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映画泥棒  作者: としひろ
2/2

カフェ

 ここは小さな古ぼけた街。観光目当てだとしても人はめったに来ない。

 その小さな町に、ポツリと時代から取り残されたようなカフェがあった。木製の建物に、曇ったガラス、中を覗くまでなく客は一人もいない。店主である老人がカウンターでコーヒー片手に新聞を読んでいる。

 老人はこの店に誰も来ないのを知ってる。たまに近所の若者たちがビールを飲みに来るがそれだけだ。こんな真昼間には誰も来ない。それでよかった。老人にとってここは砦なのだから。

 カランカラン……。

 だから店のドアが開いても、老人はしばらく声をかけなかった。何かの間違いで入ったのだろう。十代半ばの少女がこんな場所に来るはずがない。

 けれど、少女は強い意志をはらんだ瞳で老人を見る。

 思わず、新聞を落としそうになった。ドアの前に立つ少女は、記憶の中の女性とよく似ていたからだ。

 そんなことはないと、口元にあったコーヒーカップを置き、感情を押し殺した声で言う。

「いらっしゃい。何にするかね」

 少女は言う。

「映画を」

 聞き取れなかった。

「映画を」

 聞き取れない。いや、聞き取ろうとしなかった。

「お嬢さん。ここは映画館じゃないよ。映画館に行くなら、この街をでて―――」

 老人の言葉は最後まで紡がれない。少女が言う。

「盗んで欲しい映画があるの」

「…………」

 冷たい沈黙が流れた。

 老人は新聞紙を広げ、何事もなかったかのようにコーヒーを一口飲む。

「何の話をしてるのか分からんが、人違いじゃないのか」

「お願い。どうしても盗んで欲しい映画があるの」

 少女は食い下がる。

 老人はコーヒーをすすり、新聞紙をめくる。そのまま何も言わない。

「お願いします。私、知ってるんです。あなたが伝説の映画泥棒だって」

「……」

 老人の目が鋭く光る。それは白髪の老人とは思えぬほどの眼光、威圧感。

 少女は思わず一歩下がる。それでも諦めなかった。

「お願いします。映画泥棒さん。お願いします」

「……人違いだ」

 たった一言。老人はカウンターの裏へと行ってしまった。

 少女はなすすべなく、立ち去るのであった。


 翌日。オープンの看板を外に出すときには、少女はそこにいた。

「お願いします。映画泥―――」

 老人は少女の口を押え、ため息をつく。

「中に入れ」

 小さな店内に入ってそうそう、少女は本題を切り出す。

「あの盗んで欲しいのは―――」

「グラスを拭いてくれ」

「え?」

「机を拭くのとグラスを拭くの、どっちがいい」

 問答無用で老人は言う。

「えっと、グラスを拭きます」

 圧力に負け、少女はグラスを拭くこととなってしまった。

 グラスの次はカウンターだった。カウンターの次は床だった。そうやって老人の言うことを聞いているうちに、日は暮れる。

「あの、盗んで欲しい映画が……」

「今日はもう遅い。帰りなさい」

 有無を言わせぬ力強さだった。少女は肩を落として店を出て行った。

 その後ろ姿を老人は眺め、眺め、いつの間にか過去を眺めていた。少女と似た女性。老人と同年齢なのですでにおばあさんだが、老人にとって彼女はいつでも美しかった。今でも美しいだろう。

「生きているなら……」

 老人は夢を見る。彼女と見た映画の夢を……。



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