第5話:非常識と魔道具店
「私とこのように会話出来る時点で、貴方が小市民とは思えませんわ。一体……どこのどなたか、伺いたいですわね」
そこを突いてきたか。
まあ……はっきり言って彼女とこのように会話を始めた段階で、覚悟はしていたのだが。
「流石は帝国貴族のご令嬢……とはいえ、名を名乗れるような立場ではありませんので。私は紛れもなく、『レジナルド』という名ですよ」
一応、俺の元の立場を匂わせつつも、既に家とは関係ない身である事を示しておく。
別に俺にやましいところは無いのだが、余計な疑念を持たれたくはない。もちろんスパイの可能性なども考えられてしまうだろうが、それよりも元の立場は既に関係ない以上口にする気はないのだ。
最悪、【飛翔】もあるので脱出すれば良い。
さらにいえば、かつての訓練は俺の肉体に刻まれているので、そうそう遅れを取るとは思えない。
伊達に海兵隊の将校では無かったのだ、海兵隊は兵だろうと将軍だろうと、皆戦闘力ありきなのだ。
「海兵隊は皆、射撃手」と言われるにはそれだけの理由と訓練がある。
さて、俺の言葉に対して、彼女は微笑みを深めた。
「あらあら……それは大変ですわね」
「私としては、このような気楽な立場が好きですがね」
「……」
俺の言葉の意味を理解した彼女は無言を返してきたが、しばらくして一つ溜息を吐いた。
「……それこそ、その方がこちらには好都合なのかも知れませんね」
そう言うと彼女は紅茶で口を湿らせてから、俺を真っ直ぐ見返して姿勢を正した。
「それでも、帝国貴族の一員である以上聞かぬわけにはいきません。もちろん、今からお話しされる事を、私は口外しないとお約束します。ですので、貴方のご状況をお聞かせ願いたいのです」
真剣にこちらを見据える彼女。
これまでの美少女然とした雰囲気から、「一人の貴族」としての雰囲気に変化した彼女。
恐らく年齢が若くとも、国が必要としているが故に既に政治や外交にも絡んでいるに違いない。
その辺りの情報に俺が詳しくないのは、あくまで次男であり、かつ見捨てられていたからである。きっと彼女は名の知られた人物であろう。
「……分かりました。こちらの素性をお話しいたしましょう。しかし、先に聞いておきたいことがあります」
俺は彼女の提案に乗ることにした。
だが、それよりも先に聞いておくことがある。
俺の願いに対し、彼女は頷くとこちらに問いかけてきた。
「何でしょう?」
「……ここは、どの辺りなのかまず教えていただけないでしょうか?」
「……え?」
「実は……迷子なのです」
俺は正直に自分の状況を告げる。
流石にこれには、彼女も唖然としたようだ。
美少女には不適切……とまではいかないが、なんとも気の抜けたような、開いた口が塞がらないという表情をしたのであった。
◆ ◆ ◆
「…………えらく苦労なさったんですのね」
「はは……まあ、街が近かったのは助かりましたが」
俺が迷子になった理由を、ワイバーンの件は暈かして説明する。
一応この辺りに飛んできたのは、景色の変化を忘れていたからと説明することにする。
……あながち間違いないではないので、嘘ではない。
なお、ここから少し行けば街があるらしい。助かった。
さて、そう話す中で俺は自己紹介をする事にした。
「さて……私の元の名はレジナルド・ガイラス。バークレイ魔法王国の伯爵家の一員でした」
「あら、あの【魔法貴族】の一家ですね? しかし、『元の名』という事は……」
「ええ、私は追放された身ですから」
俺がそう言うと、流石に侍女は警戒を強くしたようだ。
侍女から感じるものが、警戒心だけで無くごく僅かに殺気が混じっている。
基本的に貴族からの追放というのは、何かとんでもないやらかしをして、その責任を取るという意味がある。
例えば、家名を貶めるような行動を取ったとかである。
さて、この侍女は身辺警護を務める人物のようで、今は僅かに混じっていた殺気もほぼ抑えている。これは凄いことだ。普通の人には気付かれないだろう。
俺はかつての軍人生活と、今の【サーチ】によって気配探知……特に害意などの探知がアンフェアどころかチートと思われるレベルなので仕方が無い。
そんな侍女の警戒を解くべく、俺は口を開いた。
