第3話:言うは易し、行うは難し
――数日後。
俺はガイラス伯爵領から離れた街道を歩いていた。
というのも、決闘に勝利した俺はガイラス伯爵に「3つのこと」を求めたからである。
1個目は「金輪際俺と関わらないこと」。
2個目は「家から俺の籍を完全に抜くこと」。
3個目は「【ディアボロの鎧】を俺の所有物と認めること」である。
これにより、俺は完全に貴族ではなくなったので家から出て行く事が出来た。
「しかし、この鎧はいいな。中の温度が変わらない、重さも感じない……見た目が重厚だが、まあ良いものだ」
ひたすら魔力を食う鎧だが、魔力を吸収して重さの軽減や温度調整、そして魔法発動体としての能力を発揮できるようだ。
さらに、無属性魔法である【身体強化】を使う事で、かなり速く走ったり、ジャンプしたりすることが出来る。
未だに背面の布の役割は分からないが、追々調べていくとしよう。
「そういえば、【飛翔】って使ってなかったな」
俺が持つ天賦魔法――個人の特性に合った魔法のこと――は【飛翔】。
パイロットである俺にとってはなじみ深くもある、「飛ぶこと」に関係した魔法だ。
だが、記憶を取り戻すまでは練習をしていなかった……というより感覚が掴めなかったらしく、ひたすら失敗している。
「確か……こんな感じだったか?」
天賦魔法というのは個人の特性に関係しており、天賦魔法の場合は魔力消費が極端に少なく済む。
とはいえ、その魔法は種類によっては前例がない場合があり、自分自身で修得しないとどうしようもないものも多い。
「幼い頃は出来なかったが……今なら出来るかもな」
この世界では、『飛ぶ』ということは鳥や飛竜といった特定の動物やモンスターが行えることと認識されている。同時に人が飛ぶとは思われていなかったりする。
だが、俺は元パイロットだ。この世界の誰よりも、恐らく飛ぶことに慣れている。
俺はこの機会に試すことにしたのだった。
◆ ◆ ◆
【身体強化】で加速し、跳躍すると同時に身体を水平にして風や揚力を意識する。
さらに足元で【ショックブラスト】を発動させ、反動で加速をしてみる。
「……む、安定しないな」
すると上には行くのだが、身体が回転してしまう。微妙な身体の動きや位置で失速したり、ローリングが発生してしまうのだ。
こればかりは翼がない以上仕方がない。腕を広げてみるが、やはり十分な揚力や安定を得るには十分とは言えず。
「うおっ!?」
――バシャーン!!
勢い余って、錐揉みしながら近くにあった川に落ちてしまった。ヘルムの目の部分はそこまで広くないため、どうしても視野に制限が掛かってしまう。そのため自分の姿勢や、周囲の状況を把握することが地味に難しい。
さて、墜落先の川は意外と浅めの川だったため、俺は強かに全身を打ってしまう。
だがありがたいことに、鎧のおかげか衝撃が軽減されたようだ。
「まさか川に落ちるとは……しかし意外とシールがしっかりしているな。濡れた感じがない」
不思議と中が濡れた感じがしない。
どうやらこの鎧、ヘルムまで被っていれば水を防げるようだ。
冷たさも感じないというのはありがたい。
「やれやれ……破損していないよな?」
雫を払いながら俺は各部を点検する。
といっても鎧を外すのではなく、有り余るほどの魔力を循環させて確認する。
これはCTスキャンやMRIのようなものを魔力で再現したもので、身体だけでなく物体に対しても使える。
自分の知識が必要だが、素材や状態を確認できるのだ。
俺は自分だけでなく鎧にもスキャンを掛けていく。
――ヴゥン……
「何だ?」
すると突然、鎧に魔力が循環し始め、魔道具の起動と同じような状態になった。
ヘルムはこれまで目元からしか外が見えなかったが、今は面前にモニターで映し出されたかのように広々と外が見えている。
「こいつはまさか……だな」
調べてみると【ディアボロの鎧】は一つの魔道具だったらしく、しかもどうやら無属性の魔力によってのみ完全起動するようだ。
起動させることで得られる視野の広さだけでなく、パワードスーツのように【身体強化】に上乗せする形で高出力のパワーを得られるようになっている。
「ん?」
視線を動かすと、モニターの左側に浮き上がる形で鎧の全身が表示される。
どうやら鎧のコンディションや装備を表示するものらしく、パーツごとに区切られて色づけされている。
一部分を長めに見ていると、その装備が拡大されて詳細が表示されていく。
