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夢幻の月日➈  作者: 吉田逍児
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入社1年目

 平成21年(2009年)4月1日(水曜日)私は今日から社会人の仲間入り。私はまだ眠っている陳桃園より先に朝食を済ませ、就活の黒いスーツを着て、初出勤の電車に乗った。10時に押上駅に到着した。押上駅の改札口を出て、女社長と倉田常務がやって来るのを待ち、10時半前、2人と合流した。それから向島の『スマイル・ワークス』の事務所へ行った。マンションの入口で倉田常務が、女社長と私に、入口ドアーの開け方、ポストの開け方、事務所の鍵の使い方を教えてくれた。それからマンション内に入り、『スマイル・ワークス』の事務所に行くと、奥のパソコンの席に小柄の男が座っていた。彼に気づくや、女社長が、逸早く挨拶した。

「あらっ、野崎さん。お早う御座います。こちらが今日からお世話になる、周さんです」

「お早う御座います。『スマイル・ワークス』の野崎です」

 野崎は、ちょっと照れ笑いして挨拶した。私は、これから、お世話になるであろう野崎に向かって深く頭を下げた。

「周愛玲です。よろしくお願いします」

 私が挨拶すると、『スマイル・ワークス』の野崎四郎総務部長は赤面し、直ぐにコーヒーの準備をしてくれた。私たちは、野崎部長が淹れてくれたコーヒーを飲みながら雑談した。倉田常務は、その間、コーヒーを飲みながら、海外からのメールや国内の客先からの問い合わせを、パソコンで確認して、野崎部長の私に対する入社祝いの言葉などに聞き耳を立てていた。『スマイル・ワークス』のメンバーに、どんな人がいるのか、心配していたが、そのメンバーと女社長が旧知の関係ということもあり、私はとてもうち解けて楽しく会話することが出来た。パソコンに向かっての仕事が一段落すると倉田常務が、作家、伊集院静が新聞の広告に書いた『新入社員に贈る言葉』のコピーを皆に渡し、浩子社長にそれを読ませた。大略、こんな内容だった。

〈新社会人、おめでとう。君は今春、どんな仕事に就いただろうか。どんな職場であれ、そこが君の出発点だ。・・・・・・・・。何より大切なのは共に生きるスピリットではないだろうか。1人で出来る事には限界がある。誰かと共になら、困難なものに立ち向かい、克服出来る筈だ。会社とは、職場とは共に働き生きる家である。仕事は長くて厳しいが、いつか誇りと品格を得る時が必ず来る。笑って頷く時の為に、新社会人になった今夜は共に祝おう。皆で乾杯‼〉

 それはウィスキー会社が伊集院静に頼み書かせた新社会人を歓迎する言葉だった。私は浩子社長が読み上げる文章を耳にして、これが長年、会社人間として生きて来た倉田常務の根っ子の哲学であると知って、感激した。そうこうしているうちに正午になった。私と浩子社長は、倉田常務と野崎部長に案内され、近くのレストラン『タンゲーラ』に行った。私たち4人はタンゴの曲が流れるそのレストランで、ハンバーグランチを食べ、コーヒーを飲みながら、雑談した。昼食を済ませ、事務所に戻ると、浩子社長から電話の応対に関する会話の指導を受けた。浩子社長が客先役になって、私と電話での応対の練習をした。浩子社長は、その指導を終えると、買い物があるからと言って早退した。私は、その後、倉田常務からパソコンの指導をしてもらった。野崎部長も、時々、3台のパソコンの簡単な操作方法を指導してくれた。その野崎部長も4時になると帰って行った。『スマイル・ワークス』は6時間勤務が通常勤務時間であり、『スマイル・ジャパン』の8時間勤務とは違うということだった。倉田常務と2人きりになり、ホッとしていると、来週、来日する韓国の客先のホテルを予約する為に、日暮里に行くことになった。私もそれに同行し、ホテルで韓国人の宿泊予約をした。それから山手線の電車に乗り、新宿へ向かった。電車の中で倉田常務が私を誘って来た。

「入社歓迎の祝杯でも上げようか?」

 私は浩子社長の優しい人柄を思い出し、断るべきだと判断した。

「昼、奥さんに御馳走になったから、今日は遠慮するわ。奥さんが心配するから、早く家に帰って、夕食を一緒にしてあげて」

「分かった」

 私たちは新宿駅で下車し、そこで別れた。


         〇

 私の『スマイル・ジャパン』に入社してからの仕事は、雑用係みたいなものだった。倉田常務から指示されたこまごまとしたことを懸命になって処理する毎日だった。そんな中、韓国の機械商社『陽光商事』の朴永俊社長と李智姫女史が来日した。私は倉田常務と一緒に2人の接客に対応した。李女史は私と同じ年齢なのに、専門用語を使い、ビジネス女子として、自信に溢れていた。私はまだ入社、ホヤホヤであり、何を喋ったら良いのか分からず、全く李女史の足元にも及ばなかった。しかし、このことは新入社員であるなら当たり前のことであり、何も悲観することでは無いと思った。むしろ会社の創成期に入社し、いろんなことを体験出来ることをチャンスだと考えた。朴社長は世界の百ヶ国以上訪問したという経験者であり、身長もスラッとして高く、中々、ハンサムだった。李女史は朴社長が好きみたいだった。倉田常務は、そんな韓国からの客人を日本の客先に紹介して回った。その間、私は事務所で留守番をした。留守番と言っても、その初日は『スマイル・ワークス』の人たちが昼前からやって来て、賑やかだった。野崎部長が、金久保社長他、菊田、北島、中林、安岡といったメンバーに私を紹介してくれた。彼らはほとんど仕事をせず、株の話や北朝鮮のミサイル発射などを話題に賑やかに喋り、何人かは私に中国に関する質問をして来たりした。私はお茶出しや、その相手をしなければならず、倉田常務から指示された宿題の処理が進まなかった。昼食時、金久保社長たちは、外に出て行った。私はコンビニで買って来たおにぎりやサラダなどを事務所内で食べた。午後1時になると、また騒がしい人たちが事務所に戻って来た。私は彼らの相手をせず、倉田常務から与えられた宿題をパソコンに向かって作成した。午後3時半、倉田常務が事務所に戻って来た。『スマイル・ワークス』のメンバーが全員集合したところで、皆で花見に行くことになった。金久保社長と野崎部長によって、あらかじめ計画されていた花見の会ということだった。私は皆に連れられ水戸街道の通りを渡った向こうにある墨田川の畔の桜を観に出かけた。日本に来たてに観た桜の花見を思い出した。日本の桜は美しい。あの西村老人は、もうこの世にいない。私はちょっとセンチメンタルな気持ちになった。なのに60歳過ぎの『スマイル・ワークス』の男たちは桜の樹の下にブルーシートを敷き、その上に座って、酒を飲んだり、寿司や唐揚げやお新香を食べたりして、騒がしくだらしなかった。桜並木の自然の中に、食べ物の匂いが混じって、花見の趣が何となく薄れた。でも盃の中に舞い散る桜の花びらの数を競い合う彼らは少年じみて可愛いかった。倉田常務は、そんな仲間や私を眺め、とても楽しそうだった。花見が終わってから、倉田常務たちは、そろって押上の居酒屋へ移動した。私は事務所に戻り、彼らが使った湯呑茶碗や盃などを洗ったりして、事務所の片づけをしてから、帰りの電車に乗った。新宿に着いてから、私は芳美姉の家に呼ばれていたので、そのまま芳美姉のマンションへ行った。琳美の大学入学祝をするというのだ。私は万年筆とボールペンのプレゼントを用意していた。芳美姉のマンションに到着し、部屋のチャイムを押すと、女子大生になったばかりの琳美が私を迎えた。

「いらっしゃい」

「入学おめでとう」

 そう言って中に入ると、芳美姉がキッチンで料理を作りながら、明るい声でダイニングテーブルに座るよう指示した。そのテーブル席には既に大山社長が座っていて、私のビジネススーツ姿をちらりと見た。若い私の容姿を見て欲情しそうな大山社長を感じた。私は平静を装った。大山社長は生唾を飲んで私に言った。

「すっかり、社会人だね。残業は無いの?」

「今のところ忙しくないから」

 私は、そう答えてから芳美姉の料理の手伝いをした。琳美と一緒に皿を並べたり、シャンパンやビールやワインのグラスなどを準備した。芳美姉が料理を並べ終わるや、大山社長の発声で、琳美の大学入学を祝って乾杯した。私は琳美に入学祝として万年筆とボールペンのセットを差し上げた。粗品であったが、琳美も芳美姉もとても喜んでくれた。私はまるで家族の一員のようだった。


         〇

 倉田常務が韓国からやって来た『陽光商事』の朴社長と李女史を大阪へ連れて行くと言って出張した日、浩子社長が、朝一番で出勤して来た。彼女は、もしかして私が倉田常務と一緒に大阪に出張したのではないかと、確認に来たのでしょうか。それとも倉田常務から、1人で放っておくのは心配だから、出勤するよう言われたのでしょうか。私は先ず浩子社長にコーヒーを淹れて上げて、今日、倉田常務が『ジェイ商事』の中山社長と、韓国の2人を大阪の客先に商談に連れて行ったと説明した。彼女は夫から聞いている話と一致したので、ホッとした風だった。それから彼女は私に伝票の書き方などを指導してくれた。主に東京営業所の入出金伝票の書き方だった。説明が遅れたが、『スマイル・ジャパン』の本社は倉田常務の新百合ヶ丘の自宅だった。私が勤務しているのは『スマイル・ジャパン』の東京営業所だった。浩子社長はその私にボックスタイプの小型金庫を持って来て、中に3万円が入っているので、それを管理するよう鍵を渡した。

「足りなくなったら言ってね」

 私は東京営業所の経理の事を一任され、何となく嬉しくなった。しばらくすると、『スマイル・ワークス』の安岡栄一が顔を出した。損害保険の伝票処理に出勤したのだという。浩子社長と安岡は昔からの知り合いで、仕事以外のことなども喋ったりして、楽しそうだった。昼食は安岡に案内され、『シャトル』という店に行き、焼き魚定職を食べた。この店は夜、スナックになり、倉田常務の馴染みの店だという。『シャトル』のマスターは浩子社長が、倉田常務の妻であると安岡から聞くと、愛想良くペコペコと頭を下げた。昼食後、事務所に戻り、1時間程すると、安岡は今日の事務処理を終えたからと言って早目に帰って行った。私は浩子社長と2人になり、アパレルの商売をしてみたいと、自分の希望を語った。それに対し、浩子社長は反対しなかった。

「良いんじゃあない。主人の仕事は、有ったり無かったりで安定しないから、毎月、決まって流れる仕事として、アパレルの小売りに挑戦してみるのも良いと思うわ。やって御覧なさい」

 浩子社長は私の考えに賛同してくれた。彼女も協力してくれるという。そんな話が終わると、浩子社長がソワソワし始めた。そして私に言った。

「今日は主人もいないし、このくらいで仕事を終わりにしましょう。途中まで、一緒に帰りましょう」

 私は了解し、4時過ぎに事務所を出た。押上駅まで歩き、そこから都営浅草線に乗り、東日本橋で都営新宿線に乗り換え、馬喰町から新宿駅まで行き、新宿駅で浩子社長と別れた。その後、私は新宿から新大久保に移動した。久しぶりに斉田医師と会うことになっていた。私は斉田医師との待ち合わせ時刻までに余裕があるので、新大久保の街をふらついた。数人の男に声をかけられたが相手にしなかった。斉田医師は定刻にやって来た。私たちは相も変わらず、『吉林坊』へ行き焼肉を食べて、スタミナをつけた。私は入社した感想を聞かれたので、こう答えた。

「優しい社長さん夫婦よ。毎日が新しいことばかりで楽しいわ」

 私は小さな会社であるが、採用してもらって良かったと話した。沢山、飲んで食べて喋って満足したところで、私たちは『ハレルヤ』に行った。部屋に入るなり、斉田医師は、私を引き寄せた。何時もと違って、欲望を我慢出来ないみたいだった。優しい社長さんという言葉が彼を刺激したようだ。私は抵抗した。

「駄目よ。シャワーを浴びてから」

「今日は、このままで良いよ」

「ああん、そんな」

 私は抗ったが、強引にベットに運ばれていた。彼は私の服を脱がせ、直ぐに診察を開始した。私の両脚を開かせ、谷間に向かって顔を近づけ、丁寧に診察した。

「異常は無いかな。誰かに傷つけられていないかな」

 斉田医師は、そう言いながら割れ目をいじくった。その繰り返しに私の割れ目の中はぐっしょりと潤いを増し、蕩け始めた。たまらなかった。その為、私は彼の赤く太くなった肉棒を握って、私の愛の格納庫の中に誘導した。彼の熱い物は格納庫の中に侵入するや格納庫の奥まで突き進み容赦なく暴れまくった。斉田医師は私を貫き暴れ、私より先に歓喜の声を上げ、突然、ガクッと、私の上で崩れた。私は彼の身体の重量を受けながら、そのまま身動きせず、喜悦に溢れた恍惚の余韻を静かに堪能した。


         〇

 数日後、私は倉田常務からアパレル関係の仕事を開拓するようにとの指示を受けた。数日前、私が浩子社長に、アパレルの商売をしてみたいと話したのを、浩子社長が、倉田常務に話してくれたらしい。倉田常務は、まず最初に『スマイル・ジャパン』のアパレル関係のカタログを作成するよう私に指示した。そのカタログを作成し、アパレル商品販売のイメージを描いたところで、国内及び中国での商品販売を開始するという。アパレル商品の販売が、成功するか否かについては、やってみないと分からないので、兎に角、手掛けて様子を見るという。倉田常務の部下になって分かった事であるが、彼は一見、穏やかな人だが、本性はとても情熱的で挑戦的で、冒険心いっぱいの人だった。彼は直ぐに知人を介して、アパレル業界の社長に接触した。実に行動的で、それに付いて行くのが大変だった。倉田常務はそのアパレル会社の青木社長と貿易会社の大坪社長に私を紹介し、アパレル業界への参入についての意見を訊き、アドバイスを受けた。結果、あれやこれや安物に手を出すのでは無く、中国に日本製の高級ブランド品を輸出してみては如何かというアドバイスがあった。また日本で出店する場合の、いろんな注意点や重要点の説明をいただいた。特に店舗内に、アパレル製品の他、小物と称するネックレス、靴、バック、帽子などを準備する必要があるという話だった。私は青木社長の話に夢中になり目を輝かせた。倉田常務も青木社長の説明を受けて納得した。倉田常務は現在、中国と交流しており、中国の経済的発展のスピードの速さを実感していた。鄧小平の考えを継承している胡錦涛主席は、ひたすら日本に接近し、日本の良い所を学び、中国製品の品質向上の為に、日本の新鋭機や新技術を導入することを推奨していた。そのお陰で、中国の若者たちが新技術を学ぼうと目を輝かせ、新技術や知識を習得する為に,倉田常務たち、日本人のベテランと密接なつながりを持とうと懸命に交流を求めて来ていた。その中国人の情熱の流れは、倉田常務たちが昭和の時代、猛烈社員、いわゆる企業戦士として活躍していた時代にとても似ていると、倉田常務は感じていた。だから倉田常務は現在、日本は世界第2位の経済大国であるなどと、浮かれているが、モタモタしていたら中国に追い抜かれるかもしれないと危惧していた。それだけに青木社長のいう日本製の高級ブランド品の中国輸出に興味を示した。その結果、倉田常務は、私に婦人服の中国への輸出を試すよう指示した。私は中国にいる春麗姉にこの状況を連絡した。幼い麗琴を育てる為、現在、無職でいる私の姉、春麗は、このアパレルの仕事に興味を持ち、夫、高安偉と相談し、実家、周家の母とアパレル店を始める計画を立てた。春麗夫婦は、営口市内にアパレルの店舗を計画するので、出店の為の資料を提供するよう要請して来た。思わぬ進展に、私は大わらわ。パソコンを使い店舗のスペースを企画したり、PR資料を作成したり、経営計画をまとめたり、倉田常務にも、いろんな書類を準備してもらった。そんな最中に、中国の鞍山から日本にやって来た金蘭々から電話が入った。

「愛ちゃん。私、今、池袋の百貨店に来ているの。今から会えるかしら?」

「今から」

「そう。東京、分からないから」

「全く1人で来ているの。困ったわねえ」

 私が蘭々とやりとりしているのを耳にして、倉田常務が私に訊ねた。

「どうしたの?」

「中国の友達が今、池袋に来ているのですって。これから会えないかって」

「なら、直ぐに行ってやりなさい。後の資料は、私が作成しておくから」

「良いのですか」

「良いよ。直ぐに行ってやりなさい」

 倉田常務は優しかった。私は倉田常務の許可を戴き、大喜びして東京事務所を出た。浅草から上野まで地下鉄の電車に乗って行き、上野から山手線の電車に乗り、池袋で下車し、蘭々が待つ、百貨店の入口に行った。携帯電話でやりとりして、彼女を発見すると、何と蘭々は男性と一緒だった。男性は初対面の私に向かって、自己紹介した。

「新井耕作です」

「周愛玲です」

 新井耕作は50歳過ぎの小太りの男で、東松山に在住する農業協同組合の職員だった。私が池袋に到着するまで、百貨店で買い物をしていたらしく、2人とも手荷物でいっぱいだった。蘭々は、ゆっくり話をしたいので、何処か知っているレストランは無いかと、私に訊ねた。

「ちょっと離れている所の店でも良いかしら」

「はい」

 2人とも同意した。私は2人の荷物の一部を持ち、以前、大山社長や芳美姉たちと入ったことのある中華料理店『永利』に2人を案内した。顔馴染みの店主が私たちを心地よく迎えてくれた。先ずはビールで、今日の出会いを喜び合った。私と蘭々は嬉しくて嬉しくて、蘭々の夫になる人をそっちのけで、いろんなことを話した。新井耕作は中国語が分からないので、私の注文した東北大骨という豚の骨付き料理や茄子料理、白身魚料理などを夢中になって食べながら、私たちの笑顔を傍観していた。私は今回の日本訪問で、入籍を決めたという蘭々の話に、日本人と中国人の結婚が、そんなにスムースに上手く行くものかと感心した。1時間半程して、蘭々たちとの歓談は終わり、私たちは再会を約束し、池袋駅のコーンコースで別れた。


         〇

 菜の花や桜の花が咲く頃が過ぎ去って、押上駅から事務所へ向かう途中の一軒家やマンションの玄関先にチューリップ、ツツジ、ジャスミン、山吹、藤などの花々が開花し、春爛漫といった季節を迎えた。私も会社勤めに慣れて来て、通勤服も、黒いスーツから、明るい色に変えた。そんな、ちょっとカラフルな服装の私を見て、『スマイル・ワークス』のお年寄り男性方は皆、色めき立った。彼らは若くも無い高齢者であるのに、私は私で、少しでも自分を綺麗に見せようと努力した。また倉田常務とも日本国内でのアパレル製品の仕入れ、ブランド表示、タグの準備、販売価格の決定など。細々としたことの打合せをした。更に姉の春麗に中国の百貨店内での出店はどのようにすれば可能か調査するよう依頼した。そうこうしているうちに『スマイル・ワークス』の月例会の日となった。その日、浩子社長が事務所に手土産を持って顔を見せ、一同に挨拶した。

「この事務所に居候させて貰って、皆さんにお世話になっております」

 浩子社長は、そう言ってから、持参した手土産の和菓子を皆に振る舞った。それを戴きながら、皆で、あれやこれや話した。皆が雑談しているのを余所に、倉田常務は機械の輸出書類の作成に夢中だった。倉田常務の仲間の1人、北島和夫は大型遊覧船の写真や花見の時の写真を浩子社長に見せて自慢した。それに対し、浩子社長は愛想笑いしながら言った。

「うちの人も北島さんのような高級な趣味があると良いのですけど、仕事にばかり夢中になって、困ったものです」

 それは、まるで仕事を辞めてもらいたいという言い方だった。自らが経営する『スマイル・ジャパン』で、新入社員の私を採用したばかりなのに、彼女は夫のことや私の存在を全く理解していなかった。定年後の夫の事業欲に全く反対なのでしょうか。それとも夫と私の間を疑っているのでしょうか。夫を家の中に閉じ込めて置きたいのでしょうか。そんな妻の言葉を耳にしながらも、倉田常務は妻や仲間を相手にせず、1人、黙々とパソコンに向かい仕事をし続けた。

