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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第一話:魔女と狼と魔王の野望
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魔王のほしいもの

「魔王! 我が友よ! よく来てくれたね!」


 石造りの立派な城に着くなり私達は食堂に通された。縦長のテーブルが置いてあったり、豪奢なシャンデリアがぶらさがっているその場所で、プロペディア国王のレイオンは出迎えてくれた。

 立派な王冠を斜めに被り、国王にしては白を基調にしたラフな格好で黒い魔王と抱擁を交わす。思わず唸り声をあげたくなるけど、そんな二人に割って入るように、鞘に収められたままの剣が横から振り下ろされた。

「お二人が親しいのは噂どおり…ですが、お互いにご自身の立場をお考えください」

 甲冑に身を包んだ赤毛の女性に引き離された二人の王は、やれやれと肩をすくめる。

「ノーチェ、わかっていると思うけど、彼のおかげで私はこの王冠を賜っているのだよ?」

「それとこれとは話が別です。この国では今やあなたが国王。そして、英雄と言えども条約を交わしていない今、そちらのあなたは人間の敵です」

 堅苦しすぎるくらいまじめな彼女に、レイオンはため息、魔王は楽しげに笑い声をもらした。

「なかなか優秀な家臣に育ったではないか、羊飼いの娘」

「……黙りなさいレグヌム。私は今や一国の騎士なのです」

 レグヌム? 誰? と首を傾げると、魔王が私の頭を撫でながら小声で教えてくれた。

「こやつ等と知り合った頃に使っていた名だ。それと妙な気は起こすなよ? それはさておき、ここに通されたという事は食事の用意くらいあるのだろうな?」

「あぁ、そうだよ。積もる話もあるけど、そういうのは僕――んん、私の部屋でしよう。まずは歓迎させてくれ」

 レイオンがノーチェに頷いて見せると、彼女は壁際で待機していたメイドに耳打ちをする。すぐにメイドは近くの扉から出て行き、その間に私達は縦長のテーブルの一番奥に案内された。背もたれの長い一番豪華な椅子のすぐ近くだ。レイオンはいかにも国王専用の席ではなくて、魔王の正面に座るみたいだ。

 待機していたメイドの一人が魔王の前で椅子を引く。丁寧なもてなしに魔王は満足そうに頷いて、彼に比べれば小柄な(魔王は身長が高いので大体の人間は小柄に見える)彼女を爪先から髪の毛の先までじっくりと品定めし始めた。

「あ、あの…?」

 目の前の枝のような男が魔王だからか、国王の客だからか、あるいはこの国で猛威を振るっていたヴァンパイアの姿を彷彿とさせるからか、まだ年若い彼女は震える声を搾り出す。

「わ、わたしに何か?」

「ふむ。よい物を持っておる」

「は?」

「これのことだ」

「ひぇ!?」

 と、魔王様は彼女のふくよかな胸部に手を触れた。そのままほよほよと感触を楽しみ始めると、すぐさま銀閃が頬を掠める。剣を抜いたのはノーチェ。

「何をやっているんですかレグヌム! すぐさま彼女のそれを離しなさい!」

「ふは、ふははは! 『それ』とはなんだノーチェよ? ふむぅ、人間に仕えさすには惜しい人材だ…」

「『それ』は『それ』です! えぇい、揉むのをやめろ!」

「ふ、余が揉んでいるのはおっぱいだ。貴様にも立派なものがあろう。どれ、あれからどれだけ成長したか余が確認して――」

 メイドの乳をつかんだまま一歩、女騎士ノーチェのほうへ歩み寄る魔王。その額を立派な銀の剣がさっくりと突き刺さった。自業自得。

「ぐ、ぬ…貴様、余はこのプロペディア国王の客であるぞ…? 魔王以外にこんな事やったら死んじゃうぞ?」

「貴様が妙な気を起こすからだッ…! 大人しく席に着くこともできんのか貴様は!」

 仕方ないよね。魔王は人間の女が好きだし。そのために和平条約結ぶんだし。

 四度目の死までは誰にでも平等に無慈悲だった魔王が懐かしい。五度目の復活の時、魔王はレイオンとノーチェに出会って変わってしまった。私と魔王の間にある(くさび)を頼りに見つけたときは『余はハーレムを作る!』とか言うから別人かと思った。魔王がそれでいいならいいんだけど。

「こらこら、止めないか二人とも。ノーチェ、私に無断で剣を抜くのはよくない。魔王、君も時と場合を考えなよ」

 魔王を変えてしまった人間の友人、レイオン。私がちゃんと顔を合わせるのがこれが始めてになる。さすが国王。静かな叱責で今にも言い争いを始めそうだった二人がぴたりととまった。

「ふむ…」

「…申し訳ありません、主」

 剣を引き抜くと魔王の赤黒い血が流れ出す。しかしそれも魔王の再生能力で雫が滴る前にふさがってしまった。

「それにね、レグヌム。友人としてこれだけは言わせてもらうけど、ここは僕の城なんだ。つまり――」

 レイオンは強く拳を握って、高らかに宣言する。彼の後ろに気高きものが見せる後光が見えた。


「ここにいる侍従もノーチェのおっぱいも全部僕のものだからね! 忘れないでくれるか!」


 ……あぁ。そう。

 その発言は食堂にいる人間、魔王に電撃が走った。十数人のメイドは顔を引きつらせ、一人の執事は感涙の涙を流し、六人の騎士は口々に王を賞賛し、一人の女騎士は完全に硬直して、一人の魔王はショックを受けていた。

「なん……だと!?」

 よろめく魔王に、机を挟んだ向こう側でレイオンは勝ち誇ったように指を組んで席に着いた。そんな彼に魔王は机の一角を拳で打ち砕いて身を乗り出す。その様子は異国間の重要な会議を彷彿とさせた。

「馬鹿な! この国では一夫多妻は許されていないはず! この法は国王である貴様も例外ではないはずだぞ! 貴様がこの宝を独占できるはずがない!」

「ふふ、確かにそうだ。だがこの城に勤める女性は須らく未婚者でね。それが何を意味するか、君にならわかるだろう?」

「ッ!」

 魔王はすぐに悟った。

「全員……処女だと…?」

 声が震えていた。その場に居合わせた女性が顔を背ける。

「我が楽園ここに完成したり……誰の妻でもないなら王たる私がいつ妃に迎えても構わない、という事だ。つまりこの城に勤める全ての女性の柔肌は将来の私のものでもあるのだ。玉の輿にワンチャンあるすばらしい職場環境だと思わないかい? だから手を出してはいけないよ。ま、いつかは全員をめかけにしてみせるけどね。妾…ふふ、すばらしい伝統だよ」

「馬鹿な……余は、魔王なるぞ? 我が欲するものは全て我の物……今まで確かにそうであった…現に魔族があきらめていた和平の道すらこの手に…」

 席に崩れ落ちた魔王。机の反対側では、指を組んでどこか悟った顔で人間の王が笑みを浮かべた。

「奪い取るばかりでは本当に必要なものは手に入らない。君がかつて見つけた事じゃないか。和平しかり、おっぱいしかり、ね」

「………」

 魔王が完全敗北した事で、食堂内には拍手が沸き起こった。主に男性人の拍手。女性人はなんともいえない表情で、とりあえず拍手をしているようにしか見えなかった。

 魔王はノーチェとレイオンとの出会いで変わってしまった。影響を与えたのは間違いなく、レイオンとかいう国王。与えた変化がよいか悪いかは、一介の下僕である私にはわからない。

 その後、食事が運ばれてきてコレについての議論が再開するのだけど、私の耳には何一つ届きはしなかった。



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