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Ⅹ【村娘、林檎色になる】

 あれから、王子と騎士団長すらも圧される程の親馬鹿を炸裂させる母を父が何とか宥めた。


「ほ、ほらアリス! コッチの事は良いから、殿下方に村を案内して差し上げなさい…!」

「あ、うん…」


そうしよう。

 それが一番被害が少ないだろうとアリスの直感も告げている。


「ちょっとアリス。まだ話は終わってないわよ?」

「うんうんそうだね! それは俺が聞くから、お前はコッチに来なさいね!」


 母を父に託し、アリスはルーク達を連れて家からさっさと退散した。


「すみません。お騒がせしました…。一度興奮しちゃったらなかなか止まらなくて…」

「いいや。楽しい家族だな」


 「羨ましいよ」と微笑みながらルークはアリスに言う。

 そんなルークの背後に控えるギルバートも同様に楽しそうに笑みを浮かべながら肩を小さく揺らしている。

 アッシュは……相も変わらず無表情だった。

 何はともあれ(アッシュは分からないけど)、気を悪くした様子ではなさそうなので一安心だ。


「それじゃあ。母さんが落ち着くまで村を案内させてもらいます。とは言っても何も無い所なんだけど」


 そう言って、アリスは見渡す限り大草原が広がる最果ての村を一望する。




 ―――何の面白味も無い場所だもんなぁ…。




 強いて言えば、日向ぼっこしてる牧場の牛の眠そうな顔がブサカワな所が面白いかなって所ぐらいだ。

 けどそれだけじゃ十分も時間が潰せない。

 さて何処から案内したものか、と考えるアリスの耳に透き通った声が届く。


「なら、さっき君が剣の修行をしていた場所に連れて行ってくれないか?」

「え?」


 ルークからの予期せぬ提案に、アリスは間抜けな声を発した。

 鼓動が一度大きく鳴り、徐々に速さを増して行く。

 アリスはここで、ルークと出会った時の事を思い出した。

 あの時、アリスが両親に内緒で森の秘密の場所で型の練習を一通りし終えて家に帰ろうとした時に、森の奥からやって来たルークと出会ったのだ。

 その時にアリスの修行の様子をこっそり見られていたとしても不思議ではないのだ。


「それは良いですね。噂に聞く山賊共を一刀両断した剣技とやらを何処で習得したのか気になりますなぁ」

「一刀両断にはしてませんよ」


 ギルバートの言い方だと、まるで自分が剛力の持ち主の様に聞こえてしまい、流石のアリスもムッとした顔になる。

 

「いや! これは失敬! まぁそれにしたって、あの騎士団も討伐に苦戦した荒くれ者集団の中心で、しかもただの村娘が一つの怪我も無く返り討ちにしたなんて大したものですよ。ウチの騎士団の各小隊の隊長クラスにも負けず劣らずの実力だ」

「あの時は私一人じゃありませんでした。ルークが手を貸してくれたお陰です」

「確かに俺も手は貸したが、最初の山賊を斬り伏せた君の威風堂々たる姿は、宛ら神話に出てくる戦女神の様だったよ」

「………それって褒めてるの?」

「勿論さ」


 ルークは「何か可笑しい事でも言ったか?」と首を傾げた。

 しかしその例えは嬉しい様な複雑な様な……。

 うん、複雑だ。


「はぁ。まぁこれ以上隠す必要ないから案内するけど、お願いだから両親にはその場所の事を言わないで。特に母さんには…」


 アリスは幼い頃より両親から「森には絶対に立ち入ってはならない!」と言い聞かされてきた。

 それは十五歳になった現在も同じだ。

 もし言い付けを破っていると知られれば、今度こそ母の怒りを受ける事になる。

 いや、母だけではなく、父からもだ…。


「今回の山賊の件もあって心配かけさせ過ぎた。この件が完全に落ち着くまでは、余計な心労かけさせたくないし、私も森に出入りしてた事で叱られたくないの…」


 知られたら金輪際あの場所で剣術の稽古が出来なくなってしまう。

 お気に入りの場所なだけに、それは何としても回避したい。


「分かった。今日見てしまった君の秘密は、それが明るみになる瞬間まで忘れる事にするよ」

「ありがとう、ルーク。ギルバートさん達も、どうかよろしくお願いします」

「畏まりました。淑女の秘密を護り抜く事もまた騎士の務め故、安心召されよ」

「お二人がそうされるのでしたら、私も口外しない様努めます」

「ありがとうございます」


 三人に約束を取り付け、アリスは渋々といつもの修行場へ歩を進めた。


 ―――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――――


「―――ここです」


 アリスの家から然程遠くない場所に位置する森の入口。

 明確に入口を示す何かがある訳ではないが、生い茂る木々の合間に、人が三、四人程度なら一斉に通り抜けられる隙間がある。

 一見すると、そこがまるで森の入口の様だから、古くからこの最果ての村では「森への入口」と共通認識として扱っているのだ。

 

