若かりし頃
それは夢だった。
夜空の星より輝き、眠ることすら忘れる夢。
地べたに座り、照らし出された映像を眺める少年少女。
映っているのは、タキシードの男性と着飾った女性。ワインを傾け、ダンスを踊る。
映画だった。
この街の大人ですら映画館で見た者はいないだろう。なぜなら、映画とは貴族のものだから。それ以上の説明は不要。こんな錆びれた街に映画館など立つわけがない。
それなのに、ここでは映画を鑑賞できる。木に映画を映すシートをかけ、地面に直接座り、大人も子供も、皆がそろって映画を見る。
「今日の公演はここまで。次回は新作だよ。期待しててね」
十代半ばの少年がそう言うと、惜しむような声と拍手が起こる。僅かながらのお金を渡そうとする人々からは一銭も貰わず、片づけをする。
パラパラと人々が帰っていき、少年は一人夜空を見上げる。
「今日も皆いい顔だった」
それが何よりの報酬である。
「私の笑顔も?」
いつの間にか、見知った少女が隣でニヤニヤとしていた。
「ああ、勿論。皆には言ってないけどあの映画は俺が盗んできたんだ」
「えー、すごーい。なんでも盗めるの?」
「ああ、そうさ。俺に盗めないものなんてないさ」
少年は胸を張って答える。それは恋する女性にいい所を見せようと、背伸びしているようにも見えた。
そんな少年をからかうように、少女は言う。
「じゃあ、私の心も盗める?」
「え……いや、それは……」
途端にしどろもどろになる。さっきまでの自信に満ちた態度はどこへ行ったのか。そんな少年がおかしくて、少女はクスクスと笑う。
「私、最初は信じられなかったなー。君が映画泥棒だなんて」
「そりゃ、姿を隠してるからね」
少女の言った意味とは違う返答で、またもクスクスと笑う。少年は不思議そうに首を傾げる。
「私が皆に言っても信じてもらえないだろうなー」
「それはいいことだよ。映画泥棒は誰にも姿を知られちゃいけないから」
「でも、私は知ってるよ」
「君はいいんだよ」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ……」
―――好きだから。
少年は小さく、誰にも聞こえないように、呟いた。
少女には聞こえていない。聞こえていないが、少年の赤い顔と普段の態度からはバレバレであった。だからこそ、少女はニヤニヤと笑ってしまう。
少年は何で笑われてるのか分からないが、何となく笑う。
世間を騒がす大悪党。 映画泥棒。
その正体が、こんな少年だとは誰も思ってもいなかった。