教えを請う覚悟
「貴様らに二時間やる。操作を覚えろ」
「え、な……」
全ての人間が困惑した。
E組全員は勿論、一式機甲の整備兵など栗林軍曹を除く全ての人間が其の言葉の意味を理解するのに少々ばかり時間を要した。今なんと言った? 全ての人間が同時に考えた事がそれだ。
だが、どう考えようが結論は全くの一緒であることに気づいた面々は、早急に操作を覚えようと試みる。
それぞれが、それぞれの考えで動くが、やはり一人で操作を覚えるというのは不可能だ。となると……。
やはり一番なのは整備兵だ。
「一番熟知しているであろう整備兵に聞くのが一番かもしれないな」
平治までそう言い始める始末だ。
「まて、平治。恐らくソレではダメだ」
だが、しかし。それでも俺はそれが正しいとは思えなかった。
「ん、どうした」
「整備兵は確かに一式機甲の構造には詳しいかもしれないが、知っているから使いこなせるとは」
そこまでいうと、平治は神妙な顔でフムと呟く。
整備兵は確かに、知識は多く保有しているかもしれない。
それこそ、実戦部隊よりもだ。
だがしかしだ。実戦部隊すらも知る事は必要なのだろうか。
勿論、それらの知識を応用すれば、効率のよい方法が編み出せるかもしれない。
しかし現状は、応用する為のベースとなる基礎がないのだ。
基礎を最も知っているのは、整備兵ではなく実戦部隊であると確信できる。
無駄な知識を得ている時間はあまりにも少なく、最短で行く必要がある場合は整備兵がベストとはいえないだろう。
「なるほど、一理ある。だがしかしだ正義。他にあてがあるのか?」
「そういわれるとなぁ」
あたりを見渡すと早朝ということもあり人が全然いない。
いるのはE組と整備兵と、栗林軍曹くらいだ。
やはり整備兵に頼るしかないのだろうか。
……いや、待てよ。先入観に囚われているんじゃないだろうか、『普通』ならば誰に教わるだろうか。
「……栗林教官がいるじゃないか」
「正気かよ。教えてくれるとは到底思えねぇぞ。目を付けられている俺達だぜ?」
確かに一理ある。それでも勝算が無いわけではないのだ。
まぁ、見てろ。
そういうや否や、俺は栗林教官に脚を踏み出す。
そして、教官の前に立つ。
後悔は若干している。戻りたいと今も思っている。
だがしかし、既に教官の視線はこちらを捉えているのだから逃げようも無い。
半分自棄気味にビシっと姿勢を正し声を張り上げる。
「栗林教官! 自分にご指導お願いします!」
「教官! 自分にも、ご指導をお願いします!」
いつの間にか隣に並んでいた平治と共に一般候補生で模範的と学んだ敬礼を全力で行う。
ソレに対する教官の反応は、一瞬驚いたような顔をして……ニヤッと悪戯っぽく笑う。
今この時も俺の内部では非常に後悔し続けている感じだ。
「なんだ、正義候補生。私はハートマン軍曹ではないのかね?」
「自分には、ハートマン軍曹という人物が誰なのか、分かりません! しかし! 栗林教官は、栗林教官ではないかと、信ずる次第であります!」
「お前……まじかよ」
隣でドン引きしている同僚はこの際無視だ。今は教えを請わねばならない。ならばどんな手も使おう。
そうハートマン軍曹よ。私は貴方にそんなことは言っていない。いいね?