「ほう? お嬢さんはこんな場所で日夜修行を?」

「この場所以外だと結構人目に付きやすいんです。魔物が生息してるって噂の森なら、村の皆も好んでこの辺に近寄って来ないかなって思いまして…」

「成程な」


 ギルバートは無精髭を生やした顎に手を添えてニヤリと笑った。

 普通なら非常識と思われそうな事だが、この男はその見た目からも推測出来る様に、相当肝が据わっているのだろう。

 何の懸念も無い様子で、寧ろアリスの発言に対して合理的だと感心されてしまったみたいだ。


「中まで入る?」

「あぁ」

「え? ルーク様入るんですか?」

「入口付近に魔獣の気配は無かったから大丈夫だろ」


 自ら森の中へ進もうとするルークに確認の言葉をかけるギルバート。

 やはり騎士団長としては王子の身の安全を優先したいのだろう。

 しかし対するルークはそんなギルバートの心配を気に留める様子も無く、森の中へ進んで行く。

 その背を見送りながら、ギルバートは苦笑いを浮かべる。

 アッシュは小さく溜息を吐いて、諦めた様に二人一緒にルークの後を追う。

 そして、そんな三人の背を見送って入口前で立ち尽くすアリス。




―――ルークって、綺麗な見た目で、しかも王子様なのに、結構度胸があるのね。




 そんなルークに振り回されてる騎士団トップ2の二人に軽く同情するアリスだった。


「アリス? 来ないのか?」

「あ、ごめん。今行く!」


 先に進んで行ったルークに呼ばれ、周囲に誰も居ない事を確認してからアリスも森の中へ入って行った。


 生い茂る木々を掻き分け、一際開けた場所に四人が足を踏み入れる。

 天を覆う枝と葉の間から木漏れ日が照らし、微かに吹き抜ける風が心地良い。


「ようこそ。私の稽古場へ」

「良い場所だ。一人で集中するには打って付けの場所だな」

「魔獣が生息する森だと聞かされた後では、こんな場所があるとは想像出来ませんね」


 ギルバートとアッシュは揃ってアリスの稽古場を高評価した。

 アリス自身もこの村の中で、ここ以外に最適な稽古場は無いだろうと思っている。

 だからこそ両親に知られて、この場所から遠ざけられる事は避けたいのだ。


「それで? ルークは何でここに来たかったの?」

「あぁ」


 アリスはルークがこの場所に来たがった理由を問うた。

 対するルークは、その美顔を指で軽く掻いて、笑みを浮かべた。

 

「特に目的がある訳じゃなくて、俺もこの場所を気に入っただけなんだよ。王都に戻る前にもう一度この場所の空気を吸いたかったんだ」

「何だ。そう言う事ね」


 確かに目的と言うには、あまりにも個人的な感情が入っている。

 


 ―――けど、その方が納得出来るわね。




「それに…」

「それに?」


 (まだ理由があるの?)という視線をルークに向けるアリス。

 そんな彼女の視線の先には、何やらアリスから視線を逸らしながら、口籠らせるルークの姿があった。

 不思議そうにルークの顔を覗き込むアリス。

 そのルークの頬が微かに赤く染まっている。


 暫く謎の膠着状態が続いた末に、ルークは「実は…」と言葉を紡ぎ出した。


「ここで最初に君の事を見つけた時に、その剣技の優美さに思わず見惚れてしまってたんだ。だからふと、その時の事を思い出して、つい……」

「え」


 思いもよらない言葉に、アリスは間抜けな声を出してしまう。

 言い終えたと同時に、見る見る内に顔を真っ赤に染めていくルーク。


「す…すまない…覗き見するつもりじゃなかったんだが…」

「い、いや…別に謝らなくても…いいです…」

 

 頬を紅く染めながら小声で謝罪するルークにつられて、アリスも顔に熱を帯びる。


 林檎の様に真っ赤な顔をした若者二人が、一緒に居た大人二人の生暖かい眼差しに気付くのに、もう少し時間がかかってしまうのだった。

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