第4話:盗賊、ご令嬢、話し合い
「まさか迷子になるとはな……これも異世界の洗礼か……」
いや、もちろん違うとは思っている。思っているのだが、そうでも言わないと心が割れそうである。
この年になって迷子とか、恥ずかしいにもほどがある。
とはいえ、海岸にいる間に色々試しながら練習した結果、剣の使い方だけでなく、身体強化の使い方を発展させることが出来た。
「これは、東方の国に沿って【気】とでも名付けるとするか」
俺は合衆国の将校だったが、それでもとある東の島国とは関係が強かった。
だからこそ、『ブジュツ』や、『カンフー』など学んだのだ。
おかげで海兵隊でのマーシャルアーツ・プログラムではかなり優秀な成績だったし、教官にもなることが出来てブラックベルトを得ることができたのだ。
「さて、そんなことよりも自分の位置を把握するためのGPSのような測位魔法が必要か……」
今回の迷子は、どうしても悲しみを禁じ得ない。
というか、方位磁針一つくらい準備しておくべきだった。
(元々歩き旅のつもりだったとはいえ……まさかの失態!)
しかし考えても仕方がないので、俺はなんとなくの方向を決めて飛行する。
しばらく海岸に沿って飛行を行うと、道が見えてきた。
「ちょうど良いな。この道を基本として飛ぶとするか」
下に見える道は道幅も広く、恐らくは主要な街道だと思われる。
周囲には何もなく、安全性も悪くない。
逆に森の中や岩陰が多い場所というのは、盗賊なども増えやすい傾向にある。
(まあ、正面攻撃より側面や急襲という方が、瞬間的な打撃力は上がるしな)
もちろん、圧倒的な戦力差があるのであれば、正面から相手を視認した方が確実ではあるのだが。
まあいずれにせよ、この辺りは安全だろう。
(ん……?)
安全、と言ったのだが前言撤回。
どうも少し離れた場所で馬車が集団に襲われている。
現在俺の【サーチ】は更なる効率化により、キロ単位での探知範囲を得ることができた。
結構、探知範囲ギリギリなので距離がある。
(どうも、反応が弱くなっていっているな……状態としては防衛側が負けそうだ)
集団の規模の違いなのだろうか、防衛側も最初は拮抗していたはずだが徐々に押されて反応が減ってきている。
反応が減っているということは、魔力総量の減少……つまりは生命力の低下を意味する。
反応が消えた者は既に死んでいるということでもある。
「仕方ない、少し急いで行くか」
このスピードで飛んでは少し間に合わない。
俺は足で空中を蹴るような動作をすると同時に、アフターバーナー代わりのリバーサーの出力を上げて急加速する。
そうすれば一瞬で距離は縮まり、集団を目視できる位置に到達した。
「……盗賊団、か? 防衛側は騎士たちのようだが」
下手に攻撃して、実は守った側がどうしようもない悪党だと困るが……
『おらおらっ! いい加減観念しな! お前らの金も持ち物も……そしてその馬車の中のお嬢ちゃんも、俺たちが有効に使ってやっからよ!』
『な、舐めるなっ!』
前言撤回。
間違いなく襲撃側が悪い。間違いなく盗賊の類いだ。
ちなみに【身体強化】のコツとして、どこを強化するかイメージするというものがあるので、耳にも強化をかければ遠くの音を聞き取りやすくなる。
「さて……【ヘヴィガン】」
――パパパパパパッ!!
