プラスとマイナス
「20年前にタイムスリップしてしまうというのは、それだけで奇跡ですよ。いや、信じられない」
テレビのバラエティー番組は、だいたいどこもそんな感じで話が始まる。96年当時人気だった番組をもう一度見れるだけで価値はあるが、中身がすでにオレの知っている物とは違う。
こういう番組にかかわらず創作物関係は、同じ内容で同じ日に発売するという元の歴史をたどっても、おそらくは売れない。だってもうその内容や結末を知っているのだから。
「裕太ん家。未だにスーファミなのな」
「96年4月じゃプレステはまだそこまで値下げされてないんだよ。初期の39800円で買ったのはおまえんとこみたいな金持ちだけだ」
放課後。自宅のリビングでゲームでもしようという話になって、歩が押し掛けてきた。
精神的には30歳なので、車でどこか遠くへ出かけたりパチスロしたり、居酒屋で一杯したいところだが、体はまだ10歳。やれることは限られてくる。しかたがないので、久しぶりにゲームでも。となったのだが、20年前ともなればまだプレステも1だし。出てるゲームのグラフィックとかも正直しょぼく見えてしまう。
「技術はほんと進歩してんだよなあ。想像できるかよ? 携帯機で据え置き機と同等のクオリティーでゲームできるなんて」
「だな。ていうか、何でうちなんだよ。歩のとこのほうが広いし、おやつも出るだろ」
「いやあ。だって、家ってさ。ママいるんじゃん。歩んとこはお母さんパートで誰もいないだろ? うるさいんだよなー、色々と」
歩は無遠慮に戸棚からスナック菓子を取り出すと、勝手に中身を空けて食べ始めた。
「……おいおい。お隣とはいえ、よそ様の家で無断でポテチを開けるなよ」
「ごめんごめん。ていうかさ裕太。ビールないの?」
「あるけど、飲めないだろ、まだ。コーラで我慢しろよ」
傍若無人な歩の態度を見ている限り、あまり子供時代から成長していないのかもしれない。こういう子供っぽい所が真田は嫌なのかもしれないな。
「なあ、裕太。俺たちこれからどーなんのかな」
「小学校を卒業して、中学校に入学。オレは野球部を半年で退部。お前はバスケ部入部一週間で先輩とケンカして退部。直近の出来事はそんな感じだったかな」
「よく覚えてるよなあ、そんなこと。そっか、そういや俺。スリムダンクってバスケ漫画にはまってて、バスケ部入ったんだっけ。で、先輩がゴリみたいだからゴリって呼んだら殴られたんだ」
「ちゃんとゴリって呼べよ。そんでケンカしてきっちり一週間後に退部だ」
「無茶言うなって。さすがにそんな子供じみた真似しないよ。だって俺。30だぜ?」
30のおっさんはポテチの油ぎった手でスーファミのコントローラーを握った。
「てめ、それは最高に腹立つ行為だな、おい」
「へ?」
とりあえず二人でストレートファイター2ターボで対戦しつつ、オレは過去の記憶を掘り返していた。
さっきの歩とのやり取りで気付いたが、自分にとってプラスになる行為は歴史通りなぞるだろうが、マイナスになる行為まで繰り返すことはできない。普通に考えれば、西沢をひき殺したドライバーもおそらくあの日と同じ行動は取らないだろう。もしかすれば、オレ達が何も手を出さなくとも西沢は死なないのかもしれない。
だが、西沢には死ぬ直前の記憶がないからどうなるかわからない。と、いうのもどうも彼女には来月の記憶どころか、一週間先の記憶もないのだ。いってしまえば、未来から記憶がまったくダウンロードされず、その瞬間まで生きていた記憶しかない。
もしかしてだけど、タイムリープしたのは2016年12月現在に生存していた人だけなのかもしれないな。でも逆に言えば、未来の記憶がないということは、その人は遠からず死ぬということの証左でもある。
西沢がそれに気づいたとき……未来の記憶を持たない人間は2016年12月現在で死人であることを知ったとき……おそらく普通ではいられないだろう。今のところはただ自分はタイムリープしていないだけと思っているだろうけれど、遅かれ早かれこれは解ることだ。
これが事実として確定した時、政府の研究機関からなにがしかの発表とかあるだろうけども……うーん。
タイムリープした記憶がないといえば、3歳より下の子供。つまり、2016年現在23歳以下だった人には未来の記憶がないらしいとのことだった。これはニュースでも取り上げられていたから知ったことだが、23歳の記憶容量が3歳の子供の脳には収まりきらないから、記憶のダウンロードが失敗したのではないか。という学者の意見があったな。8GBのメモリーカードに、16GBのゲームをダウンロードしようとして失敗しちゃう、アレみたいな感じなのかな?
とりあえずは、まあ。20年前の記憶を整理しつつ、思い出していく。そして、西沢の生死に関わりそうな案件は潰していく。現在のところ、行動方針はそんなところか?
