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第2話:目覚め

「俺は……」


 俺ことレジナルドは、先程見た夢が夢ではなく、かつての自分であることを思い出した。

 なんだって急に……と思わなくもないが。

 ありがたいことにこれまでの記憶もあり、今の自分は「ヴィンセント」ではなく「レジナルド」であると認識できている。


「……とにかく、いつものように着替えて下りるか」


 面倒な連中と顔を合わせなければいけない朝食の時間。

 だが、とにかく腹が減っては何もできない。

 抗議するかのように鳴り響く腹に苦笑しつつ、俺は部屋を出た。


 ◆ ◆ ◆


 ――3ヶ月後。


 俺はレジナルド・ガイラス。ガイラス伯爵家の次男だ。

 とはいえ、貴族の子供だからといって良い立場という訳ではない。

 この国――バーグレイ魔法王国というが――にとっては相応しくないという評価を下された人間だからだ。

 この国は名の通り、魔法を重視している。

 特に攻撃力の高い魔法を放てるものを取り込み、貴族にしてきたような国なのだ。

 そして貴族は魔法を使える者同士の婚姻を繰り返したことで、必ず魔法が使えると言われるほどに貴族の魔法使いは多い。

 まあ、そんな国に生まれたにも関わらず……


「全く、今日も無属性――いや、無能で出来損ないのお前に食事をさせなければならんのか……」


 俺の目の前でわざとらしく溜め息を吐き、そう述べるのは父親である肉塊。

 弛んだ腹と、首が肉で隠れるほどに脂肪を蓄えた顔。

 はっきり言って、父とは思いたくもない俗物だ。

 この男は、この国で強力な火の魔法を扱う魔法使いとして知られ、尊敬を集めているらしい(本人談)。


 さてこの男が言ったように、俺は【無属性】の魔法しか使えない。

 【無属性】は、魔力を莫大に内包しているにも関わらず攻撃魔法を撃てない。ごく単純な強化魔法や治療魔法を除き、魔法が使えないのだ。

 そのためこの国で【無属性】が生まれると、どんな立場に関わらず無能扱いされている。

 そのため当然ながら、無属性がどのような魔法なのかという理解も進んでいないのだが。


「……」


 俺は特に父親の言葉には返事を返さず、食事を続ける。


「無属性に【飛翔】の天賦魔法……どこにも使いどころがないやつだな、お前は! 全く情けない!」


 それに対して、今度は長男までも口を挟んできた。

 こいつも父親似の俗物で、体型もまさに息子という感じである。

 こいつは確か土属性を使っていたか。将来有望(笑)らしい。


「なあ父上、こいつもうすぐ15だろ? どうするよ?」

「おお、そうだったな。あと1週間か……」


 長男の言葉に思い出したかのように頷く父親。

 15歳というのは、この世界では成年と扱われる年齢。15歳を過ぎれば、結婚も可能になる。

 ちなみに貴族であれば、中央の魔法学校に2年間入学するのが通例。


「しかし、こいつのために学費を出すんで?」

「ふん……2年とはいえ無能に掛ける金は勿体ないな」


 長男は俺を学校に送る気は無いようだ。というより、父親も同様のようだ。

 まあ、はっきり言って俺としても行きたいとは思っていない。


(まあ、記憶を取り戻す前でも行きたいとは思っていなかったわけだが)


 前世の記憶が戻った以上、できる限り即座に家を出たいのが本音。

 しかし、この国では少なくとも15歳までは親元にいなければいけない。

 例え俺を疎む父親や長男だろうと、こればかりはどうしようもないのだ。

 ならば先に自分の立場を表明するのは重要だろう。


「俺は別に学校に行くつもりはないし、家も出るつもりだ。もう少しすれば心配せずとも出て行くさ。こんな家に何も思い入れはないしな」

「「!?」」


 俺の言葉に目を剥く二人。

 それもそうだ、これまでの俺はあまり口も開かず、ただ言われるがままだったのだから。


 ――ダンッ!!