火薬を使うわけではないので、音は精々魔弾が空気を切り裂く音のみ。
面白いことに、俺が使う武器である【ヴァジュラ・ブラン】――例の独鈷杵みたいな武器のこと。俺が名付けた――は、イメージを変えることで威力を調整することができ、ピストル弾からロケット砲に至るまで対応できる。
威力の調整のために名称を変えているが、これはあくまでイメージ補完のためだ。
なお、イメージしたのはアヴェンジャー……ではなく、M2機関銃。12.7mmだ。
下手に30mmをぶっ放せば……まあ、ミンチが出来上がるだろう。
そこまですれば、防衛側の騎士たちのトラウマになってしまう。
もちろん、自分の魔法として【アヴェンジャー】は作ったが。あれは良いものだ、恐らくワイバーンを一撃の下に沈められるだろう。
「ギャアアアッ!?」
「な、何が起きている!?」
ちなみに初弾は飛行状態で腰部から放ったので、そこまで命中精度が良かったわけではない。
だが、盗賊らしき連中の後方に当たり、数人を死傷させたようだ。
「隊長! 盗賊が混乱しています……上!?」
「……? た、畳みかけろ! ……何?」
ふむ、流石は騎士たちと言うべきか。
盗賊たちは有利な状況のときは問題なかったが、やはり思わぬ攻撃というのは混乱の原因になりやすいため徐々に騎士たちに討たれていく。
と、そのうちの一人が空にいる俺に気付いたようで、こちらを見上げていた。
盗賊たちも気付いたようで俺に注意を向けているようで、よそ見をする間に斬られてさらに数を減らしていく。
俺は地面に降り立つと、歩きながら騎士たちに近付き声を掛けた。
「援護しよう」
「誰か知らんが助かる!」
黒ずくめの鎧を着用する俺を見て怪訝な顔をした騎士たちだったが、盗賊を討伐しながらも俺の声を聞き取り、ちゃんと返事をしてくれたようだ。
俺は駆け出すと、跳躍から空中で身体を回転させて盗賊たちの中に降り立つ。
「こ、この野郎!」
「甘い」
――パッ! パパッ!
【ヘヴィガン】では貫いてしまうので、ストッピングパワーに優れた拳銃弾をイメージした魔法【45オート】を放つ。
――ドサドサッ!
俺が至近距離で放った攻撃のため、周囲を囲もうとした数名が崩れ落ちる。
ボディアーマーを着用しているわけではない彼らだ、間違いなく即死だろう。
「く、クソがっ!! もう少し喚べねぇのか!」
「ちっ……『我は求む 水辺に住まい鎧纏う眷属よ――【サモン:リザードマン】』」
どうやら召喚系魔法の使い手がいるようだ。
これは闇属性の一種で、意図的な魔物発生をさせているようなもの。
魔物は基本、魔力による動物の変質だけでなく、魔力溜まりに動物の毛などの一部を取り込むことでも発生する。
詳しく知るわけではないが、恐らくDNAなど何らかの生体情報を取り込むことで発生するのだろう。別に同種でなくていいというのは驚きだが。
「面倒だな……」
しかし、盗賊団に召喚魔法士がいるというのは些かおかしい。
それこそ国仕えや、貴族仕えをしていてもおかしくない存在だ。
「……【スタンバレット】」
こいつはここで処理せず、拘束する方がいい気がする。
通常、拘束系の魔法の代表格と言えば風属性上位の雷属性によるものだ。
だが、俺はそんな物使えないので、威力を抑えることで衝撃のみを伝え、気絶させるための一撃を放った。
【スタンバレット】の効果は、【マジックバレット】のように相手を貫通するのではなく、当たると同時に体内に圧縮された魔力を拡散させ、魔力の過活性状態にさせ相手の動きを阻害するもの。
魔力の過活性というのはその名の通り、魔力の異常活性状態であり、許容量を超える高濃度の魔力が体内に流れることで発生する運動阻害、意識混濁などを引き起こす魔力障害の一つ。
時折魔力濃度が高いエリアに魔力の低い者が入り込むと起こる障害だ。死に至ることは何故かないが、運動阻害の影響はどの程度の魔力量を浴びたかによって変わる。
それを、人為的に引き起こすものが【スタンバレット】なのだ。
「ぐっ……これはっ……!」
「おっと、まだ動けるか。ならもう1発」
「ぐっ……!」
