第1話:天翔る魔導師
――インド洋上、CVN-80"エンタープライズ"
「しかし……例の件は本当でしょうかね?」
「俺が知るか。だが、いずれにせよ作戦は決行される訳だからな」
二人のパイロットが待機室でそんな話をしている。
「しかしツいてないですよ、転属してすぐこんな事になるとは……」
ほんの数ヶ月前までなんの問題も無い状況だったにも関わらず、突然発生した武装勢力との衝突。
当初、突発的なものですぐに制圧されるであろうと考えられていた武力衝突は、予想以上の抵抗に遭い難航していた。
さらには駐留していた陸軍の損害もあり、急遽太平洋軍に属する実働部隊である彼らに出番が回ってきたのである。
「くそっ、アル・ジハードの奴ら……」
悪態を吐きながら待機室をウロウロ動き回るのは、チェスター"ヴァイパー"・リッツバーグ海兵隊大尉。
まだ若い彼は同胞や仲間の被害を考えて、怒りに燃えているようだ。
そんな彼に対してなんともいえない暖かい目を向けるのが、ベテランのジョージ"ワイルダー"・タナスキー少佐。
彼はチェスターを見ながら、かつての自分を思い出していたようだ。
「まあ、落ち着けよ。俺たちじゃなくて、これから相手にする奴らに向けてやれ」
そう言いながらジョージはチェスターの肩を叩く。
彼らは元々、第31海兵遠征部隊に配属されている攻撃飛行隊の一員。
現在、海軍第7艦隊の一員として、エンタープライズに乗り込み、作戦に当たることになっている。
最新鋭のF-35Cを駆る彼らはこれから、上陸部隊の作戦開始と共に同時に出撃し、近接航空支援や制空権確保の任務に就くのだ。
とはいえ、今回の作戦はかなり厳しいものになるだろう。何せ、衝突開始から明らかに敵方の武装が増えているのである。
特に近接支援は携行SAMによる被害も出ている。某有名なイノシシでない限り、攻撃継続は厳しいのだ。
「おう、集まったか」
さて、そんな会話をしていたところに現れた黒髪の人物。
その人物を見ると、チェスターは立ち上がって敬礼をし、ジョージは軽く二本指で敬礼する。
対する人物も軽く敬礼を返すと、二人の肩に軽く拳を当てる。
「相変わらず固いやつだな、ヴァイパー。今はそんなにイキり立つ必要はないぞ?」
そんな事をいいながらポットからコーヒーを注ぎ、ベンチにドカッと座り込むパイロット。
そんな人物にチェスターは固いまま返答を返していた。
「い、いえ……まさかあの"ウィザード"殿の指揮下に入れるとは思っておらず……」
「ははっ、そんなの気にする必要ないぜ? どうせまだ出撃には時間がある、コーヒーでも飲んでリラックスしな」
「チェスター、コーヒー飲んでたら空で漏らしちまうぜ? ウィズも気を付けろよ?」
未だ直立不動で話すチェスターと、揶揄うジョージ。
その関係性からも分かるとおり、入ってきた人物は彼らの上官、ヴィンセント・アヴァロン海兵隊中佐。
有名なパイロットで、元々第31海兵遠征部隊の攻撃飛行隊の隊長を務める人物だ。
その操縦技術と、気付かぬうちに相手を追い込み撃ち落とすその様から、"魔導師"と呼ばれるほどの人物なのである。
「さ、俺たち【キャスター隊】のブリーフィングを始めるぞ」
* * *
《キャスター1、発艦せよ》
天空を雲が覆う薄暗いデッキ上に並ぶF-35Cの中、隊長であるヴィンセント"ウィザード"・アヴァロン中佐は発艦スタンバイしていた。
彼の機体は通常のF-35と異なるカラーリングをされており、黄色と紫のストライプを施されていることと、垂直尾翼にマジカルハットを被ったキャラクターのイラストが描かれているのでよく目立つ。
《了解》
無線から聞こえてくる管制の指示に従い、機体をカタパルトに乗せ待機する。
しばらくすると、カタパルト担当のデッキクルーが親指を立てて機体から離れていくのが見える。
同時にシューターが二本指を立て、左右に振る合図をするのに合わせてミリタリーパワーまで出力を上げ、敬礼をする。
返礼と同時にカタパルトオフィサーが身体を低くして左腕を伸ばし、二本指を前に突き出すと、数秒して機体が射出される。
射出される機体の中で、ヴィンセントは身体に掛かるGを感じながら笑う。
「さあ……暴れるぞ」
指示に基づくルートを飛行しながら、雲の中に入る。
気流の影響で揺れつつも、徐々に高度を上げて戦闘エリアに向かいながら、横を見る。
