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Ⅲ【村娘、謎の男に出会う】

 自分が転生者だった事を思い出してから、8年の月日が流れた。

 幼い少女だったアリスはこの世界で15歳の年を迎える事が出来て、生活はお世辞にも裕福とは言えないが、それなりに充実した日々を送って来た。

 ここ数年の間に牛のミルクを売って生計を立てていた父が、取引先の食事処でミルクの加工に詳しい業者と知り合う事が出来て、そこともミルクの取引が出来るようになっただけでなく、田舎の村暮らしでも簡単に出来るミルクの加工術を教わって、それを更に街で売れるようになった。

 お陰で収入が増えて、父は更に牛を増やしてより多くのミルクを製造する様になり、生産の循環が豊かになった。


「父さん。お疲れ様」

「あぁ、ありがとうアリス」


 牛の餌の干し草を汗だくになりながら鍬で寄せ集めている父に、井戸で汲んだばかりの冷たい水を持って行く。

 父は汗をタオルで拭いながら優しい笑みを浮かべて水の入ったグラスを受け取った。

 喉をゴクッゴクッと鳴らしながら水を飲み干す。

 水を飲み干したグラスを受け取って、私は辺りを見渡す。


「あれ? 母さんは?」

「さっきドナーの家にミルクのお裾分けに行ったよ。いつも新鮮な野菜を分けてくれるからお返しだな」

「そっか」


 ドナー叔母さんは同じ村の中に暮らす父さんの妹さんだ。

 アリスにとっては叔母さんにあたる人で、幼い頃からとても可愛がってもらってる。

 この村は広大な草原の中にあって、村人はそれ程多くない。

 だから村人全員と親しくなれて、幼い頃のアリスは村の大人達全員に可愛がってもらっていた……と母から聞かされ育った。


 その話が母の口から出る度に、第一声は決まって……


「アリスちゃんたら産まれたばかりの時から本当に天使みたいに可愛かったのよ~! 村中の大人達が我が子の様に可愛がりたくなる気持ちも分かるわ~!」


 ………という事だ。

 アリスが前世の事を思い出したのは8年前で、7歳の時。

 それ以降は、何方かと言えば前世の頃の性格で過ごしている。

 前世を思い出す前の自分の性格について、それとなく両親に聞いてみた事がある。


「え? 小さい頃のアリス? それはとっても愛らしい子だったわ。些細な事に天使の笑みを浮かべて喜んでたわ」

「それでいて凄く活発な子だったよ。気付いたら一日中家の外で走り回って遊んでたね」


 さっきから母の口からは「アリスは天使だった」という情報しか出て来ないのだが、父が言うには結構活発で元気が有り余った子供だったようだ。

 前世の記憶を取り戻してからは年相応に見える様、それなりに頑張って幼さを演じていたのだが、両親には成長に合わせて性格が大人びてきたんだと思われているらしく、そこまで怪しんだりしていない様子だ。

 この世界では15歳になれば成人したと判断される。

 敢えてもう年相応に振舞う必要がなくなったのは気が楽なのだが、別の方向で困った事が起きている。


 それは―――


「あー、ゴホン。時にアリス? お前に王都の宝石商の御子息との縁談が―――」


 始まった。

 わざとらしく咳払いして本題(・・)を切り出す父から、アリスは素早い動きで距離を取った。


「おっと、もうこんな時間か。牛達にご飯あげて来なきゃ」

「あっ、ちょ! アリス!?」

 

 アリスは逃げる様にその場から走り去った。




 ―――はぁ~、困ったモンね…




 成人となる15歳の誕生日を迎えたと同時に、見合い話が一気に増えた。

 成人になったからというのも理由だが、最果ての村生まれの庶民の娘に、そんな大量の見合い話が来るなんておかしい。

 しかしそうなってしまっている理由……それはアリスの容姿が大きく関わっている。

 アリスは歳を増すごとに美しく成長していった。

 無駄無くスラッとしてクビレのある女性らしいボディーライン、薄くて小さく上品さが漂う唇、低過ぎず高過ぎない鼻筋、腰まである亜麻色の艶やかな長髪をポニーテイルに結って、少しつり気味の目の中には母親同様に赤い瞳が閉じ込められている。

