第7話:冒険者ギルドへ
当主である侯爵本人は忙しいらしく、ヘルガ嬢が帰還したことを確認するとすぐに宮殿に戻ったらしい。
……良かった、いきなりご対面とかは流石に勘弁である。
「旦那様はレジナルド様とお話しできないことを非常に残念がっておられました。つきましては、本日の晩餐には是非参加していただきたいと仰せつかっております」
執事長、なんてことを。
セバスティアンが俺に向かってそんな事を告げてきた。
しかも、立派な箔押しのされているカードに、直筆で今日の晩餐へ招待する旨が書かれており、それを手渡してくる始末。
「……いや、それは流石に立場というものが」
「いえ、あくまで旦那様はご家族との晩餐にレジナルド様の席を設けると仰せですから。何か他の者が入るわけではございませんので、ご安心ください」
「……そう、ですか」
ああ……具合悪くなりたい。
そうすれば、こんな晩餐に招かれても断れるのに。
こんな時だけは、丈夫な自分が恨めしい。
だが、受け入れるしか無いだろうな……
「分かりました……覚えておきます」
「ええ、よろしくお願いいたします。なお、服については私共で準備いたしますので、その点もご安心くださいませ」
「はは……至れり尽くせりですね」
つまりは逃げられないぞ、ということだろう。
裏を返すとこんな意味など、本当は気付きたくない。
だが、どうしても生まれが貴族だった以上は、分かってしまうのである。
しかも頭脳は成熟した大人のものである以上、分からないはずが無いのだから。
「……では、それまでの間に出来れば冒険者登録に向かいたいのですが。外出しても?」
「おお、でしたら馬車でお送りいたしましょう」
なに言い出すんだ!
そんな物がギルドの前に停まってみろ、間違いなく目立つだろうが。
「……いえ、大丈夫です。場所さえ分かれば」
「ふむ……しかし行き帰りに時間が必要ですからな……」
そうやって考える素振りを見せるセバスティアン。
いや、構わんのでさっさと出させてくれ。
◆ ◆ ◆
……結局、貴族街を出るところまでは馬車に揺られることになり、その後は徒歩で移動する事になった。
冒険者ギルドは一般商業街の中でもメインストリートに近いところにあり、多くの冒険者が出入りしているのが見える。
もちろん冒険者だけで無く、依頼人の姿もあるようだ。
(【サーチ】の感覚からすると、結構奥に広い感じだな)
恐らくは訓練場か、何らかの闘技場のような場所があるのだろう。
数人が激しく動いている反応があるのもその場所だ。
建物自体は地上3階、地下2階建てのようで、上の辺りの反応を見る限り恐らくトップがあの場所にいるのだろう。
「よっと……」
扉を開けて中に入ると、数人の女性が立っているカウンターや書類が貼り付けてあるボード、そして冒険者が何人か固まって座っている机と椅子が何個かある。
さて……登録するのであればカウンターに向かうのが良いだろう。
……こちらに視線を感じるのが気になるが。
「ようこそ、ザンクトゥルム帝国冒険者ギルド本部へ。ご依頼でしょうか?」
俺がカウンターに近付くとそう声を掛けてくる受付嬢。
流石というか、立ち振る舞いが洗練されている。しっかりと訓練されている証拠だろう。
俺に声を掛けてきた受付嬢は、濃いめのブロンドのショートヘアと褐色の肌を持った女性だった。
「いや、冒険者登録をしたい。可能か?」
「ええ、かしこまりました。では、まずこちらの書類に記入をお願いします」
そう言われて渡された書類。
(名前……使用武器、魔法。それと……マジックアイテム? なぜに?)
名前や武器、魔法については当然記入するべきだろう。
適性というのは必要になるだろうから。しかし、マジックアイテムの記入というのは一体?