《キャスター2、現在キャスター1の右翼を並進中》
《了解、ポジションを保て。キャスター3は俺の左翼だ。いいな?》
《は、はい!》
それぞれのポジションを確認しながら飛行を続けると、しばらくしたところで別の通信が入る。
《こちらバックス1、キャスター1聞こえるか?》
《キャスター1、感度良好。そちらはどうだ?》
バックス1は、海軍の飛行部隊の隊長機だ。
今回の戦いでは、主に制空に携わる部隊のため6機で動いている。
既に上陸部隊はLCACで出ているので、海兵隊所属のヴィンセントたちは近接支援を主とすることになっているのだ。
《ええ、問題ないわ》
答えるバックス1の声は、女性のものだった。名をエリザ"フェアリー"・エディントン海軍中佐。
彼女も海軍で経験を積んだパイロットであり、これまで5機の撃墜を達成しているためエースと呼ばれるにふさわしいパイロット。
これまで軍の広報誌や、一般誌の表紙を飾ったこともあるほど有名であり、さらに夫も有名パイロットである事から「ラヴァーズ・エース」と呼ばれることもある。
《何よりだ。問題があれば早めに帰投しろよ?》
《ふふっ、心配性なんだから》
そんな気安い会話を無線越しに行うヴィンセントとエリザ。
それを聞いていたジョージが口を挟む。
《ヘイ、ウィズ! やっぱり、愛しの奥さんのことは心配か?》
そう。実はヴィンセントとエリザは夫婦なのである。
軍人として生活する関係で手続きを考え、二人は軍では名字を一緒にしていない。
とにかく、珍しく二人とも出撃するため、二人をよく知るジョージとしては揶揄い甲斐があるらしい。
だが、その揶揄いを聞きつつもヴィンセントの表情は晴れない。
(……どうにも嫌な予感がする。この傷が痛むときは、必ずと言って良いくらい問題が起きるんだ)
ヴィンセントは、頬に走る傷に手を添える。
どうにも古傷が痛むこの感覚は、これまで問題が生じたり、命が危険に晒されるような状況の時に味わってきた。
その痛みを感じながら、ヴィンセントは武装勢力に関する情報を思い返す。
武装勢力というには充実した装備を持っており、さらには最近ミグやスホーイといった戦闘機や攻撃機が確認されている。
そうなると、ドッグファイトの可能性が高くなってくるのだ。
無論海軍の飛行隊も十分な戦闘を出来るだろうし、彼らの練度が低いとは言わない。
だが、どうにも簡単には終わりそうにない予感がヴィンセントを掴んで離さない。
と、そこへ混ぜっ返すような声が入ってくる。
《しっかし、ウィザードのガンポッドは何なんだそれ?》
《GAU-13ポッドだとさ。近接支援するのにいいらしいぞ?》
《いや、オーバーキルだろうよ》
気合いを入れ直していたヴィンセントに対し、無線で話しかけてくるジョージ。
ヴィンセントの機体――ウィザード機の装備は、空対地ミサイルを装備していないのが特徴的だ。
もちろんF-35はステルス性向上のために機体内部にウェポンベイを持っている。しかし、必要であれば外部のパイロンに十分なミサイルを装備することが出来る。
しかし、サイドワインダーを4発、後はガンポッドを2つというのは、なんともアンバランスに感じるというのがジョージの本音。
とはいえ、ウィザード機のガンポッドは普通ではない。
なにせA-10で使用されるアヴェンジャー機関砲と同じ劣化ウランの30mm弾を発射できるガンポッドを装備しているのだ。
だが、武装勢力が戦車を使っているわけでは無い以上、こんな30mm機関砲なんて……と言いたいのも事実。
「まあ、物は試しだ」
そうこうしているうちに戦闘エリアに到達する。
《ムスタングより各機、レーダーに5、そちらの位置からみて左側、方位310、迎え角3度で接近中》
《了解。――キャスター1より各機、方位210、迎え角3度で向かうぞ。バックス隊もよろしく頼む》
《了解よ》
母艦からの連絡により敵機接近の知らせが入る。
それに合わせ、迎撃のために進路を変えて雲に入った。
ディスプレイに表示されるレーダーを見るが、どうも母艦からの連絡にあった反応が現れない。
(そろそろのはずだが……)
そう思いつつも、ヴィンセントは指示を出す。
《全機、マスターアームズオン、マスターアームズオン。レーダーに注意しろ》
《《了解》》
そう呼びかけた次の瞬間。
――ドォンッ!