「流石に武装は無いが……両手のマジックアイテムはリバーサーみたいだな。少々魔力消費が大きそうだが、十分俺を持ち上げることが出来そうだ。さらには……おっ、この背面のストールはウィングなのか……」
まるで某『鉄の男』のようである。だが、見た目はどちらかというと魔王的だし、派手さはないか。……ある意味派手だが。
とにかく、これまでより便利なのは確か。
起動状態で跳躍し、さらに両掌のマジックアイテムを起動させて加速して上昇する。
身体を倒し水平にすると、どうやら自動的にウィングが広がるようで簡単に体勢が安定する。
「くっ……うおっ……!」
とはいえ、簡単ではないので迂闊な動きをするとバランスがずれる。
そのままリバーサーを再度発動させ、加速を掛ける。
「っと!」
バランスを崩したところをどうにか身体を立て起こし、地面に激突するのを防ぐ。
しかしガイラス伯爵領に向かう、あるいは出て行く人がいなくて良かった。
こんなことをしているのを見られたら、間違いなく危険物扱いされてしまう。
端から見たら、変なモンスターに間違われるかもしれない。
「うーむ……」
考えながら歩くが、いい方法が思いつかない。
そうしているうちに昼近くなったようで、腹の虫が鳴り響く。
「仕方ない、休憩するか」
ちなみに、俺は今これといって荷物袋を持っていない。
では一体どこに食事を入れているかというと……実はこの鎧、腰のパーツが一部マジックポーチとなっており、大体ファミリー向けの家1軒分の体積があるのだ。
おかげで出て行くときに、部屋の荷物だけでなく色々な食糧を買い込んでおくことが出来た。
しばらく歩くと、森の近くになってきたためか街道周辺に木が増えてくる。
数分ほどで、良い感じに丸太が倒れており、さらに木陰もある場所が見えてきた。
「よし、あそこで休憩するか」
俺は一気に駆け出し、丸太に近付く。
周囲を観察しても、物陰もないため問題ないだろう。
俺は丸太に腰掛け、マジックポーチからサンドイッチを取り出すのであった。
◆ ◆ ◆
「ふぅ……」
昼食後、少し食休みのために丸太を背もたれにして寄りかかる。
いくら【身体強化】をしているとはいえ、疲れというのは出てくるものだ。
鎧を着ているためか首を回すと、ポキポキと小気味いい音がする。
「確か……あの渓谷を越えたら街があったか」
向かう方向に目を向けると、切り立った岩場や左右にそそり立つ断崖絶壁が見える。
ちょうどその間に、通れるようになった場所があるのだ。
とはいえ、モンスターや盗賊が出没することもあり、あまり渓谷ルートを通る者はいない。
それよりも迂回して、数日かかっても安全な平地を通る方が多いのだ。
「ま、今回は腕試しもかねて、だからな」
だが俺が挑戦する理由はこれである。
はっきり言って、ブレッドなどというカスを相手にしても自分の実力など分からない。
自分が得られた魔法を試すにももってこいの場所なのだ。
「渓谷の中を飛べたら面白そうなんだがな……」
渓谷は直線距離で20キロほど。
【身体強化】で走れば、1時間で通過できる程度の長さだ。
だが、実際には曲がりくねっているのと岩場の関係で歩きづらいことがあるため、その3倍は掛かる。
付け加えてモンスターとの戦闘を考慮すれば、さらに時間が掛かると見て良い。
俺としてはとにかく今日中に次の街に到達できればいいのであまり気にしていないのだが、少し楽をしたいのも本音である。
「ま、流石に渓谷で墜落したら死にそうだし、適度に走りながら行くか」
岩場で墜落すればどうしようもない。多分、【ディアボロの鎧】であっても破壊されるだろうし、中の俺は死ぬだろう。
まだ俺の拙い【飛翔】では、リスクが高すぎる。
とそこで、俺はある事に気付いた。
「さっき、俺は【飛翔】を使っていたのか……?」
よくよく考えると、リバーサーを起動させて跳躍し、マジックアイテムのウィングを展開させただけだ。
「……推進力はリバーサーで十分とはいえ……考えると魔法ではないよな」
そうなると、【飛翔】という魔法は何なのか、ということになる。
飛ぶことに関する魔法、飛ぶことを可能にする魔法ならば、空力によるバランスも容易に調整できるはずだ。
「となれば……【飛翔】という認識よりも、『飛ぶ』という一括りで考える方がいいのか?」
魔法は、詠唱だけでなく実際に自分がその現象を理解していなければ発動しない。