「すまないが、マジックアイテムの欄は何故必要なんだ? 必須項目なのか?」
「ああ、それはですね……」
受付嬢に尋ねると、納得したように頷いて理由を教えてくれた。
どうやら、依頼の中では特殊なマジックアイテムが必要になったり、依頼達成を有利に進めることが出来るものがあるらしい。
そのため、ギルド側でも把握しておくと依頼の斡旋がしやすいし、依頼受付もしやすいということだ。
「なるほどな……」
念のため、俺は自分の【バハムート】だけは記入しておく。
こいつは気密性のあるマジックアイテムなので、例えば毒などの危険な地域でも活動が出来る。
しかもマジックアイテムであるため、鎧自体の耐久性が異常に高い(というより自己修復する)ので、そのような危険地域でも活動限界がほぼないのだ。
(【バハムート】の能力を記載しておくか……【アラクネア】については伏せるべきだな、大体伝えたところで意味が無い)
俺は書き上げた書類を受付嬢に手渡す。
「ご記入ありがとうございます……あら、字がお綺麗ですね」
「うん? そうか?」
まさか字の綺麗さを褒められるとは。
あの家でも最低限の教育は受けてきたので、当然字の書き方だけでなく綺麗な字を書くようには鍛えられたが。
「ええ……普通に事務で入っていただきたいくらいですね」
「……引退の頃には考えておこうかな」
「ええ、お願いしますね。では、次に魔法適性の確認のためにこちらに手を触れてください」
久々に見たな。
この世界で魔力を量るには、この特殊な水晶玉に触れる必要がある。
属性により光る色が変わり、魔力量によって光の強さが変化することでおよその魔力量を量ることが出来るのだ。
さて、俺がその水晶玉に手を触れた途端にフラッシュバンと言っても過言ではないほどの光量が放たれた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
あまりの光量に、思わず顔を背けてしまう。
だが、予想外のことはそれだけでは無かった。
――ビキッ! ピキピキッ!
どういうわけか、水晶玉にヒビが入る。
「危ない!」
俺は思わず最初のヒビが入った瞬間に、カウンターを飛び越えて受付嬢に覆い被さる。
――パアァンッ!
次の瞬間、ヒビが全体に広がると同時に水晶玉がはじけ飛ぶ。
水晶玉の欠片は意外と鋭くなっており、そのうちの一つの破片は俺の頬を掠めていく。
「チッ……!」
頬に感じる熱さ。
弾丸が当たった時と同じような灼け付く痛みが続くのを意識して無視しながら、俺は周囲を見渡す。
「被害は!?」
「い、いえ……大丈夫ですが……」
他の受付嬢には当たらなかったようだ。
だが、周囲を見るとカウンターの後ろの壁に細かな破片が刺さっているのが見える。
俺は内心、ホッと胸をなで下ろす。
「……あの、すみませんが」
と、俺の下から聞こえてくる声。
ん……?