「まあ、追放というのも私が魔法を使えず、天賦魔法も【飛翔】という魔法にしか適性が無かった……という理由ですが」
「まあ……それは大変でしたわね……」
「……」
少し哀しげな表情をするご令嬢と、流石に気の毒に思ったのか殺気を収め、俺になんとも言えない目を向けてくる侍女。
いや、別に同情を求めたいわけでは無い。
「いえ、自分としてはあの家に留まるつもりは更々なかったので。自由になれて何より、といったところですよ」
俺がそう言って肩を竦めると、流石にご令嬢もこの件に触れることは無くなった。
「それにしても……あの山脈は危険だったのでは? あの辺りはワイバーンが出没することで有名ですし……」
「あー……確かにいましたね」
追われて非常に面倒だった。
なにせモンスターというのはこちらの魔力を探知して追いかけてくるのだ。面倒な事この上ない。
「なんにせよ、無事で良かったですわね」
「まあ、地面を走るよりは早いですから……ワイバーンの執拗さには辟易しましたが」
さて、俺はどうしてこのときにワイバーンについて触れたのか。
今でも分からないが、俺は迂闊にもワイバーンに追いかけられたことを口にしてしまったのである。
「わ、ワイバーンですか……? よくぞ逃げられましたわね!?」
「いや……どうにも邪魔してくるもので、最終的にドッグファイトをしまして撃墜したのですがね……はは……」
「ドッグファイト? とは何でしょう? というか……撃墜ということは……」
おっとしまった。
そんな固有名詞はこの世界には無いか。
俺は、自分に起きた状況と、ワイバーンの討伐時の様子について説明する。
お嬢様にはキツい話題かもしれない、と後から後悔したのは内緒である。
「なんと言いましょうか……割と近距離で、飛びながら戦ったと認識していただけたら」
「そ、そんな……で、ではもしや……ワイバーンの討伐を……?」
「ええ、一応死骸も回収しましたが……それなりの路銀になればと思いまして」
あいにくガイラス伯爵家にはそれらしきものはなかったが、竜種というのはそれなりに金になるだろうと思い、丸々マジックポーチに入れている。
おかげで容量が圧迫されているのだが。まあ、いい。
さて、俺がこの辺りにいた状況は伝えたのだが……
「ど、ドラゴンスレイヤー……」
「え?」
「貴方は……貴方はドラゴンスレイヤーということですわ!? そんなとんでもない戦力……!」
うん? ドラゴンスレイヤー?
いや、ドラゴンでは無いだろう。あんなのは空飛ぶトカゲでしかない。
確かに下から攻撃するのは難しいが、上を取ればそう難しいとは思わない。
討伐した際は飛翔に慣れていないこともあって、少し手こずっただけだ。
「ドラゴンではないでしょう……あんなのは上手くやれば誰でもできるレベルのトカゲですよ」
「わ、ワイバーンをトカゲだなんて……へ、ヘルガ様……! この方はどうにかしてでも……!」
「わ、分かっております、分かっておりますわ!」
「……?」
よく分からないまま、興奮するご令嬢とその侍女を見ながら、俺たちは馬車に揺られるのであった。
しばらく女性二人が混乱状態になっていたので話が出来ず、俺はひたすら紅茶を飲み、近くのポットから自分で紅茶を追加して飲むを繰り返していた。
それから数分ほどで立ち直った二人だが、流石に済まなそうな表情をしている。
「す、すみません……あまりの事に我を失ってしまいました」
「申し訳ございません……」
まあ、放置されていたことはあれだが……別にこれといった問題でもないだろう。
「いえ、こちらこそ勝手にお茶を楽しませてもらいました」
「「……」」
そう俺が言うと、また二人は顔を見合わせて何か話し合っている。
「(この方……ご自分の凄さを理解できていないのでは?)」
「(確かに……なんか話が食い違うと思っていました……)」
「えーっと……?」
流石に目の前で秘密の会議は止めて欲しい。
今は流石に【身体強化】を解除しているので二人の話が聞こえるわけでは無いのだが、それでも目の前でされるのは居たたまれない。
俺の視線に気付いたのか、ご令嬢が気まずげに視線を逸らしながら1つ咳払いをする。
「コホン、失礼いたしました。……その、レジナルド様?」
「はい?」
改まって名前を呼ばれるのは何故?
