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Ⅱ【剣道少女、村娘に転生する】

 深い暗闇の中に居た気がする。

 どんな場所で、どれ程の時間が経過したのかは分からないが、来たるべき時がやって来た時、少女の意識は深い暗闇から覚醒した。


「―――……ん?」


 重たい瞼を開けば、見知らぬ天井を……―――否、よく知っている天井を見上げていた。

 



 ―――ここは……私の部屋(・・・・)




 見慣れたボロい家具、埃臭い室内、固いベッド。

 どれもこれも、初めて見た筈なのに、何故か妙な愛着を感じる。




 ―――どういう事? 私は通り魔に斬られて死んだはず……




「痛ッ―――!」


 少女はベッドから起き上がろうと身を捩った。

 そもそもなぜ寝転がっていたのだろう?

 そんな疑問が頭を過ったが、その疑問は突如全身に襲い掛かった鈍い痛みの所為で気にもならなくなった。


「い…痛い…何、これ…ッ?」


 筋肉痛……と言うよりも、全身打撲した様な痛みだ。

 特に後頭部に走る痛みが辛い。

 そっと触れれば大きく腫れ上がっている。

 何かでぶつけたのか?


 事の成り行きを思い出そうとすると、部屋のドアが鈍い音と共に開かれる。

 奥から入って来たのは、女性だ。

 美人だが、頬はこけて、濃い隈もくっきりついている。

 着ている服もボロボロで、とても裕福そうな出で立ちだとは言い辛い。

 彼女は水の入った桶を持って入って来たのだが、その桶を持つ腕も筋肉が殆ど無い骨と皮だった。


 しかし、それ以上に少女が目を引かれたのが、その女性の髪と瞳の色だ。

 金髪で、ルビーの様な赤い瞳をしている。

 一瞬外国人かと思ったが、その燃える様な赤い瞳を見て、すぐにその考えは消えた。

 

「―――あ! アリス!」


 その女性は少女を見るなり、水の入った桶を床に落として、小走りで少女の傍に駆け寄り、私を抱きしめた。


「アリス! あぁ、良かったわアリス!」

「い、痛いってば、母さん(・・・)―――」


 


 ―――え? 母さん?




 少女は自分の口から自然と出た言葉に驚いた。

 目の前の金髪赤目のこの女性を母親と呼んだのだ。

 自分の母親はこの人じゃないはずなのに、実母という認識に何の違和感も感じなかった。


 いや、それよりも、さっきから彼女が呼んでいる「アリス」って誰の事?

 



 ーーー私の名前は………




「………?」


 思い出せない。

 自分の名前を思い出そうとすると、先程から女性に呼ばれている「アリス」と言う名前が出てくる。


「………私の名前は、アリス…?」

「! アリス?」


 少女が呟いたその言葉に、母である女性が心配そうな面持ちで向き合う。


「どうしたのアリス? まだどこか傷むの?」

「あ、うん、体と……あと、頭も……」

「仕方が無いわ。馬車から落ちたんだもの。大怪我になってなくて本当に良かったわ」

「え、馬車?」


 その言葉で、少女は思い出した。

 全てを思い出したんだ…ーーー


 少女の名は「アリス」。

 王国セフィロードの遥か奥地の、草原しかない村で暮らす、齢七歳になったばかりの村娘。

 母はエイリス、父はアッド、兄弟姉妹は居ない。

 草原で牛を一頭育てて、そのミルクを売って何とか生計を立てている貧しい村民だ。

 

 ある日少女は、王都の食事処にミルクを運びに行くと言った父に同行した。

 王都に行ったその帰り道、荷馬車を引く馬の手綱が外れてしまい、暴走した馬に煽られた荷馬車から地面に放りだされてしまったのだ。


 その時、後頭部を強打した少女は、前世の事を思い出したのだ。

 日本生まれの女子高生で、剣道部に所属していて、高校生活最後の大会で優勝した。

 可愛い後輩達に祝われながら、ファミレスで打ち上げを済ませ、自宅へ帰ってる途中に……




 ―――通り魔に斬り殺されたんだ…!




 濁流の如く勢いで蘇る前世の記憶。

 少女は前世で通り魔に斬りつけられそうになる直前の光景を思い出して、幼くなった自身の身体を抱きしめた。

 そんな少女を包み込む様に抱きしめる母の腕の中の温もりに埋もれながら、少女は再び目を閉じた。




*** *** *** *** ***




 再び眠ってしまった少女が目を覚ましたのは、翌日の早朝だった。

 まだ空は西の空が黒い。

 窓を開ければ、少しひんやりとした朝風は肌を撫でる。


「………」


 自分の名前は「アリス」。

 セフィロード王国の最果ての村に暮らす村娘。

 前世で通り魔に斬られて死んで、この世界に転生した。




 ―――これは夢かな…?




 いや。流石に七歳の頭脳でも、これが夢で無い事ぐらい分かる。

 だけど現実だと受け入れようとする程、胸の奥がモヤモヤとする。

 少女はその感覚を長く味わいたくなくて、父と母を起こさない様に、静かに家の外に出かけた。


「………風が気持ちいい………」


 少し冷たい空気は、深呼吸すれば胸のモヤモヤすらも沈めてくれる様だ。

 

「私は……これからここで暮らしていくのか……」


 前世の記憶を取り戻した今、家族や友人、後輩達の事を思い出して寂しさが込み上げてくるが、あの時終わったと思った人生がこれからも続くのだと思うと妙な安心感もある。

 それだけが唯一の救いかもしれない。


 ふと、足元に程良い長さの木の棒が落ちている事に気付いた。

 徐に拾い上げ、前世の記憶を頼りに構えてみる。


「意外と覚えてるもんだな…」


 転生後とは言えど、構えの姿勢はバッチリだと思う。

 少女はそのまま剣に見立てた木の棒を振るう。

 ビュンッ、ビュンッと空を切る木の棒。

 少女は前世で身に付いた剣術を一通り試すが、有難い事に一つも忘れている剣技は無かった。

 一通り剣技を試し終えると、流石に馬車から落ちた時の痛みが全員を襲った。

 これ以上無理したらまた母に心配させてしまう。


「はぁ………」


 全てを思い出した事で、ある意味ここから本当に少女の第二の人生が始まるのだ。


「とりあえず、隠れて剣術の稽古は続けておこう」


 この世界でも通り魔に殺されるなんて堪ったもんじゃない。

 

「今度こそ、充実した人生で終われますように…」


 少女は山の頂上から顔を覗かせた朝日に向かって手を合わせて懇願した。




 こうして有栖川……改めて、アリスの第二の人生がスタートした。


 そして、特に問題も無く八年の月日が流れたある日、運命は再びアリスに残酷な現実を突きつけて来たのだった―――


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