「彼は何時も、ああなんです。仕事を楽しんでいるのです」

 私は、その間、何をしたら良いのか分からず、お茶注ぎに専念した。昼食時になると、倉田常務は机に向かうのを止めて、皆に言った。

「そろそろ昼飯に行こうか」

 その言葉を受けて、皆でレストラン『シャトル』に移動した。その昼食時、金久保社長と安岡が、社員の採用は会社経営上、相当な負担と責任が伴うものだと言い出した。それを聞いて、浩子社長は一時も早く倉田常務に社長職をバトンタッチしたいのだと言い出した。浩子社長は夫の仲間たちに、代表取締役の責任の重大さをあれやこれや指摘されると、自分の未来に不安を感じてか、顔色を変えた。倉田常務は、そ知らぬ顔で、私と野崎部長を相手に、銀座で有名女優とすれ違った話などをしながら、穴子丼を美味しそうに食べた。昼食を終えて事務所に戻ると、浩子夫人は事務所の片隅に私を呼び、私に給料明細の入った給料袋を渡し、自分の荷物をまとめて、さっさと家に帰って行った。『スマイル・ワークス』の人たちは浩子社長が帰ってからも『スマイル・ジャパン』のことを心配した。

「中国で婦人服を売ると言うが、ブランドも無しでは売れないと思うが」

 彼らは私と倉田常務の中国進出計画に否定的だった。倉田常務はこのようなチャレンジ精神の欠如した否定的な仲間の考え方を初めから見通していたので、『スマイル・ジャパン』という別会社を設立したのだった。長年、大手企業でサラリーマン生活を送つて来た彼らは否定から考えを始め、石橋を叩いて渡る連中だった。そんな連中と一緒では仕事の拡大は望めないと倉田常務は、自分の思い通りになる会社『スマイル・ジャパン』を設立し、私を採用してくれたのだった。倉田常務は仲間の心配に対し、ちょっと立腹したみたいだった。自分に向かって忠告する仲間に反論した。

「ソニーだってホンダだって、初めのうちは数人の小さな会社だった。それが社員が懸命になって働き、立派なブランドを持つようになった。ブランドなど会社が大きくなれば、後から自然について来る。問題は仕事に情熱があるか否かで決まる。私は若い力に賭けているのだ」

 倉田常務の仲間は、倉田常務の発言に唖然とし、ポカンとした顔をした。たかが1人の女性の為に、親友は夢中になっているのではないだろうか。奥さんが気の毒だ。彼らは倉田常務に、まだ沢山、言いたいことがあるらしく、夕方、5時前に事務所を出て、押上の居酒屋へと向かった。私は男たちが帰ってから、事務所内の掃除をしながら考えた。倉田常務を除く男たちにとって、他人の為に尽くすということは無駄骨に過ぎないのだ。私は男たちが散らかして行った事務所内の掃除を終えると、初めての給料袋をバックに仕舞いながら、倉田常務が別会社を設立した真意を理解した。彼らの意見では、私が採用される可能性が皆無であったことは確かだ。


         〇

 私の初任給は15万円だった。そこから源泉徴収を引かれても、川北教授の助手として、10万円をいただくのより、ずっと条件が良かった。それに交通費と食費を月末に、別途精算してもらえることになっていたので有難かった。私は『スマイル・ワークス』の人たちが帰った後、事務所の掃除を終え、本所東橋駅から新宿に向かった。そして新宿駅に着いてから銀行に行って入金を確認した。浩子社長からいただいた給料明細書通り、ちゃんと入金されていた。私は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、マンションに帰るや、中国の両親に電話して、その喜びを伝えた。また桃園と琳美に声をかけ、マンション近くの中華料理店『錦城飯店』で四川料理をご馳走してあげた。その翌日にはデパートに行き、大山社長にバーバリィの名刺入れ、芳美姉に白鳳堂のリップステックのプレゼントを買った。また同じ物を倉田夫婦へのプレゼントとして準備した。私は、日曜日、そのプレゼントを持って、芳美姉の家に訪問した。そして2人にプレゼントを渡すと、芳美姉と大山社長は、とても喜んでくれた。

「有難う。やっと希望が叶ったわね。これからは無駄使いせず、貯金したり、中国に送金して上げるのよ」

「はい。長い間、お待たせしました。これから少しずつ、豊かになり恩返しします」

 私は日本に来て、就職し、初めて収入を得たことにより、自信と希望を持った。アパレル事業へのチャレンジもあり、会社に出勤し

するのが楽しみになった。月曜日、会社に出勤すると、婦人服の種類選び、デザインや生地の選定、小物の選定、中国の百貨店の出店申請書類の作成など、やることが沢山あった。その他、事務所の入出金伝票の整理などもあった。そんな仕事の合間の休憩時間に、倉田常務に初めての給料をいただいた御礼としてのプレゼントを渡した。

「これ、初めてのお給料をいただいた御礼として買いました。こちらが、倉田さんへのプレゼント。こちらが浩子さんへのプレゼント」

「えっ。そんな気を使わなくて良いんだよ。初めてのお給料を使わせてしまってごめんね。ありがとう。浩子さんも喜ぶと思うよ」

「気に入って貰えると良いのだけれど」

「喜ぶに決まっているよ。普段、プレゼントなど貰った事の無い人だから」

 倉田常務は、そう言って笑った。私はふと彼と浩子社長の夫婦関係について、どうなっているのだろうかと考えてみた。浩子社長は夫の定年後の行動について心配はしているものの、夫との過去の経緯から、夫を尊敬し、信頼していた。夫には幾つもの秘密があるのに、そのことについて一喜一憂することも無く、自分を尊重する以上に、夫を尊重していた。その心の広さが、倉田常務を自由奔放にさせていた。そんな倉田常務は仕事が終わってからの帰り道、会社の将来について私に語った。私もその話に乗って、レストランに一緒に行き、夢を語り、質問した。

「倉田さんは、会社を拡大する為に、どうして私を採用することにしたのかしら?」

 私の質問に倉田常務は照れくさそうに笑って答えた。

「何を今更。それは君の夢を実現させてやりたいからさ。あの中国の東北部の貧しい港町から日本にやって来た苦学生に、素晴らしい成功の花を咲かせてやりたいからさ。その栄冠を飾ってもらう為には、自分の損得などを考えず、君に協力したい。自分も苦学して、人並み以上の仕合せを掴むことが出来たのだから、君にも同じように仕合せになってもらいたいのだ。苦労した者は報われなければならないから」

 私は倉田常務の話とレストランの料理で、満腹になった。でも、まだ話したり無いので、私たちは鶯谷の『シャルム』に行き、休憩した。私は彼に抱かれながら、将来を夢見た。私が甘えるように彼の胸に顔をくっつけ、胸をくすぐると、彼は私の髪を優しく撫でて言った。

「もし生まれる時代を選ぶことが出来たなら、私は君と同じ時代に生きることを選択したであろう。しかし、人は生まれる時代を選べない。君を妻に選ぶことが出来なかったのが、残念でならない」

「まあっ、お上手ね。でもこうしていられるのだから、私、仕合せよ」

 私は自分に、そう言い聞かせながら、彼の熱い温もりを自分の奥深くへと迎え入れた。


         〇

 五月の連休前『スマイル・ワークス』の人たちは会社所有の山荘に出かけたが、倉田常務は新会社『スマイル・ジャパン』がスタートしたてだからと言って、山荘行きには参加しなかった。だから連休中、いずれかの日に、私を何処かに連れて行ってくれるのかと私は期待して訊いた。

「ゴールデンウィーク中に何処かへ行きますか?」

「バスツアーで栃木県の足利にある『フラワーガーデン』に藤の花を観に行くことになっている。それと家の近くにある『武相邸』に行く予定にしている。妻と一緒にね」

「奥様。仕合せね」

「君は友達と何処かへ行くんだろう」

「まだ決めてない。箱根の黒タマゴを食べたい」

 私は小田急線で新宿から箱根まで電車1本で行けるので、箱根に一緒に行きたいと倉田常務に、ほのめかしたが、彼には全く、その気が無かった。ただ頷いただけで、それ以上の発言をしなかった。私は倉田常務の反応が無いので、寂しい気持ちになった。だからといって、ゴールデンウィークに男たちからの誘いが無い訳ではなかった。斉田医師からは食事を誘われ、工藤正雄からは連休後の平日に会いたいと連絡があった。私は2人に了解の返事をしたが、何故か心が晴れなかった。私は欲張りだった。仕事への情熱と共に、倉田常務からの情愛を少しでも多く欲しいと望んでいた。それは矛盾だった。自分より、40歳も年上の男性の愛を求めて何になるというのか。40歳も年上の浩子社長に嫉妬して何になるというのか。浩子社長は倉田常務の正妻なのだ。しかし私には彼女が肉体的に正妻としての役目を果たしていないような気がした。確かに彼女は清楚で、綺麗好きで、とても上品な感じで、頭も良く、料理が上手らしいが、倉田常務にとっては、万全とは言えないみたいだった。それは、浩子社長が出社した時の私とのふとした会話の中で推測することが出来た。痩せぎすの彼女は、私と2人の食事の時、こうぼやいた。

「主人とは、夕食が済んだら、後は何の用事も無いの」

 それは愛情の枯渇を意味しているように聞こえた。私は、そんな倉田常務のことを思うと、私の人生をリードしてくれる彼の為に、自分の出来る事をいっぱいして上げたかった。彼の仕事への情熱は若さへの回帰だった。若い私と連動することにより、夢を追い、そのことにより、自分の老いに怯えるというストレスを追い払った。年齢に左右されず、時代に挑戦的に行動した。そんな彼の心情が分かればこそ、私は彼を好色の喜びや笑顔で満たして上げたくなった。私は連休前の仕事に夢中になっている倉田常務に声をかけた。

「連休中、しばらく会えなくなるから、帰りに食事でもしますか?」

 すると彼は何時もと様子が違った。彼は憂鬱そうな顔をして、私に答えた。

「今日は疲れているから。それに明日からゴールデンウィークで、動き回らないといけないから」

「そう。残念だわ」

 私には信じられない言葉だった。私が甘い果実を提供しようと言うのに、その果実に欲望をそそられないのか。何時もなら、ちょっとした合図だけで、翻弄されたのに、今日は全く違っていた。その倉田常務の態度は、まるで『中国工業銀行』に勤務する妻、高彩紅に頭が上がらない、『瀋陽増富油墨有限公司』の李増富社長みたいだった。明日からの浩子社長とのゴールデンウィークを迎えるにあたって、今夕から、その準備をしなければならないのでしょう。私のことなど二の次だった。私はとても哀しい気分になった。彼ともっと一緒にいたいけど、彼の家庭を大切に思う気持ちを考えると、これ以上の無理強いは出来なかった。私は泣きそうになるのを堪え、休み前の事務所内の掃除をした。倉田常務は夕方6時前、ゴールデンウィーク前の仕事を終わらせた。私たちは6時過ぎ事務所の戸締りをしてマンションを出て、帰路についた。私は倉田常務と一緒に新宿まで地下鉄の電車に乗って帰った。私はゴールデンウィーク前の仕事で疲れているという倉田常務を小田急線の改札口手前で見送った。そして、その後、桃園が待つマンションに向かった。何故か涙が溢れて仕方なかった。


         〇

 連休になると芳美姉の発案で、私は『快風』の仲間と一緒に西多摩の山奥にある檜原村の温泉に出かけることになった。大山社長が大型マイクロバスを借りて、松下幸吉と小西良太との3人で運転を交替しながら、現地へ向かった。そして中央道の八王子から、五日市街道に入り、南秋川の檜原村数馬という所の『三頭の湯』に到着した。そこは三頭山の麓の谷間の奥深い緑の中にあり、その兜造りの建物は、約400年の歴史があるということで、重々しい風格があった。私たち12人は、マイクロバスから降りると、新緑の中を渡って来る澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。その空気の美味しさと豊かな自然に包まれ、私たちは、その心地良さに小躍りした。琳美をはじめ、桃園、梨里、長虹、月麗、たちは広い庭をはしゃぎ回った。それから別館に移り、3つの部屋に分かれて荷物を置き、露天風呂に入った。趣きのある岩風呂からの新緑の眺めは美しく、肌に触れるラジューム温泉風呂は、ゆったりとして気持ち良かった。風呂から上がってからは、大広間で山菜料理をいただいた。大山社長と松下、小西の男性たちは、ビールを飲んだ。芳美姉や謝月亮、風梅姉妹もビールを飲んだ。私たち他の女性6名はジュースを飲み、食事が終わるや、近くにある『都民の森』まで散策した。落差35メートルの三頭の大滝などを見て歩き、好きな事を喋り合った。山ツツジ、山吹、藤、スミレ、トキ草などの花々が咲き、蜂や蝶が飛び交い、鶯などの小鳥の鳴き声が聞こえ、自然を満喫することが出来た。夜は夜で、大広間で他の客たちと一緒に、山菜や川魚の料理の他、イノシシ鍋などを食べさせていただき、私たち女性も、お酒をいただいたりした。満腹になったところで、私たちは別館へ行き、3部屋に分かれて泊った。私は芳美姉と琳美と月亮と一緒の部屋に泊った。琳美も私もはしゃぎ過ぎた為か、直ぐに眠りについた。そして翌朝、芳美姉に起こされるまで、ぐっすりと眠ってしまった。起床してからは、朝風呂に入り、庭を散歩してから、朝食をいただき、ちょっとお土産を買って、帰り仕度をした。午前9時に『三頭山荘』を出て、風張峠を越え、奥多摩周遊道路を使って、奥多摩湖に行き、ドラム缶橋を渡ったり、ダムを見学したりした。その後、またもと来た道を引き返し、払沢の滝を見学した。大蛇が棲むという冷気ただよう不気味な場所だった。私たちは、そんな場所に長居をするのを止めて帰路についた。檜の原街道から五日市街道に入ると、風に泳いでいる鯉のぼりを、あちこちでに眺めることが出来た。私たちは美しい日本の五月の山村の風景を目にして感動した。私はマイクロバスに揺られながら、今頃、倉田常務は足利の『フラワーパーク』で浩子社長と豪華な藤の花の競演を楽しんでいるいるのでしょうかなどと想像したりした。こんな時に何でなの。自分ながら、自分を雇用してくれている夫婦の事が気になるのが何でなのか、不思議でならなかった。それは温和な倉田常務の事を若さを失った無能な男と考えている浩子社長の所為かも知れなかった。彼女は倉田常務の魅力を分かっていなかった。60歳の定年まで働き終えた彼を役目を失った男と頭から決めつけていた。女房妬くほど亭主は持てずなどと高をくくっているに違い無かった。しかし、就職先が見つからず途方に暮れていた私にとって、倉田常務は救いの神だった。彼の言葉では無いが、生まれる時代がもっと接近していたら、私は彼との結婚を考えていたかも知れなかった。浩子社長は、かっての彼との愛の巣が、今や空巣となってしまい、他者によって奪われそうになっていることが分かっていなかった。そんなことを考えているうちに大型マイクロバスは、新宿の大山社長のマンション前に到着した。


         〇

 連休の終わりの前日、私は斉田医師と会った。彼が選んだ午後1時半過ぎのデートスポットは、人目に付かない、駒込駅から徒歩12分程の所にある『旧古河庭園』だった。駒込駅で待合せして、本郷通りを西ヶ原方面に下って行くと、その庭園に辿り着いた。入口で入場料、150円を支払い、まず目にしたのは、豪壮で、お洒落な洋館だった。私たちは最初に、その洋館内を見学した。洋館の設計者は有名なイギリスの建築家、ジョサィア・コンドルという人で、英国貴族の邸宅にならった古典的建物の建築を、古河財閥の古河虎之助に依頼され、この地に建てたという。当然の事ながら、室内の置物も素晴らしかった。洋館内の見学を終えてから、私たちは庭園内を散歩した。日本庭園には池や灯篭があり、山吹やシャガの花が咲き、深山渓谷を思わせる滝なども流れていた。普段、荒っぽい態度の斉田医師にしては、趣味の良い場所を選んだと、池の畔りを歩きながら、感心した。日本庭園を見学してから、洋風庭園に向かった。その庭園の位置は丁度、洋館のテラス前に階段式に設計されていて、ツツジ園が見事な赤い花を咲かせていた。更に、その上段に、バラ園があり、見物客でいっぱいだった。そのバラ園から、見るレンガ造りの洋館は、白い窓を際立たせ、古河財閥の邸宅に相応しい風格があった。バラの種類は何種類もあり、春から秋まで、色とりどりの花を見られるとのことで、その甘いバラの香りは、ロマンチックな西洋の恋物語を空想させた。入観者は若いカップルより、老夫婦の姿の方が多かった。『旧古河庭園』の見学は、2時間半ほどで終わり、あたりはまだ明るかった。

「まだ4時半かよ。休みの1日は長いなあ」

「どうします?」

 私が彼に質問すると、彼は戸惑った。次の発想が浮かばないらしい。彼は遊び場を余り知らないみたいだった。そこで私は提案した。

「池袋へ行ってみませんか?」

「そうだな。池袋で買い物でもするか」

 私たちは『旧古河庭園』から午後来た道を駒込駅まで戻り、山手線の電車に乗って池袋に移動した。池袋駅で下車し、『東武デパート』内の喫茶店に行って、コーヒーを飲んで一休みして、ホッとした。それからデパートで買い物をした。婦人服売り場に行き、これから着る初夏の白いブラウスと花柄のスカートを見つけ、それを斉田医師に買ってもらった。その後、デパートを出て、食事をすることになった。私は肉料理の好きな斉田医師を、先月、金蘭々と新井耕作を連れて行った中華料理店『永利』に案内しようと考えたが、私たちの関係が芳美姉たちに漏れるのを恐れて、日本料理店『美濃吉』に入ることにした。そこで私たちは鯛の兜煮の京懐石を食べ、日本酒を飲んで世間話をした。そして、ほろ酔い気分になったところで、店を出て、文化通り近くのラブホテル『ララ』をみつけた。ホテルの部屋に入ると、余りにも中が明るいので,照明を暗くセットした。それから服を脱ぎ、バスルームに入った。私がシャワーを浴び部屋に戻るのと入れ替わりに斉田医師がバスルームに入った。私は先にベットで寝ころび、仰向けになって、テレビのチャンネルをいじくりまわした。斉田医師はバスルームから出て来るなり、私に言った。

「部屋、暗くし過ぎじゃあないか。ちょっと明るくするよ」

「私、暗い方が良いわ」

「私は明るい方が良いんだ。診察するには暗過ぎる」

 斉田医師は、そう言って、私の肩先に両手をついて、照明のスイッチをひねり、股間の男根をぶら下げたまま、私を見降ろした。そして仰向けになっている私の上半身から指先を使って診察を始めた。彼の指先が愛撫を繰り返しながら、下腹部へと次第に移動して行くのが、これからのことを予感させ、私をデキドキさせた。やがて彼は私の臍下の森に辿り着くと、私の両脚を大きく開き、股間に顔を突っ込み、目をこらして、しげしげと眺めてから、その臭いを嗅いだ。

「良い匂いだ」

「ああ、駄目。そんなことしないで」

 私が腰を捻ろうとすると、彼はそれを許さず、私の熟れて割れそうな桃のような隙間に、指を突っ込み、こねくり回した。するとそこから私が堪えているのに果汁が垂れ出し、私は呻き声を漏らさずにいられなかった。ドロドロした果汁が尻の下まで伝わり、シーツを濡らし、辺りを冷たくした。私は堪えきれずに彼のぶら下がっている物を私のドロドロ沼に導いた。すると、そこはスポンスポンと下品な音を立て、彼を興奮させた。彼は燃え上がった。あらん限りの力で私をノックダウンさせようと励んだ。何て強いんでしょう。激しくて激しくて目まいがした。頭がおかしくなりそう。後は恍惚の世界。


         〇

 連休が明けると、台風が近づいて、雨模様。何となく憂鬱な気分で出社して、コーヒーの準備をしていると、倉田夫婦が出勤して来た。浩子社長が連休中に倉田常務と一緒に出掛けた足利の『フラワーパーク』の御菓子を持って来て、仕合せそうに、私に言った。

「これ足利の藤の花を観に行って買って来たの。皆で食べましょう」

 私は浩子社長の指示に従い、コーヒーを淹れ、3人で御菓子を食べながら、連休中の倉田夫婦の話を聞いた。それから浩子社長が、私と倉田常務の交通費と食費の精算をしてくれるのに立ち会った。また営業所の現金チェックの付き合せをした。浩子社長は入社してからの私の伝票処理などの仕事ぶりを確認し、納得してくれたようだった。更に私が台湾とのメールを中国文で返信したりしているのを見て、びっくりしていた。私には簡単なことだった。そうこうしているうちに午前中の仕事が終了し、3人で『シャトル』に食事に出かけた。焼き魚定職を註文し、3人で食事をしていると、倉田常務の携帯電話が鳴った。客先からの電話らしかった。彼は周囲の客を気にして店から外に出た。女同士になったところで、浩子社長が私に質問して来た。

