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Ⅺ【村娘、運命の分岐点に立たされる】


あれから森を出て村の中を案内したアリスと、それについて行くルークと護衛のギルバートとアッシュ。

しかし楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、帰還する時間も差し迫り、王都に帰還するルークとギルバート率いる騎士団員達を、アリスは村の出入り門まで見送った。

 出入り門の境目を挟んでアリスに向き合うルークは、その美貌に優しい笑みを浮かべ、右手をアリスの前に出す。 


「世話になったな、アリス」

「こちらこそ。エミリアとこの村を助けてくれて、本当にありがとう」


 アリスはルークの右手を握り返す。

 その様子をルークの背後に控えるギルバートが笑みを浮かべながら見守り、更にその背後に控える他の騎士団員達がギョッとした表情を浮かべる。

 最果て生まれの村娘が一国の王子と対等な会話をしているのだから、ギョッとするのは当然だ。


「ルーク様。そろそろ」

「あぁ」


 ギルバートが馬の手綱を引いてやって来た。

 ルークは手綱を受け取り、慣れた動きで馬に跨る。

 その姿は正に白馬の王子だ。




 ―――実際に乗ってる馬が白馬じゃないのが残念…。




 等と思ってる内に、ギルバートやアッシュも馬に跨り、他数名の騎士団員も乗馬した。

 その他の団員達はどうやら徒歩で移動するようだ。

 ここから王都まで徒歩移動って…


「騎士団内格差の闇…」

「何か言いましたか、お嬢さん?」


 思わず禁止用語的なワードを口に出してしまったアリスに、空かさずギルバート団長が満面の笑顔を向けて来る。

 人当たりの良さそうな笑顔なのに、何故か冷水を浴びた時の様な冷やかさが全員を駆け巡った。


「イイエ。何も…」

「そうですか? それは良かった!」


 何が良かったのだろう…。

 それを知るのも恐ろしい気がしてならない。


「準備は良いか! これより王都へ帰還する!」

「「「はっ!」」」


 ルークの号令に騎士団総員が返答して、隊列を組み進み始める。

 馬を歩かせながら、ルークはアリスに振り返り、手を振った。


「アリス! 元気でな!」

「ルークもね! 騎士団の皆さんも本当にありがとうございました!」

「お嬢さんもお達者で!」

「失礼」


 ギルバートとアッシュ、それに徒歩の騎士団員も数名、アリスに向かって手を振ったり軽くお辞儀をする。

 

「………」


 その背を見送り、アリスは少し心の内で寂しさを感じる。




 ―――良い人達だ。素敵な出会いだった。出来るなら、また……




 そう心に秘めた思いを口にする事無く、騎士団は村から去って行く。

 遠すぎて顔が認識し辛くなった辺りで一度、ルークがコチラを振り返った気がした。

 その顔がどんな表情だったのか分からなかったが、アリスは心のどこかで、今の自分と同じ表情をしてくれていると嬉しい……等と感じていた。


「………なんてね」


 アリスはフッと笑みを零し、大きく背伸びをしてから、村の中へ戻って行った。




 そして一ヶ月後―――


 彼等との出会いが招いた運命の分岐点に、アリスが頭を抱えて悩まされる日がやって来てしまったのだった。




*** *** *** *** *** *** *** *** *** ***




「―――……お見合い……?」

「そう! お見合いよ!」


 そう喜色満面の母が、顔を青ざめさせていくアリスに向かってハッキリと告げた。


「お相手はエイムズ公爵家嫡男のエリオット様! エイムズ家は代々王都でも指折りの一流料理店の経営に投資されてて、その投資先の料理店さんが我が家の牧場で採れたミルクで作られたチーズを甚く気に入って下さったの! それでミルクの生産元である我が家の事を調査されて、公爵様が貴女の事を大層気に入って下さったらしいのよ! それで是非我が家の長男とお見合いをしてほしいって彼方から文が来たのよ! これを逃す訳にはいかないわよアリス!」

「ちょ、ちょっと待ってよ…」


 母は最初からマシンガンモードだ。

 こうなっては暫く真面な会話にならない。

 母の隣に立つ父に視線で助けを求めるが、どうやら今回は父も母側につくと見た。


「アリス。急な事で混乱してるかもしれないが、これは好機だぞ。公爵家との縁談が成立するなんて、この村で生まれ育った者には夢のまた夢だった。しかも話を持ち掛けて来たのは公爵家側からだ。大丈夫! お前なら村育ちであろうと貴族らしく振舞える!」

「待って! 私の意見も聞いて!」


 アリスは珍しく声を荒げた。

 当然だ。

 ここで圧されてはあれよあれよという間に見合いの話が進んでしまう。


「二人の気持ちは理解してます。だけどこんな最果ての村で生まれ育って十五年。教育者は母一人。そんな環境下で生きて来てていきなり会った事も無い貴族相手と見合いさせられる娘の気持ちも考えて」

