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XXⅣ【女騎士、再会を喜ぶ】


 アリスは騎士団への入隊試験を無事に突破した。

 団長であるギルバートの策略か、はたまた気まぐれか、何にしてもあっさりと合否が決まってしまい、軽く放心していたアリスの肩をルークが優しく叩いた。


「何はともあれ、騎士団への入隊おめでとう。今日はこのまま騎士団の訓練に参加しててくれ。夕方になったら屯所の部屋に案内するよ」

「あ、うん…。お願い」

「何かお前急に疲れたな?」


 放心気味のアリスの背中をルークが労わる様に擦る。

 精神をすり減らしたようにげんなりし始めたアリスの様子を見ながら、ローグは心配そうに声をかける。


「う、うん。ありがとう。大丈夫…」


 いや実際アリスは相当疲れていた。

 勝てたとは言え、ローグは前世も合わせてアリスが今まで手合わせした中でも相当手強い剣士だった。

 転生後は複数の山賊を相手にしたが奇襲攻撃な上にルークと二人がかりだったし、ローグ程の実力は無かったから、実質初めての実戦相手はローグが初めてだったのだ。

 どっと疲れが押し寄せて来たアリスとは対照的に、恐らく既に実戦経験が多いローグはケロッとしている。

 あれ程に激しく手合わせをしたにも関わらず平然としているとは、やはりどれだけ強がっても、男女では体力の差がある訳か…。




 ―――当面の目標は体力作りだな…。




 アリスは密かに目標を定めた。


「まぁ目を通してもらいたい正式な騎士団の入隊手続きの書類なんかもあるが、長ったらしい契約書に一筆サインするだけだから、それは俺が代わりに書いといてやるよ」

「え? 代筆って良いんですか?」

「おうよ!」

「良い訳無いでしょ」


 アリスの問いに軽く返答するギルバートの言葉に空かさず副団長のアッシュが口を挟んだ。

 その眼はまるで蛙を睨み付ける蛇の様で、思わずその場にいた全員が姿勢を正した。

 ギルバートは貼り付けた笑顔で「冗談に決まってんだろ?」なんて笑って返しているが、その頬に一筋の冷や汗を流している事をアリスは見逃さなかった。


「えっと…。ではサインしたいので、書類下さい」

「お、おう」

「取って来るので、それまで他の団員達と共に訓練に参加してて下さい」


 アッシュはそう言って一人訓練所から出ていった。

 その後を追う様に、ルークも訓練所の扉に手をかける。


「それじゃ俺もそろそろ戻るよ。アリス、また後で」

「えぇ。また後で。来てくれてありがとう」


 アリスはルークに手を振って見送った。

 ルークが手を振り返しながら嬉しそうに笑みを浮かべて「こちらこそ」と言って出ていったのだが、アリスは気付いていなかった。

 ルークが居なくなった事で、団員達の中から気の抜けた様な息を漏らす者もちらほら居た。

 仕方が無い。だって同い年、もしくは年下とは言え、この国の王子なのだから気が張ってしまうのは当然だ。


「よーっし! それじゃあ訓練を再開する。各自適当に相手を組んで手合わせしろ。先に三本先取した奴から休憩だ」

「「「はい!!!」」」


 ギルバートの指示を受け、団員達は一斉に動き始める。


「よし。私も―――」


 アリスも気を引き締め直し、自分も対戦相手を探そうと動いたが、その相手は自ら声をかけて来た。


「よう。もっかい俺とやろうぜ、アリス?」

「ローグ?」


 長い腕で軽々と木剣を肩に添えて、ローグがチャームポイントの八重歯を見せながら笑顔で手合わせに誘って来た。


「良いよ。よろしく」

「へへっ」


 アリスが誘いに乗ってくれたのが嬉しかったのか、ローグは子供の様にニカッと笑う。

 実際の所、アリスにとっても有難かったのだ。

 正直、来たばかりでまだ名前と顔が覚えきれていない状況で自分から他の団員に声をかけるのも気まずかった。

 名前も顔も覚えて、尚且つ一度手合わせしたばかりのローグなら、入団初日の訓練相手としてやりやすい。

 そしてローグが真っ先にアリスに声をかけた事で、大半の団員達の動きが鈍くなった。