もう少し簡単に考える方が良いかもしれない、と思いながら、俺は歩き出した。
◆ ◆ ◆
「……何とかなったか」
遂に【飛翔】というものを理解する事が出来た。
というのも、試しに渓谷で石を投げたとき、その石と繋がるような形で魔力を使う事で空中にある石を操作することが出来たのだ。
「ただし、重力に対して抵抗するように動こうとすると、魔力消費が増える、というわけだ」
それでも天賦魔法である以上、消費魔力はかなり少ない。
試しに鎧を外して動いて見たが、かなり立体的に動く事が出来るようだ。
さらに、槍などを投げる時も誘導を掛けることが出来るのでかなり便利でもある。
「まあ、槍だけじゃないんだがな……」
俺はそう言いながら腰元の独鈷杵に似たマジックアイテムに目を向ける。
これは家を出て行く前に宝物庫から手に入れたもので、ガイラス家ではいわく付きの武器だった。
というのも、魔力を込めるとその魔力が収束され、放出されるという武器なのだが、十分な魔力操作ができないと無作為に飛んでいって被害をもたらすのである。
逆をいうと、魔力操作に慣れた俺にとっては、非常にありがたい武器だ。
魔力というのは、散ることはあっても落ちることはないので、上手く放てばスナイプすることも出来る。
「いずれは自動誘導が出来たら助かるんだが……ま、今のところは不要か」
どうしても見える範囲での誘導になるので、遠くまでずっと狙うというのは出来ないし、魔力の消失を考えると数百メートルが限界ではないだろうか。
ちなみにこの武器は、コントロールすることで魔力剣にもする事が出来るので便利である。
「おっと」
飛びながらローリングする。油断は禁物だ。
時折、岩が飛び出している場所や繋がっている場所があるため高度を調整しながら飛ぶ。
隙間くらいならばギリギリ飛び抜ける事が出来るかも知れないが、まだ完全に慣れていない以上はリスクを避けるのは当然のことだ。
「しかし、少し上から見る渓谷というのもいいな」
下から見るのではなく上から見る渓谷というのは、また違った趣がある。
渓谷なので気流が安定しない部分があるが、そこはどうにか切り抜けることができているのだが……
「……む、何の気配だ?」
俺の【サーチ】が、こちらに向かって来る生物の気配を捉える。
魔力操作の一つである【サーチ】は、生物の発する魔力を捉える事が出来、魔力を扱える者はこの【サーチ】を使う事で周囲の生物の位置や数、上達すれば形状や強さまで確認できるのだ。
俺もこの操作を訓練し、周囲500メートルの範囲で周辺を探知できるようになった。
飛行中はこの【サーチ】を使う事でレーダーの代わりにしている。
(しかし、この方角は渓谷から逸れるか?)
渓谷から出るとなると、次の街に到達するのが難しくなる気がする。
だが、どうにも返ってくる反応が強い。
「もしかすると……」
そう思いながらやむを得ず高度を上げる。
同時に渓谷から出て、反応の方向に向かって旋回すると。
「グォオオオオオオオッ!!」
「あー……ワイバーンか?」
どうやらワイバーンに遭遇したようだ。
◆ ◆ ◆
ワイバーンというのは竜の一種であり、竜の中では下級種とされる。
竜の中では知能が低く、個体数も多い。
また、ある国では騎竜として卵から育てて戦力とする「竜騎士」と言われる連中もいるようだ。
だが、基本的に野生のワイバーンは凶暴であり、強力な魔法攻撃でのみ討伐される……らしい。
まあ、見た感じ間違いなく物理攻撃である剣や槍が通るとは思えない。
「面倒な奴に見つかったな……」
どうやらこいつは俺の魔力反応を探知し、追ってきたようだ。
魔力を多く含む生物というのは往々にして美味く、また魔物同士の場合ならば食らうことで自身の力が上がるという影響があるようだ。
竜種も体内に魔石を持つため一応魔物に分類されており、長命種になるほど食らった魔物の数も多く強力になっていく。
さて、そんなわけでこいつは俺を餌と見ているわけだ。
(回避するにも……ワイバーンは執拗に追ってくると本に書いてあったな。そうなると街に被害を与える訳になるし、それは流石に寝覚めが悪い)
この国に対して特に思い入れがあるわけではないが、それでも無関係な民を巻き込むのは嫌だ。
そうなるとここでこいつを追い払うなり、討伐するしかないわけだ。
「うおっ!?」
と考えている間にしびれを切らしたワイバーンが俺に噛みついてくる。