突然海軍機のうち1機が、主翼に直撃を受けてきりもみしながら墜落していく。
無事ベイルアウト出来たようだが、それでも突然の撃墜は彼らに混乱をもたらす。
さらに次の瞬間には、機体を掠めて飛んでくる機銃の掃射。
《散開! バックス1、何があった!?》
《バックス3がやられたわ! 一体どこに!?》
レーダーを見ても、やはり反応が見当たらない。
だが次の瞬間、突如として現れるレーダー反応。
《ウィズ、レーダーに反応5! 速いぞ!》
ジョージからの通信と同時に前の雲海から飛び出してくる戦闘機。しかし……
《キャスター1、キャスター1! 敵機は5機じゃない、10機です!》
「クソがっ!」
悲鳴のようなチェスターの声。
同時に戦闘の数機が、キャスター1とバックス1の間を割り込んで通過していく。
対するヴィンセントは操縦桿を倒しつつスロットルを上げ、旋回しながら周囲を見回す。
HMDで背後を見ると、どうも特殊な色合いの機体が目に入った。
どうにか立て直して応戦に入るヴィンセントたちだが、敵機は通過しつつ旋回して再度攻撃を仕掛けようとしてくる。
《IFF応答無し! ……Su-35だと!?》
《IFFなんぞ確認しなくても分かる! こっちは撃たれているんだ、応戦しろ!》
確かに通常ならIFF反応を確認し、その上で対処するかを決める。
だが、最早相手は敵機だ、こちらを攻撃してきている。
なんとも真面目なチェスターに怒鳴り返しながらもヴィンセントは敵機を探りつつ母艦とのコンタクトを取る。
《マスタング、こちらキャスター1! バックス3が撃墜された、敵機も10機、援護を!》
《こちらマスタング、こちらにも敵機が飛来! 現在迎撃中のため支援は難しい!》
どうやら気付かぬうちに母艦にまで敵機の魔の手は伸びていたらしい。
支援機を望めない状況に歯噛みしながらも、ヴィンセントは機体を駆って制空権確保を行うことにする。
さらに言えば、早く制空権確保が出来なければ航空支援も難しい。そうなれば地上部隊の損耗も高くなってしまう。
そうしているうちに、どうやらチェスターが敵機に追われていた。
《ヴァイパー、ケツに付かれてるぞ!》
そうしている間にも敵側の戦闘機はチェスターの背後を取っており、このままではさらに撃墜されてしまう。
《駄目だ、振り切れない!》
《すぐに向かう! 諦めるな!》
フレアを利用し、今のところは直撃を免れているチェスターだが、それでも早めに状況をひっくり返す必要がある。
ヴィンセントは機体を駆ると急接近し、チェスター――ヴァイパー機の背後の戦闘機を捉える。
「もうすぐだ! 行くぞ、行くぞ……捉えた、発射!」
HMDに表示されるロックオンサインと同時に、ヴィンセントがトリガーを引く。
過たずウィザード機から発射されたサイドワインダーが、遂に敵機の機体後部を吹き飛ばし、撃墜する。
《1機撃墜!》
《ウィズ、右からだ! 撃ってくるぞ!》
だが、撃墜したからといってまだ戦力比は大きい。
ギリギリのところで機銃を躱したヴィンセントだが、同時に機体の速度が低下してしまう。
「くそっ、ギリギリだ」
やむを得ずアフターバーナーを噴かし、速度を上げたところで機首を上げる。
さらに加速しながら敵機の背後を取るが、今度は敵機は急減速し、自機の後ろに回ろうとする。
「ちっ、面倒な……」
同時にウィザード機も急減速し、さらに別方向から攻撃を仕掛けてこようとしていた2機目の側面を見据え、機関砲のトリガーを引く。