「仕事をしてて、主人に問題ありませんか?」

 私は、そこで言ってやった。

「いろんなことを教えてもらいたいのに、急ぎの仕事だと、自分でやってしまいますので困ります」

「嫌なことはありませんか?」

「別にありません。でも私は毎月、生理になると病人みたいになってしまうので、その時は辛いです」

 私の説明を聞いて、浩子社長は女同士なので、生理の時の苦痛を知っていて、理解してくれた。

「その時は届を出して休みなさい。私から主人に言っておきます。毎月、前後2日の休暇を認めます。どこの会社でも認められている休暇ですから」

 私たちがそんな話をして食事を終え、コーヒーを飲んでいると、倉田常務が店内に戻って来て、途中だった食事を再び始めた。慌てて食事をしている夫に向かって、浩子社長が質問した。

「何処からの電話?」

「タイの件で、杉林さんから。機械の出荷準備をして欲しいって」

「それって、契約出来たってことなの?」

「まあね」

 倉田常務は苦笑した。浩子社長は、そのタイとの商談のことを知っていたらしく、歓喜の笑みを見せた。倉田常務が食事を食べ終えると、浩子社長は銀行回りして帰ると言って、『シャトル』から、そのまま、浅草にある銀行に向かった。私と倉田常務は『シャトル』から事務所に戻り、午後の仕事をした。連休明けとあって、客先との電話のやりとりが多かった。私は自分のやる仕事を一段落終わらせ、自分のやる仕事が無いか、倉田常務に要求したが、任せられる仕事が無いと断われた。中国でのアパレル商品の販売のことを、もっと考えろと言われ、ちょっと不愉快になった。私はそこで言ってやった。

「自分の仕事が忙しくても社員を採用したのですから、社員が仕事の手伝いが出来るよう教育して下さい。部下を教育するのは上司の役目です」

「それは分かっているが、今は忙しいんだ。この業界紙でも読んでいてくれ」

「駄目です。仕事が無いなら帰ります」

 私は不満を募らせ、立腹した態度をとった。その私の怒った顔を見て倉田常務はたじろいだ。

「顔が青白いぞ。生理にでもなったか?」

 私はハッとした。私は、この時になって初めて気づかれてはならないと思った。冷静になるよう努力した。私は優しい笑顔を作って、倉田常務に言い返した。

「女性は生理になると、一番、女らしくなるのよ」

「そういうものかね。今日は先に帰って良いよ」

 倉田常務は私に早く帰って欲しいような態度だった。私はマンションに帰ってすることがあったので、お言葉に甘えて、お先に失礼することにした。

「では、お先に帰ります。無理をなさらないでくださいね」

「うん。分っている」

 私は事務所のドアをそっと締め、1階のゴミ出し場にゴミ袋を投げ込んでから、ルンルン気分で新宿に向かった。


         〇

 翌朝、私は生理になった。朝食が進まず、桃園が心配した。

「会社、休んだら」

「でも行かなくちゃ」

「無理をしては駄目よ。どうせ当てにされていないんだから」

 私は、桃園の言葉に衝撃を受けた。桃園の言う通りかも知れなかった。浩子社長が言った言葉を思い出した。

「良い会社が有ったら、何時だって、ここを辞めて、移っても良いのよ」

 浩子社長は、私と倉田常務のことに気づいていて、私を辞めさせたいのかも知れなかった。それに、今日は『スマイル・ワークス』の人たち、5,6人が出社することになっていた。加齢臭のする高齢の男たちに囲まれ、一日、狭い事務所で働くのは苦痛だった。それに花粉症が完治していなかったので、大勢の人たちを相手にするのは辛かった。私は悩んだ挙句、桃園の言う通りに従い、会社を休むことにした。私は倉田常務にメールを送った。

 *今日は、花粉症が激しいので

 目の病院に行き、休みます。

 突然で申し訳ありません。

 よろしくお願いします*

 すると9時過ぎ、倉田常務から了解のメールが届いた。倉田常務が、私の休暇をどう受け取ったかは分からないが、私は気にしないことにした。休むことが決まると、私は1日中、狭い部屋に籠って衣類の整理や洗濯や部屋掃除をした。夕食は桃園と一緒に焼ソバを作って食べた。その後、桃園が『快風』に出かけ、部屋に1人っきりになると、何故か物悲しい気分に陥った。理由が分からずに、涙がポロポロ流れ出た。芳美姉や琳美や中国人の仲間たちに囲まれて生活しているというのに、何故か自分だけ孤立しているような気分になっていた。自分は、このままで良いのでしょうか。『スマイル・ジャパン』のような個人会社を頼りにしていて良いのでしょうか。倉田常務は私の為にと言って、熱心に仕事に挑戦してくれているが、彼は老齢に達し、何時かは私から離れ去って行くに違いなかった。このことは自明の理であり、覚悟しておかなければならない事だった。その時、1人になって仕事をやって行けるかどうかなどと考えると、とても不安で憂鬱な気分になった。深夜、『快風』の仕事を終えて戻って来た桃園が、私の顔を見て、心配した。

「愛ちゃん。大丈夫?目が真っ赤よ」

 そう言われて、自分の顔を鏡で見ると、目だけが赤く、まるで幽霊みたいだった。私は余分な事を考え、精神的におかしくなっていた。桃園がパジャマに着替えながら言った。

「病院へ行った方が良いわよ」

「有難う。明日、病院へ行ってみるわ」

 私は、桃園が隣りの布団で横になると落ち着いた。それから、グッスリ朝まで眠った。そして翌朝、『J病院』に出かけ、斉田医師に診察してもらった。彼は女看護師もいることから、他人行儀だった。

「花粉症がまだ続いているようですね。それと新しい環境下でのストレスがあるように見受けられます。安定剤を出しておきますので、2,3日、様子を見て下さい」

 斉田医師の診断は、私が生理であると見抜いていて、これといった処方はしなかった。私は彼に会えたことにより、精神的鬱状態が少し軽減された。心の病にならないように、私はその帰りに近くの花屋で花を買って帰り、部屋に飾った。昼時になって、会社に休むことを連絡していないことに気づき、慌ててメールした。

 *申し訳ありません。

 体調不良の為、今日も会社を休みます。

 よろしくお願いします*

 すると直ぐに了解の返信メールが届いた。私は安心してベットに横になり、午後は好きな音楽を聴いて過ごした。入社して1ヶ月間、夢中になって、頑張り過ぎたみたいだ。鬱病状態になって気づいたことであるが、人間、正直に生きる為には、時には休養することも大切だと思った。


         〇

 工藤正雄とのデートの日がやって来た。彼と連休前から約束していたので、私は会社を休み、彼とデートした。新宿駅東口で待合せして、喫茶店『リマ』に行き、近況を語り合った。正雄も私と同じで、仕事のストレスが溜まっているみたいだった。彼は現状をぼやいた。

「兎に角、仕入れと入荷確認の仕事は数量が多くて、大変なんだ。その数の多さに頭が混乱し、ついミスをしてしまうから、上司に叱られ放しの毎日さ」

「私と同じね」

「愛ちゃんも叱られたりするの」

「私の場合、強く叱られはしないけど、皮肉を言われたりするので、辛いわ」

「それならまだ良いよ。俺の上司は40歳ちょっと前の独身女性で、ストレートに怒鳴るんだ。彼女の口から出る言葉は、女性とは思えぬ程、辛辣なもので、流石の俺も自信喪失しそうになる」

 正雄の嘆き顏を見て、私は笑いそうになった。こんなにがっしりした体格をしている正雄が、年上の女上司に叱られて、項を垂れる姿を想像すると。とても滑稽に思えて、吹き出しそうになった。

「それは大変ね」

「でも愛ちゃんが頑張っているみたいだから、俺も会社を辞めないで、もう一度、頑張ってみるよ」

「ええっ。もう、会社を辞めようなんて思ったりしたの」

「ああ、真剣に考えた。五月病かな」

「5月病?」

「うん。新入社員が、会社に慣れた1ヶ月後に悩みが始り、精神的に鬱になる心の病の状態のことを、5月病って言うんだ」

「そうなの」

 私は、正雄の言う5月病かも知れなかった。目の病院に行き休みますとメールしてから、何日間も出社していなかった。その間、倉田常務は何の確認もして来なかった。浩子社長からも、連絡は無かった。『スマイル・ワークス』のメンバーは、私のことを、5月病だと噂しているに違いなかった。私は正雄の悩みを知って、自分の態度を反省した。叱責されることも無く、このままダラダラ会社を休んでいたら、職務怠慢、勤務態度不良ということで、解雇されるに違いなかった。私自身の責任感が問われ、信頼感を失うのは勿論のこと、中国の人たちの本質が問題視されるに違いなかった。それはいけないことだった。私は正雄と話して、目が覚めた。

「私、クウ君に会えて、5月病の話を聞いて、元気を取り戻したわ。明日から会社に出て頑張るわ」

「うん、そうだな。お互い、まだまだスタートしたばかりで、これからだものな」

 私たちは、互いに労わり合った。それから『伊勢丹』近くのレストラン『芝桜』に入り、刺身料理を食べた。その後、何時ものように、2人して夕闇に包まれ始めた『花園神社』まで散歩した。寒風にガタガタ震えながら、2人で初詣した時のことが思い出された。

「君が急がないのなら、俺は構わない。3年でも4年でも待つよ」

 正雄も、あの時のことを回想しているみたいだった。『花園神社』の境内は暗闇に新緑が塗りつぶされ、数本の街灯しか点灯しておらず、人影はまばらだった。夜風が私の頬に触れた時、突然、正雄が私を抱きしめ、私の唇に彼の唇を重ねて来た。私は、それを拒まず、それを受け入れ、舌を絡みつかせた。長いキッスだった。そのキッスが棲むと、彼は私の手を握り、新宿駅へと引き返した。やりたい盛りなのに、正雄には歌舞伎町のラブホテル街に、私を連れて行く勇気が無かった。それが彼の良いところでもあった。彼は純情な好男子だった。


         〇

 私は今日こそ出社しないと解雇されると思い、『スマイル・ジャパン』の事務所に早出した。ところが、何時も9時に出勤して来る倉田常務が、定刻を過ぎても出勤して来ないので、私は不安になった。彼は私が、数日間、休んだので、もう会社に来ないと思い込み、出社して来ないのかもしれなかった。私は自分以外、誰もいない事務所の中でコーヒー用の湯を沸かし、自分用のパソコンをチェックし、それから部屋掃除をした。私は掃除していても気が気でなかった。そこで倉田常務に、現在、何処にいるのかとメールを送ると、銀行に立ち寄って、11時に出社するとの返信があり、私はホッとした。彼は心が広いというか、他人を当てにしないというか、感情を表に出さないタイプで、掴みどころのない人で、11時に出勤して来ると、私の顔を見て、優しく声をかけた。

「おう、しばらく。目の具合はどう?」

「お陰様で休養させていただき、大分、良くなりました。幾日も休んでしまって、ごめんなさい」

「なあに気にすることは無いよ。体調が悪い時は、気にせず、休めば良い」

 私は彼が優しいので、涙が出そうになった。幾日も欠勤したというのに、何故、叱責しないのか、それが分からなかった。私を大切に思っていてくれるのでしょうか。彼は私が淹れて上げたコーヒーを美味そうに飲んでから、見積書の作成を私に依頼した。また私が休んでいた間の伝票類を、台帳に記入するよう指示した。こうして、午前中は過ぎ去った。昼食は久しぶりに『シャトル』に行き、焼き魚定職を食べた。食事を美味しくいただき、食事代を支払う時、マスターに質問された。

「調子、良くなったの?」

「はい」

「それは良かった。新緑が芽吹いて若葉になろうとする季節、若者は訳も無く悩んだりするものさ。社長だって経験したことさ」

 白髪のマスターは、そう言って笑った。私は、その言葉に励まされた。その後、事務所に戻ってから、私は外国郵便を出しに、湯便局に行った。春風が心地良かった。気分を回復し、事務所に戻ってから、倉田常務に売上表の作成や、コスト計算の仕方などを指導してもらった。倉田常務は、私のことを諦めていなかった。私の未来に必ず役立つと思ってか、売上げ利益などについて、こと細かく説明してくれた。でも入社したての私には、それが自分の未来にどれだけ役立つものなのか、全く理解出来ないでいた。心の何処かで、自分はこんな小さな会社で、こんなことをしていて良いのかと疑問を抱いていた。そうこうしていると1日の勤務が終了した。私たちは夕暮れが来ないうちに会社を出た。倉田常務は事務所から駅までの道すがらも、帰りの電車に乗ってからも、仕事の話をした。久しぶりに会えたのだから、仕事以外のことでも、相手をしてくれても良いのに、彼は全く仕事人間だった。私は彼の現実離れしたような仕事の話をただ一方的に聞くだけだった。彼は『スマイル・ジャパン』のホームページを立上げたり、商標登録をするなど、アパレル事業を本格化する計画を語った。彼は私以上にアパレル事業に積極的だった。私たちは新宿駅に着いてから南口で別れた。兎に角、今日、出社したことにより、私の首は繋がり、私の『スマイル・ジャパン』での仕事は継続されることになった。


         〇

 私の『スマイル・ジャパン』事務所への出勤は再び始まったが、何故かすっきりしなかった。毎日が単調で、時々、『スマイル・ワークス』の連中が集まり、セクハラ発言を受けたりして、ストレスが溜まった。それを解消する為、斉田医師に会ったりしても燃えなかった。何故か新鮮さが欲しかった。私はふと、工藤正雄に会ってみたくなった。私は彼にメールでデートを申し込んだ。彼は直ぐにOKしてくれた。平日の夕方、何時ものように新宿駅東口で待合せして、私たちは喫茶店『リマ』へ行った。私は喫茶店のテーブル席で対面する正雄を観察した。彼の背広姿は、がっしりした体格に背広がぴったりと合っていて、格好が良かった。ネクタイもブルーの生地に黒の斜線模様が入っていて落ち着いていた。コーヒーを飲みながら、正雄が言った。

「平林から、そろそろ皆で会わないかと連絡があったけど、女性陣はどうなっているのかな。渡辺さんから連絡入ってないかな」

「連絡入ってないわ。連休に会う約束だったけど、社会人になったら、学生時代の約束なんて、皆、忘れてしまったみたい」

「長山とは連絡取れないけど、小沢は何時でも、夕方からなら、オッケーだそうだ」

「では、今夜でも真理ちゃんに電話確認するわ」

 正雄にいわれてみれば、会社勤めを始めてから、『微笑会』のメンバーと会っていなかった。正雄の属する『若人会』も全員で会うことが出来ないでいた。大学生時代は、ちょっと何かがあると、直ぐに集合したのに、社会人になると、それぞれの環境が変わり、中々、集まろうという気になれなかった。

「女性陣の確認が取れたら、俺に教えてくれないか。平林と日程を調整するから」

「分かったわ」

「ところで、そちらの相談は?」

 正雄が私をじっと見詰めた。話題のハンドルを急に切り返され、私は何を喋ったら良いのか分からず、コーヒーを軽く口にして言った。

「もう良いわ。クウ君に会えてスッキリしたから」

「はぐらかすなよ」

「もう良いの」

「俺はスッキリしないなあ。何か話したくて、俺を誘ったんだろう。場所を変えて話そう」

 正雄は2人分のコーヒー代を支払うと、私を『リマ』から連れ出し、『花園神社』へと誘った。彼は今回もまた薄暗い神社の境内で、武骨な男の腕を私の背中に回し、無言のまま唇を重ねて来た。夜の若葉の香りが、自然の中に私を溶け込ませた。私は久しぶりに肉体の奥で熱いものが湧き上がって来るのを感じた。長いキッスを終えてから、私は正雄に訊いた。

「クウ君、スッキリした?」

「まあね」

「これからどうするの?」

「分かっているだろう。今夜は特別な夜だ。ホテルへ行こう」

「冗談でしょう」

「本気だ。俺の後に着いて来い」

 正雄は何時もと全く違い、信じられない程、強引だった。今までは暗闇でのキッスが終わると、やりたいのに勇気が無くて逃げ腰だったのに、今日は、どうしたことか。私の手をしっかり握って離さなかった。彼は『花園神社』から私を歌舞伎町のホテル街へと連れ込んだ。

「ここにしよう」

 私たちは『花園神社』から歩いて、そう遠くないラブホテル『ファンタジー』に入った。そのホテルは何年も改装していないような、安っぽいホテルだった。部屋は和室だった。何となく陰湿で煙草や汗の臭いが、壁に沁み込んでいるようで気持ち悪かった。でも正雄が勇気を出して、私を連れ込んだ場所なので、我慢するしか仕方なかった。部屋に入るなり、正雄は私に挑みかかり、ブラウスやブラジャー、スカートなどを剥ぎ取り、私を裸にし、自らも上着やYシャツやズボンを脱ぎ、私を布団の上に抑えつけて、一言、囁いた。

「愛している」

 その後は私のことなど考えず、私のパンティを脱がし、自分のパンツを放り投げ、乱暴に襲いかかって来た。私は目を閉じた。正雄は欲望の赴くまま、私を弄繰り回し、私の名を呼んだ。じれったかったが、私は初体験を装い、欲望を抑えて、小刻みに震えた。正雄はようやく私の連結部分を探し当てて、私と繋がり合うと、何処で学習したのか腰を激しく打ち付けて来た。すると私はもう私では無くなり、妖しく淫らに身体をくねらせ、快楽に溺れ乱れた。私は喘ぎ口走った。

「ああ、クウ君、私、クウ君が好きよ」

 正雄は私の言葉を聞いて、ああ、これで恋する女と結ばれたのだと確信したようだった。私と正雄との関係は、こうして一歩、前進した。


         〇

 メキシコから始まった新型インフルエンザがアメリカ、カナダを経由して、日本にも蔓延し始めた。兵庫、大阪の高校生の他、東京、神奈川の高校生もかかり、今や電車の乗客の40%近くがマスクをするようになった。先月末までは他国のことと、全く余所事であったが、今や他人事では無くなった。こんなつまらぬ病気に罹って、異国で死ぬわけにはいかない。自分の命は自分で守らなければならない。そんなことから、私はマスクをしたり、うがいをしたり、手洗いをしたり、人混みをさけるなど、注意に注意を重ねた。私はもともと花粉症のマスクをしていて、そろそろマスクの着用を止めようと思っていた時なので、日本人の感染者が出たと同時に、その対応が出来た。ところが、都内ではマスクが不足し、その入手に人々が慌てふためいた。なのに倉田常務は、インフルエンザ予防に関して、全く軽く考えていた。

「私はマスクは持っているが、面倒なので、余りしないんだ。女子高生たちが近くにいる時は、直ぐにマスクをするか、または別の席に移動する。彼女たちは口角に泡を飛ばし喋りまくるから、感染者が増えるんだ。厚生省も恐るべきスピードで蔓延しているので困っているが、まずは集団行動を抑えないと」

 私はマスクを余りせず、余所事のように喋る無防備な倉田常務をからかいたくなった。そこで言ってやった。

「浩子さんのこと、心配じゃあないの?ダンスなんかしていたら、インフルエンザに感染しちゃうわよ。しばらく止めるように言ったら」

「でも」

「言えないの。嫉妬していると思われるかしら」

 倉田常務は何も答えなかった。不安を隠そうとする彼を、私は更に虐めたくなって、質問した。

「私と奥様のどちらが好き?」

 私の質問に彼は目を丸くした。従業員の私に突然、このような質問をされるとは、全く予想外だったみたいだ。彼は一瞬、喉を詰まらせ、私を睨んだ。

「何故、そんなことを訊くの?」

「だって、知りたいから」

 すると彼は、ちょっと怒ったような顔をして答えた。

「イエス、ノーの一言で答えられるものじゃあないよ。2人への愛は較べようが無い。妻への愛情と社員への愛情は、全く次元の違う異質のものだ。一つにまとめて答えを出すなんて、無理な話だ」