「……あっ」
どうやら俺は受付嬢を押し倒したような形になっていたらしい。
しかも……
「す、すまない!」
思わず俺は両手を上に挙げて、ホールドアップ状態になる。
……まさかあんなところに手を置いてしまっていたとは。
それにしても彼女は着痩せするタイプ、ということなのだろう。関係ない情報ではあるが。
「い、いえ……危ないところを助けてくださったわけですし。こ、こちらこそすみません、粗末なものを……」
「い、いや。とんでもない……それに粗末どころか立派で……」
褐色の肌を薄らと紅く染め、微妙に視線を逸らしながらこちらに頭を下げる彼女に答えながら、俺も頭を下げる。
しかし自分でもなんと言うべきか分からないな……なんかとんでもない事を言った気がする。
同時に、向こうの方にいる冒険者たちの一部から異様な殺気を感じる。
……というか、見ると連中は血涙まで流している。
ちなみに他の連中は、こちらにニヤニヤとした表情を向けてきている。
俺は咳払いを一つして、話を戻すことにした。
「ん、んんっ……で、どうだろうか、魔力については……」
「あ、は、はい……えっと…………粉々ですね。っていうか、頬が……」
うん、それは見れば分かる。
というか、このマジックアイテムはそんな簡単に壊れる者じゃ無かったはずだが。
うん? ああ、頬の傷か。
「心配いらない、すぐに直る」
「そ、そんな……せめて血だけでも拭いてください!」
そう言って彼女は俺の頬を自分のハンカチで拭いてくれた。
ついでに、彼女の女性特有の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
いかん、変に考える必要はない。
「……あまりに莫大な魔力で破壊されたんでしょうね。しかし……【無属性】ですか、珍しいですね」
俺の血を拭き取ると、少し気遣わしげに俺を見ながら彼女は話を元に戻してくれた。
「そうなのか?」
「ええ。私が受付嬢になってから、登録でお会いしたのは数人ですよ」
「ほう……」
まあ、無属性で冒険者になろうという気持ちも無いだろう。
基本的に攻撃守備共に向かないとされているのだから。
「帝国では、無属性の方の多くは研究機関に入られますからね」
「……え?」
「あら? ご存じありませんか?」
「あ、ああ……まあ、元々他国の人間だったからな」
「あ、そうなんですね」
他国の人間だと聞いても特に表情を変えることの無い受付嬢。
しかし、「帝国では研究機関に入る」ということは初めて聞いたな。少し調べてみよう。
「さて……後はこの針に指を当てて、血が少し出るようにしていただけますか?」
俺が考え事をしている間に手続きは進んでおり、後はカードの登録をすれば良いらしい。
カードの隣には台座に取り付けられた針があり、どうやらそれで血を出すらしい。
「こうか?」
人差し指の腹を針に当てると、仄かに光ると同時に血が一滴、カードに落ちていく。
なるほど、針から指を離さなくても勝手にカードに向かって垂らすことが出来るということか。
しかも、針から指を離すとその傷もすぐに修復されるようで血が止まった。
「へぇ……便利なマジックアイテムだな」
「ええ、登録が簡単ですからね。これでカードの登録は完了しました」
そう言って受付嬢は俺にカードを手渡してくる。
形状としては、クレジットカードを一回り大きくしたくらいだろうか。
金属の片面に、ガラスに似た半透明な板を張り付けたような材質で、半透明な側には名前とランクが書かれている。
「カードに魔力を通すと、依頼達成件数、最後の依頼を受けた日付、その他には特殊称号が表示されます。ちなみにそれらの情報は、血を垂らした本人の魔力か、ギルドにある専用のマジックアイテムが無ければ表示されません。なお、偽造は厳罰に処されますのでご注意ください」
なるほど。驚くほど便利な証明書というわけだ。
基本的に冒険者は世界各地に存在するので、どの国でも活動するにはこのカードが立場を証明するものとなる。
「ちなみに、俺のカードには今ランクが【仮】と書かれているんだが」
「ええ、そちらの説明は今から行います」
すると受付嬢はカウンターから出てきて、俺を奥に連れて行く。
どうやら訓練場に向かうらしい。
そこは大きな体育館レベルの広さがあり、端の方には訓練用の器具や的、あるいは障害物などが置かれていた。
中心に近い部分では何組かの冒険者が対戦しており、実戦訓練を行うにも最適な場所のようである。
(床は……土だな。これならこの世界の一般的な道路事情と同じだな)
床というのは非常に重要で、路面によっては力の掛け具合も踏ん張りの効き方も変わる。
基本的に冒険者が戦うのは、街の中ではなく外だ。
盗賊、モンスター……有事には敵軍と戦う場面で、地面は間違いなく土である。
この場所がもし石床なら、戦いの感触も変わってくるだろう。それに地面に叩きつけられたら下手すると死ぬし。
さて、そうこうしているうちに受付嬢は壁際に立っている一人の男に近付く。
「ゴライアスさん」
「ん? おお、どうしたレオーナ?」
どうやらこの受付嬢はレオーナという名前らしい。
そしてどうやら、このゴツい男は知り合いのようだ。
「新規冒険者登録者です。試験をお願いします」
そう言うと受付嬢――今後はレオーナと呼ぼう――は俺が記入した書類を彼に手渡す。
ん? このゴライアスという人物はもしやギルドの職員か?