毎分3000発の勢いで飛来する劣化ウラン弾は敵機の外付けタンクに直撃、タンクが爆発すると同時に誘爆した敵機が四散する。
だがそれを確認する間もなく今度は自機がロックオンされたことを示す警報が鳴り響く。
「フレア!」
フレアを射出したことで接近してきていたAIMは機体から離れた位置で爆発、難を逃れる。
「悪いが……負けるわけにはいかないな!」
片頬笑む魔導師が、スロットルを全開にして戦場を駆け出した。
作戦前のドッグファイトをどうにか凌ぎ、遂に帰投するという頃。
まさに多少の気の緩みを死神は突いてきた。
《くそっ、今度は何だっていうんだ!?》
《左……うわあああっ!》
一機、また一機と墜とされていく海軍機。
《ひ、被弾した! 増槽タンクパージ!》
あわや誘爆というところでどうにかタンクをパージし、九死に一生を得たヴァイパー機が、必死に機体を立て直しながら離脱していく。
《ヴァイパー離脱!》
《レーダーに反応多数! こっちはバックス隊合わせて6機だ!》
レーダーの反応は12。ヴィンセントたちの倍であり、さらにいうとヴィンセントたちは弾薬、ミサイル共にほぼ撃ち尽くしている。最初のドッグファイトが影響した形だ。
対する敵機は当然十分な装備を調えており、さらに数も多いので戦力差が大きすぎる。
既に上陸部隊は撤退しているので、後は自分たちが引き揚げるだけ。
とはいえ相手もこちらを逃がそうとはしないだろう。
そうなれば少しでも味方の損耗を抑えるために行動するべきだと、ヴィンセントは決断した。
《キャスター1より全機。現時刻を以て指揮権をバックス1に委譲、即座に母艦へ帰投せよ!》
《なっ!?》
その言葉に、無線の向こう側で息を呑む声が聞こえる。
彼らは皆優秀な軍人だ、本来不要な指揮権委譲をすることの意味を即座に理解したのだろう。
《駄目だ! お前が隊を率いて帰投しろ、ここは俺が抑える!》
ジョージの声が無線越しに聞こえてくる。その声はまさしく悲壮。
彼は誰よりもヴィンセントを尊敬し、信頼してきた友人であり部下だ。
だからこそ、ヴィンセントを死なせるわけにはいかないと叫ぶ。
《まだ俺の機体の方が航続時間がある! お前の機体は限界だろう!》
ジョージのいうことは正しい。
ウィザード機は既に何発もの被弾を受けており、同時に外部タンクも破損した関係で既に航続時間は限界。
無論他の機体も似たり寄ったりの状況だが、どうしても目立つウィザード機は狙われることが多く、またヴィンセントもそれを分かって動いていた。
母艦に帰投するのでギリギリであり、最早戦闘機動を行うわけにはいかない状況なのだ。
《武装も残っていないような状態で何を言っている。今はとにかく生き残ることを考えろ。後は頼むぞ、エリザ》
ジョージも腕のいいパイロットとはいえ、ヴィンセントの本気には及ばない。
さらに武装的にも、ワイルダー機に残ったAIM1発ではどうしようもない。
その点、まだウィザード機には弾薬も十分残っている。
《ウィズ……あなた……》
この隊の中で、ヴィンセントと同格なのはエリザだけ。
そうなれば、エリザに指揮権が移るのは当然だろう。
だが、軍人としては理解できても妻としては納得できるものではない。
そのせめぎ合いから、エリザはそう零すしか出来なかった。
《これは命令だ、キャスター2。バックス1、帰投までこの部隊の指揮を執れ》
同格とはいえ、ヴィンセントの方が先任中佐である。
