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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第一話:魔女と狼と魔王の野望
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月追う夜

*この作品には人によっては残酷と感じる描写、性的と感じる描写が若干含まれます。モロに表現はしていないはずですが、想像力豊かな方はなんかな、と思われるかもしれません。予めご了承ください。

 また、第一節は改行を意識していますが、第二節からは表現方法以外での改行を控えています。そのため文字が詰まって見え、皆様の大切な目に負担をかける恐れがございます。疲れたと感じたときは適度に休息を挟んでください。


ブクマ、評価、フォローは励みになり執筆速度があがったりします。素直な感想いただけるとうれしさで爆発するので、爆発させてやってください。

 その夜はきっと、今までで一番長い夜だ。

 体感時間とか、揶揄とかじゃなくて。太陽から逃げるように、空に上った月と併走するように移動していたから。

 太陽が追いつかなければ朝は来ない。一日の始まりである夜明けが来ないのだから、今日がいつまでも延長されていく。そうやって月を追い越して、太陽に追いついたら昨日に戻れるのだろうか。ずっと昔から考えていた事だけど、きっと太陽に追いつくには陸の長さが足りないかもしれない。


(まだ夜が続いている……)


 いつもより早く寝て、いつもより遅く起きたのに、いつもと違う時間の流れに違和感を覚えた。

 風を切って進む馬車の中。顔を上げて窓を覗けば、外は黒一色のつまらない景色。

 眠るときには見えていた空の月は分厚い雲に隠されているみたいで、闇の中を漂っているようにしか見えない。おまけに自分のいる馬車の中がか細い光に照らされていて、夜目が自慢の私でも外の景色は見えなかった。灯りの中から覗く夜はいつだって暗い。

 この様子じゃ、目的地につくのはまだまだ先になる。私は大あくびをしてから、ふかふかの絨毯の上に腹ばいになり、自分の腕の上に顎を乗せた。

 目を閉じると再び睡魔が寄って来る。このまま幸せな夢でもみようかな、と思った時、馬車が少しだけ強く揺れた。


「んご」


 その拍子で首の据わりでも悪くなったのか、さっきまでは「すぴゅるるる」とか可愛い寝息を立てていた人物が私のおなかの下に足を入れたまま、身じろぎした。


「ぐぬ…ん………ンゴゴゴゴゴゴゴッ―――ぴゅるるる……」


 あぁ、始まってしまった…。

 地を揺るがすような豪快ないびきは、小さな馬車すら揺らしはしないけど窓ガラスくらいは震わせて見せた。至近距離で響くいびきに、かたかたと揺れる耳障りな窓。耳がいい私には拷問だ。

 確かに、昨日までのスケジュールを考えるとおおいびきをかくほど疲れているとは理解しているけども、何事もスケールの大きいこの男はいびきのスケールも違う。ほんといい迷惑だ。

 いびきの主は革張りの座席に腰掛けている一人の男。腕を組み、天井を仰いだ彼は、細やかな意匠の黒い衣服に身を包み、裏地が血を連想させる紅のマントを肩にかけている。長い黒髪に丸渕の眼鏡、ねじれた二本の角を持つ、全体的に尖った顔立ちの男。絶対的な君主。この世で彼に逆らう事は、死と同義。

 人は彼の事を魔王と呼ぶ。

 でも、まぁ。


(魔王うっさい…)


「んぐッ」


 起き上がった私は前足を魔王の顔面に押し付けた。魔王を足蹴にするなんて無礼にも程がある、とも思うけど、人間の子供ならば丸呑みにできる大きさの狼である私はちっとも怖くない。なんせ幾度と無く彼を背に乗せて戦った戦友であり、魔王と呼ばれる前の彼を知っているくらいだから。なんの問題ない。


「ん……んんん…ッ?」


 口も鼻も肉球にふさがれた魔王は小刻みに震え始めて、やがて脂汗を浮かべて苦しげにもがき始めた。そしてついに目をカッと見開くと、長い爪の生えた両手で私の足を掴み力任せに引き剥がす。


