魔王とパレード
魔族と人間の確執は千年にも渡る……と言われてる。実際にそういう記録があるわけじゃないし、千年も生きているモノがどこにもいないのだからしょうがない。唯一いるのはもうろくの年寄りドラゴンだし。それでも、五百年は争い続けているのは確か。
そもそも魔族、というのは人間以外の、少し特別な力を持つ種族の事。ゴブリン、オーク、オーグル、エルフ、ドワーフ、ケンタウロス、ニンフといった亜人を始めとして、ワイバーンやドラゴンといった竜族や動物をルーツにもつ生き物も魔族と呼ばれる。
大昔はよかった。人間たちの中には亜人と共に暮らす者も少なくはなかったし、動物系の魔族とも一線を引いて暮らしていた。だけど、人間の数が水に落ちた雫の波紋のようにある時を境に爆発的に増え、彼等が架空の神にすがる様になると魔族を排斥しようとし始めたのだ。
そうやって始まった争いが、森や山を守るための戦いが、居場所を失った怒りが、魔族を戦争に駆り立てた。
力の強い者を筆頭に。その者が倒されればまた別の者。より強い者、強い力を持つ者が人間に戦いを挑んでいった。
今の魔王はそうやって死んでいった魔族達の魂の淀みから生まれたらしい。転生の力を持つ魔王。人間との争いに終止符を打つもの。蘇る度に内在する魔力を増幅させて帰ってきた彼は、五度目の転生で新たな力を手に入れた。
それは――
「ふはははははは!」
魔王が高らかに笑っている。無数の歓声と楽器に包まれて。
「見よ! フェンリルよ! これが我が政策が身を結んだ結果だ! 我等が努力の賜物だ!」
楽しむのは勝手だけど背中で暴れないで。落とすよ?
私達は今、花吹雪の舞う大通りをたくさんの歓声を浴びながら進んでいる。すぐ後ろには翼を畳んだ翼竜が、乗ってきた馬車を引っ張りながらゆっくりと進んでいた。これが魔族の都市で、力の弱い魔族の群集ならわかるのだけど、そうじゃない。
右を見ても左を見ても人間の群れ。建物の窓から身を乗り出す人間、肩車で覗く子供、一目魔王と私を見ようと身を乗り出しているのだ。ほんの数年前までは考えられなかった光景。
(人間の中をこんな風に歩く日が来るなんて思わなかったかな)
私の心中を見透かしたように、魔王は私の背中をさする。
「そう不満げな顔をするな。これも我等が地道に努力をし魔族と人間との距離を縮めたからこその光景だぞ? あるべき形になっただけだ」
あるべき形、ね。確かにそうなんだけど、生まれた時には人間と争っていたような時代に生まれてるからよく分からない。あと私が辟易とした表情をしていたのは単純に人間だらけで気持ち悪くなったからだ。自身を傷つける事もできない存在が群れる嫌悪感。同じ姿の虫が一箇所に群れているような感覚。そんな私の事なんて知らず、魔王は歓声をあげる人間に手を振っている。まるで魔王を倒した勇者のように。
魔族と人間の間には決定的な溝がある。それは大陸のどこにいっても同じたった。けど、ここ数年で例外的な国が生まれた。
それがここ、プロペディア。大陸北部の小さな王国で、幾度と無く魔族との戦争に悩まされてきた国。山ひとつ向うは雪と氷が支配する私達魔族の土地になる。
プロペディアは吸血鬼とオーグルの混成部隊の攻撃を受けていた。人間からしたらそれは魔王軍の攻撃にしか見えない訳だけど、実際のところは違う。魔族の中でも魔王の力を頑なに認めなかったりする者がいる。吸血鬼――ヴァンパイア一族の一部はその典型的な例に加えて人間の血を必要とするから、食肉としか人間を見ていないオーグルを率いて多くの国に攻撃をしていたのだ。特にここ数年の彼らの行動は目に余るものがあった。
その頃には魔王はもう人間を滅ぼす以外の方法で魔族に平和をもたらす事を模索していたし、私の知らないところでプロペディアの現国王と知り合って和平の道を見つけていた。そして、魔王と、彼に従う魔族が人間との関係を取り戻したいという証拠を示すために、反魔王派や人間根絶派の魔族を相手に、魔王が戦いを宣言したのだ。
戦いにおいて魔王の右に出るものは、人間達の中で生まれる勇者以外にはありえない。それは魔族も同じ。地味なゲリラ戦と情報戦が続き、先日ついに敵主力部隊の討伐に成功したのだ。
つまりこれが、その戦いの成果。勝利の知らせはどこよりも早く、プロペディアに届いたようだ。
本当なら今日はプロペディアとの正式な和平条約の調印式、その日程の取り決めだけの予定だったのに、なんでか王都の入り口からパレードが始まってしまった。それだけヴァンパイアや食人鬼のオーグルに悩まされていた、という事だろうけど。
「ポルタよ。また小難しい事を考えておるな? 心配するな。万事良い方向にむかっておる」
それはわかってる。平和への一歩。何もなければすぐに人間たちの全ての国で、魔王が友好的というのが伝わるはず。プロペディアとの和平は他の人間の国との関係を改善する足がかりになるのだ。もっとも、神の名の下に私達の殲滅を目指してくるのであれば容赦はしないけど。ふふ、個人的にはそっちの方が好みかな。
ちなみに、魔王は公の場では私の称号である『フェンリル』と呼んで、そうでない場所では基本的に名前の『ポルタ』で呼ぶ。
私はどちらでもいいけど。
「おぉ、王城が見えてきたな。くっく、プロペディア国王が余に頭を下げる姿が楽しみだ」
気高き王なら私も見てみたいけど、今のプロペディア国王は正当な血筋じゃない庶民派の人間。簡単に頭とか下げるからつまらない。
石畳を踏みしめ前に進む。魔王は平和への一歩が楽しくて仕方がないみたいで、子供みたいに私の背中ではしゃいでいた。
やかましい音楽に引き連れられ、私達は立派な城を囲う城壁の内側へと足を踏み入れた。
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