表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第一話:魔女と狼と魔王の野望
4/54

氷の魔狼

 軽い朝食の後、魔王とプロペディア国王、レイオンは彼の自室に移動した。目的はもちろん和平条約の調印式に関する日程の取り決めや具体的な内容に関して。それからヴァンパイアとオーグルに関しての暫定的な報告と、他の人間国家との関係改善についての議論。食堂ではバカみたいな話題(たぶんそう言うと魔王は怒る)で盛り上がっていたけど、魔王はやるときはやる奴で、ちゃんと芯のある人だ。だから私は黙ってついてきている。

 彼がいれば私はどんな所でもじっとしていられる。けど、今回ばかりは魔王は私に部屋の入り口の警護を任した。というのも、今の国王が即位するにあたって、彼等はかなり無茶をしたから、他者に聞かれれば今の地位を失いかねない内容もいくつかあるのだ。

 他の国との関係改善についても、暗殺がどうとかの話もあるみたい。だから、信頼できる人物が魔族、人間の両陣営から見張りに立っている。つまり魔狼族の最高位の称号『フェンリル』を持つ私、ポルタと、プロペディアの神殿騎士団団長、ノーチェ。

 栄えある騎士団の団長さんは、扉の片側でぶつぶつと小声で何か呟いていた。耳が自慢の私にはばっちり聞こえる。

「なんなんだ、なんなんだあの変態どもは……なぜあんな話題であそこまで熱くなれるのだ…」

 その変態共には警備にいた男の騎士も含まれる。残念な人間たちだった。

「確かに熟年のメイド達は少しずつ退職させられていたようだが……採用試験を国王直々に行っていたのもまさか狙いなのか…? 宰相もグルなのか…?」

 陰謀で国王の座に上り詰めたレイオン。その陰謀が自身の楽園作りのためだったら残念すぎる。人間なんてこんなものなのだろうか?

 扉の向うに意識を集中すると、私は事の真相が聞けてしまうのだけど。

『――それでどうやってあれだけの生娘を集めたのだ?』

『難しい事じゃないよ。城内の人事を一斉に入れ替える時に金と権力を使って一般から募集して。あ、真っ先に前国王から引き継いだ大臣を引き込んでからね? 大事なのは前王との違いを見せ付ける事さ』

『それにしたってよくこんな短期間でやってのけたものだな。王に即位して何年だ?』

『即位してすぐにやったからね。君がヴァンパイアと戦っている間、この僕も戦いを続けていたと言う事さ』

『ふふふ。さぞ大変な戦いであっただろう』

 ……こんな感じ。

 残念な話と難しい話は魔王に任せるに限る。私は考えるのはキライじゃないけど、言葉を操れないから考えを伝えられない。今はただ、この扉を守るだけだ。

「我が王もそうだがなんであんなのが魔王なのだ。あんな王についている貴様もどうかしてる」

 『も』、ということは自覚はあるみたい。

 挑発的な言葉ともとれる発言だけど、私は「おすわり」の格好のまま視線だけ投げて流してやる。下賎の者の戯言を聞き流すのも力ある者のたしなみだ。

 琥珀色の瞳と目が合い、少しだけ気まずい空気が廊下に漂った。どちらが先ともいえないタイミングで視線をそらし、ゆるゆると時間ばかりが過ぎていく。

 食堂での騒ぎもあって、時刻は昼を過ぎている。私達も先程、メイドに運ばれてきた食事をこの廊下で済ましたところだった。

「…魔狼族といえば風を操る上位の魔族だと聞くが、貴様もそうなのか?」

 それは興味と言うよりは世間話、退屈しのぎに投げかけてきただけの質問。

(魔狼の認識としては間違ってない。けど、私は特別)