さらにこの飛行隊の指揮を執るのはまだヴィンセントなのだ。
さらにジョージにとっては上官からの命令だ。
軍人である以上、上位の階級にいる人物からの命令は絶対。
《了解、キャスター1。……ご武運を》
必死に想いを振り払いつつ、頷くエリザ。
中佐であるエリザが頷けば、他の隊員も頷くしかない。
《……キャスター2、了解。俺はご武運なんて祈らねぇぞ、クソが》
《バックス2、了解です》
《バックス4、了解》
《バックス5も了解》
皆、後ろ髪を引かれる気持ちだった。
だが、今はヴィンセントの思いを尊重し、皆一気に空域を離脱し始める。
その中で、エリザとジョージの機体はギリギリまで残っていた。
《ウチの馬鹿共を頼むな》
《馬鹿野郎、そんな台詞は退役まで言うんじゃねぇ》
キャスター隊の残った連中をジョージに託すヴィンセント。
《ヴィンス……》
《エリザ……愛している。この大空から、君と息子を見守っているよ》
《愛しているわヴィンス……出来れば、戻って来てね》
最期だけは、夫婦としての会話をする。
間違いなく彼が戻ってくることはないと、分かってはいるがそれでもと無事を祈る気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
《さ……急げ。連中もしびれを切らしているらしい》
《《……了解》》
通信を切り、旋回するウィザード機。
そして、敵を撒くために雲に入り、空母に戻るジョージやエリザ。
それに追いすがろうとする敵機に対し、機関砲を放って牽制するヴィンセントは、コックピット内で苦笑する。
「……さて、どこまでやれるか」
追いかけるのを止めた敵機は、残ったウィザード機をターゲットにする。
けたたましくレーダー警報装置が鳴り響くコックピットの中、ヴィンセントは不敵に笑う。
「だが……最期の最期まで、付き合ってもらうぞクソ野郎共。海兵隊最強のパイロットである"魔導師"の底力を思い知れ!」
数時間後、その戦闘域の海上ではバラバラに散らばる多くのSu-35の破片。
そしてその中には、マジックハットが描かれた破片が漂っていた。
――アーリントン国立墓地
「構え! 撃て!」
号令に合わせ、弔銃の音が響き渡る。
真新しい墓碑の前で、直立不動で敬礼をする軍人たち。
「……隊長」
「……馬鹿野郎」
その顔ぶれの中にはチェスターやジョージの姿。
そして、墓碑の前にはエリザと一緒に5歳くらいの男の子が跪いていた。
「ヴィンス……」
「パパ……」
エリザは墓碑に触れながら、彼の名を呼ぶ。だが、墓碑が言葉を返すことはない。
となりの男の子も父を呼ぶが、最早父はいないのだ。
「……」
エリザの頬を伝って落ちる一筋の涙。
彼女はそれを拭うと立ち上がり、直立不動で敬礼をしたのち回れ右をして戻っていく。
息子もそれに倣って敬礼をして、墓碑から離れていく。
『ヴィンセント"ウィザード"・アヴァロン准将 仲間を守り、悉く敵を討ち払った海兵隊の英雄、ここに眠る』
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
――高潔な、その魂に免じて。
――あなたに新たな生を。
◆ ◆ ◆
「――ハッ!?」
とある世界の、とある国。
そのとある貴族のお屋敷で、一人の少年が目を覚ました。
少年の名は、レジナルド・ガイラス。
「……今の夢は……いや、俺は……」
レジナルドはベッドの上で一人呟く。
「俺は……かつてパイロットだった」