しかも侍女が楚々とご令嬢の背後に立っているのは何故?
「……改めて申し訳ございませんでした。色々とお話しされる予定でなかったこともお話ししていただき、大変失礼しましたわ。どうか……改めてお詫びもかねて、帝都では我が家が全力で支援させていただきたく――」
こうまで言われるのは何故だろうか?
どうにもなんかが噛み合っていない感じがするのだが。
それに、試すような事を言うというか、普通に警戒するならばあのくらい別に悪いことではないし、貴族間なら当たり前だろう?
「……別にこちらは何も思っておりません。貴族ならば――それも他国の貴族家に連なる者の可能性があれば、ご令嬢のお話も当然のことでしょうし。それに私としては情報をいただけるだけで十分助かっているのです、それを馬車に同乗させていただき、帝都入城までお世話になるだけで望外の助けですから」
「それは……しかし……」
どうにも俺が辞退する事を渋っているようだ。
とはいえ、俺としては別になんとも思っていない事だし、事を荒立てたいとも思わない。
しかし、彼女はどうしても申し出を受けて欲しいらしい。ならば、対価を考える必要があるか? ……そうだな。
「なら、こうしましょう。私はご令嬢の申し出をお受けする。ご令嬢の家……ビンデヴァルト侯爵家でしたか、そちらにはワイバーンの一部をお渡しする、ということで……」
「それこそとんでもないですわ!」
俺の言葉を遮るかのように大きな声を出し、思わずといった感じで立ち上がるご令嬢。
おいおい、ご令嬢でそれは問題だろう。というか、立ち上がったかと思ったら頭を抱えてソファーに倒れ込んだぞ!?
「レ、レジナルド様……貴方は規格外過ぎます……」
「? どういうことで?」
「……お嬢様が失礼いたしました。実はですね……」
ちょっとご令嬢がしていい顔ではない彼女に代わり、侍女が俺の疑問に答えてくれるようだ。
「……ワイバーンというのは、それこそ『空の戦車』や『飛来する死神』などと呼ばれ、恐れられているのです。基本はテリトリーから出ることはありませんが、それでも時折人里を襲って被害が発生しておりますから……」
「魔法で応戦すれば良いのでは?」
さほど難しい話でも無いだろう。
確かワイバーンは風系なので、土属性の攻撃魔法を使えば簡単に貫けるはずだ。
出来なくても、まず翼に攻撃を行い、強化した武器を使って首を落とすなりすれば良いはず。
戦った感触から思いつく対策としてはそのくらいだ。
だが、侍女は首を横に振った。
「……ワイバーンの鱗は物理魔法共に耐性が高いのです。もちろん土属性を使えばダメージを与えられますが、土魔法は射程がどうしても……」
はい? 魔法である以上、普通に射程なんて考える必要無いだろう?
別に推進剤を使っているわけでも無い、空中の魔力を使って飛ばせばどこまでも届くはずだが?