 そう伝えられれば会話は始まったのだろうけど、言葉を発する事ができない私には会話は無理。

「なんだ、無視か?」

 だからそう勘違いされるのも無理はないのだけど。

 私はノーチェの視線がこちらに向いているのを確認してから、天井を仰ぎ、前足で自分の喉の辺りを示して見せた。

「うん? 喉がどうかしたのか? 傷…のようなものがあるとは思えないが」

 私の毛並みは白と灰の二色になる。喉やおなかは真っ白な毛に覆われていて、胸毛の辺りはとくにふわふわの魔王お気に入りのポイントだ。今は別にそれを見てほしくて示したわけじゃないし、傷があるわけでもないのだけど。

 私は喉をもう一度示して、今度は後ろ足だけで立ち、両方の前足を使ってバツ印を作ってみせる。

「喋れないのか? 怪我か何か…いや、喋れないのなら答えられないか」

 うーん。対話をあきらめないでほしい。私は人間を見下してはいるかもしれないけど、キライと言うわけじゃないのだから。

 そもそも、魔狼族は言葉を操れるんじゃなくて、風を操れるから言葉も操れるのだ。音が風の、空気の振動というのは私達魔狼族の祖先が見つけたこと。本来なら魔狼族は上位の魔族ではないのだけど、私の祖先は風の力を借りて言葉を紡ぐ事を覚え、より高位の魔法を身につける事で地位を上げてきたのだ。四足の賢者、と呼ばれた時代もある。

 だけど、私は生まれた時から風を操ることができなかった。私が操れるのは氷。元々突然変異の激しい魔族であるから、私のように異端児が生まれてもおかしくない。異端児である私は戦士としては優秀だけど、賢者としては落ちこぼれ。言葉を操ろうと声を出せば、それだけで様々なものが凍り付く。それだけ強く、氷の精霊に祝福されて生まれた。

 氷は風に負けず劣らず強力な魔法になる。この力に目をつけて傍にいるように命じたのが、今の魔王だ。

 彼は私の魂に魔王の烙印を押し、この肉体と世界に魂を縛り付けた。それは、永遠に魔王の眷属として生きる事を意味する。恐怖で契約させられたようなものだったけど、今では進んで近くにいようと思える。

(…なんて事を伝えられたら、この人間は同情でもしてくれるのだろうか)

 そんな風に考えたけど、興味がなかった。五百年、魔王の傍で戦い続けていたせいか、私はいまいち他の事に興味が持てない。感情がずいぶん薄れてしまったみたいだ。あるいは魔王の護衛として、魂の一番深い場所に(くさび)を打ち込まれているからかもしれない。本当は強くない魂が、強すぎる楔に負けてひびわれて、そこからどこか感情が漏れ出しているような、そんな感覚。

(他人が私をどう思おうと関係ない。世の中の行く末も。私は魔王の手の届く場所にいられれば、それでいいのかもしれない)

 なんとも冷めた奴だ、と自分でも思う。でも、長く生きる生き物ほど感情が薄れていくものだと聞いた事もある。

 だから感情が冷えてなくなる前に、体は寿命を迎えて、また新しい器に入れ替わる。転生、というのは必要な事なのだ。

(…もうじき人間との和平が決まる。全ての人間と魔族が手を取り合う時代がやってくる)

 プロペディアとの和平条約はもう目に見えている。そこからが大変なのはもちろん知っているけど、そう遠くない未来に訪れるだろう。五百年も生きていた私には、きっと風のように過ぎ去ってしまう時間だ。

(平和…きっと退屈な世の中だ。乱暴な力しか宿っていない私には、つまらない世界)

 でも、そんな世の中を他ならない魔王が望んでいるのだから、仕方ない。私は彼に従っていくだけ。彼の傍にいれば、退屈はしない気がする。

 これまでもそうだったように。これからもそうなのだろう。

 魔王が私の事をどう思っていようかなんて関係ない。ただ、傍にいられればいいのだ。

 楽しげな笑い声が扉の向うから聞こえてくる。長く仕えて来た日々の終わりが、もうすぐ終わるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