壁と泉
ワンライ用原稿を修正したもの。
――死と生、苦と楽は常に共にある。
薄い壁一枚を隔てて、彼らは同じ天の下にいるのだ。
その壁が崩れた時、世界に満ちるのはどちらか。
それは、その地に生きる者だけがわかること。
「二時方向、不明二脚戦車多数!」――「十時方向、歩行戦車!」
「照合急げ!」――「照合、急いで!」
同じ国の下に生きていたはずの二人は、一枚のうすい壁を境に隔てられ生きていた。
その壁が崩され流れてきたのは、ただ死と苦しみだけ。
「二脚戦車照合完了! 先頭にいるのは、あの白です!」――「照合できました! 先頭指揮車はあの黒です!」
「なんでこんな所にあの名前持ちがいるんだ! 主戦線とは反対側だぞ!」――「よし! このまま突撃!」
忍び逢う二人を、天は引き裂く。ただ死と苦しみを撒くため。互いに壁向こうにいた者たちにそれを与えるため。
「怯むな! アレは俺が引き受ける!」――「あとは手はず通りに。アレは私が引き受けます。貴方達は他の機体を」
「頼むぜ! 南の名前持ちの恐ろしさを北の奴らに教えてやれ!」――「了解。ご武運を」
二人は、才能があった。戦争の才が。大地を奔り地を抉り、大空を駆け天を裂く、鋼の騎士の手綱を握るための才が。
「お前さえ――」
「貴方さえ――」
少年は、「南」の出身だ。素行はあまり良くない。
少女は、「北」の出身だ。病気がちだが、真面目な性格だった。
「堕ちろ! 白いの!」
「沈め! 黒!」
二人には秘密があった。いつのまにかできた、「壁」の小さな穴だ。
泉の底を通じ、煉瓦と黒煙の地と、花と草の地が繋がっていた。
「くッ、被弾したっ!」
「その腕貰ったァ!」
この日二人の騎士は、油絵を手で横に成らすように崩れる景色の中、砲声を交わす。
いつかの日二人は、一枚の絵をきりとったような風景の中、言葉を交わす。
――『ねぇ、――。』
――『なんだよ、――。』
――『いつか、――が、こんなズブ濡れにならなくても逢えるようになったら』
――『なったら?』
「そんなっ、動いて! 動いて!」
「このっ! しぶとい!」
――『なったら、ね。こんな壁の無い所で』
――『国の外に行くのか?』
煉瓦と黒煙、花と草。それらを区切る壁は取り払われた。
いまそこに壁はなく、白い騎士が泉に横たわり、炎を吐いていた。
煉瓦は崩れ黒煙は天に溶けて久しく、花も草も等しく騎士達の吐く炎に黒く焼かれた。
「殺ったか……?」
黒い騎士は泉の畔に膝をつける。
黒い騎士の胸が開き、黒衣の少年が顔を出す。
「……ヤな所だ。余計なコト思い出しそうになる」
白い騎士の胸が外れ、白衣の少女が身を乗り出す。
「……嫌、ね……こんな場所に、堕ちるなんて」
「てめ、生きて――ッ!」
「貴方、追って――ッ!」
少女の胸に、鉛が突きささる。
――『国の外に行って、どうすんだよ』
――『えっとね、それでね……私と――』
「「おまえ/あなた……」」
少女は、赤い血を吐きながら、記憶の中よりはるかに濁った泉に墜ちた。
同時に、黒い鉄と樹脂の筒が畔に音を立てて落ちた。
あの言葉はもう、泉の底から戻ってくることはない。