「こいつ……! なんて口の利き方を!」

「やめんか!」


 だが、俺の言い方が気に食わなかったのだろう。長男がテーブルに拳を叩きつけ、俺に噛みついてくる。

 だが、それを留めたのは父親だ。とはいえ、いい気分でないのは確か。

 俺に向かって鋭い視線を向けながら言葉を続ける。


「お前と跡継ぎである長男とが、同じ立場だと勘違いしておらんだろうな? 貴族当主と長男には不敬罪が適用されるぞ?」

「おや、それは平民に対しての話では? 俺は不本意ながら未だ次男です。つまり貴族籍にいるはずですが?」

「むぐ……口だけは達者か……」


 口だけは達者?

 というよりは普通に考えれば分かることだ。

 不敬罪はあくまで自分より上位の格にある存在に対するもの。

 なお、貴族ならば王族に対する不敬罪、平民なら貴族以上に対する不敬罪である。つまり、爵位が異なっても貴族籍にあれば、不敬罪とはならない。

 この程度、平民でも15にもなれば知っていて当然。

 記憶を取り戻すまでの俺ですら、貴族としての教育は多少なりと受けているのだ、まさかこの人が知らないはずはないだろう。なにが達者なものか。

 そんなことを考えていたら、父親が何か思いついたようでニヤリと笑いながら口を開いた。


「……確かに不敬罪は適用されんが、貴族には侮辱に対する対応の仕方がある」


 そして父親は俺を指差しながら、長男に顔を向けた。


「――1週間後、双方に【決闘】を命じる!」


 そう言われた瞬間、俺は内心爆笑していた。

 まさかこんなことはしないだろうと、だが出来ればそうなって欲しいと思っていたこと。

 それを今、告げられたのだ。


「しかし、俺は無属性ですが? それに決闘のスタイルは?」


 決闘にも種類がある。

 全てを賭けて行う【デスマッチ】。

 お互い一つの条件の元に、命は賭けず行う【デュエル】。

 この人はどちらを選ぶ気だろうか?


