!
アッシュを戦闘に七人の騎士団員達は、最果ての村―――アリスの故郷へ向かった。