「ブハッ!? おいポルタ! 何をする!? 余は美女の柔肌に埋もれて窒息するという楽園を垣間見たぞ!」


 楽園を見たならそれはよかった。

 つん、と顔をそらすと深呼吸を繰り返す魔王が顔をしかめた。


「なんだ、また余は知らぬうちにそなたの尾でも踏んだか? それとも寝言で何か言っていたか?」


 尻尾を踏んだら魔王でも流血くらいの報復は覚悟してもらうけど違う。寝言は近いけど。

 私は誇り高き魔狼だ。残念ながら魔族でありながらもちょっとした事情で言葉を操ることが出来ない。だから意思疎通は態度で示すしかない。

 ちょっとだけ魔王のほうを見て、すぐにまたそっけなく視線をそらしてやる。


「うむぅ…もしやまたいびきか? だとしても悪気は無いのだ。許してくれぬか?」


 魔王に下手に出させると言うのはちょっとだけ他人に得意になれる。素直に謝ってくれたので、頭を彼の胸に押し付けて許すことにした。


「うむ、うむ。ははは、なんだご機嫌だなポルタよ。しかし――グエ……しかしちょっと、力が…ぐぉ」


 魔王は今トレンドマークの禍々しい鎧を纏っていない。威圧的な全身甲冑を着ていない魔王の姿は細身の痩せ男で、角が無ければ吸血鬼かと思われる姿をしている。今も軽く頭を押し付けているだけなのに肋骨がぽきぽき言っていた。魔王弱い。

 離れて顔を見てみると、口の端から血が流れていた。


「ヒュー……ふ、ふふ…ヒュー…それにしても外は、まだ、夜…ヒュー…」


 私の上あごを撫でつつ頬杖をついて窓の外に視線を投げる彼は、まるで一枚の絵画のよう。口から血を流してなくて、胸部が若干へこんでなければ。

 魔王の称号は彼が魔王足らしめるからであり、人間であれば致命傷の傷もみるみるうちに癒えて行く。へこんでいた胸部は内側から盛り上がりもとの姿に。軽く咳き込んで血をぬぐえばさらに完璧だ。


「ふむ。月の魔力が遠のいておる。ならば夜明けも近いか……だとすればそろそろ着いてもよい頃だが」


 地図とコンパスを使って事前に行く先を確認していた事を思い出す。移動手段と距離を計算しておおよそ夜明けごろに到着するというのはずいぶん前に判っていた事で、その事を相手方に事前に知らせてある。つまり、こちらが予定通り到着しないと相手の予定を狂わす事に繋がるので、馬車が定刻どおりに進んでいるかがいくらか心配なのだ。

 もっとも、魔王たるものそのような些細な事を気にしていては勤まらない――のだけど、当の本人は神経質に窓の縁を爪で叩いていた。


「ぐぬぅ……やはりポルタに乗って行くべきだったか………? しかし余が考えた演出にこの馬車は不可欠……それに何よりポルタに乗ると風圧で余の首がぽきりと――」


 ぶつぶつと呟き始める魔王。ちなみに、魔狼の私は月齢に強い影響を受ける種族で、満月に近ければ近いほど強くなり、逆に新月の夜は子犬になってしまう。今夜は幾望(きぼう)、つまりは満月の前の夜。全力で走れば、空気にすら逃げる隙を与えない。

 ただし空気の壁に激突して魔王は犠牲になる。

 私的には演出なんてどうでもいいとは思うのだけど、魔王はそうじゃないらしい。印象と言うのはそれだけで対象からうける『圧』を決めてしまうので重要なモノらしい。確かに戦場においてこの『圧』は『士気』に通じるし、魔王軍の戦争定義には味方軍勢の配置や露出、開戦時の大魔法による天変地異の利点についても書かれている。書いたのはここにいる魔王だけど。

 少なくともこれから行うのは戦争じゃないから、こんな定義役に立たない。けど、魔王の威厳が示されるべき事であるのは確か。

 この馬車がどれだけの印象を与えるかなんて、わからないけど。


「む、空が白んできたな」


 窓の外はうっすらと色が付いてきていた。黒色の世界に最初に浮かび上がったのは千切れた綿雲。それが浅く呼吸を繰り返している間に少しづつ赤く染まって行く。

 雲を僅かに残す空。青と橙に彩られた空から、新緑の鮮やかな王国に、竜の引く馬車で魔王がやってきた。


 人間との和平を望んで。

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