 皆してアリスを誘う気満々だったと容易に見て取れる。

 それを分かってたのか、アリスを真っ先に誘えたローグは勝ち誇ったような笑みを他の団員達に見せつける。

 ……途端に訓練場に殺気が渦巻いた気がした。


「はいはい。個人的な私怨は訓練後にお外でお願いね。さっさとペア作って三勝先取勝ち抜け組手始めろ!」

「「「はい!!!」」」

「はい!」


 さっきより大きく粗めの返事をする団員達。

 その声に負けじとアリスも騎士団員として、初めて一緒になって返答した。

 今度こそ流れる様にペアを作って行く団員達。

 その中から数人がアリスの横をわざと通り過ぎ、その一瞬の間に「アイツを負かしてやってくれ」と耳打ちして去って行った。




 ―――そうか。負けたら別のペアの負けた方とまた勝ち抜きが始まるんだ。




皆してローグを叩き潰す気だわコレ…。

 最も、そう簡単にローグに三勝先取する事は難しいだろうけど。


「どうしたんだよ? さっさとやろうぜ」

「あ、うん」

「へっ! 今度こそ俺が勝たせてもらうぜ。その様子じゃ体力も限界なんだろ?」

「まだまだよ。それに私は一度勝てた相手にその日の内に負けたりしないわ」

「フッ…ハハハハ! 言ってくれるじゃねぇか? んじゃ本日二戦目と行こうぜ!」

「えぇ。どこからでも…!」


 アリスとローグは再び木剣を構えた。

 すでに手合わせを開始している他のペア達が発する木剣同士を打ち付け合う騒音に紛れ、二人の木剣が打ち合う音も混ざり合った。




 ―――あれ? そう言えば…?




 アリスはふと思った。

 ルーク同様にローグは学園に戻らなくて良いのか―――と。


 ―――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――


 騎士団の訓練は夕刻を告げる鐘の音と共に終わりを告げた。

 アリスにとっては初日の騎士団の訓練は、日が傾き、西の空に星明りが輝きだすまで続いたのだが、本来はもっと遅い時間まで続けるらしい。

 今日は偶々ギルバートが家の用事で不在となる為、早めの切り上げになったのだとか。

 鐘の音が鳴って暫くした後、ローグ含む他の団員達と軽く談笑していたアリスの許に、本日の学業を終えて戻って来たルークが姿を見せた。

 まだ初日だが当然の様にルークに会える環境に、アリスは胸の内がほっこり温かくなった。


「アリス。お疲れ様」

「ありがとう。ルークも生徒会の仕事お疲れ様でした」


 ルークは真っ直ぐにアリスの許にやって来た。

 まるで他の団員が視界に入っていないかのようにも思える程に、真っ直ぐとだ。

 再びルークの登場に委縮する団員達と、アリスへの好意が分かりやすく態度に出ているルークに苦笑いを浮かべて自ら一歩下がるローグ。

 ローグに至っては、ルークが学園へ戻った後にアリスを手合わせの相手に指名して優越感に慕っていたのだから、今更になって王子への罪悪感や軽い嫉妬で複雑な心境だ。

 アリスはアリスで、ルークの再登場に口角が上がってしまうのを抑えるので精一杯だった。


「それじゃあアリスの部屋に案内するよ。荷物はもう部屋に置いてあるはずだ」

「何から何まで本当にありがとう。ルークも忙しいのに…」

「あー、生徒会の話聞いたんだな。まぁこれも、王族としての責務と言うか何と言うか…」


 「俺は三男だからあまり関係無いのになぁ…」とルークが小さくボヤく。

 王族である以上、身分に見合った役職と言うものが何処へでも着いて回るのだ。

 改めて考えると確かに窮屈そうだとアリスは感じた。




―――そう思うと……私ってルークのお陰で結構自由に好きな事させてもらえてるんだよね。何だか申し訳ないかも…




 途端に謎の罪悪感が胸の内側で膨れ上がった。


「本当に……色々とありがとう。ルーク」

「気にしないでくれ。俺がこうしたかっただけだ」


 ルークは人形の様な端正な顔に満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔のお陰で、アリスの胸の内に膨れ上がっていた罪悪感が幸福感に変わっていく。