 彼は答えを拒絶した。当然、答えられる事では無かった。

「でも教えて欲しいわ」

「今は、それどころじゃあ無いんだ。当てにしていた仕事が決まらず、悩んでいるんだ」

 彼はそう言って、自分の膝を拳で叩いた。私は慌てた。

「大丈夫ですか?仕事が決まらなくて」

「仕事って何時も、こんなものさ。決まらない時は決まらない。決まる時は決まる。焦らず、決まるのを待つしかない」

「でも会社の経費がかかり大変なんでしょう」

 私は仕事中に余分なことを話しかけてしまったことを反省した。事務所に2人っきりでいると、つい仕事以外のことや会社の内情の話をしてしまう。倉田常務は、そんな私に対し、優しく対応した。

「会社のことは心配しなくて良いよ。私の人生は、君に較べれば、残り少ない。もうこれ以上、得たいものは無いから」

「でも」

 私は、その後の事を言おうとして思い留まった。得たいものが無いなどと言うのは嘘だ。それでは会社の未来に期待していないような言い種ではないか。私が倉田常務に『スマイル・ジャパン』の仕事を教えてもらいながら、自分の仕事を掴みたいと、夢を描いているのに、彼は『スマイル・ジャパン』が、これ以上、発展しなくて良いと思っているような口ぶりだった。ならば何故、私を採用したのか。倉田常務は私の不審がる顔色をみて、直ぐに自分の失言に気づき、言葉を継ぎ足した。

「会社がおかしくなって、たとえ私が不幸になるとしても、君には仕合せになってもらいたい。だから老体に鞭打ち、事業拡大の為に頑張るから、よろしく頼むよ」

 そして私の手を力強く握り締めた。高齢なのに何と前向きな人か。それは風雪に耐え、春に種を蒔く農夫にも似た、誠実さと夏の暑さに向かうような情熱を私に感じさせた。今の私は、この人について行くしかないみたいだ。


         〇

 久しぶりに『微笑会』のメンバーと会うことになった。年4回、春夏秋冬に必ず会う約束をしていたが、初回から、その会合が遅れていて、結局、その第1回目が5月中旬過ぎになってしまった。このことを誰もが反省していた。私たち5人は渋谷のハチ公前で待合せし、駅近くの居酒屋『北国』に入った。まずはビールを註文した。川添可憐が、ウーロン茶を註文しようとすると、渡辺純子と細井真理に最初はビールにするよう、強要された。

「社会人になったのだから、皆に合せないと駄目よ」

「そうよ。ビールにしなさい」

 2人にそう言われて可憐もビールにして乾杯した。こうして懐かしい仲間と顔を合わせると、気分は大学生時代に逆戻りして、お互い好き勝手なことを喋り合った。何となくリーダー格の純子が言った。

「皆さん、仕事、慣れましたか?」

 その問いに逸早く真理が答えた。

「私の仕事の内容は単純だけど、閉店後の残業が有ったりして、結構、きついわ。今日は先輩にお願いして早退して来たのよ。そういう純子ちゃんはどうなのよ」

「私は朝9時に出勤して、社長や来客者にお茶を出したり、社長のスケジュールをボードに記入したり、業務課なのに総務課みたいな仕事をしているのよ。でも残業はまだ、していないわ」

「羨ましいわね。平林君が特別扱いしてもらうよう、父親に頼んであるのね。美穂ちゃんはどうなの?」

「私は信用金庫の窓口なので、五十日が忙しいだけで、少し慣れて来たわ。後は流れに任せるだけ」

 浅田美穂は、そう言って笑った。

「可憐ちゃんはどうなの?」

「私、私は」

 可憐は真理に指名され、一瞬、戸惑った。何か別の事を考えていたみたいだった。

「私は建設会社の経理の仕事なので、パソコンに伝票数値を打ち込む毎日。肩が凝って仕方ないわ」

「長山君とは、どうなの」

「それが、この間から連絡が取れないの。静岡に帰ったのかも」

 可憐は不安そうな顔をして答えた。そう言えば、この間、工藤正雄と会った時、彼も長山孝一と連絡が取れないと言っていた。長山孝一は印刷会社に就職した筈だが、どうなっているのか。

「マンションへ行って確かめたら」

「何度も行ったけど、一度も会えなかった」

「そう。それは困ったわねえ。直哉に調べてもらおうよ。彼なら勤務先の電話も知ってると思うから」

「そうね。それが良いわ。でも直哉とは上手く行っているの」

「上手く行っているわよ。相変わらず、マザコンだけど、私の言うことも聞いてくれるわ」

「ゼミの教授とは?」

 純子にそう訊かれると、真理は私の顔をチラッと見て平然と答えた。

「彼とも上手く行っているわよ。川北先生は女好きなの」

「それって、考えが軽すぎない。小沢君に知れたらどうするの」

 今まで、大人しくして、受け身だった可憐が、ちょっと怒ったような顔をして言った。純心な彼女には、真理の二股行為が許せないみたいだった。しかし真理は平気だった。

「知れても構わないわ。人間は欲深いものなの。コインと同じで、裏と表があるの。そうよね、愛ちゃん」

「何で、私に話を振るの」

 真理は私が彼女と同類であると見抜いていて、話を私に振って来たのだ。私は話題を切り替えた。

「私の勤める会社は、女社長が取り仕切っていて、重要な仕事を任せて貰えなていないので、ストレスが溜まりっぱなし。残業も無いから、夜、アルバイトしようかななどと、思っているわ」

「夜のアルバイトを考えているの?」

「大したお給料を貰っていないから」

「工藤君とはどうなってるの。結婚するんじゃあないの?」

「そこまで考えていないわ」

 私は笑って結婚話を否定した。私にとって結婚は、まだ先の事だった。5人の中で純子が一番先に結婚する雰囲気だった。私たちは周囲の客のことなど気にせず、居酒屋『雪国』で、閉店近くまで、飲んで笑い合った。


         〇

 昨夜、飲み過ぎた所為で、朝から頭痛がした。その為、何時もの時間に起きられなかった。昨夜、マンションに戻ってから、桃園と話し込んだのもいけなかったみたいだ。私は桃園と一緒に午前9時半過ぎまで、ベットの中にいて、パトカーのサイレンの音で、ハッと目覚め、起床した。時計の時刻を確認し、慌てて遅刻することを倉田常務に連絡しようとすると、何と携帯電話が操作不能の状態になっていた。私はどうしたら良いのか、パニック状態になった。昨日から携帯電話の状態がおかしいおかしいと思っていたが、原因が分からなかった。慌てる私を見て、桃園が言った。

「愛ちゃん。変な使い方したのではないの。私の携帯使ったら」

「それは出来ないわ。貴女の事、会社に知れたら困るから」

「じゃあ、ソフトバンクに行ったら」

 桃園の言う通りだった。私は朝食も食べないで、新宿駅近くの携帯電話店に行き、原因を調べてもらった。すると恥ずかしい事に、電話代、引落し口座の残金が足りなかったので、通話をストップされているのだと分かった。私は手持ち資金が無かったので、大山社長のいる『大山不動産』の事務所に行き、そこの電話を借りて、倉田常務に遅刻すると連絡を入れた。そして芳美姉がいなかったので、大山社長から、お金を借りた。大山社長は私に5万円を渡して言った。

「返さなくて良いよ。その代わり今夜、『パラダイス』で会おう」

 私は直ぐに、お金が欲しかったから、彼の誘いに同意した。今の私は就職したてで、生活費が精いっぱいなので、生きて行く為に、大山社長の要求を断る余裕など無かった。崖っぷちに立たされた時、純潔など何の役にも立たなかった。人間、生きて行く為には、色んなことがあると、来日した時から、学んで来た。私は大山社長から5万円を受取ると、直ぐに銀行へ行き、自分の口座に、それを入金した。それにしても、私の電話の使用料は、多過ぎた。国内の女友だちや男友だちをはじめ、中国の家族や友人との通話が多過ぎたのだ。私は諸手続きを済ませ、午前11時過ぎに、『スマイル・ジャパン』に出勤した。私は朝、倉田常務に電話しようとしたら、携帯電話が操作不能になり、携帯電話店に立ち寄ったので、遅刻したと倉田常務に説明し、深く頭を下げた。そして携帯電話店に行ったら、電話料がかさみ過ぎて、料金オーバーになり、通話をストップされたのが分かったと話すと倉田常務は心配した。、

「そんなに電話代がかかった理由が何故なのか、詳しくチェツクしないとまずいよ。変な所に掛けたりしているのではないだろうね」

「そんな事してないです」

「怪しいな。社会人は社会人らしくしないと」

 私は、そんな倉田常務の高潔ぶった言い方が気に入らなかった。彼は私を信用していないみたいだった。私のことを、男を手玉に取る悪い女ではなかという疑惑を抱いているようだった。私は、不愉快な気分になった。彼には私を束縛する権利などない筈。私の生き方は私の自由。それからの私は、倉田常務と余り口を聞かなかった。昼食時、『シャトル』に行っても、2人とも口を聞かないので、マスターが首を傾げた。私は午後、アパレル事業のパンフレットの作成に専念した。そして午後の仕事が終わると、残業をせず、私用があるからと言って、倉田常務より一足先に事務所を出た。それから新宿に移動し、以前、大山社長と一緒に行ったことのある『パラダイス』近くの喫茶店に入り、彼がやって来るのを待った。大山社長は10分程して現れた。彼はコーヒーを註文し、出されたコーヒーを早口で飲み干すと、照れ笑いして言った。

「行こうか」

 私たちは、喫茶店から出て、以前、入ったことのある『パラダイス』に入った。私は抗い難い運命に翻弄されるより、仕方なかった。芳美姉に対する背徳の行為と知りつつも、大山社長の欲望を満たしてやることを優先した。大山社長は相変わらず乱暴だった。無理やり唇を重ね、野獣みたいに襲いかかって来た。両脚を強引にこじ開けられ、竹筒のように硬くなったものを思いきり入れられた。

「イヤッ!」

 彼の一物は、私の中で更に膨張し、奥深く食い込み、私を突き破ろうとした。それを、そうわさせじと私の股間の愛器は彼の物を咥え込み抑え込むと、収縮し、一物にからみつき、身動き出来ぬようにした。彼は慌てた。私ともつれ合い、突っ込んだ一物を引き抜こうとした。ところが竹筒の先端の鎌首の部分が引っ掛かって、抜けなくなってしまった。どうしよう。私は恐ろしさに総毛立った。しかし、心配無用だった。身動き出来ぬまま、大山社長が生温かいものを私の中に吐出すると、私が締め付けている部分から白濁した液汁が滲み出し、大山社長の物が細くなり、抜くことが出来た。そして総てが平静に戻った。

「今日も、良かったぞ」

 大山社長は満足し、卑猥な言い方で感想を吐露した。私は大山社長を喜ばせてあげたというのに、何故か劣等感に苛まれた。自分は大山社長の格好の獲物なのか。私は自分の不甲斐なさに泣きたくなった。だが我慢するより仕方なかった。


         〇

 6月になっても『スマイル・ジャパン』に利益を得られるような具体的仕事が入って来なかった。私は給料をもらえるのか心配になった。なのに倉田常務は泰然自若としていた。私が大丈夫かと訊くと、彼は笑った。

「アメリカのGMが倒産する時代。うちのようなちっぽけな会社が何も慌てることはない。これから景気が上昇することを考え、今のうちから、コツコツとビジネスノウハウを蓄積しておくことが大切だよ」

 倉田常務はそう答えて、本業はそっちのけにして、私が受け持つアパレル事業に首を突っ込んで来た。知人に紹介してもらい、原宿、六本木、青山あたりのアパレル業者に、私を連れて行き、いろんな知識を習得させた。犬も歩けば棒に当たる。彼の長年の経験は異業種でも役立った。衣服の基本デザインから始まり,生地の材質選びと仕入れ、仕立て工場の確認。仕上がり具合。タグやブランド名等の準備は勿論だが、製品コスト、輸送コスト、税金、販売価格まで、事細かに私と一緒になって検討した。更には店舗の計画、陳列の仕方、小物のあれこれ等、いろんなことについて私と相談を重ねた。彼と一緒にいろんなことを思考すると、いろんな夢が湧き上がって来た。でも雨の日になると彼は突然、憂鬱な気分になったりした。私はそんな彼に恐る恐る近づき、終業後、彼を慰めようと心掛けた。夕暮れの都会の片隅には、ドクダミの白い十字架のような惡の華が妖しく咲いて、私たちを誘った。鶯谷の狭い通りには、青く煙った霧のような空気が淀み、ホテルが蛍のように灯りを点けて、客を待っていた。そのホテルの入口近くで、春婦たちが、煙草をふかしたり、足組みをしたりして、男を求めて彷徨っていた。一人の女が私の先方を歩いて行く倉田常務に近づいて囁いた。

「あんた、急いでいるの?」

 倉田常務は彼女を見詰めたが、返事をしなかった。すると女は更に声をかけた。

「あんた、私と行かない?」

 私は慌てて倉田常務に駆け寄り、倉田常務の腕にしがみ付いて、女に言った。

「駄目よ。私と先約しているんだから」

 すると女は私たち2人の顔を恨めしそうに眺めて、捨て台詞を吐いた。

「じゃあ駄目ね。でも気を付けた方が良いわよ。この女には」

 春婦は倉田常務を諦め、別の男の方へ去って行った。私たちは、その女を見送ってから、腕を組んで、『シャルム』に入った。窓口で鍵を受取り、部屋に入ると、室内にはミラーボールが輝き、ムード音楽が流れていた。私はハンドバックをソファーに置くと、バスルームにも行かず、羽根毛布団の大きなベットの上に大の字になり、ワンピースを脱ぎ、紫色のブラジャーとパンティを投げ捨てた。そんな私を見て、倉田常務は笑った。

「そんなに急がなくたって良いよ。シャワーを浴びてからにしよう」

 私は、倉田常務に、そう言われ、2人でバスルームに入り、シャワーを浴びた。それから濡れた身体をバスタオルで包み、ベットに戻った。ベットに入ると倉田常務が私を抱き寄せ、ミラーボールが回転する天井を見上げて言った。

「私は君と一緒にアパレル事業に船出することを決断した。苦難な船出になると思うが、その為に定款にアパレル事業を追加し、ホームページを公開し、増資する。仲間に笑われるかも知れないが、私は新しいものが好きなのだ。絶えず新しいものに魅せられ、新しいものに挑戦し、新しいものを生み出そうと夢中になる。君と一緒なら、この船出に後悔はない」

 私は倉田常務の言葉に感激した。彼は私の為に、素晴らしい未来を準備してやろうと考えているに相違なかった。嬉しかった。私は期待に胸を膨らませ、彼にしがみ付き、彼と一体になった。そして彼を最高の気分にさせてあげたくなり、途中から彼の柔らかな肥満体の上に、ふわりと跨り、上から彼の赤筋を立てている性器を握って、私の中に刺し込んだ。すると彼の燃えた物は私の中で熱く脈打ち、私を燃え上がらさせた。私はその気持ち良さに腰を上下させた。ああっ、どうして、こんなに愛が溢れるのでしょう。私は激しく激しく腰を上下させた。たまらない。気持ち良くてたまらない。私は喜悦に満たされ、頭が朦朧として、自分の置かれている立場が分からなくなり、気が遠くなって卒倒した。そして、気が付くと、倉田常務はベットから抜け出し、シャワーを済ませ、下着を身に付け、Yシャツにネクタイを結び、正装して、鏡に向かって、帰る準備を始めていた。何時、彼との攻めぎ合いから離脱し、深い眠りに落ちてしまったのか。はっきりと思い出せないけれど、目覚めた自分に安堵した。


         〇

 数日後、倉田常務は『スマイル・ワークス』の仲間と社員旅行に出かけた。野崎四郎の出身地、佐渡ヶ島へ行くのだという。北島和夫と菊田輝彦の2台の車を使って、東京から新潟へ行き、そこからフェリーで佐渡ヶ島に渡る計画とのこと。その島には江戸時代に金を採掘した遺跡が残っていて、有名らしい。私は、その島が何処にあるのかインターネットで調べて驚いた。あの気取り屋の野崎部長が、日本本土と離れた離島育ちとは、とても信じられなかった。私は9時に出社し、パソコンに向かったが、事務所に1人でいるのは何故か寂しかった。こんな時、浩子社長が出社してくれたら有難いのだがと思ったりした。私は午前中、アパレル関係のパンフレットの見直しをして過ごした。昼食は何時もの『シャトル』に1人で行って、焼き魚定職を食べた。私が1人で食事をしているのを見て、石川婦人が声をかけてくれた。私の姿が寂しそうに見えたらしい。年配の婦人であるが、もと向島芸者だった人で、今も綺麗で明るく、私の話し相手になってくれた。

「今日は1人なの。倉田さんたちはどうしたの?」

「社員旅行です」

「まあっ、貴女1人に留守番をさせて」

「はい。私は社員で無いんです」

「社員で無いって。お給料いただいているんでしょう」

「はい。会社が二つあるんです。私は倉田さんの奥さんが社長をしている会社の社員です。金久保社長の会社の社員では無いんです。ですから、社員旅行に連れて行って貰えないんです」

「まあっ、そうなの。可哀想。なら今度、倉田さんの奥さんに、何処かへ連れて行ってもらうのね」

「はい」

 私は石川婦人や『シャトル』のオーナー夫婦や店の常客たちの優しさに励まされた。石川婦人は更に付け加えた。

「兎に角、『スマイル』の人たちは皆、立派な経歴の人たちだから、いろんなことを教えてもらうのね。貴女は美人だから、いかがわしい男には気を付けないとね」

 私は倉田常務たちがいなかったことで、『シャトル』の常連たちと仲良くなった。そんなこともあって、午後は明るい気持ちで過ごす事が出来た。でもこれといった仕事も無く、パソコンに向かっての留守番は退屈だった。定時になるや事務所の鍵を閉めて、何時もより早く、マンションに帰って、桃園と食事をした。その翌日は浩子社長が出社して、2人で仕事をした。倉田常務宛てのメールを見たり、伝票整理をした。そして昼食時、『シャトル』へ向かう途中の信号を渡りながら、ふと倉田常務のことを思い出し、浩子社長に余分な事を言ってしまった。

「倉田さん。ここを渡る時、必ず小走りするの。まるで南極にいるベンザみたいなの」

「ペンギンね。上手な表現だわ。主人、足が短いから。今度、私も、そう言ってみようかしら」

 浩子社長は、私のたとえを、とても面白がって喜んだ。『シャトル』に入って、食事を始めると、浩子社長からアパレル事業の進展具合を質問された。私は目下、日本の高級品を中国に輸出することから始めることを倉田常務と計画していると話した。そんな話の途中、石川婦人が浩子社長に声をかけ質問した。

「ちょっとお伺いしますが、おたくさんの会社は、どんな仕事をなされているのでしょうか」

 浩子社長は、ちょっと驚いた顔をしたが、直ぐに質問に答えた。

「海外との取引をしています。国内の仕事もありますが、主に輸出とか輸入の仕事です。主人の遊びみたいなものです」

「でも遊びにしては立派ですよ。このお嬢さんを採用したりして」

「はい。中国や台湾との仕事が増えているので、愛ちゃんに来てもらって助かってます」

 浩子社長が私を褒めてくれたので『シャトル』の常連たちも、私のことを褒めた。

「このお嬢さんはしっかりしていて、良く気が利きます。仕事を終えてから、この店でアルバイトしてもらいたいくらいです」

「でも彼氏が駄目って言うと思うよ」

 マスターが、そう言って笑った。すると浩子社長が私を見詰めて訊いた。

「愛ちゃん、恋人いるの?」

 私は浩子社長に、そう質問されて、どう答えて良いか分からなかった。すると石川婦人が浩子社長の肩を軽く叩いて言った。

「いるに決まっているじゃあない。こんな別嬪、男が放っておかないよ」

 その言葉に、皆がどっと笑った。それに合わせて浩子社長も笑った。


         〇

 4日後、倉田常務と野崎部長が、社員旅行を終えて、久しぶりに事務所に姿を見せた。倉田常務は仕事が溜まっていて、大忙しだった。フィリピンにいる日本人から見積書の督促のFAXが入っていた。そのFAXには苦情めいたことが書かれてあった。

〈日本人の緩んだ精神状態は治りませんね。危機感が足りないと思います〉

 その文面を見て、倉田常務は不愉快感を露わにした。そして、その怒りを堪えて、急いで英文の見積書の作成に取り組んだ。またアパレル会社や商標センターなどに連絡を取り、本業以外の仕事にも熱心に取り組んだ。その間、私は『スマイル・ワークス』の野崎部長に、倉田常務の奥さんが出社して、倉田常務のことをベンザのようだと、自分と一緒になって笑った話をした。その話を仕事をしながら耳にすると、倉田常務は、ちょっとむくれた顔をして、私たちに向かって言った。

