Ⅰ【剣道少女、通り魔に遭う】
新連載始めました!
「有栖川先輩! おめでとうございます!」
「ありがとう」
そう言って、部活の後輩が大きな薔薇の花束を私に手渡してくれた。
「喜安さん。次の剣道部部長として、この後の事よろしくね」
「先輩……お任せ下さい!」
私の言葉に、後輩のクリクリとした愛らしい瞳に涙が堪って行く。
私は制服のポケットからハンカチを取り出して後輩に手渡す。
後輩はそれを受け取って涙を拭う。
「~~~う、うわぁああんせんぱーい!!!」
「! ちょっと、もう…」
感極まった後輩は、薔薇の花束ごと私に抱き着いて泣きじゃくる。
ちなみにここは剣道部の部室内で、私達の他にも同年代の部員と後輩達も居る。
ほとんどの子達も一緒になって涙を流している。
今日は私達剣道部員の大会当日で、三年生の私はこの大会が最後の試合だったのだ。
そう。お察しの通り。
私は高校最後の大会の個人部門で優勝を果たしたのだ。
「しっかりしてよ。これからは貴女がこの部を引っ張って行くんだからね」
「うぅ…は、はいぃ…っ」
「さぁ皆ももう泣かないで。暗くなる前に帰宅準備を済ませて、打ち上げに行こう」
「「「はい!」」」
部員達は涙を拭いながら帰り仕度を始める。
私は受け取った花束を抱きしめたまま、今日で見納めになる部室内を一周しながら目に焼き付けた。
―――三年間、本当にお世話になりました。
皆の帰り仕度が済んで、全員が部室から出て行った事を確認して、部室に鍵をかける前に、三年間使わせてもらったお礼を呟いて、ドアを施錠した。
*** *** *** *** ***
ファミレスで打ち上げと送別会を終わらせて、私は一人で薔薇の花束を抱えながら夜の街を家に向かって歩む。
―――喜安さんたら、打ち上げ中もずっと泣いてたなぁ……涙脆いけど、剣道の腕は間違いないし、新部長として剣道部をしっかりまとめてくれると思うけど、ちょっと心配だなぁ…
何てね。
もう私は部長じゃないのに、何時までも不安がってちゃ、それこそ喜安さんが部長として成長出来ないわ。
私は部長として、最後まで部に貢献した。
潔く、心残り無く引退する事が後輩達への一番の激励となるはずだ。
「それにしても、今夜は町の中を歩いてる人が多いな」
もう外を出歩いててもそこまで寒くない気候になって来たし、何処も送別会シーズンってやつかな…?
そんな中、私が歩いてきた方角からやたら人々の騒々しい声が聴こえて来た。
気になって振り返れば、遠い後方を歩いている人達の表情が恐怖に歪んでいる。
「何? 何かあったの?」
私のその疑問は直ぐに解消された。
後方から此方に向かって人々が逃げる様に走って来る。
時折甲高い悲鳴まで聞こえて来るではないか。
―――え? 何!? 何か来る―――
逃げ惑う人々の群れに埋もれ、その中でぶつかって来た人の所為で、喜安さんに貰った花束を落としてしまった。
「あ、花が―――」
私は大事な薔薇の花束を拾おうと膝を折ろうとした。
その時―――
「イヤァアアアア!!!」
直ぐ近くで聴こえた幼さの残る少女の悲鳴。
私は花束を拾う手を止めて其方に視線を向ければ、小汚い容姿をしたホームレスの様な男が、恐らく盗んだであろう調理包丁を辺り構わず振り回して、泣きながら逃げる少女の後を追いかけている。
「通り魔!?」
私は咄嗟に通学カバンを通り魔に向かって放り投げた。
上手くカバンの角が通り魔の顔面に直撃したらしい。
強打した場所を抑えて動きを止める通り魔と少女の間に割り込み、私は背負っていた竹刀ケースに手をかけた。
―――刃物を持っていても動きは素人だ。包丁を持ってる手を強打させて落とさせれば、後は丸腰だ。
相手が本物の刃物を持っていても、私は冷静だった。
通り魔が体制を整える前に、打ちのめすイメージを頭の中で構成する。
危険ではあるが、無力化させられる自信が私にはあった。
そうこうしてる内に、通り魔は怒り心頭の面持ちで私を睨みつけて、私に向かって猛進してくる。
―――来た! 大丈夫だ、落ち着いて手を狙えば……―――
私は竹刀を構える。
しかし―――
「え―――」
突如、竹刀を構える腕に不自然な重みが加わった。
その勢いで、私はバランスを崩し、地面に片膝を着いた。
一気に冷静さが消えていく頭で、腕に重みを加えて来たソレを見る。
≪クスクスクス…≫
そこには、先程まで悲鳴を上げながら通り魔から逃げて来た“少女”の不気味な程清々しい笑みがあった。
“少女”は私の腕にしがみ付いて放そうとしない。
―――マズい…このままじゃ―――
私は真っ白になった頭で頭を上げる。
目と鼻の先で、顔を真っ赤にして包丁を天に掲げる通り魔の姿がスローモーションで視界に映る。
私は真っ白な脳内で、ハッキリと確信した。
―――あぁ、私は……
“ 死 ぬ ん だ ”
通り魔が振り下ろした包丁に斬りつかれる痛みを感じる前に、私の意識はそこで途切れたのだった…―――