ここにいるということは、基本は危険が無いかの見張りであり、こういった新規冒険者の戦力確認をするのも仕事ということなのだろう。
男は近くの椅子に座っていた他の男に一言二言告げると、俺を手招きした。
ちなみに座っていた男が今度は先程ゴライアスというこの男の立っていた位置に移動してくる。
「俺の名前はゴライアス。ギルド本部で戦闘指南および戦力試験官を務めている」
「レジナルドだ。よろしく頼む」
そう言って軽く会釈する俺に対し、ゴライアスはニヤリと笑みを浮かべつつ口を開いた。
「俺を見てこれといった反応も無しとはな、良い度胸だ。これで俺の顔を見てびびっているようなら叩き出してたな」
「こう見えて度胸はあるしな」
「ほう……」
俺が軽く肩を竦めると、ゴライアスはさらに面白そうな表情になって俺の肩を叩いてくる。
「なら、期待大だな。……何々、【無属性魔法】に【ナイフ】を使う? 剣は使わんのか?」
「使わないわけでは無いが……臨機に、だな。基本魔法を使う事が多い」
「ふむ……」
俺の言葉に少しだけ眉を上げ、なんとも言えない表情になるゴライアス。
しばし何か考えていたようだが、一応納得したかのように頷いてさらに質問してきた。
「レジナルド……長いな、"レッジ"と呼んで良いか? お前さんマジックアイテムに【バハムート】ってあるが……なんだこれ?」
「構わないぞ。ちなみに【バハムート】はフルプレートメイル……だな。マジックアイテムだから特殊だが、まず俺以外には使える奴がいない」
「見せてもらう事は出来るか?」
「いいぞ」
現在俺は【バハムート】を着用していない。
だが、何故見せる事が出来るかというと……
「【アクティベート:バハムート】」
俺がそう言いながら指を鳴らすと同時に、俺の体から飛び出してくるような形で【バハムート】が装着された。
「なっ!?」
流石のゴライアスもこれには驚いたようだ。
まあ、最初俺も同じように驚いたのであるが。
【アラクネア】の指輪により様々な知識を得た俺だが、その中では【バハムート】についても詳しく記述されていた。
その記述によると、自分の魔力を循環させ続ける事で同調させて、バハムートをいわば支配下に置き、魔力によって【バハムート】を装着・解除を行う事ができるとのことだったのだ。
それで俺は何度か試していく内に、【バハムート】の装着・解除が自由に出来るようになったのである。
元々がマジックアイテムである関係上魔力との親和性が高い【バハムート】は、同調させ支配下に置くことで【バハムート】を体内に置き、任意に出現させる事ができるらしいのだ。
「まあ、こんな感じだ。ちなみに、毒霧を受けても平気だったところからして、それなりに危険なエリアでも動けるだろうと思う」
「なるほどな……防御力は?」
「さあ? だが、少なくともワイバーンの一撃でも耐えるらしいぞ」
「わ、ワイバーンだって? ははは! なら問題ないな」
どうやら冗談を言っているように聞こえたらしいが……まあ、どう受け取るかは人それぞれだ。俺の関知するところでは無い。
「よし、じゃあそれを外せるか?」
「ああ――【ディアクティブ】」
そう言うと同時に纏っていた鎧が頭から崩れるかのように消えていく。
それを興味深そうに眺めるゴライアスは、俺に対してこう言ってきた。
「じゃあ、今から実力を見るぞ。ナイフでも魔法でも良いから、俺と戦ってみろ。その結果次第でランクも考慮してやる」