「いくら俺の歩き方がガニ股だからといって、女房と一緒に俺の事を便座だとはけしからん話だ」

 倉田常務は、自分の足をU字型にして野崎部長に示した。野崎部長は、倉田常務のその格好を見て、吹き出して笑った。

「確かに足が短いくて、便座そっくりだ」

 私は2人が誤解しているのが分かった。私の発音が悪かったのだ。私は顔色を変え、慌てて修正した。

「違うの、違うの。便座じゃあないの。動物みたいだって言って笑ったの」

「動物って?」

「鳥よ,鳥なの。南極にいるベンキよ」

「ベンキ?」

「ああ分かった。ペンギンだね」

「そうそう」

 私は分かって貰ってホッとした。すると倉田常務は少し納得して、再び仕事に向かった。やがて昼食時になった。『シャトル』へ行く時、信号を渡りながら、私は野崎部長と、小走りする倉田常務を見て、ペンギンに似ているでしょうと言った。野崎部長は成程と頷いた。『シャトル』では久しぶりにハヤシライスをいただいた。昼食を終え、『シャトル』から戻ると、私はすることが無かったので、野崎部長と社員旅行の話をしたり、パソコンで、彼らの旅行写真を見たり、風俗嬢の写真を見たりした。それから野崎部長がパソコンの見過ぎで肩が凝ったと言うので、ソフアに座り、野崎部長の肩をマッサージしてやっりした。また私も肩が凝ったので、野崎部長にマッサージしてもらった。野崎部長は私の肩に触れたことにより、もっと他のところに触れたかったみたいだった。手相を見て上げるからと言って私の手を取り、私の手のひらをくすぐった。何か字を書いているみたいだったが、読めなかった。そんな状況で、午後からは仕事らしい仕事をしていなかった。そして定刻、仕事を終え、新宿駅で倉田常務たち2人と別れた。マンションに戻り、着替えをしていると倉田常務からメールが入った。

 *お疲れ様。

 貴女は今日一日、何をしましたか。

 私は自分の貿易の仕事の他、アパレルの調査等、

 努力したつもりです。

 貴女は野崎と風俗嬢の写真を見たり、

 マッサージし合ったり、手を握り合ったり、

 ソフアに寝そべったり、

 仕事をしていたとは思えません。

 嫉妬ではありません。

 会社は仕事をする所です。

 体調が悪いのでしたら体調が良くなるまで、

 しばらく休んで下さい。

 厳しいようですが、以上、注意します*

 私はこのメールを読んで、倉田常務が今日一日の私の勤務ぶりを、一日中、我慢していたと覚った。倉田常務が湧き上がる怒りを抑えられず、帰宅途中にメールして来たのだ。私は倉田常務の鬱憤を知り、気が動転した。直ぐに謝罪の返信を送った。

 *ごめんなさい。

 分かりました。私が悪かったです。

 でも、野崎部長が肩が凝っていると言うから

 マッサージをしてやっただけ。

 それに野崎さんが、お返しと言ったので

 やってもらっただけ。

 ソフアでは寝ていません。

 ただ疲れていたから目をつぶって、

 休んでいただけです。

 でも注意されて、自分が悪かったと

 分かりました。

 2度と同じようなことを致しません。

 ご迷惑をお掛けしました。

 申し訳ありません。

 お許し下さい*

 すると直ぐに折り返しのメールが届いた。私が謝罪のメールを送ったのに、とても立腹している文面だった。

 *仕事が出来ぬ程、疲れ、体調が悪かったら、

 月曜日、病院に行って下さい。

 会社は神聖な仕事場でなければなりません。

 月曜日に病院で詳しく調べてもらって下さい*

 私はもう言い訳しても無駄だと思った。涙顔マークを沢山つけて返信した。

 *分かりました。

 申し訳ありません*

 私は謝罪のメールを送りながら、自分自身に腹が立った。倉田常務が傍にいて仕事に熱中している最中に、野崎部長といちゃつきながら、倉田常務への裏切りの快感を味わっていたのだ。私は人目をはばからず、浮気を実行する女にも似た堕落した自分の罪悪感に打ちのめされた。倉田常務に許してもらうにはどうすれば良いのか。それを考えると、桃園との夕食も進まなかった。『快風』でのアルバイトにも身が入らなかった。心配で心配で、アルバイトを終えて、マンションに戻り、ベットに横になっても、眠ることが出来なかった。反省すればするほど不安がつのり、一晩中、いろんなことを考え、一睡も出来なかった。


         〇

 私は愚かな事をしてしまったと反省した。『快風』での習慣が、つい出てしまい、『スマイル・ワークス』の野崎部長とパソコンで風俗嬢の美醜を批評したり、ソフアでマッサージし合ったり、手相を見るからと言って、手を握られたり、お尻を触られたりしてしまった。倉田常務が怒るのは当然だった。その場で親友の野崎部長に注意することも出来ず、彼が胸の内でどんなにかイライラし、忍耐されたかと想像すると胸が痛んだ。私は昨夜、一睡も出来ず、土曜日の朝から心配で心配で、倉田常務に詫びのメールを送った。

 *昨日は本当に申し訳ありませんでした。

 許して下さい。

 昨夜は眠れませんでした。

 深く反省しています。

 これからは厳しく気を引き締め

 頑張って参ります。

 昨日のようなことは絶対に

 2度と起こしません*

 しかし倉田常務からは何の返信も無かった。そうなればなる程、不安になった。私は悩んだ。月曜日、自分はどうすれば良いのか。どんな顔をして出社すれば良いのか。それとも会社を休み、病院へ行くべきなのか。その病院に関連して、斉田医師のことが思い浮かんだ。行き詰った時、一瞬でも何かに縋り付きたいと思う私の気持ちは、私と斉田医師を結び付けた。私は斉田医師にメールした。

 *今日は。

 相談したいことがあります。

 会っていただけませんか*

 すると斉田医師から直ぐに返信が送られて来た。

 *昨夜から当直で

 夕方でしたらOKです。

 6時半で良いですか?*

 私は了解の返事を送った。そして夕刻、何時もの場所で、斉田医師と合流した。『吉林坊』で、野崎部長とのことで、解雇されるかも知れないと、斉田医師に話した。すると斉田医師は仕事中に、マッサージさせたり、尻を触ったりする野崎部長に腹を立てた。

「それは会社が悪い。そんなセクハラをする不良社員を放っとくなんて。そんな奴こそ、解雇しないと」

 斉田医師は私に、ちょっかいを出した野崎部長に対し、怒りを露わにした。焼肉をやけ食いして私に迫った。

「そいつの携帯番号を教えてくれ。私がとっちめてやる。そういった奴は、痛い目に遭わせないと、悪事を繰り返すんだ」

「でも」

「でもも、あのも無い。私の大切な女に手を出したのだ。番号を教えろ」

 私は斉田医師の恐ろしい形相に、圧倒され、野崎部長の携帯番号を教えざるを得なかった。教えてしまってから、これから先、どうなるのか不安になった。私は斉田医師に野崎部長に電話しないよう、お願いした。

「私のことで彼を痛めつけたら、私が首にされるわ。彼にひどいことをしないで」

「その時は、その時。会社を訴えれば良い」

 斉田医師は強硬な言い方をした。私は困惑した。彼の怒りが、私を守ろうとする正義感なのか、野崎部長に対する嫉妬心なのか判別がつかなかった。彼の怒りは『ハレルヤ』に移動してからも続いた。彼は何時も以上に荒っぽく私の服を脱がせ、私の診断を始めた。両手で私の頭を抑えつけ瞳孔を観察して言った。

「目が疲れている。随分、泣いたようだね」

「はい。もし、クビになったら、どうしようかと思ったりして、一晩中、泣いたり、怒ったりしていたから」

「可哀想に」

 彼は、そう言うと、私の唇を奪った。それから突然、私を押し倒し、股を開かせ、一気に挿入して来た。何時もの診察とは、まるで違った。その逞しく反り返るような熱い物が、燃えて奥に入ったのが分かった。斉田医師の行為は、とても乱暴だったが、私は、それを拒むことが出来なかった。彼が腰を使い、凄まじい力でぶつけて来るのが、野崎部長たちへの怒りと嫉妬の入り混じつた反撃であると感じると、私も興奮した。私は彼の欲望を受け止め、貪欲に腰をうねらせ、火傷しそうな程に、自分からも燃え上がり、歓喜に狂った。その嵐が過ぎ去ると、斉田医師が言った。

「今日の診断では目が疲れているだけで、他は至って健康。感度良し。問題無し。出社してからの、相手方の対応を見て、また相談しよう」

「分かりました」

 私は素直に頷いた。もし私が会社をクビになったら、この人が助けてくれるに違いないと確信した。


         〇

 私は就職活動というものにうんざりしていた。だから、やっと日本で掴んだ職場を自分から放棄したくなかった。今の職場を失ったら、これから何処へ行って働けば良いのか。倉田常務に何と叱責されようとも『スマイル・ジャパン』にしがみついていたかった。入社してから手掛けて来たアパレル事業も構想がまとまりつつあり、これから具体化するのが楽しみだった。それだけに、過失を犯してしまった今、どのようにして、会社側と対応したら良いのか悩んだ。月曜日、病院に行くよう指示を受けたが、それを受け入れ、出社しなかったら、どうなるのか。私は月曜日、出社しない訳には行かなかった。ここでプッツンしたら終わりだ。私は月曜日、定刻に出社した。そして倉田常務が現れるのを待った。倉田常務は9時半に出社して来た。コートハンガーに背広を掛けながら、彼の方が先に口を開いた。

「お早う。今日、病院へ行くんじゃあなかったの?」

「お早う御座います。病院へは土曜日に行って来ました。疲労の原因は目だということです。目薬を戴いて来たので、もう大丈夫です。先週は申し訳ありませんでした」

「反省は良いのだが、私がまだ寝ている時に、君のメールが入つたのを妻が気づいてね。それこそ大変だったんだ」

 それを耳にして私は自分の顔色が蒼白になるのが、自分でも分かった。何という失態か。ことが浩子社長に露見したとなれば、もう絶望的だった。倉田常務は心配する私に、その時の状況をこう語った。

「妻は、こう言うんだ。野崎さんも野崎さんだけど、うちの会社に、そぐわなかったら、彼女に辞めてもらうのね。でも私は反論した。まだ入社したばかりなのに,辞めさせるなんて出来ないって」

 浩子社長が怒るのも当然だった。私は最低な女だ。そう思うと胸が苦しくなって来た。倉田常務は話を続けた。

「私が君の解雇に反対したら、妻は、なら始末書を書いてもらうのねと、厳しい顔で私を睨んだ。また野崎さんも、昔の癖がまだ治らないのねと野崎の事を怒っていた。そして、自分の社長職辞任手続きを急ぐよう言った」

 私は倉田常務からの報告を聞いて、自分の目の前が真っ暗になった。解雇されるのは時間の問題だと推測した。この先、私はどうしたら良いのか。会社を辞めるしかないのか。いろんなことが、私の脳裏を駆け巡った。倉田常務は、私への説明が終わるとパソコンで始末書の見本をプリントアウトして私に渡した。

「これを参考に、自分が犯した罪を反省し、始末書を提出して下さい。そうすれば、クビにはならないから」

 倉田常務の言葉は、私にとって屈辱的だったが、始末書を提出することによって、解雇されないなら、それに従うより仕方なかった。私は涙を流しながら、自分が犯した過失の4項を始末書に記載した。

 ① 風俗嬢写真の閲覧行為

 ② 異性との手相鑑定行為

 ③ 異性とのマッサージ行為

 ➃ ソフアーでの寝そべり行為

 4項目は倉田常務に指摘された行為だった。どれも野崎部長から声をかけられ、行ったことで、考えれば考える程、悔しくてならなかった。でも何時までも、メソメソしている訳には行かなかった。私は始末書を書き上げると捺印して倉田常務に渡した。そして午後には、スッキリした気持ちに切り替え、アパレル事業について、前向きに相談した。中国へ日本製品のサンプルを送ることも提案し、了解してもらった。夕方、帰る時には元気を装った。倉田常務と途中まで一緒に帰り、住吉で別れた。新宿のマンションに戻ると、斉田医師からメールが入った。

 *君にセクハラした男に電話したが、

 出なかったので、留守番電話で

 嚇しておいたから、安心して下さい。

 そちらは、どうでしたか?*

 私は始末書を書かされ、解雇されずに済んだと返信した。すると斉田医師は立腹したメールを送って来た。

 *君に始末書を書かせるなんて

 間違っている。

 そんな会社、辞めてしまったら*

 斉田医師は簡単に辞めることを勧めるが、そんな思い切ったことは出来ない。辞めた後、どうすれば良いのか分からない。学生時代、コンビニのアルバイトと『快風』のアルバイトで何とか食いつないで来たが、大学を卒業して、社会人になった今、また同じ道に戻ることは出来ない。私は苦悩した。


         〇

 翌日、倉田常務は正午に出社した。それから私と一緒にレストラン『シャトル』に行き、昼食をしながら、午前中の話をした。

「今日の朝、妻に君の始末書を渡し、その後、法務局に行き、社長交代の手続きを終わらせて来た。彼女は責任が軽くなって、ホットしたと言っているが、彼女の私たちへの不信感を、直ぐに払拭するのは、ちょっと難しいかも」

「はい。それは分かっています。気をつけます」

 私は御飯を食べながら頷いた。あの潔癖で規律正しい浩子夫人が、不道徳で不誠実な生き方を黙認する筈が無かった。品の良い姿の向こうに、女の残酷さを潜めているに違いなかった。それ故、私は『スマイル・ワークス』の男たちが、出社する水曜日は、彼らとの接触を避けるべきだと思った。また斉田医師による野崎部長への脅しの結果が、どうなって現れるかかが心配で不安だった。『スマイル・ワークス』の人たちの前で、野崎部長から脅しがあったなどと、公表されたらたまらない。私は、そんな場から逃げ出したかった、社長職に就任したばかりの倉田社長に思い切って言った。

「私、明日、会社を休みます。野崎さんたち、明日、会社に来るのでしょう」

「うん」

「野崎さんに注意しておいて。他の人に気づかれぬように」

 私の言葉に倉田社長は一瞬、顔を曇らせたが、直ぐに明るい顔になった。『シャトル』で食後のコーヒーを飲んでから、事務所に戻ると、私たちは自社のアパレル関係の資料を取りそろえた。そして倉田社長は、私を引き連れ、池袋の知り合いの商社のフアッション事業部に訪問した。私たちは日本製の高級婦人服を中国へ輸出する計画を進めていることを説明し、その協力を依頼した。だがその商社のアパレル担当課長は、私たちを信用せず、与信の問題で、取引は不可能であると、その場で断って来た。私は若い商社の課長の前で、愕然とする倉田社長を見て、気の毒でならなかった。私は落胆して商社から退出する可哀想な倉田社長に話した。

「彼らは中国にコネクションが無いので、私たちに嫉妬しているのよ。こうなったら、自分たちの力で、中国に店を出しましょうよ」

「そんなこと無理だよ」

 倉田社長は、日本の商社と協同で中国の百貨店内にアパレル店をオープンしたいと考えていた。それを実現させる為には日本側での協力相手が必要だし、中国側での百貨店の承認と契約も必要だった。その方法は確実かもしれないが、『スマイル・ジャパン』にとって、利益が望めないような気がした。私は商社から出て、池袋駅方面へ向かう道すがら、自分の考えを話した。

「自分たちの力で、中国に店を出しましょうよ。私の姉たちも協力してくれると言ってくれているのだから、大丈夫よ」

「無理だよ。我社の資本金では、無理だよ」

「中国側でもお金を出すのだから大丈夫よ」

「ちょっと危険だな」

「大丈夫よ。あそこで、ゆっくり話しましょう」

 私は歩きながら目に入ったラブホテル『ララ』を指差した。すると倉田社長は素直に同意した。私たちは『ララ』に入った。私は落胆している倉田社長を慰めるだけでなく、自分に溜まっているストレスを発散させたかった。ホテルの部屋に入ると、倉田社長は服を脱ぎパンツ1枚になった。私は服を脱がずに言った。

「今日は、服を着たままで、ちゃんと話をしたいの。私に触っては駄目よ。触らないで」

「なら、こんな所に入らなくても」

「私は、ここのベットに座り、休みながら話をしたかったの」

「で、話って」

「私、どうしても中国に出店したいの。その為に、入社してからいろんな計画を進めて来たわ。その計画を中止にしたくないの」

「その気持ちは分かるが、来る時、話したように我社には資金が無い。中国での営業をスタートすることが出来ても、資金繰りで行き詰まる」

「中国は別会社にするの。姉の主人の高さんは『中国工商銀行』の主任なの。特別融資してもらえるので、姉が中国で新会社を設立して、アパレル店を始めるという構想よ」

「成程」

 倉田社長が納得したところで、私はベットに横になって言ってやった。

「社長。私、ここで一休みするわ。もう時間外だから、ソフアでの寝そべり行為ではないですよね。自由でしょう」

 私の詰問に倉田社長は、唖然とした。身震いしているのが分かった。私に昨日の始末書の事で復讐されているのを感じながら、パンツ1枚の格好で、どうしようかとまごついた。私は、からかった。

「社長。どうしたの。そんなにうろたえて。大丈夫よ。私を抱いても、始末書を提出さえしてくれれば」

 すると倉田社長は、きつい顔をして言った。

「君は意地悪だな」

「意地悪は、どちらよ。ビクビクしないで堂々と私を強く抱きしめて。社長になったのだから」

 すると彼は、不意に私を抱きすくめ、服を着たままの私に覆いかぶさって来た。そして服を上から順に脱がせて露出した乳房の部分から下腹部へと濡れた舌で、ペロペロと舐め出した。その快感に私の肉体はピコピコ痙攣し、やがては身体を弓の如くにのけ反らせた。すると彼は私の突き出した秘部に触れ、そこが濡れ始めているのを確認してから、自分の太くなった物を思わぬ圧力で秘部に突入して来た。

「あっ」

 彼は前後運動を開始した。私は彼の激しい律動の感度良い刺激の連続に攪乱され、感極まり、よがり声を漏らした。私は言うに言えない快感と恍惚の電流にしびれて、彼と共に頂上に達した。久しぶりの接合に2人とも満足した。溜まっていたストレスを互いに吐き出して『ララ』を出ると、何と外は雨だった。


         〇

 水曜日、私は会社を休んだ。野崎部長と顔を合わせるのが怖かった。斉田医師が野崎部長に、どんな脅しをかけたのか分からないが、彼とのトラブルで、野崎部長本人や『スマイル・ワークス』の金久保社長たちに何を言われるか心配だった。私が不在の席で、倉田社長は、仲間から私の事で、責められるに相違なかった。大勢に私の悪口を言われ、倉田社長が私を庇いきれるとは思えなかった。

「そんな中国人、辞めさせてしまえ」

 倉田社長は、仲間から、そう迫られるに違いなかった。浩子夫人が社長職から退いたのも、私への責任から逃げ出したいが為であったに違いない。そんなことを考えると、解雇される不安が見る見るうちに身体中に広がった。狭いマンションの部屋の中で、私は朝から頭をかかえた。どうしよう。どうしよう。私は広がる不安を消し去りたくて、斉田医師にメールを送った。

 *今日は彼が出社する日なので

 休んでいます。

 今後のことを相談したいので

 夕方、会ってくれますか?*

 斉田医師は直ぐに了解の返事をくれた。私は日中、桃園が働いているラーメン屋の手伝いをして過ごした。そして夕方、何時もの時刻に新大久保に行き、斉田医師と合流した。会うなり斉田医師が言った。

「今日は『吉林坊』へは行かないよ」

「えっ?」

「別の店に行く。紹介したい人がいるんだ。ホテルの社長だ。もし君が良かったら採用しても良いと言っている」

「本当ですか?」

「本当だとも。給料も今よりアップしてくれるそうだ」

「本当なの?」

「うん」

「何処にあるホテルなの?」

「東新宿にあるホテルだ。ラブホテルだけれど」

「ラブホテル。そんな所の仕事、私に出来るかしら」

「大丈夫だよ。女性従業員が多いそうだから安心だよ」

 私は、そう言う斉田医師に連れられ、『蘇鉄』という和風レストランに行った。仲居が出て来て、私たちを一番奥の席に案内してくれた。そこには既に斉田医師が紹介したいと言っていた人が座っていた。

