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それでも彼女は歴史を変えたい。

 西沢は扉を閉めずにそのまま走り去った。


「まあ、そりゃそうだよなあ。俺たち全員。体は子供、頭脳は大人の名探偵コーナン状態だからなあ。西沢からしたら、気味が悪いよな」


「あの年頃の女の子って、扱いが難しいのよね。第二次性徴が始まるとなおさら。なんか、茉莉花と重ねちゃうな」


 歩は腕を組んでウンウンと1人納得している。その隣で、娘を心配する母親のような顔で真田が開け放たれた扉を見ていた。


「オレ、行ってくるよ。西沢のこと放っておけない」


 オレが西沢の立場だったらどうだろう。昨日まで同じ価値観を共有していた友人たちが、いきなり別人のように変わってしまったら。それもクラスメイトだけでなく、担任まで20年後がどうとか言い出したら……。やっぱ、混乱するよな。


「田中くんが? でも、放っておいた方がいいんじゃないかな。今あたしらが行っても、西沢は拒絶するだけだと思う。時間を空けた方がいいよ」


 教室を出ようとしたオレを止めたのは、真田だ。


「でも……こういう時って、不安な時ほど、誰かに側にいてほしいんじゃないか? オレは、西沢の側に誰か付いててやったほうがいいと思うんだ」


「ふうん? 田中くんも大人になったんだね。なんか、嬉しいな」


「何でそこで真田がオレの成長を喜ぶんだよ」


「だって……20年前の田中くんなら、きっと何もしなかったと思うから。でもだからこそ、逆効果だよ。田中くんがいきなりそんな大人みたいに心配して西沢に話しかければ、どうなるかな。それに、あの年頃は難しいよ? 歩! あんたは中身がまだまだお子様なんだから、田中くんの代わりに西沢のとこ行ってあげて!」


「はいはい。行ってきますよー」


 夫婦の阿吽の呼吸というやつだろうか。歩はダッシュで教室を出ていった。まあ、歩のほうが適任か。10歳の娘がいるんだ。オレとは違って、あの年頃の女の子の扱い方も心得ているんだろう。


「西沢のことは歩に任せておいてさ。ちょっと話があるんだけど。いい?」


 歩が教室を出て少しすると、真田はオレの腕を取り、引き寄せた。


「ん? ここじゃダメなのか?」


「うん。ダメ。田中くんに相談したいことがあるの」


 オレは真田に引っ張られるような形で、体育館裏に連れてこられた。


「なんだよ、こんな人気のない所に連れてきて」


「あまり、人に聞かれたくない話だから」


 真田はオレの手を放すと、地面に落ちている石ころを蹴りあげた。


「あたしね、あの法律。歴史ナントカ法っての、守るつもりない。歩と結婚もするつもり……ないの」


「それはダメだろ。法律違反だ。なにより、茉莉花ちゃんはどうするんだよ」


「あたしと歩ね。デキ婚なんだ。本当は……あたし、茉莉花を産むつもり……なかったの」


「え」


 さっきまでひんやりと気持ちのいい空気が、急に重苦しい空気になった。


「高校のときから付き合ってた彼氏に浮気されてさ。19のときだったかな。そのとき、歩があたしのこと慰めてくれた。その時、ちょっとね。本当はあたし、もっと遊びたかった。結婚とか出産とか、もっと先の話だって思ってた。でも、あたしの人生はそこで変わったんだ。茉莉花があたしのお腹に宿ったことで、あたしの20代は家事と育児の毎日だった」


「……」


「でも、茉莉花が生まれたことで、手に入れた幸せもあるの。歩とあの子と3人で過ごした日々はまぎれもなく幸せだったと思う。でもね。やっぱり考えちゃうんだ。もし、茉莉花が生まれない未来があったのなら、今のあたしはどうなったんだろうって」 