「……不思議そうな表情をされていますが、いかがされましたか?」
俺がなんとも言えない表情をしていたので、侍女が微妙に怪訝そうな視線を向けてくる。
俺は「あ、いえ……」と言いつつも、この世界の魔法について改めて考えていた。
だが、それを考えても今は仕方がないので、先に気になる事を聞いてみる。
「では、どうやって討伐するので?」
俺がそう聞くと、侍女は少し悔しそうな表情をしながら口を開く。
「……相応の守備隊が置かれている都市や街ならば、バリスタによる拘束の上で土属性をエンチャントされた武器で攻撃をします。そんな設備が無ければ……家畜を餌として使い、閉じこもってワイバーンが過ぎるのを待つしかありません」
何と。
であれば、魔法が使えてもワイバーンを討伐出来ないのでは?
というか……集団戦でやる相手なのか?
「……本当に、規格外ですわね」
おや、ご令嬢が復活したようだ。それでも未だに頭を痛そうに押さえている。
果ては、呆れたように、もしくは理解するのを止めたと言わんばかりに溜め息を吐かれる始末。……俺はそんなに変か?
とにかく、ワイバーンがそれなりの強敵として扱われていることは理解できた。納得するかは別として。
なお、後で聞いたところによるとワイバーン一頭で大体、白金貨18~20枚(約2000万ドル=約20億円)の値が付くらしい。マジか。
◆ ◆ ◆
それからしばらく馬車に揺られ、俺たちは一つの街に入った。
どうやら今日はここで一泊するらしい。
「ここは【スーディン】の街。帝都リヒテンシュタットに向かう四大街道にそれぞれ備わる宿場町ですわ」
地理関係としては、中央に帝都があり、帝都から四方に向かって街道が伸びているようだ。
それぞれ【ノーデン大街道】【スード大街道】【オステン大街道】【ヴェステン大街道】と呼ぶらしい。東西南北である。
今俺たちが通っているのは南の【スード大街道】だったそうで。
(つまり、さらに南方にバーグレイがあるのか? いや、だが海岸から俺はさらに方向移動したし……)
実は今まで地図というものをあまり見たことがない。というより、戦略用情報のためか地図は非公開のようだ。
もちろんなんとなくの位置を記入してあるものはあったが、街の位置などはあえて記入されていなかったようだ。
そんな事を考えている間に、どうやら宿泊する宿に到着したようである。
「さあ、ここですわ」
「ここ、って……」
何だろう、とんでもなく高級な施設に見える。
かつてのホテルほどではないが、明らかに周囲の建物より高く、造りもしっかりとしているのが分かる。
入り口には宿に雇われた警備と思わしき者たちも見え、間違いなくセキュリティも強固なのだろう。
え、ここに俺も泊まるのか?
「おう、そんなところで立ち止まっていないで、さっさと入るぞ」
熊騎士が俺の背中を叩きながらズンズンと入っていく。
いや、アンタもここに泊まるのかよ。
――数分後。
俺は案内された部屋で、硬直していた。
「……」
え、何このスイートルーム。
いや、ご令嬢の部屋と比べるまでも無いのだろうが、それにしてはえらく高級だ。
なにせ、リビングがあり、さらに寝室があるという設計だ。普通、一部屋だろう?
「……ま、まあ、楽しませてもらうか」
とはいえ、何をするか。
はっきり言って今これといってする事が無いのだ。
それとも外に出て、何か見て回るか? 冒険者ギルドがあれば、登録でもしておきたいのが本音だが、ここの街は宿場町というコンセプトなので、ギルドの出張所はあってもギルド自体があるわけではない。
出張所では依頼受領や依頼完了報告は出来ても、冒険者登録は出来ないというのだ。
「ん~……」
仕方ないので、ストレッチをしながら今後を考えるか?