「お待たせしました。お話した彼女を連れて来ました。周さんです」

「周愛玲と申します。よろしくお願いします」

「おお、周さんですか。私は玉山平八。貴女が、いろいろ苦労している話を聞いて、すごく会いたかった。まずは食事をしましょう」

 私は斉田医師と一緒に並んで、玉山社長に和食を御馳走になった。刺身や茶わん蒸し、天麩羅、焼き魚、蟹など私の好物ばかりだった。玉山社長と斉田医師は日本酒を酌み交わし、私はウーロン茶を飲み、会話を進めた。玉山社長は、自分のホテル業を胸を張れない職業と自覚しているようだった、彼は私に訊いた。

「仕事を探しているらしいけど、貴女のような美人なら、何もうちで働かなくても良いんじゃあないの」

「それが、今、勤めている会社は遠くて、給料が安いんです。その上、女性が私だけで、男たちが沢山出入りしていて、私をからかったりして、雰囲気が良くないんです。ですから辞めたいんです」

「うちのホテルは通勤には近いが、雰囲気は決して良く無いよ。3交替の勤務制で、1班から3班までの3組で働いてもらっている。第1班は午前0時から朝8時まで。第2班は午前8時から夕方5時まで。第3班は夕方5時から深夜の12時まで。どの班が希望かな」

「第2班でお願い出来ますか?」

「良いけど、うちのホテルが、どういうホテルか分かっているのかね」

「斉田先生から聞いて知っています。ラブホテルですよね」

「うん。そうだよ」

 玉山社長は、私がどんな職場であるかを理解しているかを確かめると、斉田医師の顔を見てニヤリと笑い、斉田医師に確認した。

「先生。そういうことで良いんですね」

「はい。よろしくお願いします」

「では貴女は明日、午前9時、東新宿駅近くの『ディープ・イン』で採用手続きをするので、1階の窓口で、社長に面接に来たと伝え、事務所に入れてもらって下さい」

「分かりました」

 こうして私に関する話が終わると、玉山社長と斉田医師は、株の話を始めた。2人は株の話に夢中になった。2人は株取引で随分と儲けているみたいだった。その株の話が終わると、玉山社長は『蘇鉄』の勘定を支払って、店から出て行った。その後、私たちは『蘇鉄』を出ると、何時ものように『ハレルヤ』に移動した。私は『ハレルヤ』の部屋に入り、自分は明日から、ここに似た部屋の掃除をしなければならないのかと思った。すると部屋の冷気が私を包み、私を不安にさせた。私は慌ててシャワーを浴び、身体を温めて、ベットに入った。すると、診察を開始した斉田医師が私に忠告した。

「玉山社長は助平だから気をつけろよ」

 その言葉を聞いて、私は斉田医師が、どういう考えで、玉山社長に私の採用を依頼したのか、その心理が理解出来なかった。思うに斉田医師は、自分で監視することの出来ない、男たちのいる遠い所にある会社に私を置いておきたく無かったみたいだ。男なんて勝手だ。好きな女を、自分の監視の利く、自分の近くに抱えておきたいのだ。私は、そんな彼の考えに従い、『スマイル・ジャパン』を辞めることを決断した。そして私を身近に置きたい彼の欲望に溺れた。私は彼を中に入れたまま、自分に問うた。これで本当に良いのかしら。


         〇

 翌日、私は午前9時に玉山社長が経営する東新宿のラブホテル『ディープ・イン』に行った。1階の窓口の中年女性に玉山社長の所に面接に来たと伝えると、彼女は顔を曇らせ、私に指示した。

「この奥の右のドアをノックして中に入って下さい」

 私は彼女の言う通りに奥へ進んだ。窓口の奥の薄暗い通路の先に応接室兼事務所があるのを確認し、私はドアをノックした。

「失礼します」

「どうぞ」

 中から玉山社長の声がした。ドアのノブをひねり、ドアを開けると、正面の応接セットのソフアに座り、玉山社長が、煙草をふかして、テレビを観ていた。私は玉山社長に深く頭を下げた。

「お早う御座います」

「お早う。本当に来てくれたんだね。来てくれないんじゃあないかと思っていたよ」

 玉山社長は私との再会を喜び、嬉しそうに笑った。

「さあ。ここに座って」

「はい」

 私が玉山社長と関を変わり、ソフアに腰掛けようとした時だった。先程、窓口で会った中年女性が、横のドアを開けて入って来た。

「コーヒーをどうぞ」

「有難う御座います」

 私は小さな声で礼を言った。すると玉山社長が、彼女を紹介した。

「こちら、桜井君子さんだ。ここの支配人をしてもらっている。分からないことがあったら、この人に教えてもらいなさい」

「はい。周愛玲です。よろしくお願いします」

「桜井です。可愛いわねえ。ではごゆっくり」

 桜井君子は、そう言うと、玉山社長を睨みつけ、隣りのドアをバタンと閉めて、出て行った。それから玉山社長は窓口の女性も3交替制であると話し、桜井君子は、そのリーダーたちの取り纏め役で昼の部の担当と経理事務の仕事の兼務をしてくれている優秀な女性だと説明した。そして私に仲間の女性と客室掃除とゴミ出し、事務所のお茶入れなどの仕事をするよう話して、再確認した。

「大丈夫かな。ことが終わった後の部屋掃除の仕事なんて」

「大丈夫です」

「そうだよな。貴女も斉田先生と、こういう所を利用しているんだろうからな」

 そう言って、玉山社長がニヤリと笑った時、また横のドアが開いて、桜井君子が現れた。

「作業服を持って来たので、着てみて頂戴。サイズ合うかしら」

 私は、桜井君子が持って来た作業服を着てみて、自分に合ったМサイズを選んだ。そうこうしているうちに昼時になった。『スマイル・ジャパン』の倉田社長のことが気になったが、忘れることにした。昼食は初日という事で、お寿司をご馳走になった。玉山社長と桜井君子と一緒にいただいた。昼食後、玉山社長は、第2班のリーダー、大橋花枝を呼び、私に部屋掃除の仕方、窓口とのやりとり、、男子のクリーニング係、風呂係などがいることについて教えてやるよう指示した。大橋花枝は優しかった。彼女は5年前、旦那を亡くし、今は1人暮らしであると仕事の合間に、自分がここで働く事情を話してくれた。肥っているのに動きの速い50代のオバさんで、風呂係の滝沢老人やアルバイトの男子学生などの紹介をしてくれた。それから部屋掃除を3時間程、つきっきりで教えてくれた。私は部屋掃除をしながら、今まで自分が利用して来たラブホテルの使用方法について、反省した。振り返れば、後で部屋掃除する人たちのことを、全く考えないで利用して来た。バスタオルの放り投げ、精液の入ったコンドームの放置、ティッシュの散らかし、歯ブラシの使用済み放置など、掃除する人のことなど、全く考えないで、利用して来たことを反省した。大橋花枝はシーツの整え方を指導しながら私に質問した。

「あんた、どうしてこんな所で働くことにしたの。あんた程の美人なら、働く所、沢山あるだろうに、何か訳でもあるの?」

「今迄、勤めていた会社は、年寄の集まりで、給料が安くて、セクハラされるし、社長の奥様が厳しくて、息苦しくて、転職を考えていたら、玉山社長さんが、採用しても良いって」

「だからって、こんな所に来なくったって。他に働くところ無かったの?」

「外国人だから、行くところ無いんです」

「ふう~ん。でも、まだ若いんだから、ちゃんとした仕事を見つけた方が良いわよ」

 私は大橋花枝に言われ、ふと、この仕事に跳び付いた自分が分からなくなった。金銭面のことばかり考え、斉田医師と玉山社長の誘いに乗ってしまったことは確かだ。本心を言うなら、倉田社長に始末書を書かせられたことへの腹いせだった。仕事は夕方5時に終了した。私は制服を自分用の鍵付きロッカーに入れてから、事務所に立ち寄り、日給8千円を桜井君子から受取り、『ディープ・イン』を出た。外はまだ明るく、若い男女が、ホテルに入ろうか入るまいかウロウロしていた。


         〇

 金曜日の朝、私は今日も休むと、倉田社長にメールして、『ディープ・イン』の仕事に出かけた。倉田社長は了解と2文字だけの返信を送って来た。私のことなど、もう当てにしていないと、その2文字で感じ取ることが出来た。私は8時15分前に『ディープ・イン』の裏口から中に入り、桜井君子にまず挨拶し、大橋花枝のいる女性従業員室に行って挨拶した。それから制服に着替え、大橋花枝と一緒に仕事を開始した。朝8時からの仕事は大変だった。早朝に客が帰った部屋の掃除は第1班の人たちがしてくれるが、8時ちょっと前まで宿泊していた人たちがいた部屋の掃除をするのは辛かった。窓の無い密室の中は、精液の臭いが漂い、シーツが濡れていたり、ティツシュが散らかったり、コンビニで買って来た食品の食べ残しが床に落ちていたり、バスタオルが、ぐっしょり濡れて、化粧台の上に置かれていたり、精液の入ったままのコンドームが2個もあったり、一晩中もつれあった男女の事を頭に浮かべてしまう。花枝が布団カバーを外しながら私に聞こえるように呟く。

「皆,飽きないで、良くやるよねえ」

 私は聞こえないふりをして、黙って部屋の中の掃除をした。使ったものはゴミ箱に捨ててくれれば、掃除も簡単なのにと、文句を言っても仕方が無い。午前中、4時間、みっちり働くと、昼食。私は花枝リーダーと浅海婦人と佐藤婦人と4人で、浅海婦人がコンビニに行って買って来てくれた弁当を食べた。自分の弁当代を浅海婦人に支払って、昼食をしながら、私は、倉田常務は今頃、『シャトル』で誰と食事をしているかしらなどと考えたりした。昼食が終わると、花枝が午後2時半まで空いてる部屋を桜井君子と確認し合い、その部屋で各人休憩するよう指示した。昼休みにやって来た利用客が帰るまでの間、午前中の疲れを休める為の休憩時間とのことだった。私は花枝に指示された402号室に入り、ソフアに寝ころび休憩した。朝から立ち仕事をしていたので、足がパンパンにむくんで、だるかった。ベットの上に寝ころびたかったが、これからお客が使用するベットを乱す訳にはいかないので、ソフアの背もたれに足をひっかけ、テレビを観ながら休憩した。私に休まれて倉田社長がどうしているのか気になった。と、突然、部屋のドアが開き、玉山社長が部屋の中に入って来た。

「どうだね。仕事は?」

「は、はい。何とか」

 私は慌てて跳び起きた。とんだところを見られてしまったと困惑した。

「そのまま、そのまま」

 玉山社長はそう言って、私の隣りに座り、突然、私を抑え込んだ。不意の出来事に私はどうしたら良いのか分からず、足をバタバタさせた。

「何をするの」

「騒がないで。騒がないで」

 玉山社長は小さな声でそう繰り返し、暴れる私の両手をしっかりと握り、身動き出来ぬようにした。私は俎板の上の鯉だった。

「静かに静かに」

 彼は、そう繰り返し、私の水色の制服の上着とスラックスを脱がせ、ゴクリと唾を飲んだ。私のブラジャーとパンティだけの全身を眺め、直ぐ次の行動に移った。私のブラジャーとパンティを外し、丸裸にさせたかと思うと予想外の行動に出た。私の両腕を背中に持って行き、ズボンのポケットから布紐を取り出し、私を縛った。

「何をするの?」

 私が睨みつけると、彼は気味悪く笑った。

「私は美貌と教養を鼻に掛けた女が、どんな身体をしているのか、確かめるのが趣味でね」

 彼は、そう言うと、身動き出来なくなった私の身体をじっくり観察し、まずは唇に指を当て、軽くキッスして、次に乳房に触れた。毛深い玉山社長の手で乳房をもまれ、私は身をよじらせようとしたが、手を後ろ手に縛られていて、身体を自由に動かすことが出来なかった。彼は乳房に吸い付いてからお臍の穴に手を入れ、ゴマを弄った後、その指先を私の股間に滑り込ませ、割れ目の先のクリトリスを小刻みに翻弄した。私は玉山社長に言った。

「止めて下さい。玉山社長!」

「どうかな。クリトリスを刺激され、私に抱き着きたいたいのじゃあないのかい」

「そんな」

「貴女の腰の動きが、もどがしさを証明しているよ」

 私は止めて下さい、イヤッ、イヤッを口走りながらも性的欲情に誘導され身悶えした。玉山社長はクリトリスをいじくった後、私を大股開きにさせ、割れ目の花びらを舐め回した。私は、その快感に思わず腰を前後させてしまった。

「ああっ、そんな所を止めて下さい」

 すると次の瞬間、玉山社長は、私を抱き起こし、ソフアに腰掛け、私を抱っこした。私は後ろに手にを縛られたまま、彼の膝の上に後ろ向きで腰掛ける格好になった。その後ろ向きの私の尻の下から玉山社長がズボンのジッパーを開けて取り出している物をがむしゃらに私の割れ目の中に、グイグイ突っ込んで来た。逃げようが無かった。彼の物は私の愛器にぴったりと嵌まり確実に奥まで達した。

「これがディープ・インだ。暴れても良いぞ」

「ああ、玉山社長、私」

 私は、かって味わった事の無い行為に気持ち良くなり、陶酔した。両手を後ろに縛られた恐怖感を忘れ、無意識のうちに下半身を上下させていた。

「ああ、もう駄目」

 私が気が遠くなりそうになり、悲鳴を上げると、玉山社長は自分の座位型芸当に満足し、自分の欲望を放出した。そして行為を終えると、私を縛っている布紐を解きながら、私に囁いた。

「名器だ」

 私には、その意味が良く分からなかった。玉山社長は捕り物遊びを済ませると、邪魔したなと言って部屋を出て行った。どうなっているの?このホテル。ここは私の居場所では無い。私は玉山社長が立去ると直ぐに室内を整え、2時半、部屋を出て、再び花枝リーダーと一緒に客室の掃除に従事した。花枝リーダーに時々、注意されたり、話しかけたられたりしながら、辛い1日の仕事がやっと終った。その後、ロッカー室で作業服からワンピースに着替え、日給8千円を桜井支配人からいただいた。

「ご苦労様。また明日」

「はい」

 私は、桜井君子に軽く頭を下げ、『ディープ・イン』を出た。それから、振り返って呟いた。こんな仕事、やってられないわ。


         〇

 私は土曜日も『ディープ・イン』で働くことになっていたが、出勤するのを止めた。管理総括の桜井君子支配人に欠勤の電話を入れなければと思ったが、電話をしなかった。すると彼女の方から携帯電話に電話を入れて来た。

「今日はどうしたの。土曜日も働いてもらうことになっていた筈よ」

「はい。そのつもりでしたが、私には重労働過ぎて無理です」

「だからと言って、無断欠勤は許されません。花枝さんたちも困ります。これから出てらっしゃい」

「出られません。私、辞めます」

「辞めるですって。本当に辞めるの?」

「はい。社長に、そう言って下さい。社長にそう言えば納得する筈です」

 私は、そう言って電話を切った。すると、それから1時間後、玉山社長から電話が入った。

「今日、休みだって」

「休みではありません。辞めさせていただきます」

「何でまた。昨日、あんなに喜んでいたのに」

「社長さんがあんなことをするとは思っていませんでした。あれは変態です」

 私は仕事場で休憩中の私を強姦した玉山社長のことが許せなかった。私は愚かだった。給料を沢山支払ってくれるという言葉につられ、とんでもない人と関係してしまった。大橋花枝の言葉が思い出された。

「まだ若いんだから、ちゃんとした仕事を見つけた方が良いわよ」

 彼女の言う通りだった。私は何故、こんな恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったのか。逃げ場のない羞恥と屈辱に満ちた檻に入れられ、このまま飼い慣らされる訳にはいかない。女奴隷にされてしまう。玉山社長は私に変態と言われ、軽蔑されたが、少しも怒らず、下手に出た。

「まいったなあ。俺は貴女が嬉しがると思って、やって上げたんだが、嫌だったんなら御免よ。もうあのようなことはしないから、辞めないでくれ」

「駄目です。私は辞めます」

「そう言わず、明日、話し合おう。優しくしてやるから」

「駄目です。失礼します」

 私は一方的に携帯電話の電源を切った。彼は私にした暴力的行為を、全く反省していないみたいだった。彼にされたことを、警察に訴えたいくらいであったが、斉田医師と玉山社長との付き合いのこともあり、私は自分と玉山社等とだけの秘密にし、黙秘するより仕方無かった。それにしても、どうして私には、こういうことばかり起こるのでしょう。それは相手にも問題はあるが、私の方にも問題があるのだと、何となく理解していた。私の艶っぽい顔つきと豊満な肉体が男たちへの性的衝動を喚起させるからに相違なかった。その男を惑わす色香は、私自身が身に付けたものでは無く、女として生まれ付いた時から身体に植え付けられていたものであり、私自身、どうすることも出来ないものだった。私は、そんな妖美さを潜ませている自分の肉体を嫌悪した。普通の女でありたかった。だが、このような淫乱な女に生まれて来た宿命から、私は一生、逃れられないような気がした。


         〇

 私は、今後、どのようにして日本で暮らして行けば良いのか、いろいろと考えた。しかし、考えた所で名案は浮かばなかった。どの考えも具体性に欠けていた。倉田社長や斉田医師や他の男たちを相手に、二股、三股をかける狡くて汚い自分は、いずれにせよ、1本の道を選ばなければならないのだ。右へ行ったり左へ行ったり、私は迷いながら、フラフラしているが、それは良くないことだった。私はもと来た道に戻るべきだと反省した。結局は現状維持。倉田社長に謝って、『スマイル・ジャパン』で働くしか方法が無かった。だが、先週の水曜日から、ずっと休んでいたので、解雇される可能性が高かった。私は月曜日、心配しながら出社して、倉田社長が現れるのを待った。9時始りなのに、倉田社長は出社して来なかった。不安が募った。倉田社長は、もう私のことなど当てにしていないのかも。そんなことを考えていると、10時過ぎ、倉田社長が出勤して来た。私はドキドキしながら挨拶した。

「お早う御座います。何日も休んで申し訳ありませんでした」

「お早う。今日も休みかと思っていたよ。体調、良くなったの?」

「はい」

 倉田社長は、それ以上の事を口にしなかった。私は机の上のトレーに溜まっている書類や伝票をチェックし、パソコンやノートに記録した。それからアパレル関係のメールをチェックした。婦人服製造各社から、レディースファッションの紹介が届いていたので、気に入った製品を選んだ。そうこうしていると、あっという間に正午になった。倉田社長と一緒に『シャトル』に行くと、マスターやママや石川婦人が、明るい笑顔で私を迎えてくれた。西崎ママが、料理を準備しながら、私に言った。

「体調、良くなったの。少し、痩せたみたいね」

「はい。もう大丈夫です」

 私は明るく振る舞って見せた。石川婦人の隣りに座り、アナゴ丼を食べ、コーヒーを飲み、宝石の話をしたりした。『シャトル』の人たちのお陰で、私は元の環境にに復帰出来た気持ちになれた。昼食を終わらせ事務所に戻り、パソコンに向かっていると、来客があった。去年、採用してもらおうと倉田社長に紹介してもらった『ジェイ商事』の社長、中山秀行の来訪だった。彼は今年5月の株主総会で退任がきまり、6月中旬に退職したばかりとのことだった。次の勤務先が決まり、今後も倉田社長と協力し合って行きたいとの挨拶に来たのだという。私は知らない人ではないので、軽く挨拶をして、コーヒーを淹れてやり、倉田社長と一緒になって1時間程、話した。彼は新しい勤務先が決まったものの何故か不安を抱いているようだった。中山秀行が帰るや、私たちは再び自分たちの仕事に取り組んだ。私はアパレルの仕事を具体化させる為に、あらゆる角度から検討を進めなければならなかった。そんな仕事中に斉田医師からメールが入った。これから会いたいという。私はどうしたら良いのか、頭の中が、パニック状態になった。倉田社長は、仕事中に中山秀行の相手をした為、多忙極まりない様子だった。残業するに違いなかった。私は5時半になると思い切って倉田社長に伝えた。

「スポーツジムに行くので、お先に失礼します」

「ああ、お疲れ様」

 倉田社長は、そう一言、素っ気なく答えただけで、パソコンに向かい、久しぶりに出社した私のことなど、全く気に留めていなかった。倉田社長にとって、私はもう不要人物みたいだった。私は無視されているのを感じながら、『スマイル・ジャパン』の事務所を出て、地下鉄に乗り、新宿まで行った。そして、そこからJR山手線の電車に乗り換え、新大久保駅で下車した。6時半、斉田医師が現れ、何時もの『吉林坊』へ行き食事をした。ビールを飲み、焼き肉を食べながら、斉田医師が、私を睨み付け、先に口火を切った。

