ドジっ子は好きですか?
私は好きです。
「っだぁ! ようやく終わったぜコンチキショー」
机に突っ伏して愚痴をこぼしたのは平治だった。
いや、でも気持ちはすげえ分かる。
なんか本当に自分が人間でない気がしてきたもの。
きっと、あの鬼教官の言葉には言霊が入っているに違いない。
まぁ、罵倒に極振りされているのが非常に勿体無い所だが。
「だなぁ……しっかし、午後からは施設見学ってところか」
そういって見せるパンフレットの予定欄には、午後以降は3人組を編成して施設見学。としか書かれておらず具体的な決め方や見学の周り方などは明記されていない。要するに既に教育は始まっていると考えていいだろう。
「取りあえず、俺はお前と行く予定だぜ、正義」
「ということは、あと一人だな……誰かいるかな」
あたりを見渡すと、既に殆どの生徒が組んでおり、もう殆ど残っていない。
ふと、窓際に目をやったとき、明らかに孤立している女の子がいた。
茶髪のボブカットで随分綺麗な容姿だが、先ほどから誰も話しかけない。というか彼女から話しかけるなオーラが滲みでている。戦闘力53万はありそうだな。
話しかけるのは難しそうだなと平治に言おうとしたが、既に平治はいなくなっていた。
「ペアいないならさ、一緒に組もうぜ! こっちもあと一人探してたんだよ。ほらあいつだよあいつ。悪い奴じゃないぜ! な!」
素晴らしい才能だな平治。きっと君は部下とか持つと良い上官になりそうだ。
女の子の方も視線だけは平治に向けているようで、数度言葉を交わしてから、平治がこっちにやってきた。
「大丈夫だそうだ。よし、さっそく行こうぜ! ハリー! ハリー!」
「ああ、OKだ平治。取りあえず、あの人の近くに行くか。周る順番決めないといけないしね」
席を立ち、真っ直ぐ女の子の近くまで向かう。
さっきから周りの視線が痛い気もするが、平治は特に気にした風でもなさそうだ。
女の子も大して気にも留めていないのか、先ほどから余り体勢は変わっていない。
机を囲むように座り向かい合う。
そして平治が旧友かのようにフレンドリーに話しかける。
「改めまして自己紹介と行こうか。俺は下平 平治。こっちが、多田野 正義だ」
「……葉瓜鎖古」
平坦な口調で、喋っているのは鎖子と言うらしい。
随分とクールな印象だなぁと思いながらも地図を取り出して机に広げた。
「宜しく、葉瓜。早速だけど、この後どうするか決めようか」
地図で見る限り、この学園は中央に本部を抱えて、それを円で囲うように施設がある。勿論これはあくまでも中央の施設というだけで、広大な大地に様々な訓練施設や防衛設備がちりばめられている。
今回は中央施設の見学というわけだ。
すると、葉瓜が地図のど真ん中にある中央本部を指差して言った。
「……ここには沢山の施設がまとめられているから人が多い」
「なるほどな。最後の方に持ってきた方がいいかもしれない。良い意見だ鎖古! じゃあ、周りの施設から周って行くか」
平治がウンウンと頷きながら、周りの施設をグルっと時計回りになぞる。
「じゃあ、そうするか。まずは俺たちが居る授業塔から見て周ろうか」
俺の提案には概ね賛同のようなので、すぐさま行動に移る。
授業塔には大まかに三つの設備がある。
一つは大学のような黒板が一番下に有り、それから上に段々と机が並んでいく座学室。
様々体の動きや、装備の使い方などを電子的にレクチャーできるシュミレートルーム。
あとは、馬鹿でかい立体映像を投影できる机を囲んで訓練前後に会議を行えるブリーフィングルーム。
計三階建てからなるこの施設は学年ごとに設置されているため、一年の俺たちが居る塔は一年生のみしかいないことになる。
「おい、ちょっと待て」
そうなってくると、ある一つの疑問が出てくる。
「コレ、全部周るのは不可能じゃないか?」
「……、確かにそうだな。ここは広すぎる」
俺の疑問に二人は概ね賛成のようだ。
と、なれば考えるべきは、どこから見回るかだが……
「ここは、整備施設に行って見ないか?」
ぽつりと平治が漏らした言葉に二人の視線がそちらに集中する。
平治は知的な『感じ』でゴホンと咳を一つ。
「整備施設なら、一式機甲も見れると思うんだ。あわよくば誰よりも早く触れるんだぜ!」
果たして、そこまで知的な雰囲気だす必要性はあるのだろうか……正直行きたいかと問われれば、今すぐにでも全力疾走は可能だ。だがしかしだ。ここで子供のようにはしゃいでは格好が悪い。クールに行こう。