「ふん! 無属性だろうと身体強化くらいは使えよう、後は格闘でもすれば良い! 方式は【デュエル】とする!」


 流石に跡継ぎの命を賭けたくはないか。

 彼らからすれば、リスクを取ることはしないだろう。

 とは思っていたが、少しは馬鹿を考えると思っていたんだが。


「おお、そうだ」


 と、父親が振り返って俺に話し掛けてくる。


「折角だ、ハンデとしてお前には家宝の鎧を使わせてやる」


 ……いや、なんだそれは。

 というか、明らかに裏がある。この人の表情を見れば明らかだ。

 だがまあ……折角なので見てみよう。


 ◆ ◆ ◆


 俺は使用人に連れられ、宝物庫に来ていた。

 この家は……まあ、歴史と権力、魔法が自慢なので、持っている宝物類の種類が多い。

 しかし……手前に置かれている新しいものはどれも成金趣味に見える。見栄えばかりで、質や格においては奥の古いものより明らかに落ちるものばかり。

 さて、使用人は俺を最奥に案内しているが……えらく埃を被っているな。最早あの二人がここに関心を払っていないのは明らかだな。


「さ、こちらです」


 そうしているうちにどうやら目的の鎧にたどり着いたようだ……うん、たどり着いたとしか言い様がない。

 さて、使用人の指す方向を見ると、そこには特徴的なフルプレートメイルが鎮座していた。


「……ふぅん」


 まず目を引くのはその色か。

 普通、白銀色や金色が多い貴族の鎧だが、これは真っ黒。いや、漆黒と表現すべきか。

 肩に掛けられたマントも黒であり、唯一異なるのはヘルムの額部分に金色の装飾が施されていることだろう。

 そしてヘルムは、ミノタウロスもかくやと言わんばかりの特徴的な角が左右に二本。

 なんだったか、かつて見たかの国のサブカルチャーに出てくる暗黒騎士とか黒騎士みたいである。


「持って行っていいのか?」

「ええ……出来るのなら、ですが……」


 馬鹿にするかのような表情。

 まさかの使用人までこの態度か。それだけを告げて使用人は去って行ってしまった。

 まあいい、別に彼らなど眼中にない。

 そんな事を考えつつ、俺はその鎧に手を触れる。


「……ん? これは……」


 驚くような勢いで魔力を吸収していく鎧。

 魔力というのは、体内のみならず空気中、地面、草木問わず持っている力だ。

 ただ、生命と関係しているせいか、特殊なものを除いて基本、有機物に宿っている量が多い。

 人間などの理知ある存在に最も多く、続いて魔物と呼ばれる体内に魔石というものを持つモンスター、草木、地面、空気……という順に保有する魔力が少なくなっていく。

 ちなみに人間が魔力を奪われすぎると、人体は生命力を魔力に強制的に変換するようで、最終的に生命力を失った人間は干からびて死んでしまう。


「……」


 と、説明などをしているが、俺は現在も鎧から魔力を吸い取られている。

 ……つまり、父親と長男は、俺を殺す気だということか。といっても、この程度では俺の魔力回復量と差し引きしても回復量の方が大きいのだが。


 ◆ ◆ ◆


 例の魔力を馬鹿食いする鎧――俺はこれを【ディアボロの鎧】と名付けた――を着用し、宝物庫を出る。

 ちなみにサイズだが、着用した時点で勝手に俺に合ったサイズに変わった。しかも、こいつの着用は意外と簡単。

 上半身下半身は布らしきもので繋がっており、ガントレットやグリーヴも全て纏めて一体化している。

 イメージとしては、左脇腹の部分を蝶番として背面を右脇腹から開き、グリーヴに脚を入れてからガントレット部分に手を通して背面を閉じて着用が出来るのだ。

 最後にヘルムを被って終わりな訳だが……


「……これ、マントじゃなかったのか」


 首の後ろから肩に掛けて付いている布。これは何と、マントではなかったのだ。

 左右2枚ずつ合計4枚が付いており、それぞれの布の両端は金属の飾りが付いている。

 そしてこれは肩甲骨の辺りを軸にして上に広がるようになっているようだ。


「意味あるのか?」


 ヘルムを片手に俺は自室に向かう。

 動いて見ると非常に軽い事に驚かされるのだが、今でも莫大な魔力を消費している。


(魔力の訓練はしていて良かったな)


 記憶を取り戻してから3ヶ月、俺はこれまであまり行っていなかった魔力の訓練を始めた。

 簡単に言うと、「使い切って、回復させ、使い切る」の繰り返し。魔力のクラッシュ&ビルドである。

 最初は魔力枯渇により気絶したりもしたが……はっきり言って、OCS(士官学校)ほどのキツさはない。

 ゲロ吐こうが、血反吐吐こうが、必死に齧り付いて行かなきゃいけないのがOCSで、ついて行けないなら落第になる。

 そのストレスの中で、さらに俺は海兵隊のパイロットになるという暴挙に出たわけで。

 我ながら、今思うと良くやったと思う。

 ジェットのパイロットになるならそれこそアナポリスから海軍に入っても良かったのだ。


(そういえば……エリザはどうしているか。それにアレックスも……それだけは心残りだな)


 俺の戦死によって、心に傷を負ったであろう愛する妻と息子を思い出す。

 少なくとも、息子を残せたというのはエリザにとっての心の慰めとなってくれれば……と思っているのだが、それでも少し心が痛む。


(もし……彼女たちが亡くなったなら、この世界に来るのだろうか?)


 ふと、そんな事を考えながら俺は自室に戻った。


 ◆ ◆ ◆


 1週間後。決闘当日。

 俺と長男の姿は、屋敷の庭……ではなく、魔法の訓練所にあった。

 魔法で有名な家である以上、この位はあるらしい……俗物でも。


「では、ガイラス伯爵家次期当主ブラッドと、次男レジナルドの【デュエル】を開始する! 双方、礼!」


 俺は【ディアボロの鎧】を着用し、ヘルムは脱いだ状態で礼をする。

 対する長男――ブラッドという。今頃出てきた――は、嫌そうな表情をしながら投げやりに礼を返してきた。

 装備は魔法貴族の証である魔法長杖と、真っ赤なローブを着用している。

 あれはあれで高い防御力を誇る装備だ。

 ちなみに魔法長杖だが、この国では貴族、それも魔法によって家を成した魔法貴族と自称する連中のみが装備できるもので、魔法媒体としても十分な価値がある。


(とはいえ、取り回しに難があるのと、今では短杖でも同等の性能を得られる事が分かっているために使われなくなったというオチなんだが)


