XXX【女学生、目的地に着く】
セフィロード学園が放課後を迎え、アリスがルーク達と共に馬車に乗って正門から出ていった頃と同時刻。
その様子を学園の渡り廊下からじっと見つめる一人の令嬢の姿があった。
亜麻色の艶やかな長い髪を縦ロールに巻き、青いリボンを飾っている、正に絵に描いたようなお嬢様だ。
その令嬢―――サブリナ・シェリー・メイクス令嬢は、ルークと仲良さ気に並び、同じ馬車に乗り込んでいくアリスを、酷く恨めしそうに睨み付けていた。
「どうして……」
―――あんな田舎娘が、ルーク様と……!
学生にしてはしっかりと化粧を施した顔を歪ませて軽く歯軋りしたソフィアは、その顔を扇子で隠しながら、その場を後にした。
コツッコツッと少々大きな音を立て、速い足取りで正門に向かい、その側に停車していた送迎の馬車の中に乗り込んだ。
「出して」
それだけで、馭者は彼女の望む目的地へ向かって馬車を出発させた。
その目的地は、本来特別な許可が得られなければ、例え貴族であろうと容易に立ち入る事が許されていない領域―――王家の領土だった。
馬車は領土入口の関所で一枚の紙を取り出し、役人に手渡した。
紙に書かれた文章に一通り目を通した役人は、馬車を領内へ通した。
サブリナを乗せた馬車は車輪を一度も止める事無く、ある屋敷の前で停車した。
サブリアが馭者の手を取って馬車から優雅に降り立ち、美しい姿勢を保って屋敷の扉へ向かった。
「ご機嫌よう。サブリナ・シェリー・メイクスで御座います」
扉の前でそう告げれば、扉の内側から皺一つ無い燕尾服を着こなした老人が姿を現した。
白髪をオールバックに固め、同じく白い口髭も綺麗に長さを整え、左目にはモノクルを着けている。
「ようこそお越し下さいました。メイクス御令嬢」
「ご機嫌よう。セブルス執事長様」
互いにボウアンドスクレープとカーテシーで挨拶を交わし、セブルスが片手で屋敷の中を差した。
「ジェイド様が中庭でお待ちで御座います」
「そう」
セブルスの口から出たその名を聞いて、サブリナは満足そうに返答する。
セブルスに連れられて中庭へ。
そして青い屋根のガボゼに案内され、そこに既に座って紅茶の入ったカップを口元に運ぶ一人の青年の側に歩み寄る。
「ジェイド様。メイクス御令嬢をお連れ致しました」
「ご苦労」
セブルスに“ジェイド様”と呼ばれたその青年は、ダークグレーの髪から覗く切れ長で深海の様な真っ青な瞳をサブリナに向ける。
「やぁ、サブリナ姫。ご機嫌よう」
「ご、御機嫌よう。ジェイド様…」
人当たりの良さそうな笑みを浮かべて見せた。
抽象的で端正な顔立ちに微笑みを向けられ、サブリナは思わず頬を紅潮させ、恥ずかしそうに頬に手を添えた。
そんな彼女の様子を伺い、ジェイドは人当たりの良さそうな笑みを浮かべたまま、更に口角をつり上げた。
「さぁ、姫。此方へどうぞ。紅茶でも飲みながらお話を聞かせて下さい」
深海の様な真っ青な瞳に“悪気”を孕ませ―――
「我が愚弟……―――ルークの話を、ね」
*** *** *** *** *** *** ***
アリスがルーク、ローグ、カミーユと共に同じ馬車に乗車して移動を始めて数分後。
馬車は学園から最も近い街―――サランデル街に到着した。
街に入ると馬車は速度を落とし、街の外観を楽しめるようゆっくり移動し続けた。
アリスが窓の外を覗き見る。
別名『貴族街』と呼ばれるこの商店街は、その名に恥じぬエレガントな装飾が施された建物が均等な間隔を保って並列し、一つ一つの建物に備え付けられた曇りが一切ない硝子窓から覗くドレス、アクセサリー、アンティークな雑貨、ちょっと興味の惹かれるお菓子、等々…。
「流石はセフィロードが誇る最大規模の商店街ね。規模もだけど商品も田舎じゃ絶対お眼にかかれない物ばかり」
「何か気になった物があるかい?」
「うーん、どれもこれも興味そそられるよ。目移りするってこういう事だね」
「気に入ってもらえて良かった」