「玉山社長、とても残念がっていたよ。仕事が重労働過ぎるなら、事務の仕事を手伝ってもらうから、辞めないで欲しいって」

「そんなこと言われても、あんなホテルの汚い仕事、私には出来ません」

「玉山社長は、現在、経理をしている女性を辞めさせ、愛ちゃんに、その仕事をやらせると言っている」

 斉田医師は、私と玉山社長の間に、何があったのか、全く分かっていなかった。玉山社長は、あの桜井君子総括という愛人を、お払い箱にして、若い私を次の愛人にしようと考えているみたいだった。だが桜井君子は、そう簡単に引き下がる女などではない。斉田医師は玉山社長が、私を愛人にしようとしている魂胆を全く見抜けないでいた。医師にしては、考えが甘く、空気が読めず、余りにも単純すぎた。そんな斉田医師が、果たして私を妻にすることが出来るのか、半信半疑だった。だが私は斉田医師の動物的愛技の虜になっていたので、彼と別れる気持ちにはなれなかった。『吉林坊』での食事の後、私は何時ものように斉田医師と『ハレルヤ』に行き、斉田医師に抱かれた。彼に診察されながら、私は玉山社長に後手を縛られ、後ろ向き座位型でやられた時のことを思い出し、興奮した。そして、斉田医師が両脚を大きく割って入って来ると、私は激しく燃えて、燃えて燃え上がった。もし部屋に縄があるなら、玉山社長にやられたように、縛られ、痛めつけられても良いと思った。私の肉体は多くの男たちと接合回数を重ねるごとに淫乱に進化していて、制御しようが無かった。


         〇

 月末の最終日、『スマイル・ワークス』の人たちが出勤して来る日、私は朝から優鬱な気分になり、朝食も満足に口に入らなかった。

「愛ちゃん。大丈夫?」

 桃園がベットの中から私を覗いて心配した。一緒に暮らしていると相手の気持ちが読めるみたいだ。

「大丈夫でないけど、行かないと、お給料もらえないから」

「大変ね」

「ああ、仕事に行きたくないわ。桃ちゃんが羨ましい」

「何を言っているの。ちゃんとした日本の会社に勤めているのだから、贅沢は言わないの」

 桃園の言う通りだった。ここで我慢しなければ、今度こそ路頭に迷うことになる。私は桃園に励まされ、会社へ向かった。途中、浅草線のホームで、倉田社長と、ばったり出会い、一緒に事務所に出勤した。事務所のドアを開け、中に入ると、既に野崎部長が出勤していて、パソコンに向かっていた。彼は私たち2人を目にすると、笑顔で挨拶した。

「お早う」

「お早う御座います」

 野崎部長は、今まで何も無かったように平然としていた。斉田医師が留守電で、どのように脅しをかけたか分からないが、野崎部長は何時ものように、気安く私に話しかけて来ることは無かった。私たちに続いて、金久保社長と安岡栄一が出勤して来たので、私は皆にコーヒーを淹れてやった。皆がコーヒーを飲みながら雑談している間、私はアパレルのコスト表を作成した。その最中に、『Kエンジニアリング』の丸山社長から、倉田社長に電話があり、月末の支払いがまだなされていないと、督促の文句が入った。相手は約束のお金が、まだ入金されていないので、憤慨している様子で、倉田社長は電話口で、必ず支払うので、数日、待ってくれと、詫びの言葉を繰り返した。私は『スマイル・ジャパン』が、私を採用したことにより、資金繰りに四苦八苦しているのではないかと心配になった。倉田社長の電話が終わると、金久保社長も心配した。

「倉田。大丈夫か。少しくらいの金なら、ワークスで貸してやるぞ」

「いや、大丈夫だ。客先から近く入金する予定だから」

「そうか。なら良いけど」

 そんな会話が済んだところに、北島和夫、菊田輝彦といったメンバーが現れ、狭い事務所の中は、熱気ムンムン。私は頭が痛くなった。彼らは好き勝手に喋り合い、仕事らしい仕事をしているのは金久保社長1人だった。そうこうしているちに正午になった。7人で『シャトル』に行った。倉田社長たちは奥の席に座り、ワイワイガヤガヤと、ここでも喧しく喋り合った。私は石川婦人の隣りの席に座らせてもらい、事務所の人たちと離れて過ごした。ところが時々、野崎部長たちが私に視線を向けるので、彼らの会話がとても気になった。耳を澄ますと、野崎部長が私の悪口を言っているのが耳に届いた。

「中国人は怖い。俺は訴えられるかも知れない。彼女は化け猫だ」

 倉田社長は、そういって怯えている野崎部長の話を真剣な顔をして聞いていた。他の人たちも野崎部長の話を聞きながら、時々、私を見るので、私は心臓がドキドキした。昼食後、事務所に戻ると、倉田社長と金久保社長は仕事に熱中した。他のメンバーは世間話をして、気楽なものだった。会社のことなど、全く考えていないみたいだった。彼らにとって自分たちの会社『スマイル・ワークス』は憩いの場であった。それに較べ、倉田社長は自分の会社『スマイル・ジャパン』の発展の為に、奮闘していた。何時だったか言っていた倉田社長の言葉が思い浮かんだ。

「会社がおかしくなって、たとえ私が不幸になるとしても、君には仕合せになってもらいたい。だから老体に鞭打ち、事業拡大の為に頑張るから、よろしく頼むよ」

 私は倉田社長と異なる彼らと倉田社長を比較して、急に倉田社長の事が愛しくなった。何という情熱的な倉田社長なのか。仲間たちのほとんどが、定年退職して、無職ですることもなく、ブラブラしているのに、彼は日本国内だけでは無く、海外にも目を向け、私までも採用し、事業を拡大しようと毎日、夢に向かって挑戦しているのだ。私は、ここ数日間の横道に逸れた自分の愚かなる行動を深く反省した。私は倉田社長の為にも、夫を信頼している浩子夫人の為にも、初心に戻り、懸命に働かねばならぬと思った。やがて金久保社長が業績報告書を作り上げ、『スマイル・ワークス』の月例会議がスタートした。その会議は30分程で終了した。それが終わると、倉田社長は『スマイル・ワークス』の人たちと酒を飲みに出かけた。私は皆を送り出してから、事務所の掃除を済ませ、1日の仕事を終えた。私は、もしかして解雇されるのではないかという不安を抱えたまま、1人、新宿のマンヨンへ向かった。とても寂しかった。


         〇

 7月になり、私はアパレル事業が1日でも早く立ち上げられるよう具体化に専念努力した。倉田社長は『Kエンジニアリング』の丸山社長から支払いの督促などあり、困窮していた。浩子夫人が出社して倉田社長を煽った。

「客先にもっと強く、残金を請求しないと駄目よ」

 浩子夫人が客先への支払い要求を強く訴えるよう倉田社長を煽動するが、倉田社長は、客先への支払いの督促を何度もすることを嫌った。

「辛い立場であるが、何度も何度も督促する訳には行かない。森木社長だって、板ばさみになって辛いんだ」

 こう答える倉田社長に対し、浩子夫人は、お人好し過ぎると、あれやこれや文句を並べるが、倉田社長は、じっと我慢した。私は中国の瀋陽にいた時代、李増富社長に罵声を浴びせる高彩虹夫人のことを思い出した。こういった状況の中に、頭を突っ込むと、とんでもないことになることは中国で経験済みであったから、私は2人の会話を黙って聞いていた。浩子夫人が出勤しない日は、静かだったが、倉田社長は入金の報告が無くて悩んでいた。それに7月の雨が降り続き、事務所内の雰囲気は憂鬱そのものだった。このままだと私は解雇されるかもしれないと思った。でも私は最後の最後まで頑張ろうと思った。そんな私の姿を見て、倉田社長も私に協力して、アパレル事業の勉強を始め、一緒になって活動してくれた。私たちはアパレル事業計画に真剣に取り組んだ。アパレル業界でのプロになる為には、衣類の商品名だけでなく、そのデザインについても云々、出来るようにならなければならなかった。勿論、生地の良し悪しの判断も出来なければならなかった。アパレル業界の実情を知る為、私たちは、手探りで駆け回った。仕入れ先からの支払い督促の電話から逃れる為なのか、倉田社長は私と外出し、いろんなことを調査した。事務所を離れての気分転換かもしれなかった。大雨の中、門前仲町の婦人服のOEMメーカーに訪問し、岩崎社長や小島部長のアドバイスを受けた。岩崎社長は親切だった。

「私は売れると見込んで、自社ブランドで沢山、仕込み、大損した人を沢山、見て来ました。それよりも現金問屋から気に入った物を仕入れて売る方が良いと思います。特に、初めてアパレルの仕事を始める方には、それが、お勧めです」

 そう言われれば、その通りで、1ロット50枚を売るだけでも大変だったと語る岩崎社長の経験は成程と、理解することが出来た。実に有難い助言だった。私たちは岩崎社長と小島部長に感謝の言葉を述べ、OEMメーカーから退出した。それから門前仲町の駅へ戻る途中にある『富岡八幡宮』をお参りした。私たちの未来に幸運が訪れるよう、2人で祈願した。すると何時の間にか雨も上がり、私たちは爽快な気持ちになった。私たちはアパレル業界の人たちに会う度に1歩前進し、未来への自信をつけた。門前仲町から事務所に戻ると、『森木商会』の森木社長から、倉田社長に残金送金の連絡が入った。その連絡を受けて、倉田社長は急いで銀行へ行き、入金を確かめ、『Kエンジニアリング』へ機械代金の未払い分を振込んだ。そして倉田社長は事務所に戻って来ると、『Kエンジニアリング』の丸山社長に直ぐ電話を入れ、送金が遅れたことの詫びを言い、先程、残金の総ての振込みを済ませたと伝えた。私は、その電話の一部始終を耳にして一安心した。私はホッとする倉田社長にコーヒーを淹れてやりながら、明るい声で言ってやった。

「良かったですね」

「うん。ホッとしたよ」

 久しぶりに見る倉田社長の晴々とした笑顔を見て、私は嬉しくなった。夕方、私は、そんな倉田社長を食事に誘った。何時もと場所を変え、錦糸町の居酒屋『伊勢屋』へ行き、タイ向け機械代金の残りを回収出来た祝杯を上げた。ビールの後、社長はウーロンハイ、私は赤ワインを飲んだ。刺身や豆腐や焼き鳥、肉じゃが、生野菜などを食べながら喋り合っていると、満腹になった。倉田社長はスポット的機械販売の他、継続的アパレル商品の販売を行い、会社経営の安定化を希求していた。その為、私に担当させているアパレル事業の重要性と未来について熱弁した。その情熱的言葉に私は酔った。赤ワインの所為もあって、私は彼の夢に酔った。『伊勢屋』を出てからも私は酔い続けた。私たちは腕を組み、錦糸町を彷徨い、『アラン』というラブホテルに入った。私は将来、私の会社を設立してやるつもりだと倉田社長が言ったことが頭から離れなかった。裸になって、互いの気持ちが本心なのか確かめ合った。本当に相手を信じられるか。私は久しぶりに倉田社長に抱かれ、興奮した。倉田社長のゆるやかな愛撫は私を焦らす。私の股間は、早くもどうしようもなく濡れ始めて来ているのに、彼の肝心な物は中々、固くならない。私は焦らされ、彼の物をしごき可愛がる。早く早くと願いながら。すると彼の物は血の気を帯び、痛々しい程に勃起し、期待を膨らませて、一段と大きくなった。私は歓び、切ない吐息を漏らし、自分の濡れている中心部に、彼の火柱のようになった硬い陰茎を手で誘導して、結合させた。倉田社長は私と結合したのを確認すると、四つん這いになり、私の上で、ゆっくり腰を上下させ、私に甘い言葉を囁いた。私はその甘い言葉と細やかな愛技に蕩けた。私は彼に愛され、彼に溶けかされ、恥ずかしい程、大輪の花を大きく広げて燃えた。


         〇

 倉田社長とアパレル業界を歩き回るうちに、少しづつではあるが、何となく、前方に光明が見えて来るようになった。倉田社長は仕事について、私に、こう語った。

「仕事の構造はシンプルに出来ている。好きな仲間と目的とプロセスを共有し、力を合わせれば、未来は必ず拓ける。勿論、専門的知識を身につけ、互いに互いを磨かなければならないが」

 この言葉は、倉田社長の40年以上にわたる経験だった。7月7日、火曜日、私は倉田社長の指示に従い。アパレルの現金問屋には、どんな会社があるか調査し、どんな商品を扱っているか、リストアップした。それを完成させ、倉田社長に説明していると、浩子夫人が事務所にやって来た。午前中、銀行に出かけ、代表者の変更届などを提出して来たという。私は、倉田社長への説明を一旦、中断し、浩子夫人にコーヒーを淹れてから事務所の経費の報告、旅費精算の報告などを行った。その後、3人で、『シャトル』に昼食に行き、石川婦人たちと世間話をした。浩子夫人も、『シャトル』の経営者夫婦やお客と顔馴染みになり、いろんなことを話した。『シャトル』での食事を終えて、事務所に戻ってから、午後1番で、アパレル事業の進展状況を訊かれた。そこで午前中、倉田社長に説明しかけていた現金問屋リストを提示して、2人に、どんな会社があるかを説明した。すると浩子夫人は、自分も興味があるから、今から一緒に現金問屋に行ってみたいと言い出した。私と倉田社長は浩子夫人の言う通り、実際、その会社に訪問し、実態を把握することが重要だと判断した。思い立ったら吉日。私たちは、即刻、馬喰町にある現金問屋に行ってみることにした。私たちは馬喰町に着くと、問屋街を見て回った。浩子夫人が余りにも積極的になるので、私は何故か仕事を奪われたような気分になった。その上、生理になってしまい、落着かなかった。それに倉田社長が気づき、喫茶店で休憩しようと言ってくれた。その喫茶店でコーヒーを飲みながら、浩子夫人が忘れていたことを思い出した。

「あっ。私、忘れていた。ごめんなさい。これ愛ちゃんのボーナスの明細。少しだけれど、振り込んでおいたから」

「えっ。ボーナスいただけるのですか?嬉しい。有難うございます」

「会社は利益が上がってないけど、これからに期待して、頑張ってね。そうしたらもっと、貰えるから。ねぇ、社長」

「う、うん」

 倉田社長は苦笑いして答えた。倉田社長は、私のボーナスのことより、馬喰町の卸店を回り、組合の会員にならない事には小売りしてもらえないことに頭を悩ませていた。コーヒーを飲み終えてから、倉田社長が、今日の仕事を終わろうと言ったので、私は倉田社長夫婦と別れた。倉田社長は浩子夫人がダンス衣装を横山町で探したいと言っているので、それに付き合うという。私は馬喰町から地下鉄に乗り、新宿に帰って、取引銀行に行って、入金を確かめた。ボーナスの10万円が明細書通りに入金されていた。私は、何日も休んだりしたのに、給料以外に、初めてのボーナスをもらい、跳び上がって喜んだ。マンションに帰り、まず中国の両親に、このことを報告した。両親はとても喜んでくれた。

「良かったね。努力が実ったね。こちらも、アパレルの仕事が出来るよう準備を進めているのでよろしくね」

「はい。春麗姉さんにメールするので、どんな服が良いかも一緒に見てね」

「はいはい。楽しみにしていますよ」

 中国の家族は、営口市内にアパレル店をオープンすることを真剣に考えてくれていた。私の夢は広がった。それは普通の生き方では無く、中国と日本を結び付ける虹の架け橋のような、より高く、より遠くへと続く、七色の橋を渡るような夢だった。両親との電話を終えてから、今度は琳美に電話した。

「琳ちゃん。オーナスが出たの。ご馳走してやるから、出ていらっしゃい」

「本当なの。嬉しい。直ぐ行くわ」

 私は、琳美の声を聞いて、一層、嬉しくなった。琳美は可愛い花柄のワンピースを着て、直ぐにやって来た。私は琳美を新宿駅東口近くのフルーツパーラー『高野』に連れて行き、ディナーのバイキングコースをご馳走して上げた。2人とも甘いものが好きなので、沢山の種類をいただき満腹になった。私は生理中なのに、何故かとても明るい気分に満たされた。倉田社長夫婦の私への心遣いのお陰だった。


         〇

 倉田社長は『森木商会』から、大金の振込みがあってからというもの、全く自信を取り戻した。情熱をもって精一杯生きる者には失意など無いというが、まさに倉田社長には、そんな夢想家のようなところがあった。還暦を過ぎているのに青年のように、未来に希望を抱いている彼は、若い私にとっては不思議でならない存在だった。彼はまた友情を重んじるところもあった。特に大学時代の仲間である『スマイル・ワークス』の人たちとは、固い友情で結ばれていた。そのメンバーは水曜日になると、必ず事務所にやって来た。彼らの出社は、アパレル事業に取り組む私には煩わしくて仕方なかった。金久保社長は北島和夫たちとコーヒーを飲み、株価の話などを喋り合い、野崎部長はパソコンに向かい、中学時代の同窓会旅行のパンフレットを作成するのに夢中だった。私はうるさくて困惑している倉田社長を、彼らから引き離そうと、、昼食後、代々木のフアッション展示会場に同行してもらうことにした。私たちは『シャトル』での昼食を済ませると、代々木に向かった。午後2時、フアッション展示会場に行き、いろんなデザインの婦人服を見せてもらった。倉田社長は会場にいる若いファツション関係の男女に対し、恥ずかしからず、積極的に質問し、自分たちの構想を彼らを交え相談した。その展示会場を見終えてから、私は倉田社長に抱かれたいと考えた。しかし彼は、仲間との飲み会に参加するからと言って、展示会場で私と別れ、事務所に戻った。私は生理が終わったばかりなので、男の肌が恋しかった。こんな気持ちは私の方から言い出せなかった。週末になると、その気持ちが増幅し、私はもう我慢出来なかった。倉田社長が神田の客先へ行くと言うので、私も一緒に外出し、『三越』の本店に行き、婦人服の売り場が、どのように商品を陳列しているかを目で確かめ、陳列の研究をした。そして5時過ぎ、神田駅前の喫茶店『プロント』で、倉田社長と合流し、店舗のデザインなどの打合せをした。その打合せが終了し、さあ一緒に帰ろうとすると、倉田社長は、これから別の打合で会う人がいるからと言って、私と一緒に帰ることを拒否した。私はそこに女の存在を感じ、打合せが終わるまで待つと意地悪を言った。倉田社長は、ちょっとむくれた。

「どうぞ、ご勝手に」

 彼は、そう言うと、私が座っている席から離れ、遠くの席に移動して相手が来るのを待った。私は、どんな女が現れるのか気になった。その相手は6時過ぎに現れた。女では無く、背の低い倉田社長と同年輩の男だった。2人は喫茶店の片隅で30分程、ヒソヒソ話をして別れた。相手の男は帰り際、私の方をチラッと見たが、急いでいる風だった。1階への階段をトントンと音を立て降りて行った。倉田社長は、私のいる席に戻って来て言った。

「彼、明日、ゴルフだからと言って早く帰ったよ」

「良かったわ。一緒に帰れるのね」

「うん」

 私たちは神田から新宿へ向かった。新宿に到着すると、新宿の街は週末の金曜日の夕刻とあって、大混雑していた。煌びやかな夜のネオンと妖しい熱風が、新宿の夜を狂わせようとしていた。歌舞伎町全体が妖気を放ち、不夜城のように眩しく浮かび上がって、私たちに手招きをしていた。私たちは、その歓楽街に吸い込まれるように誘い込まれ、やがて懐かしい『エミール』に到着した。私たちは過ぎし日のことを追懐した。私はまだ大学生だった。あの日が再び私たちを呼んでいた。『エミール』の受付のあのオバさんが私を睨みつけたので、私はかすかに微笑み、倉田社長の手を引っ張り部屋に向かった。倉田社長は部屋に入ると、ぐっと唾を飲み込むと、私を見詰めた。私はやっと倉田社長とこの小宇宙で過ごせる希望が叶って嬉しくて仕方なかった。ここに愛はあるの?そんなこと、どうでも良いの。欲望が先。したいからするの。ここにいる2人は幻影ではないの。私たちは何度も互いを確かめ合った。同床異夢。彼は何を考えているのかしら。そう考えると私の心は揺らいだ。純愛なのか不倫なのか。どう考えてみても、私たちの関係は純愛では無く、不倫だった。私は、その歪んだ愛に没入した。