「なるほど。確かに良い考えかもしれない。平治の意見は尊重するべきだな。どう思う?葉瓜さん」
鎖古はしばらく俺の顔をジーと眺めながら何を察したのか小さく「ふぅ」と鼻でため息をした。
「……まぁいいとおもう」
「「ならば直ぐに赴こうぞ!!」」
言うないなや、ドアへ赴く二人の姿は映画さながらの勇姿と言っても過言ではないだろう。
その理由がなぁと欲しい玩具を見つめる目をした正義を思い出す鎖古であった。
「……よし! 到着したぞ! 正義候補生!」
「全く持って結構だな! 平治候補生!」
「……」
整備施設に到着した三名は正面玄関の前に来ていた。整備施設の大きさは、全体の施設からみると高さがかなり低い。
大の大人が一人、ジャンプをすれば天井に届きそうだ。
横の広さもそのあたりのコンビニと差して変わらない程度だろう。
「しかし、かなり小さいな整備施設とやらは。てか本当にあってるのか?」
平治がそう漏らすのも無理はないだろう。
しかし何度見てもここなのは間違いない。
「何はともあれ、入ってみようぜ」
そういいながら玄関を潜ると…
「「……おお!」」
思わず感嘆の声が漏れ出した。
鎖古も声こそ出さないがキョロキョロと辺りを見回している。
入った直後に視界に写ったのは圧倒的空間だ。
かなり高い位置に入り口を作っているのか広大な施設を一望することが出来ている。
なるほど、地下に大きく作っているのか。
「これは驚いた! 地上のは偽装か!」
平治が手を打ってはしゃぐ。
無理もない。正直驚いた。
この整備施設は兵器の整備のほかにも開発や改良、最新鋭の訓練設備などが備わっている。
中央にはそれら全てのシステムを管理するために馬鹿でかい精密機器が塔のように聳え立ち白衣を着た人々が常に異常がないか目を光らせている。
右手前には地上に向かって坂が出来ており、先ほどから一式機甲の出入りが行われていた。
右奥には一式機甲達が固定具にしっかりロックされそれが整然と並んでいる。ざっと百五十機ほどだ。おそらくそこで整備をしているのだろう。
その左横には大きな室内射撃場がある。ボーリング場のような形をしており、違う所といえば、奥にあるのはピンではなく標的であるところか。
直ぐ近くには様々なモデルの武装があり、全く塗装がなされていない所を見ると試作機のようだ。
しかし、もっとも目を引くのは左手前の施設である。
この整備施設の4分の1を占める程の大きさを誇るそれは、鋼鉄の壁に囲まれ、外部からの視線を許さない。
ただ、分かる事はこの場のどの場所よりも強度が高く作られているであろうことだ。
「あのぉ! すいません。学生の方ですよね?」
「え!? あ、はい! そうです!」
突然下からから声をかけられ、慌てて覗き込むと、オレンジ色の作業服を着用した女性がこちらを見上げていた。
丸めがねに短めのおさげをした女性だ。……ふむ実に豊かな胸部だな。
女性は「そちらに行くのでお待ちください!」と言うと垂直リフトでこちらにやってきた。
身長は割と小さい。俺の肩位だな。
「よっと、皆さんお待たせしまし……おわわ!」
ゴチン
リフトから降りる時、段差に躓いて顔面から地面と熱烈なキスをする。
しばらくもがいた後スッと立ち上がった。
「皆さんお待たせしました。私はここで一式機甲の整備をしております。菅原すがわら 小雪こゆき二佐と申します」
先ほどの事は無かったかの様に振る舞う姿は手馴れた物を感じつつも、触れてはいけない気がするのでスルーする事にした。
というより二佐といえば、相当に位が高い。具体的には歩兵千人を指揮する程度に。
固まってしまっている三人に気づいたのか、慌てて菅原は言い直した。
「あ、二佐といっても名誉職のようなものですから気楽にお願いします」
形式上であっても格上である以上それではお言葉通りにとはなる訳もなく少々ぎこちないながらも自己紹介を始めた。
「よ、宜しくお願いします。自分は多田野 正義と申します」
「俺は、下平 平治と申します。どうぞ宜しくお願いします」
「……葉瓜 鎖古です」
それぞれの自己紹介を聞いた後、菅原は小さく名前を繰り返した後に大きくなずいた。
「それではご案内しますので、付いてきてください」
そういうと先ほどの垂直リフトに向かって歩き出す。
リフトに乗り移る時、ソロっと足を踏み出したのは恐らく気のせいだろう。
少なく多くを志して生きたいとおもいます!
どうかよろしくお願いします!