コミカライズ記念SS ⭐︎地図
「ディルにお願いがあるの」
ディルの執務室の扉をノックをして、恐る恐る覗き込んだ。
わたし、ダスベル王国の第3皇女であるレナリーナ•ダズベルはまだ公に発表はされていないが隣国フラップ国の王弟であるディカルト•フラップの婚約者だ。
最近はフラップ国のことを学ぶために非公式だけど頻繁に訪れている。
もちろん手っ取り早く正常に戻った転移魔法でだ。
しかしいつもはいまだに、わたしが転移魔法の詠唱を間違ってどこかに行ってしまうことを心配する家の者達が多いために真っ直ぐに帰ることが多いのだけど、今日は講義の帰りにどうしてもディルにお願いしたいことがあって、布製の鞄にスライスされ果物が紙に包まれたものをいっぱい詰め込んで、執務室を訪れた。
「ディルが忙しくしているのはわかっているの。本当にごめんね。このスライスした果物を乾燥させて欲しいの」
ディルは最近、王である兄上の執務を王弟として手伝っている。そのために自分の執務室を持って、とても忙しくしている。
忙しいことがわかっているだけにこんなことをお願いするのは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「レナ、そんな遠慮がちに扉を開けなくても堂々と入っておいで。それはサナさんに持たされたんだな」
ディルがクスクス笑いながら、布製の鞄を受け取ってくれて執務机の上に置いた。
大きな鞄がはち切れそうになるぐらい詰め込まれている様々な種類のスライスされた果物を取り出し、広げるのを手伝ってくれる。
「サナさんとこのパンに入れるドライフルーツ用とわたしのおやつも含まれているの」
「レナはドライフルーツが相当気に入ったんだな。これを全部乾燥させるのか?」
「無理を承知でお願いします。上手くいったら今度、ドライフルーツたっぷりの新作のパンを持ってくるわ」
「レナの頼みなら、断れるわけがないだろう」
ディルが優しくわたしの頭の上にキスを落とす。
わたしはディルの風魔法がとても好きだ。
風魔法を詠唱をするディルは漆黒の髪を風に靡かせながら、優しい光に包まれる。
光の粒が果物に降り注ぎ、ディルの風魔法であっという間に乾燥させた。
「即席ドライフルーツが出来たぞ。報酬はレナのドライフルーツの入った手作りケーキも食べたいな」
「うーん。難しい注文だけど、がんばってみるわ!」
乾燥しいたけが成功して以来、ディルは様々なものを乾燥させる実験を繰り返して、フルーツもディルの風魔法で乾燥できることがわかった。
それ以来、いままでは葡萄ぐらいだったドライフルーツの種類がグッと増えてわたしはドライフルーツがとても大好きになったし、傷みや規格外などの貯蔵をすることが出来ない果物をあらかじめドライフルーツに加工してから貯蔵するという手段ができて、処分をしてしまうものが減った。
ディルの魔法は実用的で羨ましい。
申し訳ないけど、わたしの得意な魔法は雷のような魔法で椎茸を増やすことや、対攻撃には適しているけどそれ以外に役立つことはない。
思わず、唇を尖らせながら「いいなぁ」と呟くように口走ってしまった。
「レナも頑張っているじゃないか。そのビリッとするもので炎症を緩和したりするんだから」
そうなのよね。
ディルがあんまりにもベタベタしてくるもんだから、ついつい?雷のような魔法をとっても小さな規模にして、ディルの手にお仕置きのつもりで魔法をかけたら、あら!不思議。
ディルは剣を振るいすぎて手首を痛めていたのに、その症状が改善したのよね。
それ以来、騎士団の方たちにも協力をして頂いて被験者になってもらい、試したところ炎症を鎮める効果が出たのよね。
そのうち騎士団の方が、変な聖女の名前をつけて口にし出したから、この実験は速攻で口止めしたわよ。
だって、わたしのふたつ名は「しいたけ聖女」
しいたけの聖女だけで十分よ。それに加えて「雷聖女」や、「ビリビリの聖女」なんて呼ぶんだもの。
聖女だなんて畏れ多い呼ばれ方はこれ以上ごめんだわ。
「それよりもディルはわたしになにか言いたいことがありそうね」
うずうずするような、ものすごくわたしになにか言いたそうな表情をしていたディルの様子が気になった。
「いまはとても平和な世の中だろ。この国も兄の治世かでは落ち着きを取り戻したし、両隣国や同盟国との関係も良好だ。騎士団を縮小せずに訓練や警備以外に騎士団が出来ることを考えていてね。それで、絵の上手いレナに頼みがあるんだ。地図を作ってくれないか?」
唐突にディルが言った。
「地図?わたしは絵を描くしか出来ないけど、役に立つの?」
「この国は数年ほど前までは内政が良くなかったから、その頃に子どもだった人々の教育まで手が回っていなくてね。字が読める若者がそう多くはないんだ。騎士団も同じ状況だ。これからは騎士団が堤防作りなど土木工事をするのに自然環境を絵であらわす地図が必要だったり、王都に来た人が迷わないための絵でなにがあるかわかる王都観光のため地図が欲しいんだ」
真剣な表情でお願いされては、ディルが想像している通りのものを描けるか自信はないが、描いてみたくなった。
「もちろん、いいわよ」
ふたりで大きなテーブルに紙を並べ置いた。
「基本の線だけの王都の地図はディルは描ける?」
「もちろんだとも。伊達に騎士団の副団長じゃないぞ。路地や隠れられる場所まで詳細に描けるぞ」
「隠れられる」という言葉に一瞬反応してしまう。
ディルと出会った頃のことを思い出し、いまわたしの横にディルが無事でいることが奇跡のように思える。
「俺が基本的な王都の地図を書くから、レナが王城や有名な建物を一目でわかるように上から立体的に絵を描いてよ」
ふたりであれやこれやと描いていく。
「以前にも2度、こんなことがあったことを思い出していた」
ディルが描く手を止めて、目を細めた。
「わたしもそれを思い出していたわ。1度目は出会った時、2度目は別れる覚悟をした時」
「いまは?」
「ディルとの未来を描いている」
ディルの綺麗な黒い瞳を見つめた。
「俺もだ」
ディルの手がわたしの頬に触れ、ディルの顔がわたしの唇に近づく。
その先に期待して瞳を閉じた。
その瞬間、扉が勢いよく大きな音を立てて、バーンと全開で開いた。
「ディルは仕事をがんばっていますか?」
ザックさんがすごい棒読み台詞で仁王立ちだ。
そして、かなり絶妙なタイミング。
「ザック、扉の前で俺らの話を盗み聞きしていただろう」
「まさか、そんな趣味の悪いことはしませんよ。ディルはわたしをなんだと思っているんですか?わたしは、レナリーナ姫の唇を悪魔のキスから守っただけですよ」
「「!!!」」
「しっかり盗み聞きしているんじゃないか!」
もう、恥ずかしくって穴があれば入りたい。
恥ずかしくって頭を抱えながらもディルとザックさんの応酬に笑い転げる。
変わらないふたりのやり取り。
そっと、心の中でこんなに賑やかで穏やかな日々が続きますようにと天に祈った。
読んで頂き、ありがとうございました。
木成あけび先生が作画を担当してくださり、華やかで美男美女でとても素敵なディルとレナのお話しがこの度、コミカライズされました。
「なぜか転移魔法はいつも溺愛王子の元に〜魔法練習中の皇女は、初恋こじらせ王子のお気に入り〜」
どうぞ、こちらもよろしくお願いします。