「貴男は私のものよ」

 私は彼に催眠術をかける魔女のように囁いた。彼は驚いた。

「そんなこと言うなんて、今日の愛ちゃんは変だぞ」

「いいの」

 倉田社長は私の狂い咲きの情念に翻弄された。彼は私の身体を順繰りに愛撫し、愛の扉を開けて中に入って来た。そこはピンク色に開いた惡の華の奥宮。彼はそこの奥深くに没入し、その花芯に向かって白い生命を発散させた。生温かい物が浸潤する。ああ。私は悦びの声を漏らし、彼の腰を引き寄せ、その総てを吸収しようと、強く抱き着く。それから私たちは1時間程、『エミール』で抱き合ったまま眠った。気が付いて部屋を出て、受付に鍵を戻しに行くと、またあのオバさんが余分な事を言った。

「長かったわね」

 余計なお世話。私たちは空腹を感じ、近くにある台湾料理店『青葉』へと移動した。


         〇

 私と倉田社長のアパレル業界への取り組みは加速度を増した。私たちは中国の営口店に陳列する婦人服の仕入れ先を検討する為、東京都内は勿論の事、名古屋のカットソーメーカーや岐阜の縫製工場などを訪問した。一方、中国では、春麗姉が夫の勤める銀行から30万元の借金をして、建設中の百貨店内にアパレル店を出店すべく動き回っていた。私たち姉妹の夢は日本製の高品質の高級婦人服を中国の富裕層に販売し、喜んで貰うと共に、利益を上げ、自分たちの家族が人間らしいゆとりある生活をすることが願いだった。私は日本製の婦人服を何時、送るべきか春麗姉や母に毎日のように督促した。ところが何と建設中の百貨店の担当窓口の男が、敷金20万元を持ち逃げし、百貨店内の出店が不可能になったとの知らせが入った。私は、その連絡のメールを読んで、精神的シヨックを受けた。春麗姉たちの余りも理不尽極まりない不幸を思うと、気の毒で気の毒で私は、机の上に頭を付けて、ワッと泣き伏した。そんな私の不意の状況を目にして、倉田社長は慌てた。倉田社長は私が見ていた中国からのメールを確認しようとした。私は、このメールを絶対、倉田社長に見せてはならないと思った。私はメールを読もうとする倉田社長に逆らった。

「メールを見るのは止めて下さい。個人的メールを覗き見するのは、プライベート侵害です。メールを見るのは止めて下さい」

 私は春麗姉からのメールを慌てて閉じた。すると倉田社長は怒った。

「ここは仕事場。個人的メールは従業員規則で禁じている筈。仕事中の個人的メールは厳禁だよ」

「でも、何処の会社でも、個人の自由は認めている筈。会社のパソコンでメールのやりとりをしても、少しくらいなら許してもらっているみたいですけど」

 私は、そう答えはしたが、自分の発言が道理に合わないことは分かっていた。中国の家族へのメールや可憐たち『微笑会』のメンバーや工藤正雄、琳美、斉田医師などへの個人的ヤフーメールを会社のパソコンを使ってやり取りしていたのは確かであり、いけない事だった。倉田社長は、私が突然、涙を流したり、個人的メールを覗き込まれて怒ったりした理由が分からず、それからは不愉快な態度で自分の業務に取り組んだ。私も、むくれて自分の仕事に取り組んだ。2人は狭い事務所の中で口も利かなかった。昼になって、年配の倉田社長の方が折れて、私に声をかけた。

「食事に行こうか?」

「はい」

 食事に行っても、私たちは必要なこと以外、口を利かなかった。私は食事をしながら、春麗姉や中国の家族のことを想像して涙ぐんだ。倉田社長は私が涙ぐんでいる理由が分からないので、何も言わず考え込んでいた。恋人にふられたのだろうか。それとも親友に悪口を言われて、悔しがっているのだろうかなどと、想像しているに違いなかった。中国にアパレル店を出店するに当たり、私の家族が四苦八苦して準備した大金が、まさか騙し取られたなどとは想像していなかった。私は、この事実を倉田社長に話そうと思ったが、不況の為、自社の経営もおぼつかない、彼に泣きすがる訳には行かなかった。食事が終わると、倉田社長は気分転換の為、日暮里の繊維街に行こうと、私に提案した。そこへ行って婦人服の生地が、どの程度の金額であるかなどを知るのが目的だった。私たちは午後3時に事務所を出て、日暮里の繊維街へ行き、夕方になるまで、あちこちの店を見て回った。そして、薄暗くなり始めたのを見計らって、鶯谷の『シャルム』へ行った。互いに鬱積しているものを流そうと、裸になり薄暗い部屋の中で私たちは抱き合った。私は彼の胸に顔を押し付けて、涙声で言った。

「このまま死んでしまいたい」

 私の言葉に、倉田社長は、少し戸惑ったが、直ぐに首を横に振った。

「何を言うか。君にはこれから、沢山の未来があり、幾つもの春秋が待っているではないか」

 倉田社長は、そう言って優しく愛撫しながら、私を励ましてくれた。反面、その言葉は彼に残されている春秋が残り少ないということを意味していた。その切なさに私は、更に涙を潤ませることになった。


         〇

 人生、山あり谷ありというが、春麗姉が建設中の百貨店の関係者に騙され、20万元を持ち逃げされたことは私たち家族にとって一大事だった。甘い言葉に騙された春麗姉のことを思うと、涙がとめどなく溢れ、どうしようもない絶望感に襲われた。春麗姉は夫の高安偉や両親と一緒に,公安に詐欺に遭ったことを訴えたが、犯人が逃亡したままで、まだ捕まらないということだった。そのことを建設中の百貨店にも訴えたが、法律は中国共産党に都合良く利用され、支払った出店の契約金は戻らないとの結論だった。従って持ち逃げされた20万元は、諦めるより仕方なかった。しかし、この事で、私たち家族はアパレル店の計画を諦める訳には行かなかった。春麗姉の夫、高安偉の勤める『中国工商銀行』から特別融資を受けているので、アパレル店の計画を実行せねばならなかった。その為、私の家族は春麗姉と私の為に、出店計画を百貨店から、営口市内での独自出店に切り替えた。そんな苦難に対処している中国の家族の事を思うと、私はのんびりしていられなかった。私は中国の家族が独自出店する為に、少しでも資金協力してやりたかった。そこで私は今まで隠して来た中国で起こった事件やこれからの方針について、倉田社長に正直に話した。すると倉田社長はびっくりして声を上げた。

「ええっ。詐欺に遭った!」

「はい。犯人は逃げたままで、行方知れず。まだ捕まらないの」

「悪い奴がいるものだな。本当にそんな奴がいたの?」

 倉田社長は、そう言ったが、私の説明に対し、半信半疑だった。中国各地に出張したことのある倉田社長は営口市内での、独自出店についても疑問を感じているみたいだった。

「百貨店で無く、市街に店を出して経営が成り立つのだろうか」

「大丈夫です。これを見て下さい」

 私は春麗姉が私と相談して企画している中国店の予算書を倉田社長に提出した。それを手にして倉田社長は、またまた驚いた顔をして、私に言った。

「概算ではあるが、各項目ごとに記載されていて、良くまとまっている。売上げが、この通りに行くなら、事業は成功する」

 私は彼に褒められたが、ちょっと膨れっ面をして彼の心の内を探った。

「私だって、家族と自分の費用で店を始めるのだから、命懸けよ。会社は面倒見てくれないものね」

 すると倉田社長は平然と答えた。

「我社は取引の協力はして上げられるが、中国に店を置くような余力は無い。とはいえ我社のアパレル事業を発展させる為には、中国の顧客を掴む必要がある」

「そうでしょう。だから私は家族に出店を要請して来たのよ」

「分かった。なら休暇を上げるから、お姉さんに任せておくだけで無く、君自身が現地へ行き、自分の目で実情を把握し、どうしたら成功するか、お姉さんと確認し、万全の策を考え、帰って来なさい。双方で納得した上で、出店場所や店構えを決めた方が、間違いないと思うから」

 倉田社長は、私に休暇を取り、中国へ行って実情を把握するよう勧めた。私には信じられない助言だった。私は驚喜した。

「そうよね。そうさせていただくわ。本当に休暇を貰えるのね」

「ああ、良いよ」

 倉田社長は簡単に私の中国行きを許可してくれた。私は信じられぬ倉田社長の言葉に、大喜びして、直ぐに旅行会社に連絡し、割安のチケットを入手した。盆休み前が割安ということで、7月末に出発し、8月初旬に日本に戻って来るスケジュールを組んだ。その予定が決まってから、私は斉田医師に用事があって中国へ帰国することになったと伝えた。斉田医師は私が中国へ帰国すると知ると、一時も早く会いたいと言って来た。そこで私は何時ものように、『吉林坊』で食事をし、『ハレルヤ』に行き、しばしの別れを惜しんだ。斉田医師は当分会えないと思ったのでしょう、狂った動物のように私を弄んだ。私も彼につられ、乱れに乱れた。彼は叫んだ。

「愛ちゃん。気持ちいいか。どうだ。どうだ?」

「いいわ。いいわよ」

「じゃあ、行くぞ。いいかな」

「いいわよ。いいわよ。沢山、出して」

 激しい行為が終わってから、私は鏡に映る自分の乱れた姿を見て、覚悟を決めた。矢張り自分は男に依存する生き方しか出来ない。私は胸に隠していた深い悩みを斉田医師に告白した。

「中国に帰るに当たって、百万円、貸して欲しいの」

「なんで、そんな大金を。借りるなら玉山社長に借りたら。彼は大金持ちだから」

「ということは、私が玉山社長の愛人になっても良いということ?」

 私の理不尽な言葉に斉田医師は二の句が出なかった。私は彼に資金提供を執拗に迫った。

「私は貴男に百万円を出して欲しいの」

「分かった。何時まで都合すれば良いのかな」

「25日までに用意して欲しいの」

 斉田医師は頷くと、もう一度、私に挑戦して来た。私は彼に再び抱かれながら思った。私の肉体は自分が生きる為の最強の武器であると。


         〇

 雨の金曜日の午後2時過ぎ、私は倉田社長と一緒に、渋谷の外れにあるプリーッメーカー『タロット』を訪問し、原口営業部長と商品についての相談をした。28日、中国に帰国するにあたり、日本からどんな高級婦人服を送り、店に並べるかの調査が目的だった。『タロット』の商品は品があり、着心地が良いので、浩子夫人のお気に入りだった。そんなことから中国の富裕層の御婦人たちにも気に入ってもらえるのではないかという、私たちの考えだった。『タロット』の商談室に飾られたプリーツ製品は、4色限定であるが、その高級感に私も倉田社長も満足した。また原口営業部長は、自社製品の販売店の室内装飾は白に統一していると説明し、それが商品を目立たさせてくれるとアドバイスしてくれた。原口営業部長から、私たちが中国で日本の高級婦人服の店舗を計画していると聞いて興味を持ったのであろうか、『タロット』の松岡社長まで出て来て、商談に加わった。松岡社長は精悍で気障っぽい、一風変わった中年男性だった。彼は私たちが既に原口部長から説明を聞いているのに、自ら自社製品のPRをした。そして私たちに豪語した。

「岐阜などで仕立てた婦人服と一緒に、我社の製品を並べて陳列するなら、御社には我社の製品を売りませんよ」

 商談に慣れた倉田社長は、それを神妙な顔で聞き流し、納得したふりをした。私たちへの挨拶を終え、松岡社長が退室すると、原口部長が、松岡社長の無礼を、私たちに詫びた。すると倉田社長は原口部長に笑って言った。

「今の厳しい世の中、経営トップが松岡社長くらいに自社製品に自信をもたなければ成功を収めることは出来ませんよ。社長の経営方針に感激したとお伝え下さい」

「有難う御座います」

 私たちは充分に話し合いをして、プリーツメーカーを辞去した。それから松濤の坂道を渋谷方面に向かって下りながら、私は中国の店名と商品のブランドについて、先程までいた会社名と同じ『タロット』にしたいと倉田社長に話した。すると倉田社長は突然、激怒した。

「他社の店名を真似るのは良くない。また他社のブランド名を許可無しに使うことは出来ない。無断で使用したら罰金を取られる。またその許可を申し出れば、店はメーカーの物にされてしまうことだってある。君が家族と一緒になって命懸けで築いた物が、そんなことで他人の所有物になってしまって良いのか」

「でも『スマイル』は有名じゃあないから」

 私が、そう言うと、倉田社長は尚更、怒った。自分たちの社名を傷つけられ、小馬鹿にされたと感じたのだ。

「君は私が希望している事を分かっていない。じっくり説明してやるから、そこのデパートの中で食事をしよう」

 私は憤慨している倉田社長に百貨店内のレストラン『なだ万』に連れて行かれた。そこで美味しい日本料理をゆっくりいただきながら、私は倉田社長から、『スマイル』についての説教を受けた。普段大人しい倉田社長が、かくも執拗に社名の『スマイル』にこだわるのか、私には理解出来なかった。それは人と人のより良い関係を作るのが、『スマイル』の役目であり、『スマイル・ジャパン』は世界の人々との微笑みの輪を作ることが、大きな目的の会社だという説教だった。結果、私は中国へ帰国する前に、ブランド名などについて最終打合せをすることにした。私は食事が終わってから、倉田社長に小声で言った。

「話疲れたでしょうから、この後、少し休憩しましょうか」

「そうだな」

 私たちは百貨店内のレストランから出ると、道玄坂に移動し、『アラン』というラブホテルに入った。互いにまだ仕事の事で納得の行かないところもあったが、互いに不満のぶつけ合いを終わらせて、ストレスを吐き出すことにした。私は仕事熱心な倉田社長に見詰められるとどうしようもなく身体が火照った。ああ、私は何て悪い女なのか。こんなに献身的な人に逆らうなんて。私の心は千々に乱れ、彼を求めた。私の肉体は裸になるや直ぐに受け入れ態勢が出来上がっていて、彼に何時もと違う体位を要求した。それは玉山社長が行ったのと正反対のベットに腰掛けての座位型対向位だった。『アラン』は部屋中に鏡を駆使しているので、座って交わる2人の姿が、四方の鏡に写り、とても刺激的で、2人の船漕ぎ行為を燃え上がらせた。倉田社長は、私より40歳も年上なのに、座位型対向位の後、ベットに上がり、布団の上に私を四つん這いにさせ、バックから一度、その後、正常位で一度と、2回も発射して果てた。実に男らしかった。


         〇

 私の中国への帰国について斉田医師は神経を尖らせていた。百万円を借金したまま、日本に戻って来ないのではないかと心配しているみたいだった。一方、『スマイル・ジャパン』の倉田社長と浩子夫人は、私の中国出張に期待していた。浩子夫人は倉田社長の中国での営業計画に同意し、私の中国出張を許可してくれた。出張の為の仮払金20万円を私に渡しながら、浩子夫人が言った。

「明日、中国へ行く前の記念として、皆で隅田川の花火を観ましょうよ。飲み物や食べ物は、私が準備するから」

「は、はい」

 私は明日、斉田医師から百万円、受け取ることになっていたのに、うっかり浩子夫人の提案に賛同してしまっていた。そして翌日、隅田川の花火大会の日となった。夕方5時半に事務所に集まり、皆で花火を楽しむことになっていたので、午後3時、私は斉田医師と池袋で会った。池袋北口の喫茶店『伯爵』で合流し、平和通りのラブホテル『ララ』に入り、私は借りる約束をしていた百万円を斉田医師から受取った。斉田医師は私に現金を渡した後、借用書にサインさせた。それから勿論のこと、その代償として斉田医師は、私を堪能した。斉田医師に散々、やられ、『ララ』を出たのは、夕方の5時だった。約束の時間まで、30分しかなかった。池袋駅の改札口で、私は斉田医師に別れを告げた。

「今日は有難うございました。私はこれから会社に行き、花火を観ながらの飲み会ですので、ここで失礼します」

 すると斉田医師は、私の事を疑った。突然、私の手を引っ張り、質問した。彼は私に百万円を渡したことにより、傲慢になっていた。

「私も浅草へ行く。一緒に行って花火を観る」

「でも私は会社へ行かないと」

「私と会社の仲間と、どっちが大事か」

 私は斉田医師の強引さに、どうすれば良いのか困惑した。しかし彼に依存した生き方をしている私は、私を離すまいとする斉田医師を振り払うことが出来なかった。私は斉田医師と池袋から上野まで行き、そこから地下鉄に乗り、浅草へ行った。浅草は花火大会で大賑わいだった。私は斉田医師と隅田川沿いを歩き、言問橋の近くで花火見物をすることにした。川の向こうには倉田社長や浩子夫人たちが、私を待っている筈であった。『シャトル』の人たちも、焼きそばを作り、私たちが行くのを待っている筈だった。私は斉田医師に隠れて涙をぬぐった。隅田川の花火大会は夜空が暗くなり始めた7時からスタートした。約2万2千発の花火が隅田川の上空に大輪の花を咲かせた。32回目になる今回は、2016年夏の東京オリンピック招致を目指し、五輪やメダルの色を意識した花火を打上げ、95万人近い観客がその素晴らしさに喝采を送った。私は途中、斉田医師に許可をもらって、人混みを分け、言問橋を渡り事務所に駆け付けた。事務所に行くと、倉田社長と浩子夫人、それに息子の孝明が、寿司や焼き鳥などを食べながら、楽しそうに語り合っていた。息をきらして駆けつけた私に倉田社長が、息子、孝明の紹介をしたが、私は言い訳をするのが精いっぱいでどうしたら良いのか分からなかった。倉田社長や浩子夫人は、私を冷たい目で見た。特に料理を準備した浩子夫人の目は厳しかった。貴女の言い訳など聞きたくないと、その目は語っていた。倉田社長の目も、お前の嘘など聞きたくない。お前の涙も信じない。如何に混雑していたとはいえ、もっと早く来られた筈だ。もし、恋人と花火を観ていたのなら、都合が出来て行けないと断りの一報を入れれば良かったではないかと語っていた。事務所の窓から観える花火は素晴らしく、まさに絶景だった。その花火大会は8時半に終了した。私は浩子夫人が準備してくれた食べ物を少しいただいてから、倉田社長たち家族と事務所を出た。それから私は友達に会うからと言って、倉田社長たち家族と別れ、斉田医師の待つ、浅草へ向かった。斉田医師がいる喫茶店『マウンテン』に辿り着くと、ドッと疲れが出た。斉田医師が心配して訊いた。

「会社、どうだった?」

「皆で私を待っていたわ。混雑していて橋を渡れなかったと説明したけど、社長は信じていないみたいだったわ」

「そりゃあ、まずかったな。会社の事を軽く考えていると思われたかも」

 斉田医師の言う通りだった。倉田社長は表面は優しいが、総てを見通しているのかもしれなかった。私は斉田医師に文句を言った。

「総ては先生が悪いのよ。万が一の時は責任をとってね」

「その時は、その時で考えるよ」

 斉田医師は、そう簡単に答えた。私たちは、花火大会が終了したのに、まだ混雑している浅草から上野に出て、山手線で、それぞれの家に帰った。


         〇

 そして月曜日、私は不安を抱えたまま、『スマイル・ジャパン』に出社した。私は、まず、明日、中国へ出発する準備の為のアパレル関係の資料を集めた。倉田社長は昨日の事は何も言わず、私に中国に訪問して行う仕事を細々と指示した。店名の確認。展示商品の種類。店舗のイメージ。タグのデザイン。メイン商品をプリーツにすることなど、基本方針を文書にまとめて、私に説明した。それを終えて、『シャトル』で昼食を済ませると、倉田社長は私の早退を許可してくれた。私は事務所から急いでマンションに戻って、帰国の準備をした。久しぶりに帰るのだからと、芳美姉が、中国への土産などを、沢山、準備してくれた。私は会社の命令で出張するのに、まるで芳美姉の運び屋みたいに、彼女の指示に従った。夕食は芳美姉と琳美と桃園と4人で、イタリアン料理を食べた。芳美姉は何度も私に言った。

「皆によろしくね」

「はい」

 芳美姉は私の帰国が羨ましいみたいだった。食事を終えてから私は芳美姉と琳美と別れて、桃園と部屋に戻った。私は『快風』に行く、桃園を見送ってから、荷物の最終確認をした。そして、今夜はともかく明日に備え、早く眠ることにした。


      〈 夢幻の月日⑩に続く 〉


 





















































































































































































































































































































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