Ⅻ【村娘、悩んだ末に…】
「“貴女をセフィロード王国国立学園への編入と、王都警備騎士団への入団を認める”―――だそ~です♪ どうしますか?」
「ど…どうって…」
「今一番引っかかるのは貴方のその軽いテンションだ…」とアリスは心の中で呟く。
アリスはその美顔を蒼白させ、震える手で握る手紙に視線を落とす。
中には三枚の紙が入っていた。
内の二枚は学園への推薦状と、騎士団への推薦状だ。
そして三枚目の紙は、綺麗な字体で綴られたアリス宛の手紙。
―――――――――――――――――――――――――――
―――親愛なる友人、アリスへ。
君と予期せぬ形で出会ったあの一件以降、王都に戻った俺は事後処理や学園の進級試験で、忙しない日々を送っていた。
ようやく一段落がついたのでこの機に手紙を送る。
君やご両親、村の皆さんは変わらず元気だろうか?
時折、あの村での事件を振り返っては、君の事を思い出す。
あの日、森の中で見事な剣技を魅せてくれた君の姿を忘れられないでいる。
しかも山賊相手に怯む事無く立ち振る舞ったその勇姿を父に伝えしたら、父も君に関心を持ってくれたらしいんだ。
だからこの度は俺と父からの推薦状を君に送らせてもらった。
きっと、今の状況に酷く困惑してる事だろう。
学園への編入時期や騎士団への入団は、よく考えた上で、最終的に君の決断に任せるよ。
ご両親ともよく相談してくれ。
どうするかの返事はギルバートに伝えてくれ。
それじゃ、またいつか―――
ルーク・ジャックス・セフィロード
追伸。
俺個人としては、君と同じ学園に通って毎日会えるようになるのは嬉しいよ。
―――――――――――――――――――――――――――
「………」
―――……こ、断り辛い。
特に最後の追伸。
これはコチラの退路を断つ為の罠だ。
「こんな風に書かれてたら断るに断れないじゃないか!」とアリスは心の中で叫んだ。
まだこの話を断るかどうかも決まってない。
それにしたって、先に手紙読んだのは失敗だった。
しかも所々で、何だか妙に甘い台詞が入り混じっていて、読んでると段々と恥ずかしくなる。
初対面の時もルークはアリスの事をやたらと過大評価していた。
過大評価と言うか、完全に好意を含んだ発言をアリス本人に向けていた。
よく父の付き添いで王都に赴いた際に、男性に好意的な視線を向けられる事が多かった所為か、そういう視線には敏感になっている。
まさかとは思いつつも、アリスはルークの意図を疑わずにはいられなかった。
―――もしかしてルーク……確信犯?
等と疑惑の念を抱きつつ、アリスが手紙を読み終えるのを座ったまま待っていたギルバートに視線を送る。
(ニヤァ~)
何やら意味深な笑みを向けられた。
その不気味な笑顔にどんな意味が込められているのか……アリスは怖くなって考えるのをやめた。
しかし何故このタイミングであんな笑みを浮かべたのか。
まるで手紙に書かれている内容を知っているかのような雰囲気だ。
―――まさか読んだの?
そう思わずにはいられない。
そんな不信な目を向けるアリスを他所に、ギルバートは実に楽しそうに笑みを浮かべ、カップに入ったお茶を一口飲んだ。
「―――さて。陛下からも殿下からも、お嬢さんの返答を急かせという命令は受けておりません。じっくりお考え下さい」
「……返答は、どうすれば?」
「どのようにでも。既に村長殿には話を通してますが、我々はコチラで一泊させて頂き、明日の早朝には王都へ帰還します。我々が滞在中に返答して下さるも良し。ルーク様に手紙を送り返すも良し。お好きなようになさって下さい」
「ルークには普通に手紙を送り返せるんですか?」
「あー私経由でしたら、監査無しにお渡しできますが……私に預けます?」
「イイエ。結構です」
失礼だけど、中身を読まれそうで怖いので。
「では、今夜一晩お考えになられますか?」
「……」
「アリス…」
すぐに返答しないアリスに、父と母は期待の目を向ける。
その場にいる全員の視線を一身に受け、アリスの全身に不安が込み上がる。
もう一度、二枚の推薦状に視線を戻す。
一枚は黄金色の縁取りをした『セフィロード王国国立学園』への編入の推薦状。
もう一枚は漆黒の縁取りをした『セフィロード王国王都警備騎士団』への入団の推薦状。
どちらもアリス自身は縁遠い事だと思っていた。
前世から転生した先はファンタジー溢れた世界でも庶民中の庶民の身分。
学業に励む事も、生き甲斐の剣術を活かす機会も、この世界では出来ないと勝手に諦めていた。
諦めた結果、母のお陰で学業はそれなりに身に付き、剣術は趣味の範囲で留めて続け、先日、従妹を救う事に繋がった。
おまけに数分前には、母にお見合いを強制されかけた。
運命は繋がって、今、アリスには諦めた二つの事を同時に叶える機会がやって来た。
この話に乗れば、お見合い話も無くなるはずだ。
アリスは直感で感じ取った―――これ程の好機は、この機を逃せば二度と訪れないと。
だけど―――
「お嬢さん。どうします?」
「……―――少し」
―――考えさせて下さい。
その言葉しか、口から出て来なかった。