 そう、はっきり言って見栄えだけの問題であったりする。

 どうにもこの国には、そう言うどうでもいい慣習を残すきらいがあるらしい。


「ふん! 無能を相手にするのは気が進まんが……まあ、すぐに終わるだろうな、俺様の華麗な土魔法を見るが良い!」


 そう大きな声で宣言するブラッド。

 なお、本日の決闘は一つの見世物として近くの貴族やその子弟たちを招いているらしい。

 ……うん、よくやるわ。


「なお、今回決闘に至ったのは――」


 司会進行は使用人が行っており、父親は高座に座って見物している。

 周囲には招いた貴族がおり、それぞれ何か賭けをしているらしい。


「はぁ……」


 まあ、娯楽の提供ができただけ良しとするか。もちろん結果はどうなるか……なんてことは言わないが。

 ちなみに決闘の経緯を話しているのは、双方が何を望み、何を賭けるのかを知るためでもある。

 長男は……どうやら、俺に謝罪をさせ、貴族籍から追放することらしい。賭けるのは……継承権? そんな物願い下げだ。

 俺は、「俺の3つの願いを叶えること」という一つの願いだ。

 ……ああ、我ながら酷いと思うが、向こうが頷き魔法紙の念書まで出してきて書かせたものだからな、俺は悪くない。

 口約束にするのではなく、魔法紙による念書を書かせるというのは、魔法による契約を意味する。

 契約が守られればいいが、破れば最悪死に至る、という恐るべきもの。

 いや、契約の度合いはあるのだが……うん、まさか最上級を出してくるとは思わなかった。ははは……

 そうこうしているうちに開始時間だ。進行役の使用人が手を振り下ろす。


「開始!」


 同時に、ブラッドが詠唱を始めている。


『土よ 我が魔力を糧とし――』


 この世界の魔法は、詠唱魔法が基本だ。

 詠唱の長さにより魔法の規模や威力が変わり、声の大きさで正確性が変わるという……

 ああ、最初にこれを聞いたときは呆れた。声の大きさって何だ!? って。

 ちなみに、繰り返し魔法を使うと詠唱を省略して魔法名だけで撃てるようになることも一応知られているが、最近はそんなことが出来る存在はいないとか。


(まあ、どうにもこの世界の……というよりこの国の常識はそうらしいが、おかしい話だろう)


 詠唱省略がある時点で、詠唱の不可欠性は崩れる。

 もちろん百歩譲って、詠唱は魔法を成り立たせる式として考える事は出来るが。

 だが、声の大きさで何が変わるというのだろう。

 出来るだけ声量を落として撃った方が、相手に何を撃つか知られずに済むのだが?

 一体どこの誰が、「今から爆弾落とすよ! 機銃で撃つよ!」などと拡声器や無線で相手に知らせるのだろう。それは馬鹿のする事だ。


 俺は【身体強化】を掛けながら跳躍、【飛翔】で飛び上がってから落下の勢いと合わせて拳を地面に叩きつける。


 ――ドガンッ!


 俺の放った拳は、ブラッドの目の前の地面に刺さり一瞬で地面を捲り上げる。

 しかも、拳に魔力を纏わせた状態で殴りつけたために地面が吹き飛ばされ、吹き飛んだ土塊がブラッドを襲う。

 ちなみに【ディアボロの鎧】は、魔法発動体の役割も果たすらしく杖が要らないし、色々な訓練によって身体強化と飛翔については詠唱無しで即発動させる事が出来るようになった。


「……て、てめ……詠唱……は?」


 詠唱? そんなん知らん。

 いや、正確には知っているが、使ったことがない。確か『魔力よ 我が手に集い 収束し 敵を穿て』だったか?