召喚魔法士が相手だからか、効きが悪かったようだ。
魔法使いというのは体内の魔力量も多く、その分許容量も大きいため魔力過活性には耐性がある。
それなりに魔力を圧縮したものだが、それでも2発必要とは……
「……ま、こいつは任せるか」
既に盗賊団は大半が討伐されており、生き残っている……というか生かされているのは盗賊団の頭と、この召喚魔法士だけのようだ。
「そちらはどうです……流石ですね」
一人の騎士がこちらに近付いてきてそう声を掛けてきた。
そして倒れ伏している召喚魔法士に視線を移し、目を見開いた。
「こ、こいつは……【蜥蜴のオリキュール】では!? ……殺したのですか?」
「いや、魔力障害で動けなくしているだけだ。色々吐いてもらう必要がありそうだからな」
どうやらこいつ、有名な召喚魔法士のようだ。
しかし【蜥蜴】って……なんかショボいな。いや、まあ関係ないが。
「有名なのか?」
「え? ええ……ご存じないので?」
「まぁな」
迷子なので。
俺の返事に不思議そうな表情をしていた騎士だが、俺が「さっさと捕縛した方がいいのでは?」と声を掛けるとすぐに縄をもって来て手際よくオリキュールとやらを縛りだした。
「ほう、こいつは大物だな」
そんな事を言いながら近付いてきたのは、どことなく熊を想像してしまうようなガタイのいい男性騎士。
元々体格がいいのに、さらに鎧を着用しているので前に立たれたら向こうが何も見えなくなるサイズだ。
背中には大剣を背負っていることからして、重戦士としての比率が高い騎士……なのだろう。馬は大丈夫か?
そんな熊騎士は、今度は俺に視線を向けると一瞬だけ鋭い視線を向け、すぐにそれが嘘だったかのように笑顔になる。
「いやー、助かったぞ君。中々面白い魔法を使うじゃないか」
「いや、偶々通りがかっただけだ。失礼する」
おっと……危ない。熊騎士は見た目以上の俊敏さで俺の前に立ち塞がると、いかにも労いを見せるかのように俺の肩を叩こうとする。
俺は最初の一叩きは受けたが、次の一撃を受ける前に気付かれないように半身を引いて躱す。
というのもこの熊騎士、間違いなく俺の肩を掴んで離さないだろうという予想が付いたからだ。手の動きを見ていれば分かる。
それを回避した俺はそのまま反転し、立ち去ろうとしたのだが。
「お待ちください」
それはこの場には似つかわしくない、少女の声。
同時に騎士たちの意識が俺から外れたのを感じる。だが、このまま立ち去るのは……少し拙い。
馬車の雰囲気やこの騎士たちの雰囲気からして、間違いなく貴族家が絡んでいるだろうと踏んでいた俺にとって、この状況ははっきり言って最悪だった。
(できる限り貴族とは距離を置くつもりだったんだが……)
例えこの状況でも彼女が出てこなければ、俺は立ち去れた。なにせ、騎士たちが俺を留めることは出来ないのだ。
下手に留めて俺が暴れようものなら。馬車への被害が発生したなら。
彼らにとって、その先に待ち受けるのは最悪の未来だろう。
(だが……彼女が出てきてしまったことで、騎士たちは俺を留める理由が出来る。そして俺は……立ち去る理由が無くなってしまう)
心の中で歯噛みしながらも、俺は平静を装って振り返る。
そこに立っていたのは、まさにご令嬢といった雰囲気の少女。
美しいブロンドの髪は緩やかにウェーブが掛かり、スタイルも悪くない。
顔立ちは、少しふんわりとした垂れ目と目元のほくろが艶を、形の良いピンク色の唇と、少し朱を差したような頬は少女らしさを見せる。
(驚いた……ここまでの美少女が出てくるとは……)
はっきり言って、前世でお目にかかれないレベルの美少女。
普通であれば、息をするのも忘れてしまうのでは無かろうか。
「危険を顧みず、私たちに助力してくださった勇敢な方。どうかお礼をさせていただきたいのです」
そう言うと彼女は俺に向けてカーテシの姿勢を取る。
「――申し遅れました。私、ザンクトゥルム帝国、ビンデヴァルト侯爵家が三女、ヘルガ=エリザベーテ・ビンデヴァルトと申します」
ザンクトゥルム帝国! まさかここは帝国の領地なのか?