 王都に父の仕事の手伝いでついて行けば、あっという間に周囲の目を釘付けにする程だ。

 何度か貴族らしい装いの男性から直接お茶の誘いを受けた事があるが、身分の差を理由にして逃げ出した事もしばしば…


「お見合いか…」


 娘愛が強い両親は、当然見合い相手の中から娘にピッタリな相手との縁談だけを見繕ってくれているようだけれど、前世の記憶が残ってるアリスに、15歳という若さでいきなり見合い話だなんてついて行けない。


「気が乗らない…」


 乗る気が無いのにお見合いした所で、相手に悪い。

 



 ―――けれど、この世界の成人年齢は15歳。前世の記憶に引っ張られて何時までも結婚相手を見つけずにいれば、両親に心配をかけてしまうだろう……




 前世の記憶があろうと、この世界ではアッドとエイリスが自分のの両親だ。

 心配は勿論の事、悲しませたくない。


「はぁ~、せめて急いで結婚相手を見つける必要が無い様な事情があれば、両親も納得してくれると思うんだけどな……」


 そんな事を考えながら、アリスは村に隣接する森へ向かった。

 辺りを見渡して誰にも見られてない事を確認して、森の中へ入って行く。

 この森には魔物が出ると、幼い頃からアリスは両親に教えられて来た。

 うちの牧場はそんな危険な森の入口に隣接している。

 前世の記憶が戻っていない時、幼いアリスは一人で森の奥へ入って行って、よく血相変えた両親が探しに来てくれていたんだとか……

 記憶が戻ってからは、森の奥で密かに剣術の稽古を続けている。

 今みたいに、縁談の話を振られたりした時は、気晴らしがてらよくここへ剣術の稽古をしに来ているのだ。


 森の奥にはアリスのお気に入りの場所がある。

 近くに小川が流れていて、真夏でも日の光を程良くさえ出ってくれる木々に囲まれている。

 程良く涼しいから、精神統一の瞑想をするには持って来いなのだ。


「それじゃあ今日の分を始めますか」


 アリスは茂みの中に隠しておいた木剣を構え、集中する為の深呼吸を繰り返す。

 ちなみに木剣はお手製だ。

 少し不格好だが、遠目から見れば立派な剣の姿になっているので良しとした。


 深呼吸を数回繰り返し、一番集中した瞬間、木剣を振り、空を切る。

 標的の無い、ただ空を切るだけの行為だが、それだけでも心が高揚する。

 前世の記憶に引っ張られているのかもしれないが、アリス自身、ずっと昔から剣道が好きだ。

 当然、相手を打ちのめす事が好きだとかっていう嗜虐的な思想を持ってるわけではない。

 剣を構える時の集中時、型が決まった時の瞬間、速さを増していく自身の鼓動の感覚が、得も言えぬ快感と謎の幸福感をもたらすのだ。




 ―――やっぱり楽しい。剣技を磨く時が一番、私が私でいられる…




 一通り型を決め、速まる鼓動を落ち着かせようと深く息を吐く。




「ふぅ」



 ―――今日も充実した時間だった。母さんが昼食に呼びに来る前に戻らないと。




 アリスは茂みに木剣を隠して、家に帰ろうと踵を返した。

 

 その時―――


「そこの君―――ちょっといいか?」

「え」


 突然、森の奥から呼び止める声が聞こえた。

 有り得ない。

 この森の奥から人がやって来る事はないのだ。

 森の奥は、生身の人間が太刀打ち出来ない凶暴な魔獣が溢れかえっている。

 中には人語を話す魔獣も居ると聞いた事がある。

 アリスは反射的に隠した木剣を急いで拾い、声のした方に向かって構える。


「誰!?」

「まっ、待ってくれ! 頼む! 決して怪しい者ではないんだ!」

「なら姿を見せて。森の奥からやって来た魔獣だと言うなら、今なら攻撃せず見逃すわ」


 等と強気な脅しをかけてみたが、実際本当に魔獣だったら、恐らくアリスの木剣による剣技は殆ど意味が無いだろう。


「魔獣ではない。信じてくれ…―――」


 そう言いながら、森の奥から声の主が姿を現す。

 それは人間―――それも若い男だった。

 アリスと同い年か、或いは年上かもしれない。

 

「貴方……誰?」

「わた―――いや、俺の名はルーク。王都で商いをしている行商人の息子だ」


 サラサラとした真っ黒い短髪。

 その前髪から覗く、アリスと同じルビーの様に赤い瞳と目が合った。


 彼―――ルークとの出会いから、のどかで平和だと思い込んでいた第二の人生が、波瀾に塗れたものになるだなんて……この時のアリスは知る由もなかったのだ。


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