 これを詠唱する間にM16ならフルオートで30発マグを空に出来るだろう。マーシャルアーツなら、2、3人は処理出来る。


 そんな事を考えながら、後退るブラッドに向かって蹴りを放つ。

 魔力を纏う蹴りがブラッドを襲い、ブラッドは結界を発動させて必死に防いでいる。

 というのも、俺の蹴りが放たれる度に、魔力が蹴りの軌道に沿って放出されるのだ。

 それ相応の威力を持った魔力が、ブラッドの結界に当たり光を散らせる。


 というか、ブラッドは結界起動を完全にマジックアイテム任せにしているな。

 マジックアイテムは高価だが、同時に限界も存在する。

 込められた魔法以上のものは使えない、ということだ。


 さあ、こっちはしっかり準備をしてきたぞ?

 当然、お前も俺との決闘のために準備をしているはずだ。

 俺は不敵に笑い、ブラッドに告げる。


「さあ……お前の力を見せろ。ここで終わるなんて、無様な決闘はよそうじゃないか」



 ……とは言ったものの。


「ハアッ!!」

「ぐへぇっ!?」


 俺が放つ拳が、蹴りが、ブラッドの腹部を強かに打ち、吹き飛ばされたブラッドが地面を転がる。

 単純な魔力操作と共に行う格闘なのだが、魔力を衝撃に変換している関係で破壊力が高く、同時に詠唱をさせる暇を与えない。


「まだやるか?」

「ぐぐっ……こ、この俺が……この俺が負けるなどぉぉぉ!」


 しかしこいつは受け身すら取れんのか。

 というか体型が豚みたいなので、ある意味衝撃吸収は出来ているようだが。

 俺が挑発するように呼びかけると、怒りの表情で必死に立ち上がろうとしている事は評価できるか。根性はありそうだ、曲がってはいるが。


「……」


 まだ立ち上がってこないブラッドから目を逸らし、壇上の父親を見る。

 すると、そこには引き攣った表情でこちらに恐怖の視線を向ける顔があった。

 おいおい、そんなに驚く事か? 周囲のお友達も皆引いているようだが……


「ひ、ひぃっ! こ、此奴は我がガイラス伯爵家を滅ぼすつもりだ! 衛兵、衛兵!」

「はぁ?」


 俺が目を逸らさずにいると、父親であるガイラス伯爵はとんでもないことを口にして衛兵を呼びだした。

 いや……あくまで決闘だが魔法紙を使った契約を含むなので、そこでそんな事をすると……


「ギャアアアアアム!?」


 あーあ、そういうことになるだろうに。

 ガイラス伯爵はどこぞのボスキャラのような悲鳴を上げながら、椅子から転げ落ちのたうち回る。

 その様子を見て、周囲の貴族たちは困惑しているようだ。


「な、何が起きた!? どういうことなのだ、レジナルド!」


 貴族の一人が俺に怯え混じりの表情で聞いてくる。

 俺は視線を巡らせブラッドに目を向けるが、奴は未だに立てないようだ。

 仕方なく俺は彼らがいる高座に近付き答える。


「……この決闘の前に、魔法紙の契約をしていたので。その影響ですよ」

「ど、どういうことだ?」


 首を捻る貴族に対し、俺が説明しようとしたところ、痛みから復活したガイラス伯爵が口を挟んできた。


「き、貴様ぁっ! 貴様が魔法紙での契約などするからこうなったのだ! これは貴族当主の命を狙ったと解釈するぞ!」


 いや、無理がある。

 だが、他の貴族はどうしても伯爵の意見の方が正しいように思うのだろう、俺に向けて非難の視線を向けてきた。


「……何故俺があなたの命を狙わなければいけないので? 大体、魔法紙をもって来て書類を作ったのはそちらでしょうに」

「ふ、ふん! 儂はそんな事知らん! 儂に都合の悪い文を入れておったのだろう! 儂は貴様に詰め寄られて書いたに過ぎんぞ!」


 あくまで俺の責任にしたいようだが……それにしても愚かだ。

 本当に、俺が説明してもいいのだろうか。その後のことは知らんぞ?