ザンクトゥルム帝国は有名な帝国だ。といっても悪い意味では無い。
帝国の名を冠しているものの、基本的に来る者拒まず、という大らかな体制を敷いており、実力主義を基本とする国だ。
そのため、平民でも努力の果てに貴族になる者も多い。逆に、貴族でも努力しなければ平民になる。
そこで侯爵という上級貴族なのであれば……彼女の家は相当実力のある家柄だといえるのだ。
と、そこまで考えた俺はヘルムを脱ぎ、頭を上げる。
「これはご無礼を。自分はレジナルドと申します。偶々この辺りに来てしまった旅の者です」
「あら」
何が面白かったのか分からないが、クスクスと口に手を当てて笑う彼女。
だが、その後の言葉には驚かされることになった。
「ではレジナルド様、折角ですから私の馬車にいらしてくださいな。お礼をさせていただきたいのです」
「ハイ?」
ちょっと待て、その理屈はおかしい。
ちらと熊騎士の方に目を向けると、なんか頭の痛そうな表情で額に手を当てている。
まあ、そうだろうな。
本当は俺がどういった人物か、見極めた上でどうするか考えるのが護衛の務め。
そこでまさかご令嬢自ら出てこられて馬車に招く……なんて真似、護衛としては止めてくれところだろう。せめて相談してくれ、と言いたいに違いない。
「さ、こちらですわ」
そう言って手招きしてくる彼女だが、俺は流石にこれには首を横に振るしか無い。
熊騎士の気持ちが分かるし、さらに言うと馬車というのは一種の閉鎖空間。
そんな場所にご令嬢と一緒にいるというのは色々問題しか無い。
「いえ、流石に……それに自分は得体の知れない人物です。それこそ、人里が近くにあるかだけお教えいただけるだけで十分ですので」
俺がそう言うと露骨にホッとしている熊。
まあ、この鎧の見た目からして胡散臭いだろうし、大体飛んできている時点で色々お察しである。
そこで武器を抜いて取り囲まない辺り、流石侯爵家の護衛騎士と言うべきだろうか。
だが、それを上回るのがお嬢様である。
「あら、そんな事を仰らずに。――そうですわ!」
そう言うと、わざわざ俺に近付いてきて俺の手を取る。
「私たちは帝都リヒテンシュタットに向かいますから、ご一緒してくださいな。そうすれば私たちだけでなく家としてもお礼が出来ますし」
「はっ? いえ、しかし……」
「さ、ぜひ……それとも……お嫌、ですか?」
このお嬢様め! わざわざ目を潤ませてそういう言い方は卑怯だ!
しかも、自分はこんなにもお礼をしたいといったのに、俺が嫌がったというような方向に持っていこうとしている。
……流石は実力者の国。こんなご令嬢も強かである。
「……ご随意に」
仕方ない、と軽く溜息を吐きながら俺はご令嬢に付いていく。
流石にこの状況では護衛の騎士たちもどうしようも無いのだろう、微妙に諦めた目でそれぞれの持ち場に戻っていった。
……それはそうと熊よ、何だその「頑張れよ」といわんばかりの生温かい視線は! そんな表情で俺の肩を叩くな!