こういうことだ。
「……ほぉ」
さぁ殺されるか、駆逐されるかだ。
無意識に腹に力をこめる。
「まぁいい。一式機甲を着用してこい。ゴミ共」
「「……え」」
予想以上の快諾に、思わず疑問を口に出すが、これは仕方が無いといえるはずだ。
「生まれてきた事を後悔しないようにな」
そうして、鬼畜軍曹の指導が始まった。
「貴様ら、まずは姿勢制御、索敵レーダー、筋力補助、射撃補助、全て切れ! あんよの練習だ!」
「「っは!」」
ガシャン
言われたとおり、すべての制御を切った時、襲った感覚は何とも言えない物だった。
立てないのだ。
重心の位置が本来と全く違い、対応できない。何度立とうとしても、コロンと倒れてしまう。
「おい! さっさと立てゴミが! 立つ事も出来んのか!? 二足歩行動物としても失格だな!」
「……なんだこりゃ。全然立てねぇ」
「全くだな、平治。むしろ立てたらすげえ」
とかなんとか。
『立つ』という至極簡単な一つの動作においても自分の全てを否定されつつ、懸命に行う。
やはり、重心の位置が悪いのだろう。一式機甲は若干、後ろへ重心がよっている。だからこそ、本来のように立とうとすると、バランスがとれないのだ。そこが分かった所でも、立つのは困難だが……。
改善すべき点が見つかったのであれば、まだ成功への道は尽きていないといえるだろう。
何度何度も転びながらも、ようやく立ち上がる事に成功したのは、そこから三十分後だった。
「たかが立つ程度に三十分もかけるのか! 蛆虫の方がまだ早く独り立ちするぞ!」
不機嫌になりそうな顔を懸命に堪え、敬礼を崩さない。
「っは! 申し訳有りません!」
「よろしい! では次だ!……歩け!」
そして流れるようなスピードで次の指令が下る。
「くそ、まだ後ろじゃマニュアル教えている段階だぞ」
後ろを振り向けば、整備兵が急いで取ってきたマニュアルを候補生へ渡し簡易的な授業を始めた状況だ。
乗っている人間なんて全体を見渡しても俺たちくらいしかいない。
「て、ちょっと待て。いつの間にか増えてるぞ! おい」
平治にそう言われて周りを見渡してみれば、
俺たちと同じ行動をとりつつ距離を一歩どころか二十歩ほど遠くにいる親愛なる畜生がいた。
「教官殿! こちらを、物欲しそうに見つめている親愛なる学友がおりますが!」
そうであるならば、仲間に入れてあげなければかわいそうであろう。
……ということで、取り敢えず売っておくことにした。
その瞬間、我が親愛なる畜生は直ぐ様、撤退戦に移行するが。
「待て」
の号令と共にその作戦は破綻する。
恐る恐るといった形で三名の候補生が視線を教官に戻し最敬礼行う。
というかよく見れば、鎖古の姿もあった。
罪悪なんかひとつも沸かないがな。
「この場を離れる必要はない」
死刑宣告。誰しもがそう感じた言葉だったが、そう一言言ったのみであとは関心を向けず、俺たちの指導に戻ろうとする。
「.......っは?」
状況が飲み込めていない三人組最も背丈が大きい候補生が了解の言葉と疑問が混じりあった曖昧な返答をしていた。
俺たちも全く同じ反応でぽかんと口を開けていたほどだ。
その言葉を聞いた教官は俺たちを一瞥しながらニヤリと笑い。
「要領のよい隊員は嫌いではないからな。」
このクソ野郎!
そんな言葉を辛うじて飲み込んだ。
危ないぜベイビー、またやらかす所だった。
「ふん、馬鹿なこと考えていないで、早急に歩け。何時まで芋虫を続ける気だ?
」
「思考を読む...だと!?」
「読むまでも無い。ゴミめ」
驚愕する俺を、この鬼教官は一言で一蹴する。ついでとばかりに物理的にも一蹴し、しごきが始まる。
そして、一時間半後、五名は走る事までをクリアすることが出来た。
恐らく奇跡といっても良いだろう。
サンキュー神様。
ファッキュー軍曹。
二十名は二時間という非常に短い時間を終え、再集合する。
全ての人間が、一式機甲を身に纏い、軍曹の指示を待っている状況だ。
鬼軍曹は、俺たちをグルッと一瞥すると、口を開いた。
「何だ貴様ら。もう終わった気になっているんじゃないだろうな? ふざけるな! これからが本番だぞゴミ共め」
それは、死刑宣告。
勘違いする余地はなく、ただただ、純粋なものだった。
と後の、クラスメイトは囁いたと言う。
苦手な人に教えを請うというのは難しい物ですよね。私もこう図太く生きて行きたいものです。