「魔法紙の契約があったのは事実。そしてそこに、相互の賭けるものと決闘の承諾を記したのも事実。しかし……俺にその魔法紙を準備するのは不可能ですね」

「……どういうことじゃ?」


 訝しげに貴族の一人が聞いてくる。

 それに対して俺は答えた。


「まず、先程伯爵が苦しんだ件ですが、魔法紙での契約をする際の影響はご存じですよね?」

「当然じゃな。契約された事柄を破れば、それに応じた痛み、苦しみ、あるいは死をもたらすことじゃろ」


 俺はその貴族の言葉に頷き、言葉を続ける。


「ええ、これは皆様もご存じのはず。ですが、同じ影響を受ける事がもう一つあります。それが、『契約の前提の反故』です」

「何じゃそれは?」


 おや、これは知られていなかったのか?

 まあ、あまり魔法紙の契約は使わないらしいしな。


「ええ。例えば、何か商売の契約をしようとしたとする。しかし、片方がもしその契約を納得していない場合……どうすると思いますか?」

「ふむ、なるほどの。前提である『相手を消す』か」

「ええ、最終的にそうなりますね」


 俺は貴族の言葉に頷く。

 魔法紙の契約というのは意外と単純に見えて、非常に複雑なものだ。

 同時に、ある意味相互を守るものともなっている。これを開発した者は凄いな。


「……なるほど。つまり『前提を反故』にしようとすると、ああなるわけか」

「そういうことですね」


 どうやらその貴族は納得したようで、呆れたような視線を伯爵に向けている。

 そしてその周囲の貴族たちも、どうやらその老齢の貴族の言葉に納得できるものがあったのか、疑いの目を伯爵に向けだした。


「な、何だその目は! わ、儂は知らん、知らんぞ!」


 それでも言い繕う……いや、見苦しく逃げようとするガイラス伯爵。

 そこで俺は、もう一つの事実を伝えることとする。


「……ちなみに、伯爵は余程俺を信用できなかったようで。非常にご立派な魔法紙を使ってくださいましたよ?」

「……何じゃと? もしや……」


 眉を顰める老齢の貴族。何か思い当たることがあったのか、これまで以上に鋭い視線をガイラス伯爵に向けた。

 それに対し、俺は言葉を続ける。


「ええ、最上級の魔法紙を使っていただきましたよ」

「……なんと」


 こめかみを押さえながら溜息を吐く貴族。

 それに対し、伯爵は致命的な一言を言った。


「そ、それは此奴がどこかから手に入れてきたのだ! 儂が準備したのではない!」


 ……あー、それ言うか。

 これではどうにも救いようがない。


「「「「……」」」」


 流石にこれには周囲の貴族も唖然。俺は軽く肩を竦めるしかない。

 さて、何が拙いかお答えして進ぜよう。


「最上級の魔法紙は、どこが斡旋しているのでしょう?」

「……え?」


 困惑する伯爵。そして、そんな伯爵に呆れた表情を向ける貴族たち。


「最上級の魔法紙は、王家斡旋。しかも……貴族当主しか手に入れられませんよ? そのくらい……当主であればご存じですよね?」


 その言葉に口をパクパクさせ、言葉を失う伯爵。

 それでもどうにか言い訳しようと言葉を考えているようだが……


「……必要であれば、王宮に問い合わせてみるかのう?」


 ボソッ、と呟く老齢の貴族。

 さて、流石に王宮の名前まで出されてはどうしようもなく、膝から崩れ落ちた伯爵。

 そして伯爵に軽蔑するような視線を向ける他の貴族たち。まさに掌返しである。


「ま、それはそうとまだ決闘は終わっていないので……」


 ――ドォンッ!


 俺は右手の拳に魔力を集中させる。

 魔力により俺の右手が光を放っており、その光の強さがそのまま、その威力を示す。

 同時に俺は下段突きの要領で、転がるブラッドに一撃を放つとマジックアイテムの結界が破壊され、さらには魔力の余波で土塊を巻き上げながらブラッドが壇上まで飛ばされた。


 それからの話は特に掘り下げる必要もないだろう。

 なんとも微妙な話ではあるが、結局ブラッドが「もう嫌だ!」と泣き出したのでこの決闘は俺の勝利で幕を閉じることとなったのであった。

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