◆ ◆ ◆
「改めまして……ヘルガ=エリザベーテ・ビンデヴァルトですわ」
「こちらこそ、レジナルドと申します」
俺は全ての鎧を脱いだ状態で彼女と対面していた。
馬車はマジックアイテムだったようで、空間拡張によりかなりの広さとなっている。
普通に庶民の家であれば一軒分の広さになるであろう広さがあり、奥にはベッドが見えるくらいだから野宿すら問題ないように出来ているようだ。
今腰掛けているのは二人がけのソファーで、中央にティーテーブルを挟んで向かい合う形だ。
どうやら馬車には侍女も乗っていたらしく、淹れたての紅茶を出してくれた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
侍女から紅茶を受け取る。
マジックアイテムである以上揺れなどを感じさせない造りになっていることもあって、普通に紅茶を楽しむことが出来るというのはいいものだ。
(あの家には、こんなマジックアイテムは無かっただろうな)
一度だけ乗ったが、こんな高性能な馬車では無く、見栄えばかりに重点を向けた成金趣味のような馬車だった気がする。
「――うん、いい香りだ」
受け取った紅茶に口を付けると、ふわりと鼻腔をくすぐる華やかな香り。
帝国は多民族国家である関係上、こういった色々な嗜好品でも有名だ。
恐らくこれは、超高級茶葉という訳ではないのだろうが、それを上手に活用しながら他の香りを付けたフレーバーティーなのだろう。
「お口に合ったようで、何よりです」
うーん、美少女と共にお茶が出来るというのはとても気分がいい。
だが……
「改めてお礼を。盗賊たちの襲われていた私たちに助力いただき、ビンデヴァルト侯爵家の一員として感謝申し上げます」
「いえ、こちらとしましてはあくまで魔法の検証を兼ねたものでしたのでお気になさらず。逆にここまでしていただき、こちらこそお礼を言うべきかと」
手強いお嬢さんだ。
彼女は今、襲撃時の手助けにかんして、わざわざ自分の家名にて俺に対してお礼を言った。
これは、貴族家として間違いなくお礼をするという意味合いであり、基本的にそれを辞退する事は出来ない。
出来るとすれば、こちらにも利があったと見せる事。それで俺は、自分の魔法の検証も兼ねていたと言ってそのお礼の言葉を相殺することにした。
もちろん、貴族家としてはそれでは済まない……意地の問題があるので、必ず恩に対しての返礼があるはずだが、それでも俺が『こちらにも利があった』ということでそこまで大きなものにはならないはず。精々金銭が関の山。
さて、彼女が俺を馬車で共に帝都に行くという件について、彼女は襲撃へのお礼の一つとして俺に言ってきた。
俺はそれに対して……いわゆる彼女の施しに対してこちらがお礼を言う立場であるということによりさらに相殺する。
というのも、襲撃に対するお礼は家名を背負って告げているが、この馬車との同行を許すというのは実際には家名を背負っていない彼女の独断。
これを放置すると、彼女によってもたらされた利に対し、俺は何らかの返礼をしなければいけない。
貴族社会に成り立つのは、「相互利益や恩と返礼」というものだ。
怠ればどうなるかなど……考えたくもない。
「あら、この位は貴族として当たり前の事ですし、私が望んだことですわ。それこそお気になさるほどの事でもありませんでしょう?」
「いえ、基本的に小市民ですから……十分にお気持ちはいただきました」
クソッ! このご令嬢は本当にやりづらい。
これは貴族として当然、と彼女が言うことで彼女は利益を提供しているように見せず、俺が下手に恐縮したり断ろうとすれば「貴族としての礼に文句でも?」と言うに違いない。
俺はどうにかして躱すしかないのだが……なぜか頭を過るのは同格機との対複数によるドッグファイト訓練。
怒濤の勢いでレーダー警報が鳴り響き、それを回避し、あるいはチャフフレアで誘導し、そしてこちらは機関砲でどうにか相手を足止めするという、自殺のような訓練だったな……
それが頭を過るほど、このお嬢さんは手強い。
「あら……小市民なんて仰るなど、おかしいですわね……」
突然、頬に手を当ててそんな事を言い出すご令嬢。
紅茶に口を付けながら、俺は彼女の出方を待つのだが……次の言葉はまさにピンポイント攻撃だった。
「私とこのように会話出来る時点で、貴方が小市民とは思えませんわ。一体……どこのどなたか、伺いたいですわね」