ちなみに俺は今のところホバリングはせず、ワイバーンの周辺を旋回しつつ距離を保っている状態。
だが、一定のスピードである以上ワイバーンには狙いやすいのだろう、執拗に俺を食おうとその大口を開いて何度も噛みついてくる。
「ほっ、はっ、とっ!」
俺は【飛翔魔法】を使った急制動、急加速、さらには横移動を使って回避する。
「まあ、ここで遊ぶわけにも行かないな。墜とすとするか」
俺は一旦ワイバーンから距離をとり、加速し上昇する。
空戦の鉄則――それは相手の上を取ることと、とある昔の偉いパイロットは語った。
どうやらワイバーンは俺の狙いに気付いたようで、翼を羽ばたかせて上昇しようとする。
「ま、こっちの方が速いがな」
基本的に竜種の飛行というのは、翼を羽ばたかせるのではなく、風系統の魔法を用いることで行われる。
しかしワイバーンの場合、風系統の魔法だけを使うのでは魔力消費が大きいため、羽ばたきも併せて利用するようだ。
その結果、上昇に時間が掛かるという特徴がある。
「悪いが、既に上は取っているぞ」
俺はワイバーンに向かって降下しながら独鈷杵を握る右手を伸ばし、魔弾を放つ。
今回のイメージは20mmバルカンのイメージだ。
「ギャオッ!?」
流石に不意を突かれたのだろう、ワイバーンは必死に回避しようとするが、それでも高速で飛来する魔力の弾丸に被弾し、体勢を崩す。しかし致命傷にはなっていないようだ。
その間に俺は加速上昇を行い、旋回しつつ再度ワイバーンを狙う。
「グルルル……ガオオオオオォッ!」
だが流石は竜種。
再度攻撃を仕掛けようとする俺に向かい、上向きにファイアブレスを放ってきた。
「ちっ!」
俺は急制動を掛け身体を立てながら急上昇、再度ワイバーンを狙う。
しかし……20mmバルカンのイメージでワイバーンの鱗を貫けないというのは少々驚きと同時にショックでもある。
F-16に搭載されている事でも有名な機関砲だが、ああ見えてドッグファイトではそれなりに使える武器なのだ。
……どこぞのイノシシのことは置いておいて。
アイツは尋常ではなく固いバスタブに覆われているからな。
(……まあ、ワイバーンのサイズが大体戦闘機と同じくらいだから、それに装甲が付いていると考えればおかしくはないのか)
俺のイメージの甘さか、あるいは本当に防御力が高いのか知らないが、とにかくワイバーンの翼膜くらいしか貫けないこの状況。
(こうなるとAIMか? だがいまいち誘導のイメージが面倒だ……)
熱源追尾やレーダー追尾なんてものは流石にまだイメージできていない。
さらには、火器管制やマルチロックオンなども実現していない以上、ミサイルをイメージして放ったところで……ということだ。
「どうしたものか……いや、一つ手があるな」
俺はワイバーンに向かって降下した。
それに気付いたワイバーンは、再度俺を狙ってファイアブレスを仕掛けてくる。
しかも今度は首を左右に振ることで範囲を広くしてきたのだ。
「物は試しだな! 頼むぞ【ディアボロの鎧】よ!」
だが俺はファイアブレスを回避せず飛び込む。
【ディアボロの鎧】の防御力を考えれば、あの程度影響がないとも考えられる。
一か八かの賭けではあったが、どうやら上手くいったようだ。
これといった熱さも感じずにファイアブレスを通り過ぎた俺と、それを見て驚きの表情をするワイバーン。
「悪いな、チェックメイトだ」
ファイアブレスを放った事で大口を開けているワイバーンに対し、俺は魔力圧縮を繰り返して作り上げた魔弾を放つ。
「【グレネード】」
破裂による衝撃に重点を置いたその魔弾は、ワイバーンの口に飛び込み炸裂した。
「グバアァッ!?」
その衝撃は凄まじかったのだろう。
断末魔……というよりも衝撃により思わず飛び出した叫び声を残し、ワイバーンの首があらぬ方向に曲がる。
どうやらワイバーンの首は衝撃で破壊されたようだ。
一瞬で絶命したワイバーンが、浮力を失って墜ちていくのを見て、俺は一気に加速し、その死骸に触れてアイテムポーチ内に収納する。
俺は誰にも知られることなく、ワイバーン討伐をクリアしたのだった。
……したのだが。
「……」
――ザザーン……ザザーン………
どういうわけか、俺は今海岸に立っていた。
どうやら予定航路をずれてワイバーン討伐をしていた弊害か、方向を間違いあらぬところに到達してしまったのであった。