 ―――ありがとう、ルーク。




 アリスは、今度は上がってしまう口角を抑える事はせず、自分の気持ち従って笑顔を浮かべる。

 そして自室に案内される短い道なりで、久々に再会したアリスとルークは互いに幸せな時間を堪能した。

 

 まぁ、本当に短い道なりだったのだが…。


「―――此処が君の部屋だ」


 アリスの部屋は三階建ての屯所の三階の一番端の部屋だ。

ギルバートからの配慮もあったのか、他の団員達が一階の大部屋や二階の個室に部屋が割り当てられている中で、アリスは男性団員達の部屋とは離れた場所に部屋を分け与えられたのだ。


「三階って、私以外は誰も居ないの?」

「いや。騎士団の厨房の料理長がこの先の角部屋にいるよ」

「料理長が?」

「大丈夫。料理長は騎士団の厨房を二十年も管理してくれている器の大きな女性だ。皆して女将さんって呼んでるよ」

「女将さん…」


 騎士団の皆に女将さんと呼ばれる程の女性……物凄く会ってみたい。


「夕飯の時に会えるかな?」

「あぁ。もう食堂に居るはずだ。騎士団の夕食時間までもう少しあるし、アリスも部屋で少しだけでも休むと良いよ」

「そうさせてもらう。もうクタクタで…」


 気を抜いたら膝から崩れてしまいそうだった。

 ちなみに、先程のローグとの手合わせはアリスが三勝先取で勝ち抜いたのだが、時間が経つにつれて疲労が蓄積され、最後の三勝目を取る前にローグに二勝されてしまったのだ。

 ギリギリの所で勝てたのは良いが、正直厳し過ぎた。

 おまけにアリスと同様に五試合したにも関わらず、ローグはその後も敗者同士での手合わせ相手を完膚なきまでに蹴散らしていた。

 

「来たばかりで慣れない事も多いだろ。分からない事は遠慮なく聞いてくれ。あ、でも女性関連の相談は女将さんによろしく!」

「フッ…アハハハ! 分かった。今日はありがとう、ルーク」

「あぁ。明日は学園を案内するから朝食後に迎えを寄越すよ。制服も届いているはずだから、それを使ってくれ」

「ルークが今着てる制服の女生徒用って事だよね。どんな感じだろ? 楽しみだなぁ!」

「あー……女生徒用、ね」


 何故か言い淀むルークの様子を不思議に思いつつ、その時は深く追求しなかったアリス。

 その事を軽く後悔したのは、翌朝の事となる。


「と、とにかく! また明日な。アリス」

「うん。お休みなさい、ルーク」

「お休み、アリス」


 別れ際に、二人はふわりと互いの手を労わる様な握手をした。

 名残惜しそうに、互いの指の先が離れるまで手の温もりを感じた。

 階段を降りる直前に再びアリスに向き直り、軽く手を振って笑顔を向けるルーク。

 アリスも手を振ってルークの姿が見えなくなるまで見送り、自分の部屋のドアノブに手をかけた。

 ドアの蝶番が軽く甲高い音を立てながらドアが開かれる。

 窓が開いていたらしく、ドアが開いた瞬間少し肌寒い風が吹き抜けた。

 どうやら今宵は満月だったらしい。

 部屋の中を月明りだけが照らして、窓からドアに向かって一直線の白い光がカーペットの様に伸びる。

 その光のカーペットに導かれ、アリスは部屋の中へ進んで行く。

 部屋の中は木造で、最小限の家具も全て木造のシンプルな作りだ。

 部屋の中で一際存在感を放つシングルサイズのベッドの脇には実家から持って来た荷物やルークが用意してくれた学園の教材や制服が置かれていた。

 アリスは軽くふら付く足取りでベッドに歩み寄り、荷解きをする事も無くベッドの白いシーツに倒れ込んだ。




 ―――……あれ? 何だか花の香りがする…。




 「この世界に柔軟剤なんてあったっけ?」と不思議に思いつつ、アリスは睡魔に負けてそのまま眠りについた。




 この時、アリスはまだ気付いていなかった。

 月明りに照らされる部屋の中を自由自在に飛び回っている、柔らかな輝きを放つ小さな光達の存在を―――


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