隣に座るルークは楽しそうに街を観察するアリスの様子を、更に楽しそうに見つめている。
そしてそんな第三王子の様子を正面から見つめるローグとカミーユ(いや、この席では視界に入ってしまうのは仕方ないのだが…)。
自分達の存在が恰も無いかの様に楽しむ二人の様子に「デ―トかよ」とツッコミたくなる気持ちを抑えて、ローグはわざとらしく大きな咳払いをした。
「はいはいお二人さん。そろそろ目的地に着きますよ~?」
「あ。あぁ、すまない…」
「そう言えば、どこに行くのか結局聞いてなかった。どこに向かってるの?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
「どうしてよ? まさか今から向かう場所の事を知らないの私だけなの?」
アリスは問い詰める様に鋭い視線をルーク達に向ける。
その視線から逃げる様に三人それぞれバラバラの方向に首を傾け、その行動が更にアリスを不機嫌にさせた。
「皆、酷くない?」
「い、いや、別に意地悪で隠してる訳じゃないんだぞ?」
「そーそー。ぶっちゃけお前のためって言うか?」
「私のため? それって―――」
ローグの言葉に、アリスは不思議そうに首を傾げた。
「どういう意味よ?」と言い出そうとするアリスの言葉を遮ったのは、彼女らが乗車する馬車の馭者の声だ。
「皆様。到着致しました」
「あ、着いたね」
「おっ先~♪」
「さぁ、アリス。外へ出よう」
「え、えぇ…」
先に馬車から降りるカミーユとローグ。
その後に続いて馬車から降りたルークは、振り返って、優雅に右手をアリスの方に差し出した。
その姿は正にお伽話の王子様。
キラキラなエフェクトがかかっているかの様な錯覚を覚えた。
アリスはぎこちない動きでルークの手を握り返し、最後に馬車から降りた。
薄暗い馬車の中で目が暗闇になれていた所為もあって、一気に視界が明るくなり、思わず目を細めた。
馬車から出てきた瞬間は視界が白く染まったが、目が慣れてくると、徐々にサランデル街の鮮やかな町並みが姿を見せる。
そして、一際大きく、一際洗礼された建物の前に降り立ったアリス達。
その視線が目の前の建物に釘付けになる。
白を基調とし、上品な群青と嫌味の無い高級感を演出させる金色の塗装。
まるで貴族の住まうお屋敷の様な気品を感じるが、その構造はどう見ても商いを行っている店の造りだ。
「此処は…?」
「貴族向けの洋服店だ」
「洋服店?」
予想もしていなかった目的地に、アリスは困惑した。
店の窓から中の様子を伺えば、確かに淑女が社交界で身に着けるような色彩豊かなドレスやアクセサリー、紳士が着る紳士服等が、木造のマネキンに着させられている。
「凄い…綺麗な洋服がいっぱい…!」
「だろ? 我がセフィロード王国で一番の洋服店だ」
ルークが「一番」と豪語するだけあって、確かにこの規模の店であれば国一番と言っても過言ではない程に立派だ。
「どれもこれも素敵ね。値段も見ずに思わず目移りしちゃうよ」
「それはどうもありがとうございます」
アリスが正直に思った事を口にすれば、何故か隣に並んで立っていたローグがボウアンドスクレープで返した。
まるでこの洋服店の店員の様な態度だ。
「何でローグがお礼言うの?」
「何でって、そりゃあこの店は俺の領域だからさ」
「え?」
ローグの言葉に疑問符を浮かべるアリス。
そんな彼女を他所に、ローグはさっさと店の入口の前に躍り出て、大きな扉の前でくるりっと振り返る。
「この度は当店へお越し下さりまして、誠にありがとうございます―――ようこそ! セフィロード王国一の規模を誇る貴族洋服店『ヴィスマン・ブティック』へ!」
そう得意気に言い放つローグ。
何時の間にやら、その胸元には店の店員が皆着けている銀製のネームプレートがキラリと輝いた。
そして―――
「それじゃあ、アリス―――君の制服を新調してもらおうか?」
そう良い笑顔で提案するルーク。
その言葉に、アリスはただ一言……。
「はい?」
と、間の抜けた声で返したのだった。