「だから、こんな日の為にしっかり貴族教育して来たんじゃない」

「ハッキリ言って母さんが教えてくれたのは貴族相手でも恥をかかないくらいの礼儀作法でしょ。コッチに知られずに調査したって事は、相手は私の見てくれだけに好感を持っただけでしょうし、実際に会ってガッカリされるのは目に見えてるわ」

「そ、そんな事はないさ、きっと…」

「ほら断言出来ない!」


 アリスはここぞとばかりに声を張って両親を威圧した。

 押しに弱い父にはコレだけでも十分効力がある。

 問題は…。


「アリス! 初めてのお見合いで不安なのは分かるけれど、この機を逃したら貴女一生この最果ての村で生きて行く事になるのよ?」

「それの何がダメなの? 私はこの村が好きよ。王都の様に華やかさはないかもしれないけど、長閑で平和で争いも無い」

「だとしても貴女には勿体無さ過ぎる! 生まれ持った容姿も頭の良さもあるのにこんな所でひけらかしてちゃ駄目!」

「別にひけらかしてないし、容姿だけに興味を持って声かけて来るような相手は信用出来ない!」

「相手は公爵よ!」

「微塵も関係無い!」

「ちょ、ちょっと、二人共落ち着きなさい…」


 徐々にヒートアップしていく嫁と娘の口論に、流石の父も口を挟んで来た。 

 しかし既に腰が引けている父の声など届いている訳も無く、嫁と娘の睨み合いは続いた。


 そんな時だ。

 不意に家の扉を外から叩く音が耳に届く。


「あ、はいはい、ただいま!」


 置いてけぼりの父はここぞとばかりに席を立って玄関まで退避した。

 扉を開ける前に軽く深呼吸して、満面の笑顔を浮かべながら来訪者を迎え入れた。


「お待たせしましたぁ~。何か御用……で?」


 客人を出迎えにいったはずの父の声が途切れた。

 不思議に思ったアリスと母は口論を止め、一時休戦した。

 扉の前で佇む父の背後から来訪者を覗き見ると、そこに居たのは村長と―――


「お久しぶりです。お嬢さん♪」

「ギ―――ギルバートさん!?」


 無精髭を生やした中年男性でありながら、人の良さそうな笑みを浮かべてアリスに手を振るその人物は、この見た目で一応貴族の嫡男らしい―――ギルバート・ガルデロイドだった。


「どうしてギルバートさんがここに?」

「あぁ。ちょっとお嬢さんに話が合って……って、もしや家族会議中で?」

「え、えぇ、今はちょっと―――」

「全然大丈夫です! 私に何のお話ですか!」

「ちょっ! アリス!」


 アリスは空かさず、ギルバートの来訪を断ろうとする母の言葉を遮った。

 それによってこのお見合い話を有耶無耶にしようと考えたのだ。


「どうぞ、ギルバートさん。今お茶を淹れますので」

「そうですか? では遠慮無く」


 半ば強引にギルバートを家の中へ招き入れ、アリスは計画通りにお見合い話を切り上げたのだった。


「それで、ギルバートさんは本日どのようなご用向きで?」

「はい。アリスお嬢さんへのお届け物を任されましてね」

「私にですか?」

「はい。ルーク様と―――」




 ―――ルーク…!

 



その懐かしい響きを耳にして、アリスは内心で喜びが溢れた。

あの人形の様な美貌で年相応な笑みを浮かべている姿を思い出すと、不思議と笑みが零れてしまう。


 しかし、それもギルバートが続ける言葉の所為で、笑っている場合ではなくなった。


「国王陛下から」

「………はい?」


 


 ―――国王陛下から? 私に?




「へ…陛下が、私に?」

「はい。コチラをどうぞ」

「は、はぁ…」


 アリスはギルバートが懐から取り出したソレを受け取った。

 それは上等な紙で作られた封筒で、赤い烙印が捺されていた。

 その烙印の模様には覚えがある。

 確か王都に行った際に時折目にした王城に刻まれた王家の紋章だ。

 



 ―――ま、間違いない……王族の……国王陛下からの、手紙だ……!




 アリスは全身から冷汗が流れる感覚を覚えた。

 微かに震える手で封を切り、中に収められた上等な素材の便箋を抜き取り、文の内容を確認する。


「―――は?」


 そこに書かれていた事は、目を疑う内容だった。


「あ、あの……コレって……?」

「そこに書かれてる通りですよ。アリスお嬢さん」


 ギルバートが出されたお茶を啜り、赤い瞳で真っ直ぐアリスを見つめ、口角を上げた。


「最果ての村のアリス嬢。貴殿に、国王陛下ルドルフ様と第三王子ルーク様からの推薦状をお預かりしました。後日、文に書かれた日時に指定の場所へ、其方の推薦状をご持参下さい」




 ―――“貴女をセフィロード王国国立学園への編入と、王都警備騎士団への入団を認める”




「だそ~です♪」


 この時のギルバートの笑顔は、何故かとても不気味だった―――……そう、アリスは後に語ったのだった。

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