「っておい!? それ裏技だろ! 死んじゃうだろオレのエドモンド本場!」
少しよそ見をしていた間に、オレのプレイキャラの力士、エドモンド本場がハメ技か何かで瀕死だった。
「裏技じゃないだろ、普通にただのコンボだし! 負ける奴が悪いんだよ!」
「この野郎!」
だがなんとかピンチを切り抜け、連続攻撃を決めると歩はあっという間にペースを崩され、あと一撃攻撃が当たれば倒せる。
「おーっと! 手が滑ったああああ!!」
歩は形成不利と判断するや否や、許されざる暴挙に出た。
「あ!? リセットボタン押すんじゃねーよ! 大人げないぞ!」
なんということか。一番やってはいけないことを平然とやってしまうのが、この進藤歩という男である。
「へへーん。俺、10歳だもんねー。子供だもんねー」
これが本当に10歳だったら、昇竜拳を歩にお見舞いしていたところだろうが、オレも30のいい大人だ。我慢我慢。
「――って、我慢できるわきゃねーだろ! こら歩!! 受けろオレの魂の一撃!! 昇竜拳!!」
歩に接近すると、オレは構えを取り奴の顎を狙った。
「……あんたら、体だけじゃなくて頭も子供になったの?」
「あ」
オレの必殺技は真田の乱入であえなく不発。ていうか、普通にはずい。この時代にスマホがなくてよかった。このシーンカメラで撮られて、明日にはクラス中に広がるとか考えたらほんと文明の利器って怖い。
「京子! 愛してる!!」
「あたしは愛してない」
歩は真田に抱き着こうとしたが返り討ちに合い、リビングの床に転がった。
「田中くん。西沢のことでちょっと」
「ん? ああ。歩は……置いていくか」
オレは気絶した歩を置いて真田の後を追うと、家を出た。一応歩を家に残しておけばカギはかけなくていいだろう。
「西沢のこと、何か思い出したのか?」
「うん。西沢さ。塾通ってたじゃない?」
「ああ、そういやそうだったな。小4で塾行ってるの、うちのクラスじゃ西沢だけだったから、よく覚えてる」
「隣町の塾で……確か、あの日も塾の帰りだった思う。塾の帰りに西沢、車に……」
「そういえば……結局、西沢を轢いた犯人。捕まってないんだったな」
「うん……」
西沢を殺した犯人はまだ捕まっていない。20年前からずっと逃げ続けていているのか。そしてそれが何の因果か、20年前に戻ってきてしまった。
「でもさ。事故なんだから、また西沢が轢かれるってことはないんじゃないかな? ドライバーもあの日には、車乗らないとか考えられるしさ」
「殺されたんだよ、西沢」
「え?」
真田は児童公園の入り口でオレに振り返った。
「確証があるわけじゃない。誰が犯人なのかもわからない。けど、あたし知ってるんだ。だって……西沢。死ぬ前にあたしに相談してきたんだ。最近、塾の帰りに誰かに後をつけられてる気がするって」
「それって……ストーカー?」
「かも。あたし、あの時は気にしすぎだって笑い飛ばしてた。ううん、自意識過剰だってバカにしてた。でも……それがあんなことになって」
「警察や親には言わなかったのか?」
「言えなかった……怖くて。それをしゃべったら、あたしまで殺されるんじゃないかって。それに、警察は事故って発表してたし、いつの間にか時間が過ぎちゃって……20年。経ってた」
「そう、か。いや、真田は悪くないよ。きっと怖かっただろうし」
「……ごめん。ずっと黙ってて」
この前、タイムリープしたあの日。西沢を見た時の真田のリアクションは驚きというよりも、恐怖のほうが大きかった。
「あたしが歴史を変えるのに西沢を選んだのは、それもあるの。もしかしたら、10歳に戻ったのは西沢を救うためなんじゃないかって」
「ああ、そうだな。でも……事故じゃないとなると……やっかいだぞ」
事故であるのならば、マイナスの行動になる。偶然の出来事として事故が起こったのであれば、同じ歴史を繰り返すとは考えにくい。だが、殺人となれば違う。明確な目的があっての行動だ。警察が事故と判断し、20年も捕まらないでいた……ということは、計画的な犯行だった可能性もある。そして、計画を練ってまで西沢を殺したかったということは、そうせざるを得ない理由があるということ。つまり、このままいけば5月に西沢は歴史通りの運命を確実にたどる。
「ストーカーの男が怪しいな、今のところ」
「うん。だから、その男を捕まえるかしないと。でも、どうしたらいいんだろう」
「決めたよ。オレ、塾に通う」
「え?」
「西沢と同じ塾に通って、ボディーガードするんだ。誰かが近くにいればストーカー野郎も西沢には近づかないだろ?」
「ダメだよ! そんなことしたら、西沢。田中くんのこともっと好――おっと! 男子と女子が一緒の塾なんか通ったらさ、からかわれるよ!」
「何言ってんだよ。オレ達30だぞ? それに、周りの奴らも納得するさ。西沢を守るためならみんな解ってくれる」
「それは……そうだけど」
「なにより真田。勉強嫌いだろ?」
「大っ嫌い! でも……だけど!」
何でこんな反対するんだ、こいつ?
「とにかくさ。オレ、今から西沢のとこ行ってくる。どこの塾通ってるか聞いてくるよ」
「ちょ、田中くん!?」
「善は急げ。じゃな」
オレは未だ何か言おうとした真田を児童公園に残し、通学路を走り出した。
西沢……守るよ。オレが。