……いや、そういえばこういったところには、掘り出し物があるかも知れないな。
◆ ◆ ◆
――裏通り。
「……いらっしゃい」
ギギギ……となんとも古ぼけた音を立てながら開く扉を開けると、なんとも胡散臭そうな店員がこちらに目を向けて声を掛けてきた。
宿場町とはいえ、そこに住む人間がいる以上は普通の商店や道具店というのも存在する。
そして、俺が探していたのは魔道具店。マジックアイテムを販売する店だ。
とはいえ、表通りの魔道具店というのは基本的に見た目重視。というのも、マジックアイテムを作る職人――魔道具師というが――は変な奴が多い。
基本的に研究職なので、人の目に付かないところにいることが多く、さらには簡単には物を売ろうとしない事もある。
(そういえば……ガイラス家にあったのは、くだらない物ばかりだったな)
あの家は金に物を言わせてマジックアイテムを作らせていたようだが、魔道具師はあまり本気にはなっていなかったらしく、結構ぼったくりに遭っていた。
……ま、本人たちが満足していたからいいのだろう。
「……何をお探しで?」
俺が物色していたら、店員が怪訝そうな目でこちらを見ながら声を掛けてきた。
まあ、特に何も手に取ること無く、見回しているだけだからな。
だが、これでも実際には視ているのだ。
「いや……何か珍しいものがないかと思ってな……ちなみに、魔法発動体を探している」
「ほう……」
俺の言葉に、キランッ! と目を光らせる店員。
どこが琴線に触ったのだろう?
店員は一旦奥に引っ込むと、何か小さな箱を持ってきた。
「……こいつはどうです?」
そう言って小さな箱を俺の前で開く店員。
そこには、これといって特徴の無い指輪が入っていた。
もし、一般的な貴族や、単なるコレクターならばこれを見ても興味を惹かれなかっただろう。
(だが……)
俺は今【サーチ】【ベリファイ】を併用している。
そして、俺の魔法はこの指輪が普通ではない事を示していた。
俺は表情を変えないようにしつつ、店員に触れても良いか尋ねてみた。
「触っても良いか?」
「……ええ、どうぞ」
少し店員が笑ったように見えたが、目深に被ったフードのせいですぐに見えなくなる。
とにかく店員が許可してくれたので、俺はその指輪に触れて【スキャン】を掛けようとした。
「……!?」
だがその瞬間、一気に魔力を吸い取られる感覚を味わう。
もちろん俺の【ディアボロの鎧】を着用した時ほどではないが、それでもかなりの魔力を吸い取られた。
普通の魔法使いなら、魔力枯渇で気絶していたのでは?
「……流石ですね。一目見た瞬間で分かりましたよ、お客さんはこいつを使ってくれるって」
「……おいおい、冗談みたいに魔力吸われたんだが。そんな物をいきなり勧めるのか?」
少しふらつく頭を振りながら、俺は店員に愚痴る。
だが店員はそんな俺の様子に笑みを含んだ声でこう告げた。
「……お客さんからは、他のアーティファクトの匂いもするので、ね……まず問題ないと思っていましたから」
「……それは光栄だな」
信頼と捉えていいのだろうか?
しかし、アーティファクトとはとんでもない名前だな。
「しかし、アーティファクトとはなんだ?」
「……もしやご存じない?」
「まあ、聞いたこと無いな」
いや、名前から察するに古代の遺物なのだろうが。
店員の説明によると、古代超文明において作られたマジックアイテムを指すらしく、現存するものはあまりないとのこと。
ちなみに、試しに【ディアボロの鎧】のヘルムを見せたらギョッとした表情をしていた。
どうやらアーティファクトは、まず一般人が所持できるものではないらしく、王族や貴族といった高位の人物だけらしい。
まあ、とんでもなく魔力を消費することを伝えたら、「あ、それは【呪いの品】ですね」と言われた。……あれ、この指輪も?
