伝説
アドレおばさんが容易く魔法を使ったことに面食らった。
ダズベル王国では魔法を使える人はそうは多くない。
大昔は誰もが使えたらしいが、代を重ねるうちに魔法を使える血は少なくなり、今では王族や貴族といった血を守ってきた限られた人たちだけだ。
確かここフラップ王国でも同様だと、お妃教育なるもので学んだ。
防音魔法は高度な魔法のひとつだ。
アドレおばさんが魔法を使ったことに驚いたわたしにアドレおばさんは気づいたようで、わたしを見てウィンクした。
隣にいるディルは驚くこともなく、平然としている。
ディルはアドレおばさんが魔法を使えることを知っていたようだ。
「とにかく、座ろう。話は数百年前に遡るんだ」
私達は、店の奥にあるテーブルセットに座った。
アドレおばさんはいつもより低い声で話し出した。
まだその頃は魔獣が多くいる世界で、人々は魔獣に怯えながら生活をしていた。
そんなある日、人々が暮らす街に魔獣が出現した。
人々は団結して魔獣を倒そうとするがなかなか倒せない。
多くの人々が諦めかけたが、ひとりの若者だけは諦めず必死に立ち向かおうとする。
そんな時、若者の元に突然、異国の少女が光と共に現れた。
若者はその少女と魔法で魔獣と戦い、ついに魔獣を倒した。
「アドレおばさん、そのお話によく似た物語を幼い頃に読んだわ」
そう!知っている物語はダズベル王国の誰もが幼い時に読む物語。
魔獣と戦ったのは、若者でも異国の突然現れた少女でもなく、その国の王子様と聖女様だったけど。
「あの物語は少しは違っているが本当の話なんだよ」
アドレおばさんが立ち上がり、これだろ。と本棚からその物語のダズベル王国版とフラップ王国版の本を出してきた。
隣で話を聞いていたディルも驚いた様子だ。
「フラップ王国でも幼い時にみんなこの物語を読みますが、これは事実に基づいているということなんですね。でも、それと俺たちがどう関係するんですか?」
確かにそうだ。
2つの国では同じような物語があることはわかった。隣国であり交易も盛んに行われてる両国に同じ物語があってもなにも不思議なことはない。
しかし、この物語で私達と同じところなど…ある…
「アドレおばさん、私の転移魔法ですね」
「レナちゃん、そうだよ。異国の少女が突然現れたのは転移魔法だと思われる。6年前にレナちゃんが転移魔法でラストリアに来てしまっただろう。わたしはあの時からレナちゃんを知っていたんだ。黙っていて申し訳ない。あの時の転移魔法の気配は異常だったんだ。わたしもサナもすぐに気づいた。私達が代々受け継いでいる伝説が始まったんだと。しかも、ディルの元に転移した」
わたしはテーブルの下で震える手をぎゅっと握りしめる。
隣に座るディルが気づいて、アドレおばさんにわからないようにそっと手を置いてくれた。
ディルの手が温かい。
「アドレおばさん、あの時わたしが自分の部屋に帰ろうと転移魔法を使ったら、また失敗してパン屋の女将のサナさんの元に転移してしまったのは…」
アドレおばさんが優しい表情でわたしを見る。
「あれはレナちゃんが転移魔法に失敗したんじゃないよ。わたしとサナでサナの元に転移するようにレナちゃんの転移魔法に干渉したんだ」
「…そ…そんなことができるんですか?アドレおばさんは一体…」
ディルとアドレおばさんが顔を見合わせた。
ディルはアドレおばさんが何者か知っているようだ。
「レナちゃん、わたしはフラップ王国に住む魔女だよ。サナはダズベル王国の魔女なんだよ」
思わず息を飲む。
魔女は国にとって、とても大切な存在だ。
時には王の相談役として、また歴史学者としての側面も持つ。
ああ!だから、第三皇女であるわたしが女将さんの店をちょろちょろ出入りしても家族はなにも言わなかったんだ。
みんな、知っていて…
わたしは知らないところでみんなに見守られていたんだ。
「俺に風魔法を教えてくれたのはアドレさんなんだ」
「えっ!」
ディルの風魔法はいままでに2回見たことがある。
一度目はラストリアに向かう道中で子どもを風魔法で助けた時、もう一回は風魔法で手紙を届けてくれた時だ。
あの時、ディルの風魔法で手紙が届いたのをいち早く気づいたのはアドレおばさんだった。
「6年前のあの時、レナちゃんがラストリアにいるディルの元に転移して、初めてディルがラストリアにいることに気づいたんだけどね。あれは、驚いたよ。ディルは王都にいるもんとばかりだと思い込んでいたからね」
アドレおばさんがその当時を思い出したのか少し遠い目をして、それがなぜか悲しそうだった。
「俺は、その頃実家がいろいろあって家には帰れない状況だったんだ。レナが転移魔法で帰ってからアドレさんが来てくれて、落ち着くまでの少しの間だがザックと一緒にアドレさんのところでお世話になっていたんだよ。その時に風魔法を教えてもらったんだ」
だから、ディルとザックさんとアドレおばさんは以前からよく知っているようだったんだ。
「ディルは伝説の若者の末裔だからね。レナちゃんがディルの元に転移してしまうのは運命だと思ったよ。だから、今回もディルの元に転移しただろう」
「「あっ!!」」
ふたりして、声を上げてしまった。
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