「茉莉花ちゃんさえ、いなければ……もっと20代を満喫できたって? そんな話をオレにして、どういうつもりだよ」


 聞いていてあんまり気持ちのいいもんじゃないぞ、これは。


「わかってる。あたし、母親として失格だと思う。最低だ。でもね。あたしは……母親である前に1人の女なの。もし、人生をやり直せるなら。もう間違えない。もっと20代のうちに遊んで、将来性のある男と結ばれたい。今……あたしの願いはかなったんだよ」


「真田……」


「歩は、茉莉花のこと本当に可愛がってたわ。娘にとっていい父親だと思う。でも……あたしにとって、歩は……いい夫じゃなかった。仕事は続かないし、家事も手伝ってくれない。茉莉花に嫌われたくいないから、甘やかす。だからあたしが茉莉花を叱る悪役になって、あんまりなついてはくれなかった」


 人生をやり直したい、か。それはオレも同じ気持ちだけれど……真田の場合はこれから生まれてくる娘の人生どころか、存在の可能性を左右するほどの重大事だ。いや、さらにその茉莉花ちゃんの子供のさらに子供の存在まで全部なかったことになる。


「なあ、何でオレにそんな話をするんだ? 男のオレよりも他の女子と話したほうがいいんじゃないか?」


 オレがそう言うと真田はきょとんとした顔になり、ため息を吐いた。


「……そういうところは、20年経っても変わらないんだなあ、田中くんは。でも、そんな可愛い所もいいよね。西沢の気持ち、わかるなあ」


「ん? なんでそこで西沢が出てくるんだ?」


「何でかなあ。鈍い人には教えられないなあ。ま、とにかくさ。あたしは歴史を変えたいんだ。その結果がどうあれあたしは20年後の自分(けっか)を受け入れたくない。田中くんはどうなの?」


「オレか? そんなの、変えたいに決まってるだろ。正直、満足なんかしてないよ。もっといい会社に入って、可愛い嫁さんもらって、幸せな人生を送りたいよ」


「可愛い嫁さん、ね。じゃあ、あたしとか!?」


 きゃぴっと、真田はアイドルみたいなポーズをとった。うーん。なんだかなあ……可愛らしい女の子の可愛いらしいポーズなんだが、中身は30歳だからなあ。


「あんた、今かなり失礼なこと考えたでしょ?」


 ずいっと、距離を縮めて真田はオレの胸倉をつかんできた。


「い、いや。可愛いと思ったよ。やっぱ真田はそういうの似合うなって」


「でしょでしょ~!」


 とりあえず社交辞令で危険を回避したものの、真田はアグレッシブな奴なんだなと改めて再認識。歩、尻に敷かれてたんだろうなあ。いや、歩が頼りないからこうならざるを得なかったのか。


「あたしね。歴史を変える。その為に、田中くんに手伝ってもらいたいんだ」


「まあ、いいけど。歩には頼まないのか?」


「あいつはダメ。だって……茉莉花のことしか頭にないから。歴史を守りたがってるでしょ」


「ああ、そっか。そうだな……」


 もしオレに娘がいたのなら、歩と同じように歴史を守ろうとするのだろうか。まあ、それはわからないことだ。


「でも、歴史を変えるったって具体的にはどうするつもりだ?」


「それなんだけど……西沢の運命を変えようと思うの」


「西沢の死を回避する、か。でも、言っちゃなんだけどそれだけで歴史は変わらないだろ」


「もちろんだよ。でも、それが小さなきっかけになって大きな変化を生み出すかもしれないし。それに……ちゃんと意味はあるんだよ。西沢真帆って女の子の存在は、歩にとってもあたしにとっても、田中くんにとっても」


「ああ、そうだな。西沢の死は……クラスメイトのみんなに色々教えてくれたからな」


 しばらくオレ達の間に沈黙がながれた後、それを唐突にチャイムが破り裂いた。


「勝負は来月。あの日だよ」


「ああ。西沢を救い出そう。そして、オレ達の歴史を……変えよう」


 真田が校舎に向かって歩き出すと、オレもまた足を動かした。


 歴史を変える。自分の人生を、よりよいものにする。もしかしたら、これは許されざる暴挙かもしれない。


 けれど、オレにだって未来を変える権利があってもいいはずだ。なあ、そうだろ神様。

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