「……道理でこの指輪を手にできるわけですね」
「凄いことなのか?」
「……ええ、まあ。お客様のの鎧ほどではないですが、これも【呪いの品】と呼ばれて恐れられているものですから。魔法発動体である事以外は効果も分からないということで、ここに在ったわけでして」
「ふむ……」
俺が【呪いの品】を問題なく使える存在だと理解したのか、どこか前より丁寧な店員。
俺は改めて指輪をよく見る。
(表面はこれといった特徴が無いが、裏にはかなり緻密な紋様が描かれている。まるで回路のようだ……)
複雑な線が絡み合うように、しかし整然と描かれた指輪の内側。
それはどこか精巧な電子回路を思わせる。
俺は、その指輪を自分の右手人差し指にはめ、マジックアイテムの起動時のように魔力を流した。
「お?」
どうやらサイズが勝手に変化するようで、自動的に俺の指に合うようだ。
すると……
《適合を確認……データベースチェック……完了》
《機動装甲【バハムート】とのリンクを確認……ステータスをオンラインに変更……エラー。【バハムート】は現在オフラインです》
どこか機械的な音声が脳内に響く。
同時に、脳内に周囲のマジックアイテムに関するデータが流入してくる。
(ま、拙い……!)
このままだとオーバーフローする!
俺がすぐに指輪を取り外すと、データはそれ以上流入しなくなったようだ。
突然の状況に俺は肩で息をしながら、指輪を見つめる。
(……こいつのデータは何だ? それに、さっきの【バハムート】とは何だ? 訳が分からない……)
「だ、大丈夫ですか……?」
俺の行動に驚いたのか、店員がおそるおそるといった感じで尋ねてくる。
だが、俺はそれに頷くしか出来なかった。
(だが……何にせよ、悪いものではないようだ。これは手に入れる価値がある)
頭を切り替え、俺はどうにか立ち上がると店員に購入する旨を伝えた。
「……こいつを購入させてもらう。いくらだ?」
少なからず金銭を家からもって来たので、それなりの金額は出せる。
すると店員は……
「……いえ、ある意味使える者がいないものですから。金貨4枚でどうでしょう?」
「分かった」
俺は頷き、ポケットから金貨を5枚取り出す。約5万ドルだな。
貨幣は銅貨から始まり、2桁変わるごとに銀貨、金貨、白金貨……と続いていく。
大体銅貨1枚で1ドル(=約100円)といったところか。
なおマジックアイテムである以上、普通に白金貨が飛んでいくこともあるので、この指輪は安い方だろう。
「……なんか多いみたいですが」
「気分だ。良いものを買わせてもらったからな」
折角良いものを得られたのだ、この位のチップ渡しても問題あるまい。
深々と頭を下げる店員に見送られ、俺は店を出たのだった。
* * * * *
「……ふぅ」
魔道具店の店員は、一つ溜息を吐くと店の奥でローブを脱いだ。
レジナルドは気付いていなかったが、実はこの店員は女性だった。
しかも今は、先程の表情すら分からない様子とはうって変わっており、自分の容姿に対し何のコンプレックスもないといわんばかりに堂々としているのだ。
「面白い人でしたね……」
『主サマ、ドウスルノ?』
すると、彼女の肩の辺りにどこからともなく現れた存在。
それは幼い少女の姿を取りながらも、半透明な緑色で、かつ風を身に纏った存在だった。
――風の妖精【シルフ】。
【精霊交信】の魔法を取得した者が、契約によって召喚できる精霊の一つだ。
基本的に一人が召喚できる精霊というのは同種族のみであり、この女性は風の精霊と相性が良かったようである。
また、このように声を通わせることができるというのは彼女が高い能力を持つ、【精霊術士】であることの証でもあった。
彼女は、シルフの言葉に少し考え、シルフに告げた。
「……そうね、少し興味があるわ。様子を見てくれるかしら?」
『分カッタ』
そう言って消える妖精。
恐らくは先程の客を追いかけていったのだろう。
シルフはどこか奔放であるのと同時に、召喚者の指示に従って対象をどこまでも追跡できる能力がある。
間違いなく、彼女のシルフは例の客についての情報を集めてくれるだろう。
「……さて、どんな方かしら?」